あらすじ
むかしむかし、ある村に「どっこい」という、それは力の強い男が住んでいました。
重い荷物も大きな丸太も軽々と持ち上げるどっこいは、いつしか「自分より強い者などどこにもいない」と思うようになっていました。
そんなある日、町のお寺を訪れたどっこいは、門に立つ大きな仁王様を見上げて言います。
「立派な仁王様だ。でも、わしの力にはかなうまい。」
すると、ずっと動かなかったはずの仁王様が――。
どっこいと仁王様の力比べが始まります。
力ではかなわない相手を前にしたどっこいが、最後に選んだ勝負とは?
力と知恵、そして本当の強さを描いた、愉快な昔話です。
本文
むかしむかし、ある村に「どっこい」という男が住んでいました。
どっこいは、それはそれは力の強い男でした。
米俵を二つまとめて担いでも、
「ほいっ。」
大きな丸太を持ち上げても、
「よいしょっと。」
まるで重さなど感じていないような顔をしています。
村人が何人も集まって動かすような大きな石も、どっこいが力を込めれば、
「どっこいしょ!」
ずずずず……。
一人で動かしてしまいます。
「やっぱり、どっこいはすごいなあ。」
「村一番の力持ちだ。」
そう言われるたび、どっこいはうれしくなりました。
ところが――。
褒められ続けているうちに、どっこいはだんだん自分の力を自慢するようになりました。
「村一番?」
どっこいは胸を張ります。
「いやいや、村どころじゃない。」
「じゃあ、町一番か?」
「町でもない。」
どっこいは腕を組み、得意そうに言いました。
「わしより強い男なんて、この世のどこにもいないさ。」
村人たちは苦笑いしました。
「また始まった。」
「どっこいは確かに強いけど、自慢が多いんだよなあ。」
けれど、どっこいは気にしません。
「本当のことを言っているだけだ。」
そんなある日のこと。
どっこいは用事があって、隣の町へ出かけました。
町へ向かう途中、大きなお寺の前を通りかかりました。
立派な門の左右には、二体の仁王様が立っています。
太い腕。
大きく開いた目。
力強く踏ん張った足。
今にも動き出しそうなほど、迫力のある姿です。
どっこいは足を止めました。
「ほう。」
仁王様を下から上まで眺めます。
「これは立派だ。」
ちょうどそこにいた村人が言いました。
「このお寺の仁王様は有名なんだ。」
「昔から寺を守っている、ありがたい仁王様だよ。」
どっこいは腕を組みました。
「確かに立派だな。」
そして、にやりと笑いました。
「だが、わしの力にはかなうまい。」
「えっ?」
村人は目を丸くしました。
「お前、仁王様と力比べをするつもりか?」
「相手が仁王様でも同じことだ。」
どっこいは仁王像を見上げました。
「わしより強い者はいないからな。」
村人たちはざわざわし始めました。
「おいおい。」
「そんなことを言って大丈夫か?」
「仁王様に聞こえるぞ。」
「像が聞くわけないだろう。」
どっこいは笑いました。
そして仁王様の前に立つと、大きな声で言いました。
「仁王様!」
「もし本当にそんなに強いのなら、わしと力比べをしてみないか!」
もちろん、返事はありません。
仁王様は険しい顔のまま、じっと前を向いています。
「ほらな。」
どっこいは笑いました。
「わしが怖くて返事もできないらしい。」
その時でした。
ごご……。
「ん?」
どこかから、低い音が聞こえました。
ごごごご……。
地面が、かすかに震えます。
「何だ?」
村人たちが辺りを見回しました。
どっこいも笑うのをやめました。
すると――。
みしっ。
仁王様の腕が動きました。
「えっ?」
みし……みし……。
石のように固まっていた大きな体が、ゆっくりと動き始めます。
どっこいは口を開けたまま、仁王様を見上げました。
「う、動いた……。」
ずしん。
仁王様が一歩踏み出しました。
地面が震えます。
村人たちは、
「うわあっ!」
と後ろへ下がりました。
仁王様は、どっこいを見下ろしました。
「人間よ。」
低い声が響きます。
どっこいは、ごくりと唾をのみ込みました。
「お前は、本当に自分が一番強いと思っているのか。」
どっこいは少し驚きましたが、ここで逃げては力自慢の名がすたります。
ぐっと胸を張りました。
「あ、ああ。」
「そう思っている。」
「ならば。」
仁王様は大きな腕を組みました。
「確かめてみるか。」
「もちろんだ!」
こうして、どっこいと仁王様の力比べが始まりました。
噂を聞いた人たちが集まり、寺の前はあっという間に人だかりになりました。
「どっこいと仁王様が勝負するんだって!」
「そんなことがあるのか?」
「どっちが勝つんだ?」
最初の勝負は、押し相撲です。
どっこいと仁王様が向かい合いました。
仁王様はどっしりと構えています。
どっこいは手のひらを仁王様に当てました。
「では、いくぞ。」
「いつでもよい。」
どっこいは足を踏ん張りました。
「うおおおおっ!」
全身の力を込めます。
「どっこいしょおおお!」
ぐぐぐぐぐ……。
どっこいの顔が真っ赤になります。
腕には太い筋が浮かびました。
けれど――。
仁王様は、ぴくりとも動きません。
「ぐぬぬぬぬ……!」
どっこいはさらに力を込めました。
それでも動きません。
まるで山を押しているようです。
「すごい!」
「仁王様、びくともしないぞ!」
やがてどっこいは、
「ぷはあっ!」
と手を離しました。
肩で息をしています。
仁王様は平然としていました。
「もう終わりか?」
「ま、まだだ!」
どっこいは悔しそうに言いました。
「押すだけが力比べじゃない。」
次は、大きな石を持ち上げる勝負になりました。
寺の庭には、大人が何人も集まらなければ動かせないような大石がありました。
「これはどうだ。」
どっこいは石の前へ立ちます。
腰を落とし、両腕でしっかり抱えました。
「どっ……こい……しょおおお!」
ぐぐっ。
石が持ち上がります。
「おお!」
村人たちから歓声が上がりました。
どっこいは大石を胸の高さまで持ち上げました。
「どうだ!」
「さすがどっこいだ!」
どっこいは得意そうに石を下ろしました。
どしん!
「仁王様、次はあなたの番だ。」
仁王様は何も言わず、辺りを見回しました。
そして――。
どっこいが持ち上げた石より、さらに大きな石の前へ歩いていきました。
「えっ。」
どっこいの顔から笑みが消えました。
仁王様は大石へ手をかけました。
「ふん。」
ぐいっ。
「うわあ!」
大きな石が、あっさりと持ち上がりました。
まるで小さな石ころでも持つようです。
「すごい!」
「どっこいの石よりずっと大きいぞ!」
仁王様は静かに石を地面へ戻しました。
どおん!
土ぼこりが舞い上がります。
どっこいは黙ってしまいました。
「……。」
「どうした、どっこい。」
仁王様が尋ねました。
「まだ勝負するか?」
どっこいは悔しくてたまりません。
けれど、力でかなわないことは分かりました。
押しても動かない。
大きな石でも負ける。
「どうする……。」
どっこいは腕を組みました。
村人たちはひそひそ話しています。
「さすがに仁王様には勝てないか。」
「もう終わりだな。」
どっこいは仁王様を見上げました。
そして――。
「待ってくれ。」
「何だ?」
「最後に、もう一つ勝負をしたい。」
仁王様はうなずきました。
「よかろう。」
どっこいは言いました。
「今度は、ただ力を出すだけではない。」
「知恵も使う勝負だ。」
「知恵?」
「そうだ。」
どっこいは辺りを見回し、一本の丈夫な棒を持ってきました。
「この棒を使おう。」
仁王様は棒を見ました。
「何をするのだ?」
どっこいは棒の片方を持ちました。
「仁王様は、反対側を持ってください。」
仁王様は大きな手で棒を握りました。
どっこいは説明します。
「お互いに棒を引っ張って、相手を動かした方の勝ちだ。」
「なるほど。」
仁王様は足を大きく開いて構えました。
「では、始めよう。」
どっこいも棒をしっかり握りました。
村人たちが見守ります。
「どっこい、大丈夫か?」
「押し相撲でも勝てなかったのに。」
「今度も仁王様の勝ちじゃないか?」
どっこいは仁王様を見ました。
「準備はいいか?」
「いつでもよい。」
「では――」
どっこいは大きく息を吸いました。
「せーの!」
仁王様が、ぐいっと棒を引きました。
その瞬間――。
ぱっ。
どっこいは棒から手を離しました。
「なっ!」
仁王様は全力で後ろへ引っ張っていたため、勢いよく体をのけぞらせました。
「おっと!」
ずしっ!
大きな足を踏ん張り、なんとか倒れずに止まります。
村人たちは一瞬、何が起きたのか分かりませんでした。
そして――。
「ははははは!」
大笑いしました。
「どっこい、手を離したぞ!」
「そんなやり方があったのか!」
仁王様は目を丸くしていました。
やがて、低い声で笑い始めました。
「はっはっはっは!」
どっこいも笑いました。
「どうだ、仁王様。」
「力では負けた。」
「だが、力だけで勝負する必要はないだろう?」
仁王様はうなずきました。
「なるほど。」
「お前には力だけではなく、知恵もあるようだ。」
どっこいは胸を張りかけました。
「そうだろう。やっぱりわしは――」
そこまで言って、言葉を止めました。
仁王様が静かに自分を見ていたからです。
「どっこい。」
「なんだ?」
「お前は、なぜ一番強くなりたいのだ?」
「え?」
どっこいは答えられませんでした。
「力が強ければ、人に自慢できるからか?」
「それとも、人より上に立てるからか?」
どっこいは黙りました。
これまで、自分は何度も力を自慢してきました。
重いものを持てば、
「わしは強いだろう。」
大きな石を動かせば、
「誰にも負けない。」
そう言ってきました。
けれど、仁王様には力でかなわなかった。
そして最後の勝負では、知恵を使ったからこそ仁王様を驚かせることができました。
どっこいは自分の両手を見ました。
「この力を……何に使うか。」
仁王様は何も言いません。
どっこいはしばらく考えました。
そして、ゆっくりとうなずきました。
「分かった。」
「何がだ?」
「わしは、自分が一番だと言いたかっただけなのかもしれない。」
村人たちは静かに聞いていました。
「でも、力が強いだけでは、どうしようもないこともある。」
「知恵が必要な時もある。」
どっこいは仁王様を見上げました。
「それに、せっかく力があるなら、自慢するより誰かの役に立てた方がいい。」
仁王様はにっこり笑いました。
「それが分かったなら、今日の勝負は無駄ではなかったな。」
どっこいは深く頭を下げました。
「仁王様、ありがとう。」
すると――。
ごごご……。
再び地面がかすかに震えました。
仁王様はゆっくりと元の場所へ戻っていきます。
ずしん。
ずしん。
やがて、最初と同じ姿で立ち止まりました。
「仁王様?」
どっこいが呼びかけても、もう返事はありません。
大きな仁王像は、ただ静かに寺の門を守っています。
村人たちは顔を見合わせました。
「本当に動いていたよな?」
「ああ。」
「夢じゃないよな?」
どっこいも仁王様を見上げました。
そして、小さく笑いました。
「また勝負をしたら、動いてくれるかな。」
村人が慌てて言いました。
「もうやめておけ!」
みんなが笑いました。
村へ帰ってから、どっこいは少し変わりました。
ある日。
年寄りが重い荷物を運んでいました。
以前のどっこいなら、
「そんなもの、わしなら簡単に持てる。」
と言っていたかもしれません。
けれど、その日は違いました。
「貸してみな。」
ひょいっ。
どっこいは荷物を担ぎました。
「どこまで運べばいい?」
「ありがとう、どっこい。」
またある日は、大雨で家の一部が壊れた家族がいました。
「どっこい、手を貸してくれないか?」
「ああ、任せろ。」
どっこいは大きな木材を運び、村人たちと一緒に家を直しました。
畑で大きな石が出れば運び、
倒れた木が道をふさいでいれば片づけ、
重い荷車が動かなくなれば押しました。
村人たちは言いました。
「どっこいは、前よりずっと頼もしくなったな。」
「力は前から強かったけどね。」
「今の方が、本当の力持ちって感じがするよ。」
どっこいは照れくさそうに頭をかきました。
「そうか?」
「そうさ。」
ある日、子どもたちがどっこいのところへやってきました。
「どっこい!」
「なんだ?」
「仁王様と勝負したって本当?」
「ああ。」
「勝ったの?」
どっこいは腕を組みました。
「うーん。」
子どもたちは目を輝かせます。
「どっち?」
どっこいは笑いました。
「力では、わしの負け。」
「ええー!」
「でも、知恵比べでは仁王様を驚かせた。」
「じゃあ、どっこいの勝ち?」
どっこいは少し考えました。
そして、お寺のある方を見ました。
「いや。」
「たぶん、どっちも勝ちだ。」
「どうして?」
「わしは仁王様から大事なことを教えてもらった。」
「仁王様も、わしの知恵に驚いた。」
どっこいは笑いました。
「だから、それでいいんだ。」
子どもたちは、
「ふーん。」
と首をかしげています。
そのうち一人が言いました。
「じゃあ、どっこい。これ持って!」
大きな薪を差し出しました。
「おいおい。」
「力は人のために使うんでしょう?」
どっこいは一瞬黙り――。
「ははははは!」
大笑いしました。
「一本取られた!」
そして薪をひょいと担ぐと、
「よし、どこまで運べばいい?」
と歩き出しました。
遠くのお寺では、今日も大きな仁王様が静かに門を守っていました。
おしまい。
登場人物
- どっこい
村一番の力持ち。最初は自分の力を自慢し、「自分より強い者はいない」と思っていますが、仁王様との勝負を通して、力だけではない強さに気づいていきます。 - 仁王様
お寺の門に立つ大きな仁王像。どっこいの挑戦を受けて動き出し、圧倒的な力を見せます。最後にはどっこいへ「なぜ一番強くなりたいのか」と問いかけます。 - 村人たち
どっこいと仁王様の勝負を見守る人々。どっこいの力を認めながらも、自慢ばかりする様子には少しあきれています。 - 村の子どもたち
仁王様との勝負に興味津々。物語の最後には、どっこいの言葉を使って薪運びを頼みます。
教訓
- 本当の強さは、力の大きさだけでは決まらない。
- 力でかなわない時でも、考え方や工夫によって別の方法を見つけることができる。
- 自分の得意なことは、自慢するためではなく、誰かを助けるために使うことで大きな価値を持つ。
- 勝ち負けだけではなく、相手から何かを学ぶことも大切。
親子で話したいポイント
- どっこいは、最初どんなことを自慢していた?
- どうして仁王様には力で勝てなかったのかな?
- 最後の勝負で、どっこいはどんな工夫をした?
- 仁王様と出会ったあと、どっこいはどんなふうに変わった?
- 自分の得意なことを、誰かのために使うとしたら何ができるかな?
保育士向け活用ポイント
- 押し相撲や石を持ち上げる場面など、動きのある展開が多く、子どもが体を動かしながら楽しめる読み聞かせに適しています。
- 実際の力比べでは安全に配慮し、「押す」「引く」「踏ん張る」などの動きを取り入れた身体表現遊びに発展させることができます。
- 棒を離して仁王様を驚かせる場面では、「力で勝てないどっこいはどうすると思う?」と問いかけ、子どもたち自身が方法を考える活動にもつなげられます。
- 「強い人とはどんな人?」をテーマに話し合うことで、力の強さだけではなく、優しさ、知恵、助け合う力など、さまざまな「強さ」に気づくきっかけになります。
- どっこい、仁王様、村人など役割が分かりやすく、4〜5歳児の劇遊びや表現活動にも取り入れやすい題材です。


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