あらすじ
むかしむかし、山のふもとの小さな村に、心優しい木こりが住んでいました。
ある雪の降る日、木こりは山の中で猟師の罠にかかった小さな子ぎつねを見つけます。
痛そうに震える子ぎつねを放っておけず、木こりは罠を外して逃がしてあげました。
それから季節が巡り、春になったころ、腰を痛めて仕事ができなくなった木こりの家で不思議なことが起こり始めます。
朝になると薪が積まれ、水がくまれ、畑の草まできれいに抜かれているのです。
いったい誰が手伝ってくれているのでしょう。
木こりが何気なく差し伸べた優しさが、思いがけない形で返ってくる心温まるお話です。
本文
むかしむかし、山のふもとの小さな村に、一人の木こりが住んでいました。
木こりは毎日のように山へ入り、木を切ったり、落ちた枝を集めて薪にしたりして暮らしていました。
決して豊かな暮らしではありません。
それでも木こりは、困っている人を見かけると放っておけない、心の優しい人でした。
ある冬の日のことです。
朝から雪が降り続き、山は一面真っ白になっていました。
木こりはいつものように道具を背負い、雪を踏みしめながら山へ向かいました。
ぎゅっ、ぎゅっ。
歩くたび、足元の雪が鳴ります。
山の奥へ入っていくと、辺りはしんと静まり返っていました。
聞こえてくるのは、木の枝から雪が落ちる音くらいです。
その時でした。
「キューン……キューン……。」
どこからか、小さな鳴き声が聞こえてきました。
木こりは足を止めました。
「なんだ?」
耳を澄ませると、また聞こえてきます。
「キューン……。」
弱々しい声でした。
木こりは声のする方へ歩いていきました。
木々の間を抜け、雪の積もった茂みをのぞき込むと、一匹の小さな子ぎつねがいました。
子ぎつねの足には、猟師が仕掛けた罠がかかっています。
逃げようともがいたのでしょう。
雪の上には、小さな足跡がいくつも乱れていました。
木こりが近づくと、子ぎつねは怖そうに体を縮めました。
「大丈夫だ。何もしないよ。」
木こりはゆっくりしゃがみました。
「痛かっただろう。」
子ぎつねを驚かせないように、そっと罠へ手を伸ばします。
固い罠はなかなか外れません。
木こりは何度も力を入れ、ようやく子ぎつねの足を自由にしてやりました。
「ほら、もう大丈夫だ。」
子ぎつねはすぐには逃げませんでした。
不思議そうな顔で、じっと木こりを見つめています。
木こりは笑いました。
「もう捕まるんじゃないぞ。」
すると子ぎつねは、ぴょんと雪の上へ飛び出しました。
少し走っては振り返り、
また少し走っては振り返ります。
やがて、その小さな姿は雪の降る森の奥へ消えていきました。
それからしばらくして、長かった冬が終わりました。
山を覆っていた雪が少しずつ溶け、小川には雪解け水が流れ始めます。
木々には新しい芽が出て、山のあちらこちらに小さな花が咲き始めました。
春です。
ところが、そのころ木こりは困っていました。
仕事の途中で腰を痛めてしまったのです。
「いたたた……。」
立ち上がることはできても、重たい薪を背負うことができません。
水の入った桶を運ぶのも一苦労です。
「これでは仕事が進まないなあ。」
木こりは家の中から、まだ片づいていない薪や畑を眺めました。
誰かに頼みたいところでしたが、村の人たちもそれぞれ春の仕事で忙しくしています。
「少しずつやるしかないか。」
そう思い、その日は早めに休むことにしました。
次の朝。
木こりが戸を開けると、思わず目を丸くしました。
「なんだ、これは?」
家の前に、薪がきれいに積まれていたのです。
昨日までは確かにありませんでした。
大きな薪。
細い枝。
使いやすいように、きちんと分けてあります。
「誰かが持ってきてくれたのか?」
木こりは辺りを見回しました。
けれど、誰の姿もありません。
「ありがたいことだ。」
木こりはそう思いましたが、誰がしてくれたのかはわかりませんでした。
ところが、次の日。
朝起きて外へ出てみると、今度は水桶いっぱいに水がくまれていました。
「まただ。」
さらに、その次の日。
畑へ行ってみると、伸びていた草がきれいに抜かれています。
「いったい誰なんだろう。」
木こりは不思議でたまりませんでした。
薪を運んだ人も。
水をくんだ人も。
畑の草を抜いた人も。
一度も姿を見せません。
そこで木こりは、ある晩、眠らずに待ってみることにしました。
夜が更けました。
村の家々の明かりが一つ、また一つと消えていきます。
やがて辺りは真っ暗になりました。
木こりは家の中で息を潜め、外の様子をうかがっていました。
しばらくすると――。
かさっ。
庭から小さな音がしました。
「来た。」
木こりはそっと戸の隙間から外をのぞきました。
月明かりの下を、小さな影が動いています。
一つではありません。
二つ。
三つ。
いくつもの影が、山の方からやって来ました。
よく見ると、それは森の動物たちでした。
たぬきが小さな枝を運んでいます。
うさぎは畑のそばを行ったり来たりしています。
りすたちは、小さな前足で一生懸命に木の実や枝を運んでいました。
そして、その真ん中に一匹のきつねがいました。
木こりは目を凝らしました。
「あれは……。」
冬の日に罠から助けた、あの子ぎつねでした。
あの時より少し大きくなっています。
子ぎつねは仲間たちと一緒に、せっせと木こりのために働いていたのです。
木こりは静かに戸を開けました。
「お前たちだったのか。」
動物たちは驚いて動きを止めました。
たぬきも。
うさぎも。
りすも。
じっと木こりを見つめています。
その中から、子ぎつねがゆっくり前へ出てきました。
木こりの前まで来ると、子ぎつねは静かに頭を下げました。
まるで、
「助けてくれて、ありがとう。」
と言っているようでした。
木こりの胸が、じんわりと温かくなりました。
「あの時のことを覚えていたのか。」
子ぎつねは木こりを見上げました。
「お礼なんていらなかったのに。」
すると子ぎつねは、
「キューン。」
と小さく鳴きました。
木こりには、その声が、
「今度はぼくが助けたかったんだよ。」
と言っているように聞こえました。
木こりはしゃがみ、子ぎつねの頭をそっとなでました。
「ありがとう。本当に助かったよ。」
月明かりの下で、子ぎつねはうれしそうに目を細めました。
やがて木こりの腰は、少しずつ良くなっていきました。
また薪を運べるようになり、山へ仕事に行けるようになりました。
それでも木こりは、動物たちのことを忘れませんでした。
山へ入るたび、
「今日も元気かい?」
と森へ声をかけます。
すると、ときどき木々の向こうから、
「キューン。」
と小さな声が返ってきました。
木こりは立ち止まり、にっこり笑いました。
それからも木こりは、山で困っている動物を見つければそっと助け、村で困っている人がいれば、自分にできることを手伝いました。
そんな木こりの姿を見て、村の人たちも少しずつ声をかけ合うようになりました。
「困っているなら手伝おうか。」
「今度は私が力を貸すよ。」
山のふもとの小さな村では、人も動物も、それぞれにできることをしながら暮らしていきました。
そして木こりが山へ入ると、今でもどこかの木の陰から、一匹のきつねがうれしそうにその姿を見守っていたそうです。
おしまい。
登場人物
- 木こり
山のふもとの村に暮らす心優しい男性。困っている子ぎつねを見つけ、見返りを求めず助けます。 - 子ぎつね
猟師の罠にかかっていたところを木こりに助けられた小さなきつね。後に森の仲間たちと一緒に木こりを助けます。 - 森の動物たち
たぬき、うさぎ、りすなど、子ぎつねと一緒に木こりの家へやって来て、薪運びや畑仕事を手伝う仲間たちです。
教訓
- 見返りを求めずに差し伸べた優しさが、誰かの心に残ることがある。
- 自分が助けてもらった時には、今度は自分にできることで誰かを助けることができる。
- 人だけでなく、動物や自然の中で生きる命も大切にする。
親子で話したいポイント
- 木こりは、どうして罠にかかった子ぎつねを助けたのかな?
- 子ぎつねは、どうして森の仲間たちと木こりを助けに来たのだろう?
- 木こりは動物たちが手伝ってくれていると知った時、どんな気持ちだったと思う?
- 誰かに助けてもらって、うれしかったことはある?
- 自分が誰かのためにできることには、どんなことがあるかな?
保育士向け活用ポイント
「自分が誰かに助けてもらった経験」「友だちを助けた経験」などを振り返り、子ども同士で話し合う活動にも活用できます。
「思いやり」「助け合い」「感謝」について考える導入教材として活用できます。
木こりが子ぎつねを助け、今度は子ぎつねたちが木こりを助ける展開から、優しさが一方通行ではなく、人から人へつながっていくことを伝えられます。
子ぎつねや森の動物たちを通して、動物の命や自然との関わりについて考える活動にもつなげられます。


コメント