梨とり兄弟(なしとりきょうだい)

昔話

あらすじ

むかしむかし、山のふもとの小さな村に、三人の兄弟が年老いたお母さんと暮らしていました。

ある夏の日、お母さんが病気になり、食事もほとんど食べられなくなってしまいます。

「昔、山の奥で食べた甘い梨が忘れられないよ。」

その言葉を聞いた兄弟は、お母さんを元気にするため、三人で山奥へ梨を探しに行くことにしました。

深い山には、橋のない川や道をふさぐ大岩が待ち受けています。

それでも三人は知恵と力を合わせ、ついに大きな梨の実る木を見つけます。

ところが、梨を取ろうとしたその時――。

山の奥から、大きな声が響いてきました。


本文

むかしむかし、山のふもとの小さな村に、三人の兄弟が暮らしていました。

一番上の兄は、しっかり者。

二番目の兄は、よく周りを見て考えるのが得意。

一番下の弟は、まだ幼いところもありましたが、元気いっぱいで優しい子でした。

三人は年老いたお母さんと一緒に、小さな家で暮らしていました。

決して豊かな暮らしではありません。

それでも兄弟は畑を耕し、山で薪を拾い、家の仕事を手伝いながら、家族四人で仲良く暮らしていました。

ある夏の日のことです。

いつも朝早く起きるお母さんが、その日はなかなか布団から出てきませんでした。

「お母さん?」

一番上の兄が声をかけました。

返事はありますが、声に元気がありません。

三人が布団のそばへ行ってみると、お母さんは顔を赤くして横になっていました。

「熱がある。」

「大丈夫?」

「少し休めばよくなるよ。」

お母さんはそう言いましたが、その日になっても、次の日になっても、なかなか元気になりません。

兄弟は心配しました。

食事を作っても、お母さんはほとんど口にしません。

「お母さん、何か食べたいものはある?」

一番下の弟が尋ねました。

お母さんはしばらく考えていましたが、やがて小さな声で言いました。

「そうだねえ……。」

「昔、山の奥で食べた梨があったよ。」

「梨?」

「ああ。」

お母さんは懐かしそうに目を細めました。

「とても大きくて、みずみずしくてね。」

「一口食べると、甘い汁が口いっぱいに広がるような梨だった。」

「もう一度、あの梨を食べられたら……少し元気になれるかもしれないね。」

兄弟は顔を見合わせました。

「その梨は、どこにあるの?」

「ずっと山の奥だったと思うよ。」

お母さんは言いました。

「でも、ずいぶん昔のことだからねえ。」

三人はしばらく黙っていました。

山の奥。

村の大人たちでさえ、めったに入らない場所です。

けれど、一番上の兄が立ち上がりました。

「よし。」

二番目の兄もうなずきました。

「探しに行こう。」

一番下の弟も、

「僕も行く!」

と立ち上がりました。

「三人で、お母さんの梨を取ってこよう!」

お母さんは驚きました。

「そんな、無理をしなくてもいいんだよ。」

「大丈夫。」

一番上の兄は笑いました。

「三人一緒だから。」

翌朝。

まだ空が白み始めたばかりのころ、三人は山へ向かいました。

食べ物と水、縄、それから小さな道具を持って出発します。

「お母さん、行ってきます。」

「気をつけるんだよ。」

「暗くなる前に帰っておいで。」

三人は何度もうなずき、山道へ入っていきました。

最初のうちは、よく知っている道でした。

鳥の声が聞こえ、

木々の間から朝の光が差し込み、

小さな沢の水がきらきらと輝いています。

「この辺なら何度も来たことがある。」

一番上の兄が言いました。

「梨の木はもっと奥だよね。」

「お母さんは、ずっと山の奥だと言っていた。」

二番目の兄が答えます。

三人はさらに進みました。

やがて、見慣れた道がなくなっていきました。

木々はだんだん高くなり、枝と葉が空を覆っています。

昼間なのに、辺りは薄暗く感じられました。

足元には太い木の根が張り出し、道も細くなっていきます。

ざわざわ……。

風が吹くと、頭上の葉が一斉に揺れました。

「ずいぶん奥まで来たな。」

一番下の弟が、少し不安そうに辺りを見回しました。

「大丈夫。」

一番上の兄が言いました。

「三人一緒だ。」

さらに歩いていくと――。

ざああああ……。

大きな水の音が聞こえてきました。

「川だ。」

木々の間を抜けると、目の前に大きな川が流れていました。

山の水は勢いが強く、白いしぶきを上げています。

ところが――。

「橋がない。」

二番目の兄が言いました。

辺りを探しても、向こう岸へ渡る橋はありません。

一番上の兄は川へ足を入れてみました。

「だめだ。」

水の流れに足を取られそうになり、すぐに戻ります。

「このまま渡るのは危ない。」

三人は困りました。

「どうしよう。」

「引き返す?」

その時、一番下の弟が辺りを見回しました。

川岸には、折れた木や長い枝がいくつも落ちています。

弟は言いました。

「これを使えないかな?」

「これ?」

「三人で木を集めて、橋を作るんだよ。」

二人の兄は顔を見合わせました。

「それなら渡れるかもしれない。」

三人はさっそく木を集め始めました。

「これは長いぞ。」

「こっちにもある!」

「その木を押さえて!」

一番上の兄が重い木を運び、

二番目の兄が丈夫な木を選び、

一番下の弟が縄を持って走り回ります。

三人で木を並べ、しっかり縄で結びました。

ずいぶん時間はかかりましたが、やがて向こう岸まで届く小さな橋ができました。

「できた!」

一人ずつ、慎重に渡ります。

下を見ると、川の水が勢いよく流れていました。

「ゆっくり。」

「足元を見て。」

三人は無事に向こう岸へ渡ることができました。

「弟の考えた橋のおかげだな。」

一番上の兄が言うと、弟はうれしそうに笑いました。

「三人で作ったからだよ。」

兄弟は再び山の奥へ進みました。

しばらくすると、今度は道の真ん中に大きな岩が現れました。

「うわあ……。」

人の背丈ほどもある、大きな岩です。

右側は急な斜面。

左側には深い谷があります。

岩を越えて進むのは難しそうでした。

「動かせるかな。」

一番上の兄が岩に両手を当てました。

「よいしょ!」

ぐぐぐ……。

けれど、岩は動きません。

「僕もやってみる。」

二番目の兄が押しました。

「ううう……!」

やはり動きません。

一番下の弟も挑戦しました。

「えいっ!」

もちろん、大きな岩はびくともしません。

三人は岩の前に座り込みました。

「一人じゃ無理だ。」

一番上の兄が汗を拭きました。

すると二番目の兄が言いました。

「一人ずつやるから動かないんじゃない?」

「三人で押してみよう。」

「そうだな。」

三人は横に並びました。

一番上の兄が言います。

「いくぞ。」

「せーの!」

「よいしょ!」

ぐぐっ。

岩が、ほんの少し動きました。

「動いた!」

「もう一回!」

「せーの!」

「よいしょおお!」

ごろっ。

「あと少し!」

三人は足を踏ん張りました。

「せーの!」

「それっ!」

ごろごろごろ……!

大きな岩が道の端へ転がりました。

「やった!」

三人は顔を見合わせて笑いました。

一人では動かなかった岩が、三人なら動いたのです。

けれど、まだ梨は見つかりません。

太陽は少しずつ西へ傾き始めていました。

「本当にあるのかな。」

一番下の弟が言いました。

「ここまで来たんだ。」

一番上の兄が答えます。

「もう少し探してみよう。」

さらに山の奥へ進みます。

いつの間にか、鳥の声も少なくなっていました。

しん……。

深い山の中には、三人の足音だけが響きます。

ざっ。

ざっ。

ざっ。

時折、どこかの茂みから、

がさっ。

と音がしました。

三人が振り返っても、何もいません。

「何かいるのかな。」

弟が小さな声で言いました。

「山だからな。」

兄は答えましたが、自分も少し気になっていました。

その時です。

「ねえ。」

二番目の兄が立ち止まりました。

「何か、甘い匂いがしない?」

三人は鼻をくんくんさせました。

確かに、風に乗って甘い香りが漂ってきます。

「梨だ!」

三人は香りを頼りに進みました。

木々の間を抜けると――。

「わあ……。」

小さく開けた場所に、一本の大きな梨の木が立っていました。

今まで見たこともないほど立派な木です。

枝には、たくさんの梨が実っていました。

どれも丸々と大きく、薄暗い山の中でもつやつやと輝いて見えます。

「これだ。」

一番上の兄が言いました。

「きっと、お母さんが言っていた梨だ。」

一番下の弟は飛び上がりました。

「やった!」

「これでお母さんが元気になる!」

三人は梨の木へ近づきました。

甘い香りがします。

一番上の兄が、一番大きな梨へ手を伸ばしました。

その時――。

ざわっ。

突然、風が吹きました。

梨の木の葉が一斉に揺れます。

三人は手を止めました。

「……?」

さっきまで静かだった山の空気が、急に変わったような気がしました。

ざわざわざわ……。

木々が大きく揺れています。

けれど、不思議なことに、梨の木だけはほとんど揺れていません。

「お兄ちゃん……。」

弟が兄の袖をつかみました。

「何か変だよ。」

その瞬間――。

「その梨は誰のものだ!」

どおん、と山中に響くような大声がしました。

「うわっ!」

三人は飛び上がりました。

声は山の奥から聞こえてきます。

「だ、誰だ!」

一番上の兄が叫びました。

返事はありません。

しん……。

急に風がやみました。

鳥の声も聞こえません。

三人は息をのみました。

木々の向こう。

薄暗い森の中で、何かが動きました。

ざっ。

ざっ。

重い足音が近づいてきます。

一歩。

また一歩。

三人は梨の木の前で身を寄せ合いました。

やがて木々の間から、大きな影が現れました。

それは、山の主でした。

三人よりもずっと大きな体。

長い髪。

山そのものを背負っているような堂々とした姿です。

山の主は三人をじっと見下ろしました。

「この山の梨を、勝手に取ろうとする者は誰だ。」

低い声が響きました。

一番下の弟は兄の後ろへ隠れました。

二番目の兄も顔をこわばらせています。

一番上の兄も怖くてたまりません。

逃げ出したい気持ちになりました。

けれど――。

お母さんの顔が浮かびました。

布団の中で、

「もう一度、あの梨を食べられたら。」

そう言っていたお母さん。

一番上の兄は勇気を出して一歩前へ出ました。

「ご、ごめんなさい。」

山の主は黙っています。

「勝手に取ろうとしたことは謝ります。」

兄は頭を下げました。

「でも、この梨は、僕たちが食べるために欲しいのではありません。」

「では、何のためだ。」

「病気のお母さんのためです。」

山の主の目が、わずかに動きました。

二番目の兄も前へ出ました。

「お母さんは今、ほとんど何も食べられません。」

一番下の弟も、兄の後ろから顔を出しました。

「昔、この山で食べた梨を、もう一度食べたいって言ったんです。」

「だから三人で探しに来ました。」

山の主は何も言いません。

ただ、三人をじっと見つめています。

しばらくの間、誰も動きませんでした。

風が戻ってきました。

さわさわ……。

梨の葉が静かに揺れます。

やがて山の主が口を開きました。

「ここまで来るのは、楽ではなかっただろう。」

「はい。」

「川を渡りました。」

「大きな岩も三人で動かしました。」

山の主はうなずきました。

「それでも引き返さなかったのか。」

一番下の弟が答えました。

「お母さんに梨を食べてもらいたかったから。」

すると――。

山の主の険しかった表情が、少しだけやわらぎました。

「そうか。」

山の主は梨の木へ近づきました。

そして枝に実っていた中から、ひときわ大きな梨を一つ選びました。

手を伸ばし、

ぷつん。

梨をもぎ取ります。

「持っていきなさい。」

三人は目を丸くしました。

「いいのですか?」

「自分たちのためではなく、母親のためにここまで来たのだろう。」

山の主は梨を一番上の兄へ渡しました。

ずっしりと重く、両手でなければ持てないほど大きな梨でした。

「ありがとうございます!」

三人は何度も頭を下げました。

「ただし。」

山の主の声に、三人は顔を上げました。

「山の恵みは、必要な分だけいただくのだ。」

「はい!」

「欲張ってはいけない。」

「はい!」

三人は大きな梨を大切に包みました。

「本当にありがとうございました。」

もう一度頭を下げて顔を上げると――。

そこには、もう山の主の姿はありませんでした。

「え?」

三人は辺りを見回しました。

木々が揺れているだけです。

ざわざわ……。

遠くから鳥の声が聞こえてきました。

「いなくなった……。」

一番下の弟がつぶやきました。

一番上の兄は、手の中の梨を見ました。

「夢じゃない。」

「早くお母さんのところへ帰ろう。」

三人は山を下り始めました。

帰り道も決して楽ではありませんでした。

けれど、三人で声を掛け合いました。

「そこ、滑るぞ。」

「梨を落とさないように。」

「僕が荷物を持つよ。」

大岩を動かした道を通り、

三人で作った橋を一人ずつ慎重に渡ります。

太陽が山の向こうへ沈み始めたころ、ようやく村が見えてきました。

「あっ!」

「家だ!」

三人は疲れも忘れて走りました。

「お母さん!」

家の戸を開けます。

お母さんは布団の中から顔を上げました。

「まあ……。」

泥だらけになった三人を見て驚きます。

「お前たち、本当に行ってきたのかい?」

一番上の兄が包みを開きました。

「見て。」

中から、大きな梨が現れました。

「まあ……!」

お母さんの目が大きくなりました。

「この梨……。」

「お母さんが言っていた梨?」

お母さんは懐かしそうに梨を見つめました。

「ああ。」

「きっと、この梨だよ。」

兄弟は梨の皮をむきました。

包丁を入れると、果汁があふれ出します。

甘い香りが部屋いっぱいに広がりました。

一切れを、お母さんへ渡します。

「どうぞ。」

お母さんはゆっくり梨を口に運びました。

しゃりっ。

みずみずしい音がします。

しばらく味わってから、お母さんはにっこり笑いました。

「おいしい。」

兄弟の顔も明るくなりました。

「よかった!」

「もっと食べて!」

お母さんは少しずつ梨を食べました。

すると不思議なことに、その日から少しずつ食欲が戻ってきました。

次の日には布団から起き上がり、

何日かすると家の中を歩けるようになりました。

やがて、いつもの元気なお母さんに戻りました。

「お母さん、元気になった!」

一番下の弟が抱きつきました。

「ありがとう。」

お母さんは三人を見つめました。

「お前たちは、本当に優しい子どもたちだね。」

一番上の兄は首を振りました。

「僕一人じゃ、たどり着けなかったよ。」

二番目の兄も言いました。

「川では弟が橋を作ろうって言った。」

一番下の弟も言いました。

「大きな岩は三人で押したから動いたんだよ。」

三人は顔を見合わせました。

「三人だったから、梨を持って帰れたんだ。」

お母さんはうれしそうに笑いました。

それからも兄弟は、困ったことがあるたびに三人で話し合いました。

力が必要な時は力を合わせ、

考えなければならない時は知恵を出し合い、

誰かが困っている時には、残りの二人が助けました。

そして時々、三人は山の方を眺めました。

深い森の向こうには、あの日の梨の木が今も立っているのでしょう。

風が吹くと――。

ざわざわ……。

山の木々が揺れます。

一番下の弟が言いました。

「山の主、今も見てるかな。」

一番上の兄は笑いました。

「きっと見てるさ。」

三人は並んで、遠くの山へ頭を下げました。

おしまい。


登場人物

  • 一番上の兄
    しっかり者で、三人の先頭に立って山を進みます。山の主が現れた時には、怖さをこらえて母親のために梨を探していることを伝えます。
  • 二番目の兄
    周囲をよく見て考えることが得意。兄弟と相談しながら、困難を乗り越えていきます。
  • 一番下の弟
    元気で優しい末っ子。橋のない川にたどり着いた時、木を集めて橋を作ることを思いつきます。
  • お母さん
    三人の兄弟を育ててきた母親。病気になり、昔食べた山奥の甘い梨を懐かしみます。
  • 山の主
    山とその恵みを守る不思議な存在。最初は梨を取ろうとした兄弟を厳しく問いただしますが、母親を思う三人の気持ちを知り、大きな梨を一つ与えます。

教訓

  • 家族を大切に思う気持ちは、困難に立ち向かう大きな力になる。
  • 一人では難しいことでも、それぞれの力や知恵を持ち寄ることで乗り越えられることがある。
  • 年齢や力の強さに関係なく、それぞれにできることがあり、協力することで大きな力になる。
  • 自然の恵みを受け取る時には、欲張らず、必要な分を大切にいただく気持ちも大切。

親子で話したいポイント

  • 三人の兄弟は、どうして山奥まで梨を探しに行ったのかな?
  • 橋のない川では、どうやって向こう岸へ渡った?
  • 一人では動かなかった大岩が、どうして三人なら動いたのかな?
  • 山の主は、どうして兄弟に梨を渡してくれたのだろう?
  • 家族や友達が困っている時、自分にはどんなことができるかな?

保育士向け活用ポイント

  • 家族を思う気持ちと、仲間と協力することの大切さを考える読み聞かせに適しています。
  • 川を渡る、大岩を動かす、山の主と出会うなど場面の変化が多く、子どもが物語の展開を楽しみやすい題材です。
  • 「一人ではできなかったことが、三人ならできた」という展開から、友達と力を合わせる経験について話し合うことができます。
  • 積み木や大型ブロックを使った橋作りなど、協力して一つのものを作る遊びにも発展させられます。
  • 兄弟、お母さん、山の主など役割が分かりやすく、4〜5歳児の劇遊びや表現活動にも取り入れやすい昔話です。

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