あらすじ
むかしむかし、山と川に囲まれた豊かな村がありました。
ところが、ある年の夏、何日たっても雨が降らなくなってしまいます。
川の水は減り、田んぼや畑の作物もしおれ、村人たちは困り果てていました。
そんなとき、村のおじいさんが「山の奥には雨を呼ぶ竜が住んでいる」という古い言い伝えを話します。
村を救いたいと願った若者・太郎は、竜に雨を降らせてもらうため、一人で険しい山へ向かうことにしました。
果たして太郎は竜に会い、村に雨を取り戻すことができるのでしょうか。
本文
むかしむかし、山と川に囲まれた小さな村がありました。
村の周りには豊かな田畑が広がり、春になると田んぼには青々とした稲が育ちました。
夏には野菜が実り、秋になれば黄金色の稲穂が風に揺れます。
山から流れてくる川には、いつもきれいな水が流れていました。
村人たちはその水を田んぼへ引き、畑を潤し、毎日の暮らしにも使っていました。
「今年もたくさん実るといいな」
「きっと豊作になるさ」
村人たちは自然の恵みを受けながら、穏やかに暮らしていました。
ところが、ある年の夏のことです。
朝から強い日差しが照りつけていました。
「今日も暑くなりそうだ」
村人たちは空を見上げました。
青い空には、雲がほとんどありません。
それでも最初のうちは、誰もそれほど心配していませんでした。
「そのうち夕立でも来るだろう」
「夏だから、こんな日もあるさ」
ところが――。
一日たっても、雨は降りません。
三日たっても降りません。
一週間たっても、空には雨雲ひとつ現れませんでした。
毎日、ぎらぎらと太陽が照りつけます。
地面はからからに乾き、踏むたびに白い土ぼこりが舞いました。
川の水も、少しずつ少なくなっていきました。
「ずいぶん水が減ったな……」
村人たちの顔から笑顔が消えていきました。
さらに一週間が過ぎました。
それでも雨は降りません。
田んぼの土にはひびが入り始めました。
青々としていた稲は葉を垂らし、畑の野菜もしおれていきます。
川では、今まで水の下にあった石がむき出しになっていました。
子どもたちにも、
「水を無駄に使ってはいけないよ」
と、大人たちが言い聞かせるようになりました。
おじいさんやおばあさんたちは、朝になるたび空を見上げました。
けれど、どこまでも青い空が広がっているだけです。
「雨よ、降っておくれ……」
誰もがそう願っていました。
それから何日かたったころ。
とうとう村人たちは集まって相談することにしました。
「このままでは田んぼが全部枯れてしまう」
「畑の作物も、もう長くはもたないぞ」
「川の水までなくなったら、どうすればいいんだ」
みんなが困り果てていると、一人のおじいさんが静かに口を開きました。
「そういえば……昔、わしのじいさんから聞いたことがある」
「何をです?」
村人たちがおじいさんを見ました。
おじいさんは村の向こうにそびえる大きな山を指さしました。
「あの山のずっと奥には、雨を呼ぶ竜が住んでいるそうじゃ」
「竜?」
「そんなものが本当にいるのか?」
村人たちがざわめきます。
おじいさんはゆっくりとうなずきました。
「わしも見たことはない。じゃが昔、大変な日照りになったとき、山奥の竜に雨を願ったという話が残っている」
みんなは山を見上げました。
高い山の頂は遠く、その奥には深い森が広がっています。
「でも、あんな山の奥まで誰が行くんだ?」
「道だってあるかどうか分からないぞ」
「本当に竜がいたとしても、何をされるか……」
誰もが顔を見合わせました。
そのときです。
「僕が行きます」
一人の若者が立ち上がりました。
村に住む太郎でした。
「太郎?」
「本気なのか?」
太郎はうなずきました。
「このまま何もしなければ、田んぼも畑も枯れてしまいます。村のみんなが困っているなら、できることをしたいんです」
「だが、山の奥は危険だぞ」
「どんな場所かも分からない」
村人たちは心配しました。
それでも太郎の気持ちは変わりませんでした。
「行ってみます」
翌朝。
太郎は水と少しの食べ物を背負い、村を出発しました。
「気をつけるんだぞ!」
「必ず帰ってきておくれ!」
村人たちに見送られ、太郎は山へ入っていきました。
初めのうちは、村人たちも使うなだらかな山道でした。
けれど、奥へ進むにつれて道は細くなっていきます。
木々は高く生い茂り、昼間なのに森の中は薄暗くなっていました。
ザワザワ……。
風が吹くたび、頭の上で葉が揺れます。
太郎は大きな岩を越え、急な坂道を登りました。
ときには足を滑らせ、
「うわっ!」
慌てて木の幹につかまることもありました。
夜になると、大きな木の下で休みました。
遠くから、
ホォー……。
ホォー……。
と、鳥の鳴き声が聞こえます。
ガサッ。
近くの茂みで何かが動くたび、太郎は目を覚ましました。
「大丈夫だ……」
自分に言い聞かせながら、夜が明けるのを待ちました。
次の日も歩きました。
さらにその次の日も。
どれだけ歩いたでしょう。
とうとう太郎は、これまで見たこともないほど山の奥深くまでやってきました。
辺りには人が歩いた跡さえありません。
そのとき――。
ヒュウウウウ……。
どこからか、冷たい風が吹いてきました。
「こんな暑い日に……?」
太郎は風の吹いてくるほうへ進みました。
木々の間を抜けると、目の前に巨大な岩山が現れました。
その岩山には、ぽっかりと黒い穴が開いています。
大きな洞窟でした。
ヒュウウウ……。
冷たい風は、その洞窟の中から吹いています。
太郎は足を止めました。
洞窟の奥は真っ暗です。
どこまで続いているのか、まったく見えません。
「もしかして……ここに竜が?」
太郎の胸がどきどきしました。
逃げ出したくなる気持ちをこらえ、ゆっくりと洞窟へ足を踏み入れます。
一歩。
また一歩。
外の光が少しずつ遠ざかっていきました。
洞窟の中には、太郎の足音だけが響きます。
コツ……。
コツ……。
コツ……。
やがて――。
太郎は足を止めました。
暗闇の奥から、何かの音が聞こえたのです。
ゴォォォ……。
ゴォォォ……。
まるで風のような音でした。
けれど、風ではありません。
何かがゆっくりと息をしている音です。
太郎はごくりと唾を飲み込みました。
さらに奥へ進みます。
すると暗闇の中に、二つの光が浮かび上がりました。
ぎらり。
太郎の体が固まりました。
その二つの光は――目でした。
巨大な竜が、洞窟の奥に体を横たえていたのです。
長い体には大きな鱗が並び、太郎が見上げるほどの姿をしています。
竜はゆっくりと頭を持ち上げました。
洞窟の中に、低い声が響きます。
「人間よ……」
太郎は思わず一歩後ずさりました。
「なぜ、ここへ来た」
その声は洞窟の壁を震わせるほどでした。
けれど太郎は逃げませんでした。
震える足に力を入れ、竜を見上げました。
「お願いがあって来ました」
「お願い?」
「私の村に、雨を降らせてほしいのです」
竜は黙っています。
太郎は続けました。
「もう何日も雨が降っていません。川の水は減り、田んぼも畑も枯れ始めています」
「このままでは、村のみんなが暮らしていけません」
太郎は深く頭を下げました。
「どうか……雨を降らせてください」
しばらく、何の音もしませんでした。
太郎は頭を下げたまま待ちました。
やがて竜が口を開きました。
「人間よ」
「はい」
「お前たちは、水が豊かにあるとき、そのありがたさを忘れてはいなかったか」
太郎は顔を上げました。
竜は静かに太郎を見つめています。
「山の木々が水を蓄え、川が田畑を潤し、雨が作物を育てる」
「それを当たり前のものと思い、好きなだけ使ってはいなかったか」
太郎は何も言えませんでした。
思い返してみれば、水が豊かだったころ、村では誰も水がなくなることなど考えていませんでした。
川にはいつでも水が流れている。
雨はそのうち降る。
そんなふうに思っていました。
太郎は正直に答えました。
「……そうだったかもしれません」
竜は黙っています。
「でも今は、みんな分かっています」
太郎は竜をまっすぐ見ました。
「水がなければ、田んぼも畑も、人も動物も生きていけません」
「これからは水を大切にします。山も川も大切にします」
「だから、どうか村を助けてください」
竜は長い間、太郎を見つめていました。
洞窟の中には、ぽたり、ぽたりと岩から落ちる水の音だけが響いています。
やがて――。
竜がゆっくりと立ち上がりました。
巨大な体が動くたび、洞窟の地面が震えます。
ゴゴゴゴ……。
「人間の心が本当に変わったというのなら――」
竜は大きく頭を上げました。
「力を貸そう」
「本当ですか!」
太郎の顔が明るくなりました。
竜は洞窟の出口へ向かいました。
そして外へ出ると、大きく空を見上げました。
次の瞬間――。
竜の体がふわりと浮かび上がりました。
長い体をくねらせながら、山の上へ、さらに高く昇っていきます。
太郎はその姿を見上げました。
すると、それまで真っ青だった空に、一つの黒い雲が現れました。
雲はみるみる広がっていきます。
一つ。
二つ。
三つ。
山の向こうから次々と雲が集まり、空を覆っていきました。
ゴロゴロ……。
遠くで雷が鳴りました。
村でも人々が空を見上げていました。
「雲だ!」
「雨雲が来たぞ!」
久しぶりに見る黒い雲でした。
ゴロゴロゴロ……。
空が光ります。
そして――。
ぽつり。
畑にいた村人の頬に、一滴の水が落ちました。
「……雨?」
ぽつり。
また一滴。
ぽつ、ぽつ、ぽつ。
やがて――。
ザアアアアアッ!
大粒の雨が村いっぱいに降り始めました。
「雨だ!」
「雨だぞ!」
「恵みの雨だ!」
村人たちは家から飛び出しました。
子どもたちは両手を広げ、降ってくる雨を全身で受けました。
おじいさんもおばあさんも、空を見上げて笑っています。
からからに乾いていた地面が、みるみる色を変えていきます。
田んぼには水が戻りました。
しおれていた野菜の葉にも、雨粒がいくつも光っています。
細くなっていた川にも、少しずつ水が戻ってきました。
雨は長い間、村と山を潤しました。
そして雨が上がるころ――。
雲の切れ間から太陽の光が差し込みました。
村の空に、大きな虹がかかりました。
「見て!」
一人の子どもが空を指さしました。
「虹だ!」
みんなが見上げます。
七色の虹の向こう。
雲の間を、長い影がゆっくりと進んでいました。
「あれは……」
村人たちは目を凝らしました。
その姿はすぐに雲の中へ消えてしまいました。
けれど誰もが、それが何だったのか分かったような気がしました。
やがて太郎も山から帰ってきました。
「太郎!」
「帰ってきたぞ!」
村人たちは駆け寄りました。
「よく無事で帰ってきた!」
「お前が雨を降らせてくれたのか?」
太郎は首を横に振りました。
「僕じゃありません」
太郎は雨に濡れて輝く山を見上げました。
「竜が力を貸してくれたんです」
そして、竜と交わした約束を村のみんなに話しました。
それから村人たちは、水を今まで以上に大切にするようになりました。
山の木をむやみに傷つけず、川を汚さず、田畑へ流す水も必要な分だけ使いました。
雨の日には、子どもたちが軒下から空を見上げました。
「今日も竜が雨を降らせてくれているのかな」
すると大人たちは、山のほうを見ながら答えました。
「そうかもしれないねえ」
遠い山の頂には、白い雲がかかっています。
その雲の奥で、長い影がゆっくりと動いたように見えることもありました。
そして村には、それからも山と川を潤す雨が降り続けたということです。
おしまい。
登場人物
- 太郎
日照りに苦しむ村を救うため、一人で山奥へ向かった勇気ある若者。竜を前にしても逃げず、村のために雨を願います。 - 雨を降らせる竜
山奥の洞窟に住む不思議な竜。雨や雲を呼ぶ力を持ち、人間が自然の恵みを大切にしているかを太郎に問いかけます。 - 村人たち
雨が降らず、田畑や川が干上がり始めて困っていた人々。太郎が竜と交わした約束を聞き、その後は水や山、川を大切にするようになります。 - 村のおじいさん
山奥に雨を呼ぶ竜が住んでいるという、昔から伝わる話を村人たちに教えます。
教訓
- 水や雨、山や川など、自然から受け取る恵みは決して当たり前のものではありません。
- 誰かが困っているとき、自分にできることを考えて行動する勇気が大切です。
- 人間の暮らしは自然と深くつながっており、その恵みを大切に使うことが必要です。
親子で話したいポイント
- もし雨がずっと降らなかったら、私たちの暮らしはどうなるかな?
- 太郎は怖かったのに、どうして山奥まで行くことができたのだろう?
- 竜は、どうしてすぐに雨を降らせなかったのかな?
- 私たちは普段、どんなときに水を使っている?
- 山や川、水を大切にするために、自分たちにできることは何だろう?
保育士向け活用ポイント
水遊びや自然観察の前に読み、水を大切に使うことについて話し合う導入にもおすすめです。
「雨」「水」「自然の恵み」をテーマにした読み聞かせとして、梅雨や夏の時期に活用しやすい作品です。
雨が降らない村と、雨が戻ったあとの村を比べることで、水が植物や生き物、人の暮らしにどのような役割を持っているのか考えるきっかけになります。
「太郎はなぜ一人で山へ行ったのか」「竜はなぜ太郎に質問したのか」など、登場人物の気持ちを考える活動にもつなげられます。
雨雲、虹、竜など、子どもがイメージを膨らませやすいものが多く、絵画や製作活動の題材としても活用できます。
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