赤神と黒神

あ行

あらすじ

むかしむかし、大きな山をはさんで、二柱の神様が暮らしていました。

山の東に住むのは、力持ちで勇敢な赤神。
山の西に住むのは、知恵深く慎重な黒神。

考え方の違う二柱は、顔を合わせるたびに言い争っていました。

そんなある夏、降り続いた大雨によって川があふれ、山のふもとの村が流されそうになります。

村を救おうとする赤神と黒神。力と知恵、それぞれの得意なことを生かしたとき、二柱の関係にも大きな変化が訪れます。

本文

むかしむかし、大きな山をはさんで、二柱の神様が暮らしていました。

山の東に住んでいるのは、赤神。

山の西に住んでいるのは、黒神。

赤神は燃えるような真っ赤な衣をまとい、村人が何人集まっても動かせないような大岩を、たった一人で持ち上げるほどの力を持っていました。

困っている人を見つけると、じっとしてはいられません。

「よし、わしに任せろ!」

そう言って、すぐに駆けつける勇敢な神様でした。

一方の黒神は、夜の闇のような真っ黒な衣をまとっていました。

黒神はとても物知りでした。

空を見上げれば星の動きを読み、木々の葉を見れば風の流れを知り、川を眺めれば水がどこへ向かおうとしているのかまで分かると言われていました。

ところが、この二柱の神様は、どうにも仲が良くありませんでした。

ある日、赤神が黒神に言いました。

「お前はいつも考えてばかりだな。難しいことを考えている暇があるなら、まず動けばよいのだ」

すると黒神は、少しも慌てずに答えました。

「お前はいつも動いてばかりだ。力だけで何でも解決しようとするから失敗するのだ。まず考えることが大切だ」

「何だと?」

「そのままの意味だ」

二柱が顔を合わせれば、いつもこんな調子でした。

山のふもとに暮らす村人たちも、そんな二柱のことをよく知っていました。

「赤神さまは頼もしいけれど、少し短気だなあ」

「黒神さまは賢いけれど、ちょっと慎重すぎるなあ」

村人たちはそう話していました。

そんなある夏のことです。

朝から空を厚い雲が覆い、雨が降り始めました。

ざあざあ。

ざあざあ。

雨は一日たってもやみません。

二日たっても、三日たっても降り続きました。

山の木々は雨をたっぷりと吸い込み、地面はぬかるみ、山道にはあちこちから水が流れ出しました。

いつもは穏やかな川も、日に日に姿を変えていきました。

茶色く濁った水が、ごうごうと音を立てながら流れています。

川岸へ様子を見に来た村人たちは、不安そうな顔をしました。

「ずいぶん水が増えているぞ」

「このまま雨がやまなかったら、川があふれるんじゃないか?」

「田んぼも家も流されてしまうぞ」

それでも雨は降り続きました。

そして、その日の夜。

村人たちが眠れずに家の中で雨音を聞いていると、

ゴォォォォ……。

地面の底から響いてくるような音がしました。

誰かが外へ飛び出しました。

「川だ!」

川の水が、とうとう堤を越え始めていたのです。

「大変だ!」

「水が来るぞ!」

「子どもたちを高いところへ!」

静かだった村は、たちまち大騒ぎになりました。

その知らせは、山の東にいる赤神の耳にも届きました。

「何っ! 川があふれたのか!」

赤神は勢いよく立ち上がりました。

「よし! わしが川をせき止めてやる!」

赤神は激しい雨の中、山へ駆け上がりました。

そして、大きな岩を見つけると、

「ぬおおおおっ!」

両腕で持ち上げました。

赤神は岩を抱えたまま山を駆け下り、川へ投げ入れました。

ドォン!

水しぶきが高く上がりました。

もう一つ。

ドォン!

さらにもう一つ。

ドォン!

一つ、二つ、三つ。

巨大な岩が次々と川へ積み上げられていきました。

「これでどうだ!」

ところが――。

ゴォォォォッ!

水の勢いは、赤神が思っていたよりもはるかに強いものでした。

岩と岩の隙間から水が噴き出し、せき止めたはずの場所を乗り越えて流れてきます。

赤神はさらに岩を運びました。

けれど、積んでも積んでも水は止まりません。

「くそっ! これでは間に合わん!」

赤神は雨に打たれながら歯を食いしばりました。

そのころ、山の西にいた黒神も異変に気づいていました。

黒神は高い場所まで登り、激しく流れる川をじっと見つめました。

雨の降り方。

山の斜面。

川の曲がり方。

そして、水がどこへ向かっているのか。

黒神は雨の中に立ったまま、長いあいだ川を見つめていました。

やがて、その目が大きく開きました。

「そうか……」

このままでは、増え続けた川の水が村へ向かってしまいます。

しかし、もっと上流で流れを変えれば、山の北側にある広い原っぱへ水を逃がすことができそうでした。

「これなら村を救えるかもしれない」

黒神はすぐに山を駆け下りました。

川のそばでは、赤神がまた大岩を持ち上げようとしていました。

「赤神!」

雨音に負けないよう、黒神が叫びました。

「何だ!」

「岩を積む場所が違う!」

赤神は振り返りました。

「何だと?」

「ここを止めても水はあふれる! もっと上流へ行くんだ!」

「上流だと?」

「そこで川の向きを変える。北側の原っぱへ水を逃がすんだ」

赤神は眉をひそめました。

「そんなことをしている時間はない! 今にも村へ水が流れ込むぞ!」

黒神は赤神の目をまっすぐ見ました。

そして、静かに言いました。

「私を信じろ」

赤神は黙りました。

背後では、濁った川が恐ろしい音を立てています。

ゴォォォォッ。

遠くからは村人たちの声も聞こえてきます。

赤神は黒神をじっと見つめました。

そして――。

「……わかった」

大きくうなずきました。

「やってみよう」

二柱は急いで上流へ向かいました。

黒神が場所を指さします。

「赤神、あそこだ!」

「よし!」

赤神は大岩を持ち上げ、黒神の示した場所へ運びました。

ドォン!

「次はもう少し右だ!」

「ここか!」

「そうだ!」

ドォン!

黒神は風の向きと水の流れを見ながら、次々と指示を出します。

赤神は泥だらけになりながら、何度も山を往復しました。

大きな岩。

平たい岩。

重い岩。

赤神は休むことなく運び続けました。

夜はますます深くなっていきます。

それでも二柱は手を止めませんでした。

「赤神、あと一つだ!」

「任せろ!」

赤神は最後の大岩を抱え上げました。

「ぬおおおおおっ!」

そして、黒神が指さした場所へ力いっぱい置きました。

ドォォン!

その瞬間でした。

ゴォォォォォッ!

大きな音を立て、川の水が岩にぶつかりました。

二柱は息をのみました。

水は岩に沿って流れ――。

少しずつ。

少しずつ。

向きを変え始めました。

「赤神、見ろ!」

「ああ!」

川の水は村ではなく、山の北側へ流れ始めました。

やがて大量の水が広い原っぱへと流れ込んでいきました。

空が少しずつ明るくなってきました。

夜明けです。

村からその様子を見ていた人々は、次々と声をあげました。

「水がそれたぞ!」

「村へ来ない!」

「助かった!」

「村が流されずにすんだ!」

あちこちから歓声が上がりました。

赤神はその場にどっかりと座り込みました。

「はあ……はあ……。さすがに疲れたぞ」

黒神も隣に座りました。

いつも落ち着いている黒神の衣も、泥と雨でびしょ濡れでした。

二柱はしばらく黙って、流れを変えた川を眺めていました。

やがて赤神が口を開きました。

「黒神」

「何だ?」

「お前の知恵がなければ、村は助からなかった」

黒神は少し驚いたように赤神を見ました。

そして答えました。

「いや」

黒神は積み上げられた大岩を見ました。

「お前の力がなければ、あれだけの岩を運ぶことはできなかった」

赤神は黒神を見ました。

黒神も赤神を見ました。

少しの間、二柱は黙っていました。

そして――。

「はっはっはっは!」

「ふふっ……はははは!」

初めて二柱は一緒に声をあげて笑ったのでした。

それ以来、赤神と黒神はよく力を合わせるようになりました。

冬になって大雪が降れば、赤神が積もった雪をどかして道を開きました。

黒神は山の様子を見ながら、安全に通れる道を教えました。

夏に日照りが続けば、黒神が空や風を読み、雨雲がどこにあるのかを探しました。

赤神は山を越え、力いっぱい風を起こして雲を村へ運びました。

二柱は相変わらず、時々言い合いもしました。

「まず動くのだ!」

「いや、まず考えろ!」

けれど、以前とは少し違います。

最後には、

「では、どうする?」

「お前はどう思う?」

と、お互いの考えを聞くようになっていました。

村人たちは、そんな二柱の神様を大切にしました。

毎年秋になると、村では収穫を祝う祭りが開かれるようになりました。

村の東には、大きな赤い旗。

村の西には、大きな黒い旗。

風が吹くと、二つの旗が同じ空の下ではためきます。

そして祭りの最後には、村の子どもたちが山に向かって元気いっぱいに叫びました。

「赤神さま、ありがとう!」

「黒神さま、ありがとう!」

その声が山々に響くと、山の東からは赤神の大きな笑い声が聞こえます。

そして山の西からは、黒神の静かな笑い声が聞こえてきました。

二柱の神様は、それぞれの山から今日も村を見守っています。

おしまい。

登場人物

  • 赤神
    山の東に住む、力持ちで勇敢な神様。困っている人を放っておけず、考えるより先に行動することがあります。
  • 黒神
    山の西に住む、知恵深く慎重な神様。星や風、水の流れなどをよく観察し、考えてから行動します。
  • 村人たち
    山のふもとの村で暮らす人々。考え方の違う赤神と黒神を、それぞれ大切な神様として慕っています。

教訓

  • 人にはそれぞれ違った得意なことや良さがあります。
  • 一人では解決できないことも、それぞれの力を生かして協力することで乗り越えられることがあります。
  • 自分とは違う考え方にも耳を傾け、互いの良さを認めることが大切です。

親子で話したいポイント

  • 赤神と黒神は、最初はどうして仲が良くなかったのかな?
  • 赤神と黒神、それぞれの得意なことは何だった?
  • どちらか一柱だけだったら、村を助けることはできたかな?
  • 自分の得意なことは何かな?
  • お友だちや家族と力を合わせて、何かをやり遂げたことはある?

保育士向け活用ポイント

  • 「協力」「役割分担」「一人ひとりの得意なこと」をテーマにした読み聞かせに活用しやすい作品です。
  • 赤神と黒神の違いを比べながら、「どちらが良い・悪いではなく、それぞれに良さがある」という視点を子どもたちと共有できます。
  • 読み聞かせ後に「自分の得意なこと」「友だちのすてきなところ」を考える活動へつなげるのもおすすめです。
  • 積み木やブロックを使った協同遊びなど、友だちと役割を分担する活動の導入にも活用できます。
  • 異年齢保育やグループ活動の前に読み、みんなで力を合わせることについて考えるきっかけにすることもできます。

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