あらすじ
むかしむかし、深い森の中に、虫や動物たちが暮らしていました。
その森には小さな病院があり、たくさんの足を持つ「むかで先生」が、みんなのお医者さんとして働いていました。
薬や道具をいくつも持ち、けがをした虫や病気になった動物を次々と診てくれるむかで先生は、森のみんなからとても頼りにされています。
ある日、足を痛めたうさぎも、むかで先生の手当てですっかり元気になりました。
ところが別の日、むかで先生は病院へ向かう途中、大きな石に道をふさがれてしまいます。
たくさんの足を使っても、重い石はびくともしません。
そこへ現れたのは、力持ちのくまでした。
何でも一人でできると思っていたむかで先生が、自分にもできないことがあると知り、それぞれの得意なことを生かして助け合う大切さに気づく昔話です。
本文
むかしむかし、深い森の中に、たくさんの虫や動物たちが暮らしていました。
木の上には鳥たち。
草むらには虫たち。
大きな木の根元には、うさぎやりすたちの家がありました。
森の真ん中には、小さな病院がありました。
丸太でできたかわいらしい病院です。
その病院でお医者さんをしていたのが――。
「はい、次の方どうぞ。」
むかで先生でした。
むかで先生は、森で評判のお医者さんです。
体は細長く、何より目立つのは、ずらりと並んだたくさんの足。
その足を器用に使って、毎日たくさんの患者を診ていました。
「先生、羽を痛めてしまいました。」
ちょうちょがやってきました。
「それはいけませんね。見せてください。」
むかで先生は、一つの足で薬箱を開けました。
別の足で薬を取り出します。
さらに別の足で包帯を持ちました。
「少しだけ我慢してくださいね。」
くるくる。
丁寧に包帯を巻いていきます。
「はい、これで大丈夫。」
「ありがとうございます!」
また別の日には、りすがやってきました。
「先生、おなかが痛いんです。」
「それでは、こちらへ。」
一つの足で椅子を出し、
一つの足で聴診器を持ち、
また別の足で薬を用意します。
たくさんの足が、あちらこちらで動いています。
その様子を見ていた動物たちは、いつも感心していました。
「むかで先生はすごいなあ。」
「あんなにたくさんのことを一度にできるんだもの。」
「森で一番のお医者さんだね。」
むかで先生も、そう言われるとうれしくなりました。
「困った時は、いつでも来てください。」
「私が何とかしてあげましょう。」
ある朝のことです。
むかで先生が病院で薬を整理していると――。
「先生! 先生!」
外から慌てた声が聞こえてきました。
むかで先生が戸を開けると、小鳥が飛び込んできました。
「大変です!」
「森の奥で、うさぎさんがけがをしました!」
「何ですって?」
むかで先生はすぐに薬箱を持ちました。
「案内してください。」
小鳥について森の奥へ向かいます。
むかで先生のたくさんの足が、次々と動きました。
さささささっ。
草の上を進み、
木の根を越え、
小さな石の間をすり抜けていきます。
やがて、大きな木のそばに一匹のうさぎが座り込んでいるのを見つけました。
「うう……痛いよ……。」
うさぎは涙を流しています。
どうやら走っている途中で木の根につまずき、転んでしまったようです。
「大丈夫ですよ。」
むかで先生は優しく声をかけました。
「すぐに診てあげますからね。」
「先生……。」
むかで先生は、うさぎの足をそっと見ました。
「ここが痛いですか?」
「うん……。」
「それでは、しばらく動かさないでください。」
むかで先生は薬箱を開けました。
一つの足で薬を取り、
別の足で布を持ち、
さらに別の足で包帯を広げます。
「ちょっと冷たいですよ。」
「はい……。」
むかで先生は傷をきれいにして、丁寧に手当てをしました。
最後に包帯を巻きます。
「これで大丈夫。」
「しばらく無理をして走らないこと。ゆっくり休んでくださいね。」
「ありがとう、先生!」
うさぎは安心したように笑いました。
それから何日か経つと、うさぎの足はすっかりよくなりました。
「先生!」
元気になったうさぎが病院へやってきました。
「見て!」
ぴょん。
ぴょん。
「もうこんなに跳べるよ!」
むかで先生は笑いました。
「よかったですね。」
その話を聞いた森のみんなも喜びました。
「さすが、むかで先生!」
「やっぱり先生はすごい!」
「先生にできないことなんて、ないんじゃない?」
みんなから褒められ、むかで先生は少し得意な気持ちになりました。
「まあ、困ったことがあったら私に任せてください。」
「このたくさんの足があれば、たいていのことはできますからね。」
むかで先生は、自分の足を誇らしそうに動かしました。
薬を持つこともできます。
包帯を巻くこともできます。
いくつもの道具を一度に運ぶこともできます。
狭いところだって、すばやく進めます。
「やっぱり、たくさん足があるというのは便利だなあ。」
そんなことを思っていた、ある日の朝。
むかで先生は、いつものように家から病院へ向かっていました。
朝露で草がきらきら光っています。
「今日も忙しくなりそうだ。」
むかで先生は薬箱を持ちながら歩いていました。
ところが――。
森の細い道へ入ったところで、ぴたりと足を止めました。
「おや?」
道の真ん中に、大きな石が落ちています。
昨日まではなかった石です。
夜の間に、近くの斜面から転がり落ちてきたのでしょう。
石は道いっぱいをふさいでいました。
右からも通れません。
左からも通れません。
「これは困りましたね。」
むかで先生は石を見上げました。
けれど、すぐに言いました。
「まあ、このくらいなら大丈夫でしょう。」
「私には、こんなにたくさん足があるんですから。」
むかで先生は薬箱を置きました。
そして石に何本もの足を当てました。
「よいしょ!」
ぐぐぐっ。
石は――。
動きません。
「おや?」
むかで先生は、さらに足を増やしました。
「それなら、これでどうだ。」
たくさんの足で石を押します。
「よいしょおおお!」
ぐぐぐぐぐっ。
けれど。
石は、びくともしません。
「……おかしいな。」
むかで先生は一度離れました。
今度は反対側から押してみます。
「えい!」
びくともしません。
下から持ち上げようとしてみました。
「うんしょ!」
やっぱり動きません。
何度やっても同じです。
むかで先生の額に汗が浮かんできました。
「こんなに足があるのに……。」
むかで先生は石の前に座り込みました。
「これでは病院へ行けない。」
森の動物たちは、もう病院へ来ているかもしれません。
具合の悪い虫が待っているかもしれません。
けがをした動物が来るかもしれません。
「困ったなあ。」
むかで先生は、もう一度石を押しました。
けれど、やはり動きません。
「私なら何でもできると思っていたのに。」
その時です。
どしん。
どしん。
森の向こうから、大きな足音が聞こえてきました。
「おや?」
木々の間から現れたのは、くまでした。
「むかで先生、おはよう。」
「おはようございます、くまさん。」
くまは道をふさいでいる大きな石を見ました。
「どうしたんだい?」
「それが……。」
むかで先生は少し恥ずかしそうに言いました。
「この石が動かせなくて、病院へ行けないんです。」
「なるほど。」
くまは石のそばまでやってきました。
「ちょっと待ってて。」
くまは大きな両手を石にかけました。
「よいしょっと!」
ごろごろごろ!
「えっ?」
むかで先生は目を丸くしました。
あれほど何度押しても動かなかった石が、あっという間に道の端まで転がっていったのです。
「これで通れるよ。」
くまはにっこり笑いました。
むかで先生はしばらく石とくまを交互に見ていました。
「くまさん。」
「なんだい?」
「ありがとうございます。」
むかで先生は深く頭を下げました。
「どういたしまして。」
くまは笑いました。
むかで先生は、自分のたくさんの足を見ました。
「私は、たくさん足があるから、何でもできると思っていました。」
「でも、こんな大きな石一つ動かせなかった。」
くまは言いました。
「そりゃあ、誰にだってできないことはあるよ。」
「でも……。」
むかで先生は、少し元気のない顔をしました。
「森のみんなは、私のことを頼りになると言ってくれます。」
「それなのに、自分では石一つ動かせないなんて。」
すると、くまは首をかしげました。
「じゃあ先生、ぼくにけがの手当てができると思う?」
「え?」
「薬のことも分からないし、包帯だって上手に巻けない。」
くまは自分の大きな手を見せました。
「この手なら大きな石は動かせるけど、小さな虫の傷を手当てするのは難しいよ。」
むかで先生は、くまの大きな手を見ました。
そして、自分のたくさんの細い足を見ました。
くまは続けました。
「先生には、先生にしかできないことがある。」
「ぼくには、ぼくにできることがある。」
「それでいいんじゃないかな。」
むかで先生は、しばらく黙っていました。
やがて――。
「そうですね。」
笑顔になりました。
「何でも一人でできなくてもいいんですね。」
「もちろん。」
「できない時は、誰かに助けてもらえばいい。」
「そして、その人が困っている時には、自分にできることで助ければいい。」
「そういうこと。」
二人は笑いました。
「くまさん、本当にありがとう。」
「今度けがをしたら、先生にお願いするよ。」
「もちろんです。」
むかで先生は薬箱を持ち直しました。
「では、病院へ急がなくては。」
「今日も患者さんが待っていますからね。」
たくさんの足を動かして、病院へ向かいます。
さささささっ。
その日の病院も大忙しでした。
羽を痛めた虫。
風邪をひいたりす。
転んでしまったたぬき。
むかで先生は、一人ひとりを丁寧に診ていきました。
けれど、以前とは少し違うところがありました。
「先生、この荷物を運びましょうか?」
大きな荷物を持ったくまが尋ねました。
以前のむかで先生なら、
「大丈夫。私ができます。」
と言っていたかもしれません。
でも、その日は笑って答えました。
「お願いします。」
別の日には、木の高いところにある薬草が必要になりました。
すると、木登りの得意なりすが取ってきてくれました。
「ありがとう。」
またある日は、遠くの患者へ薬を届けることになりました。
「ぼくが飛んで届けるよ!」
小鳥が薬を運んでくれました。
むかで先生も、仲間がけがをすればすぐに駆けつけました。
くまが足を傷つけた時には、
「今度は私の番ですね。」
と言って丁寧に手当てをしました。
「やっぱり先生は頼りになるなあ。」
くまが笑いました。
「くまさんだって頼りになりますよ。」
むかで先生も笑いました。
森には、それぞれ違った力を持つ仲間がいました。
力持ちのくま。
木登りの得意なりす。
空を飛べる鳥。
そして、たくさんの足を器用に使って治療をするむかで先生。
ある日。
元気になったうさぎが病院へ遊びに来ました。
「むかで先生!」
「はいはい。」
「先生って、やっぱり何でもできるんだね!」
むかで先生は少し考えてから、笑いました。
「いいえ。」
「先生にも、できないことはたくさんありますよ。」
うさぎは不思議そうな顔をしました。
「そうなの?」
「そうです。」
むかで先生は窓の外を見ました。
そこでは、くまが大きな丸太を運び、りすが木の上を走り、小鳥が空を飛んでいました。
「だから、できないことは仲間に助けてもらうんです。」
「その代わり、仲間が困った時には、先生にできることをするんですよ。」
うさぎはにっこり笑いました。
「じゃあ、ぼくにもできることがあるかな?」
「もちろん。」
むかで先生は答えました。
「きっとありますよ。」
窓の外から、森の仲間たちの楽しそうな声が聞こえてきました。
むかで先生もたくさんの足を動かしながら、今日も病院の仕事を始めました。
おしまい。
登場人物
- むかで先生
森の病院で働く、優しくて頼りになるお医者さん。たくさんの足を器用に使い、薬や道具を扱いながら森の仲間たちを治療します。何でも自分でできると思っていましたが、大きな石を動かせなかったことで、自分にも苦手なことがあると気づきます。 - うさぎ
森の奥で転んで足を痛め、むかで先生に治療してもらいます。元気になった後も病院へ遊びに来て、むかで先生との会話を通して、自分にも得意なことがあるかもしれないと考えます。 - くま
大きな体と力を持つ森の仲間。むかで先生が動かせなかった大きな石を簡単に動かします。自分には治療ができないことを伝え、それぞれに違う得意なことがあるとむかで先生に気づかせます。 - 森の仲間たち
りすや小鳥、虫など、さまざまな力を持った動物たち。むかで先生と互いに助け合いながら森で暮らしています。
教訓
- 誰にでも得意なことと苦手なことがあり、すべてを一人でできる必要はない。
- 自分にできないことがあっても、それは自分の良さや得意なことがなくなるということではない。
- お互いの得意なことを生かしながら助け合うことで、一人ではできないことも乗り越えられる。
親子で話したいポイント
- むかで先生は、どんなことが得意だったかな?
- どうして、たくさん足があるむかで先生でも大きな石を動かせなかったのかな?
- くまさんにはできて、むかで先生にはできなかったことは何だった?
- 反対に、むかで先生にできて、くまさんには難しいことは何かな?
- 自分の得意なことや、友だちのすごいところを考えてみよう。
保育士向け活用ポイント
- 「得意なこと・苦手なことは人それぞれ違う」というテーマから、子ども同士がお互いの個性を認める活動につなげられます。
- 何でも自分一人で行うことだけを良しとせず、「できない時には助けを求めてもいい」というメッセージを伝える題材として活用できます。
- 「自分の得意なこと」「友だちの得意なこと」を出し合う活動へ発展させることで、自己肯定感や他者理解を育むきっかけになります。
- むかでのお医者さん、患者のうさぎ、力持ちのくまなど役割が分かりやすく、病院ごっこや劇遊びにも取り入れやすい物語です。


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