あらすじ
むかし、山奥の小さな家に、年老いて病気になった父親と、その父を大切にする息子が暮らしていました。
息子は毎日働きながら父親の世話をしていましたが、暮らしは決して豊かではありませんでした。
ある日、父親が「もう一度、おいしいお酒を飲みたい」とつぶやきます。
その願いをかなえてあげたいと思った息子でしたが、お酒を買うお金はありません。
そんなある日、息子が山奥で不思議な泉を見つけます。
その水を口にしてみると、なんとお酒のような味がしました。
息子は大喜びで持ち帰り、父親に飲ませます。
すると父親は元気を取り戻しました。
この不思議な泉が、のちに「養老」と呼ばれるようになったと伝えられています。
本文
むかしむかし、山奥の小さな家に、父親と息子が二人で暮らしていました。
父親はすっかり年を取り、長く病気をしていました。
以前のように外へ出て働くこともできません。
一日のほとんどを、家の中で横になって過ごしていました。
息子はそんな父親を大切にしていました。
朝早く起きると、まず火をおこします。
それから父親のために食事を用意し、水をくみ、家の仕事を済ませます。
「父さん、具合はどう?」
「今日は少しいいようだ。」
「それならよかった。」
父親の世話が終わると、今度は山へ出かけます。
山で薪を集め、それを背負って帰り、毎日の暮らしを支えていました。
決して豊かな生活ではありません。
それでも息子は、不満を言わずに働きました。
ある日のことです。
父親が横になりながら、ぽつりと言いました。
「昔は、ときどき酒を飲んだものだ。」
息子は父親の顔を見ました。
「お酒が飲みたいの?」
父親は少し笑いました。
「できれば、もう一度おいしい酒を飲んでみたいなあ。」
それは、ほんの小さな願いでした。
けれど息子は、その言葉が心に残りました。
「父さんに、お酒を飲ませてあげたい。」
そう思いました。
しかし、家にはお酒を買うだけのお金がありません。
毎日の食べ物を用意するだけでも精いっぱいです。
息子は困りました。
「何とかしてあげたいけれど……。」
それでも、すぐにできることはありませんでした。
次の日。
息子はいつものように山へ薪を探しに出かけました。
朝の山には、まだ薄い霧が残っていました。
木々の間を歩きながら、落ちている枝や薪になりそうな木を探します。
けれど、その日に限って、なかなかよい薪が見つかりません。
「もう少し先まで行ってみよう。」
息子は山の奥へ進みました。
ざっ、ざっ。
細い山道を歩きます。
いつの間にか、いつも薪を集めている場所をずいぶん通り過ぎていました。
それでも息子は歩き続けました。
もっと奥へ。
さらに奥へ。
木々は深くなり、辺りには人の気配もありません。
聞こえるのは鳥の声と、風が木の葉を揺らす音ばかりです。
やがて太陽が山の向こうへ傾き始めました。
「ずいぶん奥まで来てしまったな。」
息子は立ち止まりました。
朝から歩き続けていたため、足も重くなっています。
喉もからからでした。
「少し休もう。」
息子が腰を下ろそうとした、そのときです。
さらさら……。
どこからか、小さな音が聞こえてきました。
「なんだろう?」
息子は耳を澄ませました。
さらさら……。
ちょろちょろ……。
水の流れる音です。
「近くに川でもあるのかな。」
喉が渇いていた息子は、音のするほうへ歩いていきました。
木々の間を抜けます。
すると――。
目の前に、美しい水が流れていました。
岩の間から澄んだ水が湧き出し、小さな流れとなって落ちています。
「こんなところに水があったのか。」
息子は近づきました。
ところが、何かがおかしいことに気づきます。
「……ん?」
辺りに、ふわりと甘いような香りが漂っているのです。
ただの山の水とは違う香りでした。
息子は不思議に思いました。
「なんの匂いだろう。」
水辺へしゃがみ込みます。
透き通った水は、岩の間をさらさらと流れ続けています。
息子は両手で水をすくいました。
「ずいぶんきれいな水だ。」
そして、一口飲んでみました。
その瞬間――。
「これは……!」
息子は驚いて、もう一度水をすくいました。
ごくり。
やはり同じです。
「お酒の味がする。」
ただの水ではありません。
父親が飲みたがっていた、あのお酒のような味がするのです。
「まさか……。」
息子は何度も確かめました。
けれど、間違いありません。
「父さんに飲ませてあげられる!」
疲れていたことも忘れ、息子は大喜びしました。
持っていたひょうたんを取り出します。
そして、その不思議な水を大切にくみました。
とくとくとく……。
ひょうたんがいっぱいになるまで水を入れます。
「これなら父さんも喜んでくれる。」
息子はひょうたんをしっかり抱えました。
空はもう夕暮れです。
「急いで帰ろう。」
息子は山道を下り始めました。
来たときには重かった足も、今は不思議と軽く感じます。
父親が喜ぶ顔を思い浮かべながら、家へ急ぎました。
「父さん!」
家へ着くなり、息子は父親のもとへ向かいました。
「どうした。そんなに慌てて。」
「これを飲んでみて。」
息子はひょうたんを差し出しました。
父親は不思議そうに見ました。
「水か?」
「いいから、飲んでみて。」
父親はひょうたんを受け取りました。
そして、ゆっくり一口飲みます。
「……これは!」
父親の目が大きくなりました。
もう一口。
そして、驚いたように息子を見ました。
「酒じゃないか!」
息子はうれしそうに笑いました。
「山の奥で見つけたんだ。」
「山で?」
「ああ。不思議な水が湧いていて、飲んでみたらお酒の味がしたんだよ。」
父親はもう一度飲みました。
「うまい……。」
久しぶりに飲むお酒に、父親の顔がほころびました。
「こんなにおいしい酒を飲めるとは思わなかった。」
息子は、その笑顔を見て安心しました。
「よかった。」
父親は一度にたくさん飲まず、少しずつ大切に味わいました。
そして、その夜は久しぶりに穏やかな顔で休みました。
翌朝――。
息子が目を覚ますと、家の中から物音が聞こえました。
「父さん?」
起き上がってみると、父親が自分で体を起こしていました。
「どうしたの?」
息子は驚きました。
いつもなら、朝になっても横になったままです。
ところがその日は、父親の顔色がずっとよくなっていました。
「なんだか体が軽いんだ。」
父親はゆっくり立ち上がりました。
息子は目を丸くしました。
「立てるの?」
「ああ。不思議なことにな。」
父親は家の中を歩きました。
昨日までの弱々しい様子が、まるでうそのようです。
息子はうれしくなりました。
「よかった……。」
父親も笑いました。
「おまえのおかげだ。」
山奥で見つけた不思議な水。
酒のような味がして、弱っていた父親を元気にした水。
その出来事は、やがて村の人たちにも知られるようになりました。
「あの山には、不思議な水が湧いているらしい。」
「年老いた父親が、その水を飲んで元気になったそうだ。」
話は少しずつ広がっていきました。
そして、その泉は、年老いた人を養う水という意味から「養老」と呼ばれるようになったと伝えられています。
山では今日も、澄んだ水が岩の間を流れていました。
さらさら……。
さらさら……。
おしまい。
登場人物
息子
年老いて病気になった父親を大切にしながら暮らしている若者。毎日父親の世話をしながら働き、山奥で酒のような味のする不思議な水を見つけます。
父親
年を取り、病気で体が弱っている父親。もう一度おいしい酒を飲みたいと願い、息子が山から持ち帰った不思議な水を飲むと元気を取り戻します。
教訓
家族を思いやり、大切にする気持ちは、日々の小さな行動の中に表れる。
相手が何を望んでいるのか耳を傾け、自分にできることをしてあげようとする心を大切にしたい。
してもらったことを当たり前と思わず、互いに感謝の気持ちを伝えることが家族の温かさにつながる。
親子で話したいポイント
息子は、どうして父親のためにお酒を用意してあげたいと思ったのかな?
山でお酒の味がする水を見つけたとき、息子はどんな気持ちだったと思う?
自分の家族が喜ぶことには、どんなことがあるかな?
家族のために、自分にもできそうなことはある?
「ありがとう」と言ったり言われたりすると、どんな気持ちになる?
保育士向け活用ポイント
敬老の日や家族をテーマにした保育活動に活用できます。
息子が父親の小さな願いを覚えていて、その願いをかなえてあげたいと思う姿から、「おじいちゃんやおばあちゃんが喜ぶことは何だろう?」「家族のためにできることはあるかな?」と子どもたちと話し合うきっかけにできます。
また、敬老の日の製作や手紙、プレゼント作りなどにつなげる際にも、単に贈り物を作るだけでなく、「相手のことを思いながら作る」という気持ちを考える題材として活用できます。
高齢者施設や地域の高齢者との交流前に読み、年齢の違う人を大切にすることや、相手を思いやる気持ちについて考える活動へつなげることもできます。


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