あらすじ
むかしむかし、あるところに、初夢をとても大切にしている長者がいました。
新しい年を迎えると、長者は家で働く者たちを集め、どんな初夢を見たのか一人ずつ聞いていきます。
みんなが楽しそうに夢を話す中、一人の小僧だけは、なぜか自分の夢を話そうとしません。
長者が何度たずねても、小僧は口を閉ざしたままです。
「いったい、どんな夢を見たのだろう。」
小僧が話さないことで、かえって人々は夢の内容が気になってしまいます。
やがて夢をめぐって大きな騒ぎになりますが、最後に小僧が夢を打ち明けると、そこには思いがけない幸運につながる意味が隠されていました。
本文
むかしむかし、あるところに、とてもお金持ちの長者が住んでいました。
長者の家には大きな屋敷があり、たくさんの使用人が働いていました。
蔵には米や品物がたくさん納められ、毎日多くの人が出入りしていました。
そんな長者が、とりわけ大切にしていたものがありました。
それは――。
新しい年の初めに見る「初夢」です。
長者は昔から、
「一年の始まりに、どんな夢を見るかは大切なことだ。」
と考えていました。
よい夢を見れば、その一年によいことが起こるかもしれない。
変わった夢を見れば、そこに何かの知らせが隠されているかもしれない。
そのため、正月になると長者は自分の夢だけでなく、家で働いている人たちがどんな夢を見たのかまで聞きたがりました。
そして、ある年の正月の朝。
外には冷たい冬の空気が広がっていました。
屋敷の中では、新しい年を迎えた人々が楽しそうに挨拶を交わしています。
「明けましておめでとうございます。」
「今年もよろしくお願いします。」
そんな中、長者は使用人たちを集めました。
「さあ、みんな。」
長者は上機嫌で言いました。
「今年はどんな初夢を見たのか、一人ずつ話してみなさい。」
使用人たちは顔を見合わせました。
「私は立派な馬を見ました。」
一人がそう言うと、長者はうなずきました。
「ほう。立派な馬か。それはよさそうだ。」
すると別の者が言いました。
「私は大きな蔵の夢を見ました。」
「大きな蔵か。それもめでたい。」
さらに別の者が続きます。
「私は金や銀の財宝が、山のように積まれている夢を見ました。」
「それは景気のよい夢だな。」
長者は楽しそうに笑いました。
みんなも次々と自分の夢を話していきます。
「私は大きな魚を見ました。」
「私はきれいな着物を着ていました。」
「あはは、それはよい夢だ。」
屋敷の中は初夢の話でにぎやかになりました。
ところが――。
その中で、一人だけ何も話さない者がいました。
まだ若い小僧です。
みんなが夢の話をしている間も、小僧は黙ったまま座っています。
長者はそれに気づきました。
「おや?」
小僧を見ます。
「お前はまだ話していないな。」
小僧は少しうつむきました。
「はい。」
「どんな初夢を見た?」
長者がたずねます。
ところが、小僧は答えません。
「どうした?」
「……。」
「夢を見なかったのか?」
小僧は首を横に振りました。
「いいえ。夢は見ました。」
「それなら話してみなさい。」
けれど、小僧はまた黙ってしまいました。
長者は不思議に思いました。
さっきまで、ほかの使用人たちは楽しそうに夢を話していました。
それなのに、この小僧だけは話そうとしません。
「どうして話さないんだ?」
長者がもう一度たずねると、小僧は困ったような顔をしました。
そして、小さな声で言いました。
「夢の話をするのは……少し恥ずかしいのです。」
「恥ずかしい?」
長者はますます気になりました。
話してくれと言われてすぐに話していれば、それで終わったかもしれません。
けれど、
「話したくありません。」
と言われると、どうしても知りたくなってしまいます。
「いったい、どんな夢なのだ?」
長者は身を乗り出しました。
「悪い夢なのか?」
「……。」
「それとも、とても変わった夢なのか?」
小僧は答えません。
長者は少し考えました。
そして言いました。
「そうだ。夢の話をしてくれたら、金をやろう。」
周りの使用人たちがざわめきました。
「夢を話すだけで?」
「それなら話せばいいのに。」
しかし――。
小僧はゆっくり首を横に振りました。
「それでも、話したくありません。」
「なんだと?」
長者は驚きました。
金をもらえると言っても話さない。
そうなると、ますます夢の内容が気になります。
「そんなに話せない夢なのか?」
「……。」
「なぜだ?」
小僧は困った顔をするばかりです。
その日のうちに、この話は屋敷の中へ広がっていきました。
「聞いたか?」
「あの小僧、長者さまにも初夢を話さなかったそうだ。」
「いったい何を見たんだろう。」
「よほど変わった夢なんじゃないか?」
みんなが小僧の夢を気にし始めました。
それを聞いた別の人まで、小僧にたずねます。
「なあ、どんな夢だったんだ?」
「少しくらい教えてくれてもいいだろう。」
「誰にも言わないから。」
けれど、小僧は話しません。
「すみません。」
そう言って口を閉ざすだけです。
話さない小僧。
どうしても聞きたい人々。
夢の内容を知りたがる者は、どんどん増えていきました。
「きっと宝のありかを見たんだ。」
「いや、長者さまに関係する夢じゃないか?」
「もしかすると、とても悪い夢なのかもしれないぞ。」
人々は勝手なことを言い始めます。
小僧が何も言っていないのに、夢についていろいろな話が広がっていきました。
やがて――。
「私には教えてくれ。」
「いや、先に私が聞いていたんだ。」
「どうしてそこまで隠すんだ!」
夢をめぐって言い争いまで始まりました。
小僧は困り果てました。
ただ自分の夢を話したくなかっただけなのに、いつの間にか大きな騒ぎになっています。
長者も、もう一度小僧を呼びました。
「お前が夢を話さないから、みんなが気にしている。」
小僧はうつむきました。
「はい……。」
「もう話してくれてもよいのではないか?」
小僧はしばらく黙っていました。
屋敷の中が静かになります。
みんなが小僧を見つめています。
「……分かりました。」
ようやく小僧が口を開きました。
「話します。」
「おお!」
長者は身を乗り出しました。
周りにいた人たちも耳を澄ませます。
小僧は、自分が初夢で見たことを静かに話し始めました。
それは、聞いた人が最初から驚くような、派手な夢ではありませんでした。
金銀の山が出てくるわけでもありません。
大きな屋敷が建つわけでもありません。
一見すると、何でもないように思える出来事が夢の中に現れていたのです。
「それだけなのか?」
話を聞き終えた長者は、少し拍子抜けしました。
「はい。」
小僧は答えました。
周りの人たちも顔を見合わせます。
「あれほど話したくなかった夢が、これなのか?」
「もっとすごい夢だと思っていた。」
けれど、その中の一人が首をかしげました。
「待てよ。」
「どうした?」
「この夢……よく考えてみると、縁起のよい夢なのではないか?」
「縁起のよい夢?」
みんなは、もう一度小僧の話を思い返しました。
「なるほど。」
「そういう意味にも考えられるな。」
夢の中に出てきたものを一つずつ考えていくと、最初は何でもないように思えた出来事が、少しずつ違って見えてきました。
そして、その意味を調べていくうちに――。
小僧の夢には、長者にとって大きな幸運につながる知らせが隠されていることが分かったのです。
「なんと!」
長者は驚きました。
そして、すぐに顔をほころばせました。
「それはめでたい!」
屋敷の人々も喜びました。
「よい初夢だったんだ。」
「最初に聞いただけでは分からないものだな。」
長者は小僧を見ました。
あれほど無理に聞き出そうとしていた自分のことを思い出します。
そして、しみじみと言いました。
「夢とは不思議なものだな。」
小僧は静かにうなずきました。
正月の屋敷には、再び明るい声が広がりました。
外では、新しい年の朝日が家々や山を照らしています。
そして小僧の初夢は、長者の家に思いがけない幸せを知らせる夢として、いつまでも人々の心に残りました。
おしまい。
登場人物
長者
大きな屋敷に住むお金持ち。新年の初夢をとても大切にしており、使用人たちがどんな夢を見たのか一人ずつ聞きます。小僧が夢を話そうとしないため、その内容が気になって仕方がなくなります。
小僧
長者の家で働いている若者。初夢を見ますが、その内容を話すことをためらいます。周囲から何度も聞かれた末に夢を打ち明け、その夢に幸運につながる意味が隠されていることが分かります。
使用人たち
長者の家で働く人々。それぞれ自分が見た初夢を長者に話します。小僧だけが夢を話さないため、次第にその内容が気になっていきます。
教訓
相手が話しているときには、自分の考えだけで意味を決めつけず、最後まできちんと聞くことが大切。
分からないことがあるからといって、想像だけで決めつけてしまうと、本当の意味を見失ってしまうことがある。
言葉や出来事には、すぐには分からない意味が隠されていることもあるため、落ち着いて考えることが大切。
親子で話したいポイント
小僧は、どうして最初は夢を話したくなかったのかな?
小僧が話さないことで、周りの人たちはどんなことを考え始めた?
相手の話を最後まで聞くことは、どうして大切なのかな?
自分で勝手に「きっとこうだ」と思っていたけれど、本当は違っていた経験はある?
もしおもしろい初夢を見たら、誰に話してみたい?
保育士向け活用ポイント
お正月や新年の集まりで、「初夢」を知るきっかけとして活用できます。
子どもたちに「どんな夢を見たことがある?」「今年やってみたいことは何?」と問いかけることで、新年の会話や表現活動へつなげられます。
また、小僧がなかなか夢を話さず、周囲の人々が勝手に夢の内容を想像していく場面から、「人の話を最後まで聞くこと」「相手が話したくないときの気持ち」「自分の思い込みだけで決めつけないこと」について考える教材としても活用できます。
夢の内容を絵に描いたり、一人ずつ「こんな夢を見てみたい」と発表したりする活動にも発展させやすいお話です。


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