あらすじ
むかしむかし、雪の降る山道で、一人の男が道に迷ってしまいました。
あてもなく歩いていると、冬だというのに梅の花が美しく咲いている場所を見つけます。
その先には立派な屋敷があり、美しい娘たちと、その母親が暮らしていました。
男は温かく迎えられ、やがて娘の一人を妻にして、その屋敷で幸せに暮らすことになります。
ところが、屋敷には一つだけ大切な決まりがありました。
「四つ目の蔵だけは、決して開けてはいけません。」
男は約束しますが、家族が留守にしたある日、蔵の中を見ているうちに、最後の蔵への好奇心を抑えられなくなってしまいます。
そして約束を破り、四つ目の蔵を開けてしまったとき、男は屋敷に隠されていた不思議な秘密を知ることになるのでした。
本文
むかしむかし、ある冬の日のことです。
一人の男が、山道を歩いていました。
朝から降っていた雪は、だんだん激しくなっていました。
ひらひら。
ひらひら。
白い雪が空から舞い落ち、山も木々も道も、すっかり雪に覆われています。
男は白い息を吐きながら歩いていました。
「困ったなあ。」
立ち止まって辺りを見回します。
「どちらへ行けばいいのだろう。」
いつの間にか、道が分からなくなってしまったのです。
来た道さえ、降り積もる雪に消されていました。
ざくっ。
ざくっ。
男は雪を踏みながら歩き続けました。
けれど、どこまで進んでも人家は見えません。
日は少しずつ傾き始めています。
「このまま夜になったら大変だ。」
男は不安になりました。
山の中で夜を迎えれば、寒さはますます厳しくなります。
何とか人のいる場所を見つけなければなりません。
そのときでした。
「……あれ?」
男は足を止めました。
雪に覆われた木々の向こうに、何か明るいものが見えます。
近づいてみると――。
「梅の花?」
そこには一本の梅の木が立っていました。
しかも、枝いっぱいに美しい花を咲かせています。
男は驚きました。
「こんな真冬に?」
辺りは雪景色です。
ところが、その梅の木の周りだけは、まるで春が訪れたかのようでした。
ふわりと、花の香りまで漂ってきます。
「不思議なこともあるものだ。」
男が梅の花を眺めていると、どこからともなく人の声が聞こえてきました。
「こちらへいらっしゃい。」
「え?」
振り返ると、美しい娘たちが立っていました。
男はさらに驚きました。
こんな山奥に人がいるとは思っていなかったのです。
娘たちは男に微笑みかけました。
「お寒かったでしょう。」
「こちらへどうぞ。」
男は少し戸惑いましたが、このまま雪の山を歩き続けるわけにもいきません。
「ありがとうございます。」
娘たちについていくことにしました。
梅の木の先へ進んでいくと、やがて立派な屋敷が現れました。
「こんなところに、こんな屋敷が……。」
男は目を見張りました。
屋敷の中へ入ると、そこは暖かく、外の寒さが嘘のようです。
そこには、娘たちの母親がいました。
「まあまあ、大変でしたね。」
母親は男を温かく迎えてくれました。
「今夜はこちらで休んでいきなさい。」
温かい食事が用意されました。
冷え切っていた男の体も、少しずつ温まっていきます。
「本当にありがとうございます。」
男は何度も頭を下げました。
そのまま男は、しばらく屋敷で過ごすことになりました。
娘たちはみな優しく、母親も男を大切にしてくれました。
やがて母親が、男に言いました。
「もしよろしければ、娘の一人を妻にして、この屋敷で暮らしませんか。」
男は驚きました。
けれど、美しい娘たちや優しい母親と過ごすうち、この屋敷での暮らしを気に入っていました。
「私でよければ。」
こうして男は、娘の一人と夫婦になりました。
それからの日々は、夢のようでした。
食べ物に困ることもありません。
寒さに震えることもありません。
妻となった娘は優しく、家族もみな男を大切にしてくれました。
「こんな幸せな暮らしがあるなんて。」
男は毎日を楽しく過ごしました。
そんなある日のことです。
母親が男を呼びました。
「少しの間、みんなで出かけてきます。」
「分かりました。」
「留守の間、屋敷で待っていてください。」
そう言ってから、母親は屋敷の奥を指さしました。
「それから、蔵の中を見てもかまいません。」
「蔵を?」
「ええ。」
屋敷には、四つの蔵がありました。
母親は男の顔をじっと見て言いました。
「ただし――。」
少し声を低くします。
「四つ目の蔵だけは、決して開けてはいけません。」
男はうなずきました。
「分かりました。決して開けません。」
「約束ですよ。」
「はい。」
やがて母親と娘たちは屋敷を出ていきました。
しばらくすると、広い屋敷には男一人だけになりました。
しん……。
いつもは娘たちの話し声が聞こえる屋敷が、今日は妙に静かです。
男は部屋で過ごしていましたが、ふと母親の言葉を思い出しました。
「蔵の中を見てもよいと言っていたな。」
男は立ち上がりました。
「少し見てみよう。」
屋敷の奥へ向かいます。
そこには四つの蔵が並んでいました。
男はまず、一つ目の蔵の前に立ちました。
ぎい……。
扉を開けます。
「これは……!」
男は目を見張りました。
蔵の中に広がっていたのは、夏の海でした。
青い空。
きらきらと輝く水面。
ざあん。
ざあん。
波の音まで聞こえてきます。
外は雪の降る冬だというのに、蔵の中にはまぶしい夏が広がっていました。
「なんて不思議なんだ。」
男はしばらく海を眺めてから、そっと扉を閉じました。
次に、二つ目の蔵を開けました。
ぎい……。
そこには、秋の山が広がっていました。
赤や黄色に染まった木々。
地面には落ち葉が積もっています。
さらさら……。
風が吹くと、色づいた葉が舞い落ちました。
「今度は秋か。」
男はすっかり夢中になりました。
そして三つ目の蔵を開けます。
そこに広がっていたのは、雪の降る冬の景色でした。
白い山。
雪に覆われた木々。
しんと静まり返った世界。
「夏、秋、冬……。」
男は扉を閉めました。
そして――。
四つ目の蔵を見ました。
男は動きを止めました。
「あの蔵だけは、開けてはいけない。」
母親の言葉を思い出します。
「約束したんだ。」
男は四つ目の蔵から離れようとしました。
けれど、数歩歩いたところで、また振り返りました。
「一つ目が夏。」
「二つ目が秋。」
「三つ目が冬。」
男の胸に、一つの疑問が浮かびました。
「では、四つ目は……?」
気になって仕方ありません。
「いや、だめだ。」
男は首を振りました。
「開けないと約束した。」
部屋へ戻ろうとします。
けれど――。
どうしても気になります。
「少し見るだけなら……。」
男はまた蔵の前へ戻りました。
「扉を少しだけ開けて、すぐ閉めれば分からないだろう。」
手を伸ばします。
けれど、触れる直前で止まりました。
「だめだ。」
手を引っ込めます。
しん……。
静かな屋敷の中。
男の目の前には、閉ざされた四つ目の扉。
「いったい何があるんだろう。」
好奇心は、ますます大きくなっていきました。
そしてついに――。
男は扉に手をかけました。
「ほんの少しだけだ。」
ぎい……。
ゆっくりと扉が開きます。
その瞬間――。
ふわっ。
暖かな風が男の頬をなでました。
「……!」
蔵の中には、美しい春の世界が広がっていました。
やわらかな日の光。
一面に咲く花。
そして、その真ん中には立派な梅の木がありました。
枝いっぱいに花を咲かせています。
男が最初に山で見つけた梅の木によく似ていました。
「春だったのか……。」
男が見とれていると――。
ホー、ホケキョ。
どこからか、うぐいすの声が聞こえました。
梅の枝を見ると、一羽のうぐいすがとまっています。
ホー、ホケキョ。
美しい声が春の景色に響きました。
「きれいな鳥だな。」
男が一歩近づいた、そのときです。
うぐいすが男を見ました。
そして――。
「約束を破りましたね。」
「えっ?」
男は凍りつきました。
うぐいすが、人の言葉を話したのです。
「い、今……。」
男が後ずさります。
すると、辺りの景色が揺らぎ始めました。
ざわざわ……。
梅の枝が大きく揺れます。
春の暖かな風が、急に強くなりました。
「な、なんだ?」
男は慌てて蔵から出ました。
そのとき、屋敷のほうから気配がしました。
振り返ると、母親と娘たちが帰ってきていました。
男の妻もいます。
けれど、みんな悲しそうな顔をしていました。
「あなた……。」
妻が男を見つめました。
男は何も言えません。
開いた四つ目の蔵の扉を見れば、何があったのかはすぐに分かります。
「ごめんなさい。」
男は頭を下げました。
「どうしても気になって……。」
そのときです。
妻の姿が、ふわりと揺らぎました。
「え……?」
男は顔を上げました。
妻の姿が少しずつ小さくなっていきます。
美しい着物の姿が消え――。
そこに現れたのは、一羽のうぐいすでした。
「そんな……。」
ほかの娘たちの姿も次々に変わっていきます。
一羽。
また一羽。
美しい娘たちは、みなうぐいすになっていきました。
「私たちは、うぐいすなのです。」
男は言葉を失いました。
「待ってくれ。」
うぐいすたちは羽ばたき始めました。
「待ってくれ! 悪かった!」
男は手を伸ばします。
けれど――。
ぱたぱたぱた……。
うぐいすたちは男の手を離れ、空へ飛び立っていきました。
「行かないでくれ!」
男は追いかけようとしました。
その瞬間――。
強い風が吹きました。
びゅうっ!
男は思わず目を閉じました。
風がおさまり、ゆっくり目を開けると――。
「……え?」
立派な屋敷はありませんでした。
四つの蔵も。
温かな部屋も。
豪華な食事も。
すべて消えていました。
男が立っていたのは、雪に覆われた冬の山でした。
冷たい風が吹いています。
辺りには誰もいません。
ただ一本だけ。
雪の中に、梅の木が立っていました。
その枝には、美しい花が咲いています。
男はしばらく動くことができませんでした。
やがて、どこか遠くから――。
ホー、ホケキョ。
うぐいすの声が聞こえたような気がしました。
男は梅の木を見上げました。
けれど、そこにはもう、うぐいすの姿はありませんでした。
おしまい。
登場人物
男
雪の山で道に迷い、不思議な屋敷へ招かれた人物。娘の一人と結婚し幸せに暮らしますが、四つ目の蔵への好奇心を抑えられず、約束を破ってしまいます。
うぐいすの娘たち
山奥の不思議な屋敷で、美しい娘の姿をして暮らしている存在。男を温かく迎えますが、その正体はうぐいすでした。
母親
娘たちと屋敷で暮らしている人物。男を迎え入れ、娘の一人との結婚を勧めます。男に蔵を見ることを許しますが、四つ目だけは決して開けないよう約束させます。
教訓
一度交わした約束には責任があり、相手との信頼を守るためにも大切にしなければならない。
「少しだけなら大丈夫」という気持ちが、取り返すことのできない結果につながることがある。
好奇心を持つことは大切だが、ときには自分の気持ちを抑え、約束や決まりを守ることも必要。
親子で話したいポイント
男は、どうして四つ目の蔵を開けたくなってしまったのかな?
一つ目から三つ目までの蔵を見たあと、男はどんなことを考えたと思う?
「少しだけなら大丈夫」と思って、約束を破りそうになったことはある?
約束を破ってしまったときには、どうすればいいかな?
自分が約束を守ってもらえなかったら、どんな気持ちになるだろう?
保育士向け活用ポイント
約束やルールについて、その意味を子ども自身が考える活動に活用できます。
単に「決まりだから守る」と伝えるのではなく、「どうしてこの約束があるのかな?」「約束をした相手は、破られたらどんな気持ちになるかな?」と問いかけることで、約束と信頼の関係について考えるきっかけになります。
また、男が四つ目の蔵を開けたい気持ちをなかなか抑えられない場面から、「やってみたいけれど我慢しなければならないとき」を子どもたちと話し合うこともできます。
夏・秋・冬・春の四つの蔵が登場するため、季節をテーマにした製作や表現遊びにもつなげやすく、それぞれの季節の風景や音、植物、生き物を子どもたちと考える活動にも活用できます。


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