あらすじ
むかしむかし、東北の山深い村に、父親と二人で暮らす心優しい娘がいました。
家は貧しく、決して楽な暮らしではありませんでしたが、娘には幼いころから大切にしている一頭の白い馬がいました。
娘は毎日馬の世話をし、うれしいことも悲しいことも話しかけます。馬もまた、娘を慕い、いつもそばに寄り添っていました。
そんな娘と馬の穏やかな日々に、あるとき大きな変化が訪れます。
やがて村の人々は、娘と馬の深いつながりを忘れないため、人と馬をかたどった二つの人形を作り、「おしらさま」と呼んで大切に祀るようになりました。
東北地方に伝わる、不思議でどこかもの悲しい物語です。
本文
むかしむかし。
東北の山々に囲まれた、小さな村のお話です。
春になれば山の雪がゆっくりと溶け、夏には青々とした田畑が広がり、秋になると山は赤や黄色に染まりました。
けれど冬になると、辺りは深い雪に閉ざされます。
しんしんと雪が降る夜には、村全体が音をなくしたように静かになりました。
そんな村の外れに、一人の娘が父親と暮らしていました。
二人の家は小さく、暮らしも決して豊かではありませんでした。
父親は朝早くから畑へ出て働き、山へ薪を取りに行きました。
娘も水をくみ、畑を手伝い、家の仕事をしました。
食べ物が少ない日には、一つの芋を二人で分けて食べることもありました。
それでも父と娘は、互いに支え合いながら暮らしていました。
そして、その家にはもう一頭、大切な家族のような存在がいました。
一頭の白い馬です。
娘がまだ幼かったころから、家で育ててきた馬でした。
朝になると娘は真っ先に馬のところへ行きます。
「おはよう。よく眠れた?」
馬は娘の声を聞くと、
ぶるるっ。
と鼻を鳴らしました。
娘は新しい草を運び、水を替え、馬の体を丁寧にブラシでなでました。
「今日は暖かくなりそうだね」
娘が話しかけると、馬はじっと娘を見つめます。
「昨日ね、お父さんに褒められたの」
うれしいことがあった日も。
「今日はちょっと失敗しちゃった」
悲しいことがあった日も。
娘は何でも馬に話しました。
もちろん、馬が人の言葉で返事をすることはありません。
けれど娘が近づくと、馬はそっと顔を寄せてきました。
その温かな鼻先が頬に触れると、娘は自然と笑顔になりました。
「ちゃんと聞いてくれているんだね」
村の人たちも、そんな二人の姿をよく見かけました。
娘が歩けば、その後ろを白い馬がついていきます。
娘が畑のそばで休めば、馬も近くで草を食べています。
「本当に仲がいいねえ」
村人が笑うと、娘はうれしそうに答えました。
「この子は、私の大切な友だちです」
娘にとって、馬はただ家の仕事を手伝う動物ではありませんでした。
幼いころから一緒に育ち、寂しいときにはそばにいてくれる、大切な存在だったのです。
父親も初めのうちは、そんな娘の様子を穏やかに見守っていました。
「本当にお前は、その馬が好きなんだな」
「うん」
娘は白い馬の首をなでました。
「ずっと一緒にいるから」
馬も気持ちよさそうに目を細めました。
季節は何度も巡りました。
小さかった娘は、少しずつ大きくなっていきました。
白い馬も立派に育りました。
二人の仲の良さは変わりません。
けれど、家の暮らしは相変わらず苦しいままでした。
父親は以前より長い時間働くようになりました。
朝早く家を出て、日が暮れてから戻ってくることもあります。
ある夕方。
父親が家へ戻ってくると、娘が心配そうに尋ねました。
「お父さん、今日はずいぶん疲れているね」
「そう見えるか?」
「うん」
父親は腰を下ろし、少し息をつきました。
それから娘を安心させるように笑いました。
「大丈夫だよ」
「本当に?」
「ああ。お前が元気なら、それで十分だ」
娘は父親に温かい飲み物を渡しました。
父親はそれを受け取りながら、成長した娘の顔を見ました。
「お前も大きくなったな」
「急にどうしたの?」
「いや……」
父親は少し寂しそうに笑いました。
「いつか立派な大人になって、幸せになるんだぞ」
娘は笑って答えました。
「お父さんも一緒に幸せにならなくちゃ」
「そうだな」
そんな穏やかな日々が、これからも続くように思われました。
ところが――。
あるとき、大切に育ててきた白い馬をめぐって、家族の間に困ったことが起こりました。
娘にとって、馬は家族と同じくらい大切な存在でした。
しかし父親には、父親なりの考えがありました。
苦しい暮らしのこと。
娘のこれからのこと。
家族の将来のこと。
いろいろな思いが重なり、父親の心にも迷いが生まれていました。
娘は白い馬のそばへ行き、その首を抱きしめました。
「大丈夫だよ」
馬は静かに立っています。
娘は何度も、その白い毛をなでました。
「この子は、ずっと一緒に暮らしてきたんです」
娘は父親に言いました。
「私にとって、大切な友だちなんです」
父親は何も答えませんでした。
夜になりました。
外では冷たい風が吹いていました。
ごうっ……。
山から下りてきた風が、家の戸をかすかに揺らします。
娘はなかなか眠れませんでした。
布団の中で目を閉じても、白い馬のことばかり考えてしまいます。
やがて娘は起き上がりました。
そっと家を出ます。
月明かりの下を歩き、馬のところへ向かいました。
白い馬は、娘の足音に気づいたようでした。
ぶるる……。
小さく鼻を鳴らします。
「起こしちゃった?」
娘は馬の首へ手を回しました。
白い毛が、月の光を受けて淡く輝いていました。
「ずっと一緒だったものね」
娘は馬に頬を寄せました。
「小さいころから、ずっと」
馬は動きません。
ただ静かに娘のそばにいました。
「どうか、この子が幸せでいられますように」
娘は小さな声で願いました。
それから間もなく――。
娘と馬をめぐって、悲しい出来事が起こりました。
それまで毎日のように聞こえていた馬の足音も、娘の笑い声も、家の周りから聞こえなくなりました。
村の人々は、二人のことを忘れることができませんでした。
「あの娘は、本当に馬を大切にしていた」
「あの馬も、いつも娘のそばにいたな」
「まるで言葉がなくても、気持ちが通じているようだった」
村人たちは、娘と馬のことを何度も語りました。
そしてあるとき、二つの人形が作られました。
木を削って作られた、小さな人形です。
一つは、人の姿を表すもの。
もう一つは、馬の姿を表すもの。
二つは離されることなく、一緒に大切にされました。
人々はそれを――
「おしらさま」
と呼ぶようになりました。
家の中の大切な場所に祀り、折々に手を合わせました。
年月が流れました。
娘と白い馬を直接知っている人が少なくなっても、おしらさまは残りました。
親から子へ。
子から、そのまた子へ。
「昔、この村にはね……」
そう言って、娘と白い馬の話が語られていきました。
ある冬の夜。
外では雪が降っていました。
しんしん……。
しんしん……。
家の中では囲炉裏の火が小さく揺れています。
そのそばに、二つのおしらさまが並んでいました。
人の姿。
そして、馬の姿。
火の明かりが揺れるたび、二つの影も壁の上で静かに揺れました。
まるで今でも、娘と白い馬が寄り添っているかのように。
それからも東北の村々では、おしらさまを大切に祀りながら、その物語を語り継いでいったということです。
おしまい。
登場人物
- 娘
父親と二人で暮らす心優しい娘。幼いころから一頭の白い馬を育て、家族や友だちのように大切にしています。 - 父親
娘と暮らし、家族のために毎日懸命に働く父親。苦しい暮らしの中で、娘の将来についても考えています。 - 白い馬
娘が幼いころから大切に育ててきた馬。娘が近づくと顔を寄せるなど、深く慕っています。 - 村の人々
娘と白い馬が寄り添って暮らす姿を見守ってきた人々。二人のことを忘れず、その物語を後の世代へ伝えていきます。 - おしらさま
人と馬を表す二つの人形として大切に祀られる存在。娘と白い馬の物語とともに、長く受け継がれていきます。
教訓
- 人だけでなく、動物や身近な生き物にも優しく接し、命を大切にする気持ちを持つことの大切さを考えられます。
- 一緒に過ごした時間や大切な存在への思いは、その人や動物がそばにいなくなったあとも心の中に残り続けます。
- 昔から受け継がれてきた人形や風習には、人々が忘れたくなかった物語や思いが込められていることがあります。
親子で話したいポイント
- 娘にとって、白い馬はどんな存在だったのかな?
- 白い馬は娘のことをどんなふうに思っていたと思う?
- 言葉を話せない動物とは、どんな方法で気持ちを伝え合えるかな?
- 自分にとって「ずっと大切にしたい」と思う人やものはある?
- 昔のお話が長い間語り継がれているのは、どうしてだと思う?
保育士向け活用ポイント
少し不思議で静かな余韻のある物語なので、昔話や伝承の雰囲気を味わう読み聞かせとしても活用できます。
動物との関わりを通して、「命を大切にすること」「大切な存在を思う気持ち」を考える題材として活用できます。
娘が馬へ毎日話しかける場面から、「動物は言葉を話せなくても、どんな気持ちがあるだろう」と子どもたちと考える活動につなげられます。
おしらさまという実際に東北地方で受け継がれてきた信仰や文化に触れるきっかけとして、日本各地の昔の暮らしや伝承へ興味を広げることもできます。
年長児では、「自分にとって大切な存在」を絵に描いたり、その理由を言葉で表現したりする活動へ発展させられます。


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