あらすじ
むかしむかし、海の底には美しい竜宮城があり、竜王さまとお姫さま、たくさんの海の生き物たちが暮らしていました。
ある日、大切なお姫さまが病気になってしまいます。
海のお医者さんによると、お姫さまを元気にするためには、山に住む猿の肝が必要だというのです。
そこで猿を連れてくる役目を任されたのが、真面目なくらげでした。
くらげは猿をうまく誘い出しますが、竜宮城へ向かう途中で、決して話してはいけない秘密をうっかり口にしてしまいます。
くらげは無事におつかいを果たすことができるのでしょうか。
そして、なぜ今のくらげには骨がないのでしょう。
くらげの姿の由来を伝える、不思議で愉快な昔話です。
本文
むかしむかし、海の深い深いところに、美しい竜宮城がありました。
赤や白の珊瑚に囲まれ、色とりどりの魚たちが泳ぐ、それはそれは立派なお城でした。
竜宮城には、海を治める竜王さまとお姫さまが暮らしていました。
もちろん、魚や海の生き物たちもたくさんいます。
たいもいました。
ひらめもいました。
たこも、えびも、かにもいました。
みんなでにぎやかに、仲良く暮らしていました。
ところで、そのころのくらげは、今のくらげとは少し姿が違っていました。
今のように、ふわふわ、ゆらゆらしているだけではありません。
体の中には、ちゃんと骨があったといわれています。
泳ぐのも得意で、竜宮城では真面目によく働く生き物として知られていました。
ところが、ある日のことです。
竜宮城で大変なことが起こりました。
お姫さまが、突然病気になってしまったのです。
いつもなら楽しそうに魚たちと話しているお姫さまが、その日は寝床から起き上がることもできません。
「お姫さま、お食事をお持ちしました。」
そう声をかけても、
「……いりません。」
ほとんど食べようとしません。
日に日に元気がなくなり、笑顔も見られなくなってしまいました。
竜王さまは心配でたまりません。
「いったい、どうしたら姫は元気になるのだ。」
そこで呼ばれたのが、海のお医者さんであるふぐ先生でした。
ふぐ先生は、お姫さまの様子をじっくり診ました。
「ふむ……。」
お姫さまの顔を見ます。
「ふむふむ……。」
脈を確かめます。
それから腕を組み、長いこと考えました。
竜王さまは待ちきれません。
「先生、姫は治るのか?」
ふぐ先生は、ようやく口を開きました。
「治す方法が一つだけあります。」
「本当か!」
竜王さまは身を乗り出しました。
「何が必要なのだ?」
ふぐ先生は答えました。
「山に住む、猿の肝でございます。」
「猿の肝?」
竜王さまは驚きました。
猿は山に住む生き物です。
海の底にある竜宮城にはいません。
「それなら、誰かに猿を連れてこさせなければならない。」
竜王さまは、竜宮城に暮らす生き物たちを集めました。
「誰か、陸まで行って猿を連れてきてくれる者はいないか?」
魚たちは顔を見合わせました。
「陸かあ……。」
「猿なんて、どうやって連れてくればいいんだ?」
その時、一歩前へ出た者がいました。
くらげです。
「竜王さま。」
くらげは胸を張りました。
「私が行ってまいります。」
「おお、くらげか。」
泳ぎが得意で、普段から真面目に働いているくらげです。
竜王さまはうなずきました。
「では、くらげよ。猿を一匹、ここへ連れてきてほしい。」
「はい!」
「ただし――。」
竜王さまは声を低くしました。
「猿の肝が必要だということは、決して猿に話してはいけないぞ。」
「事情を知れば、猿は逃げてしまうからな。」
くらげは大きくうなずきました。
「わかりました!」
「絶対に話しません!」
こうして、くらげは竜宮城を出発しました。
青い海の中を、すいすいと泳いでいきます。
魚の群れを越え、
珊瑚の森を抜け、
どんどん陸へ近づいていきました。
やがて水が浅くなり、太陽の光が海の中まで明るく差し込んできました。
「この辺りに猿はいないかな。」
くらげが浜辺を見回していると――。
「あっ。」
大きな木のそばに、一匹の猿がいました。
猿は木の実を食べたり、枝から枝へ飛び移ったりしながら遊んでいます。
くらげは浜辺へ近づき、声をかけました。
「こんにちは、猿さん。」
猿はびっくりして振り返りました。
「うわっ!」
「海から何か出てきた!」
くらげは笑いました。
「驚かせてしまいましたね。私はくらげです。」
「くらげ?」
猿は珍しそうにくらげを見ました。
「海の生き物が、ぼくに何の用だい?」
くらげは、竜王さまに言われたことを思い出しました。
――猿の肝が必要だということは、決して話してはいけない。
そこで、くらげは言いました。
「猿さんは、竜宮城を知っていますか?」
「りゅうぐうじょう?」
「はい。海の底にある、とても美しいお城です。」
くらげは楽しそうに話しました。
「赤や白の珊瑚があって、きれいな魚がたくさん泳いでいます。」
「へえ!」
「それに、おいしい食べ物もたくさんありますよ。」
猿の目が輝きました。
「そんなところがあるのかい?」
「ええ。」
くらげはうなずきました。
「よかったら、遊びに来ませんか?」
猿は少し考えました。
海の底へ行ったことなど、一度もありません。
「面白そうだなあ。」
「ぜひ来てください。」
「でも、ぼくは海を泳げないよ。」
「大丈夫です。私の背中に乗ってください。」
「それなら行ってみよう!」
猿は大喜びで、くらげの背中に乗りました。
こうして、くらげは猿を乗せて竜宮城へ向かいました。
すいすい。
すいすい。
海の上を進んでいきます。
猿は初めて見る海の景色に大喜びです。
「わあ、海って広いんだなあ!」
「でしょう?」
「竜宮城はもっとすごいのかい?」
「もちろんです。」
くらげは得意そうに答えました。
「竜王さまも待っていますよ。」
「竜王さまが?」
「はい。お姫さまも――」
そこまで言って、くらげは止まりました。
「お姫さま?」
猿が聞き返しました。
「お姫さまがどうしたんだい?」
「えっ?」
くらげは困りました。
「いや、その……。」
「お姫さまも、ぼくが来るのを待っているの?」
「ええと……。」
くらげは隠し事があまり得意ではありませんでした。
黙っていればよかったのですが、猿に聞かれるうちに、ついうっかり口を滑らせてしまいました。
「実は、お姫さまは病気なのです。」
「病気?」
「はい。」
「それは大変だね。」
猿が心配そうに言いました。
するとくらげは、
「そうなんです。お姫さまを元気にするためには、猿の肝が必要で――」
そこまで言ったところで、くらげは、
「あっ!」
と口を押さえました。
けれど、もう遅すぎました。
猿は目を大きく見開いています。
「……今、なんて言った?」
「い、いえ……。」
「猿の肝が必要って言わなかった?」
くらげは何も答えられません。
猿の顔から笑顔が消えました。
――このまま竜宮城へ行ったら、自分はどうなる?
猿は慌てました。
けれど、ここは海の上。
飛び降りて逃げることもできません。
「どうしよう……。」
猿は必死に考えました。
その時――。
猿はぱっと顔を上げました。
「くらげさん!」
「はい?」
「大変だ!」
猿は頭を抱えました。
「どうしたんですか?」
「肝を忘れてきた!」
「えっ?」
くらげは目を丸くしました。
「肝を?」
「そうなんだ!」
猿は真剣な顔で言いました。
「今日は竜宮城へ行くなんて知らなかったから、肝を木の上に干してきてしまったんだ。」
くらげは驚きました。
「肝というものは、体から出しておけるのですか?」
猿は大きくうなずきました。
「もちろん!」
「猿はみんな、木の上に肝を置いておくことがあるんだよ。」
「そうだったのですか!」
くらげはすっかり信じてしまいました。
「それでは困りました。」
「肝がなければ、お姫さまを元気にできないよ。」
「わかりました!」
くらげは急いで向きを変えました。
「すぐに取りに戻りましょう!」
すいすい。
すいすい。
今度は浜辺へ向かって泳いでいきます。
やがて、猿がいた木が見えてきました。
「着きましたよ!」
くらげが浜辺へ近づくと、猿は背中から、
ぴょん!
と飛び降りました。
そして、そのまま木へ駆け寄り、
するするするっ!
と一気に高い枝まで登っていきました。
くらげは下から待っています。
「猿さん!」
「肝は見つかりましたか?」
すると木の上から、猿の笑い声が聞こえてきました。
「はっはっはっ!」
「え?」
くらげが見上げると、猿は枝の上でお腹を抱えて笑っています。
「くらげさん、だまされたね!」
「だまされた?」
「肝を木の上に置いてくる猿なんているものか!」
くらげはぽかんとしました。
「え……?」
猿は自分のお腹を指さしました。
「肝はずっと、ここにあるよ!」
「そんな……。」
その時になって、くらげはようやく自分がだまされたことに気づきました。
「しまった……。」
猿は言いました。
「くらげさんが秘密を話してしまったから、ぼくは逃げることができたんだよ。」
くらげは何も言い返せません。
竜王さまから、
「絶対に話してはいけない。」
と言われていたのに。
自分で全部話してしまったのです。
「どうしよう……。」
くらげは肩を落としました。
猿は木の上から手を振りました。
「もう竜宮城には行かないよ!」
くらげはしょんぼりしながら、たった一匹で海へ戻りました。
行きは猿を連れて得意そうに泳いでいた道です。
けれど帰り道は、ひどく長く感じられました。
やがて、竜宮城へ着きました。
「竜王さま……。」
くらげは小さな声で言いました。
竜王さまは、くらげが一匹で戻ってきたのを見て顔をしかめました。
「猿はどうした?」
「それが……。」
くらげは、起きたことをすべて話しました。
猿にお姫さまの病気のことを話してしまったこと。
猿の肝が必要だとうっかり教えてしまったこと。
「肝を木の上に置いてきた」という猿の言葉を信じ、浜辺まで戻ってしまったこと。
話を聞き終えた竜王さまは、しばらく黙っていました。
「くらげよ。」
「はい……。」
「私は、事情を話してはいけないと言ったはずだな。」
「……はい。」
「大切な役目を任された者は、最後までその役目を果たさなければならない。」
くらげは深く頭を下げました。
「申し訳ありません……。」
けれど、猿はもう山へ逃げてしまいました。
くらげはおつかいを果たすことができなかったのです。
竜王さまはたいそう怒りました。
そして、くらげの体から骨をすっかり抜いてしまったといわれています。
それまでしっかりしていたくらげの体は、
ふにゃり。
ふわふわ。
骨のない柔らかな体になってしまいました。
くらげは自分の体を見て、びっくりしました。
けれど、もう元には戻りません。
それからというもの――。
くらげは骨のない体で、
ふわり。
ゆらり。
ふわり。
ゆらり。
海の中を漂うようになったそうです。
今でも海でくらげを見つけると、柔らかな体を波に任せて、ゆらゆらと泳いでいます。
おしまい。
登場人物
- くらげ
竜宮城で真面目に働いている海の生き物。お姫さまを助けるために猿を連れてくる役目を任されますが、うっかり秘密を話してしまいます。 - 竜王さま
竜宮城を治める王様。病気になったお姫さまを心配し、くらげに猿を連れてくるよう命じます。 - お姫さま
竜宮城で暮らしている竜王さまの娘。突然病気になってしまいます。 - 猿
山で暮らしている賢い猿。くらげから本当の目的を聞き、とっさに「肝を木の上に置いてきた」とうそをついて逃げ出します。 - ふぐ先生
お姫さまを診察する海のお医者さん。病気を治すためには猿の肝が必要だと竜王さまに伝えます。
教訓
- 大切な役目を任された時には、最後まで責任を持って行動することが大切。
- 聞いたことを何でも話すのではなく、伝えてよいことなのかを考える必要がある。
- うっかりした一言が、思いがけない結果につながることもある。
親子で話したいポイント
- くらげは、どうして猿に秘密を話してしまったのかな?
- 猿は、どうして「肝を木の上に置いてきた」と言ったのだろう?
- くらげは、どこでどうすれば失敗せずにすんだと思う?
- 約束したことを守るのは、どうして大切なのかな?
- 失敗してしまった時には、どんなことができるだろう?
保育士向け活用ポイント
- 「なぜくらげには骨がないの?」という子どもの素朴な疑問から楽しめる由来話として活用できます。
- くらげが秘密を話してしまう場面から、「約束を守ること」「話してよいことを考えること」について話し合うきっかけになります。
- 猿がとっさに知恵を働かせる展開から、「困った時にどう考えるか」をテーマにした対話にもつなげられます。
- 海の生き物が多く登場するため、海や水族館、生き物をテーマにした保育活動や製作、図鑑調べなどへの導入にも適しています。


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