たぬきの恩返し(たぬきのおんがえし)

昔話

あらすじ

むかしむかし、山あいの小さな村に、薪を売って暮らす心優しいおじいさんとおばあさんが住んでいました。

ある寒い冬の日、おじいさんは山の中で、猟師のわなにかかって苦しんでいる一匹のたぬきを見つけます。

「これは痛かっただろう。」

かわいそうに思ったおじいさんは、わなを外してたぬきを逃がしてあげました。

それから数日後、おじいさんたちの家では不思議な出来事が起こり始めます。

いつの間にか積まれている薪。きれいになった畑。くんである井戸の水。

いったい誰がやっているのでしょう。

その正体は、おじいさんに命を助けてもらった、あのたぬきでした。


本文

むかしむかし、山に囲まれた小さな村に、おじいさんとおばあさんが仲良く暮らしていました。

二人は決してお金持ちではありませんでした。

小さな家と畑があるだけの、つつましい暮らしです。

それでも二人は、

「今日も元気でよかったね。」

「明日も頑張ろう。」

と声をかけ合い、毎日笑顔を忘れずに暮らしていました。

朝になると、おじいさんは大きなかごを背負って山へ入ります。

枯れ枝や薪を集め、それを村や町へ持っていって売るのが仕事でした。

おばあさんは家に残り、小さな畑を耕したり、機を織ったりしながら、おじいさんの帰りを待っていました。

ある寒い冬の日のことです。

その日は朝から冷たい風が吹いていました。

山の木々はすっかり葉を落とし、細い枝が風に揺れています。

おじいさんはいつものように山へ入り、薪を集めていました。

「今日はずいぶん冷えるなあ。」

白い息を吐きながら山道を歩いていると――。

「キューン……。」

どこからか、小さな声が聞こえてきました。

おじいさんは足を止めました。

「ん?」

耳を澄ませます。

「キューン……キューン……。」

やはり、何かが鳴いています。

「どこだ?」

おじいさんは声のする方へ歩いていきました。

すると、木の根元に一匹のたぬきがいました。

たぬきは猟師のわなに片足を挟まれ、身動きが取れなくなっていたのです。

逃げようとしたのでしょう。

辺りの土には、何度も足を動かした跡が残っています。

けれど、動けば動くほどわなが食い込み、たぬきはすっかり疲れ果てていました。

「これは痛かっただろう。」

おじいさんは、ゆっくりたぬきに近づきました。

たぬきは怖がって身を縮めました。

「大丈夫だ。何もしないよ。」

おじいさんはそう言いながら、慎重にわなを外しました。

ぱちん。

足が自由になると、たぬきはすぐには逃げませんでした。

少し離れたところまで歩くと、振り返っておじいさんをじっと見つめました。

「もう捕まるんじゃないぞ。」

「元気で暮らすんだぞ。」

おじいさんが笑って手を振ると、たぬきは小さく頭を下げるようなしぐさをしました。

そして、雪の残る山の奥へ走っていきました。

おじいさんは、その後ろ姿が見えなくなるまで見送ると、何事もなかったように薪を背負って家へ帰りました。

それから数日後の朝です。

おばあさんが戸を開けて庭へ出ると、

「あら?」

家の脇に、たくさんの薪がきれいに積まれていました。

「おじいさん。」

「なんだい?」

「この薪、昨日のうちに運んでくれたのかい?」

おじいさんは外へ出て、積まれた薪を見ました。

「いやいや、わしじゃないよ。」

「じゃあ、誰が?」

二人は顔を見合わせました。

「誰かが置いていってくれたのかねえ。」

不思議に思いましたが、誰がやったのかはわかりません。

ところが、次の日。

今度は畑の草がきれいに抜かれていました。

また別の日には、朝起きると井戸の水がくまれ、大きな桶いっぱいに入っていました。

さらにある日は、家のまわりに散らばっていた落ち葉まできれいに集められています。

「おかしいねえ。」

おばあさんが首をかしげました。

「毎晩、誰かが来ているんじゃないかい?」

「そうかもしれんな。」

おじいさんも気になって仕方がありません。

「よし。今夜は少し起きて、見てみよう。」

その晩。

おじいさんとおばあさんはいつものように明かりを消しました。

けれど、おじいさんは眠らず、そっと庭の見えるところに隠れていました。

夜が更けていきます。

村の家々の明かりも、一つ、また一つと消えていきました。

やがて辺りは、しんと静まり返りました。

空には丸い月が浮かんでいます。

風が吹くたび、

さわさわ……。

山の木々が小さな音を立てました。

おじいさんはじっと庭を見つめていました。

しばらくすると――。

がさっ。

庭の向こうの草むらが揺れました。

「来たか……?」

おじいさんは息をひそめます。

がさがさ……。

草の間から、何かが顔を出しました。

一匹のたぬきです。

「あれは……。」

おじいさんはすぐに気づきました。

山で助けた、あのたぬきでした。

たぬきは辺りをきょろきょろと見回すと、誰もいないと思ったのでしょう。

山から運んできた小さな薪をくわえ、家の脇へ運び始めました。

一本運んでは置き、

また山の方へ戻って一本運びます。

それが終わると畑へ行き、前足を使って土を整えました。

次は井戸のそばへ。

できることを一つずつ、一生懸命に手伝っています。

おじいさんは、しばらく黙ってその姿を見ていました。

そして、とうとう声をかけました。

「やっぱり、お前だったのか。」

「わっ!」

たぬきは飛び上がりました。

逃げようとして数歩走りましたが、おじいさんの顔を見ると、その場に止まりました。

「ご、ごめんなさい。」

おじいさんは驚きました。

「お前、話せるのか?」

たぬきは恥ずかしそうにうつむきました。

「勝手に家へ入ってしまいました。」

「どうか怒らないでください。」

おじいさんは笑いました。

「怒るものか。」

「毎日、わしらを助けてくれていたんだな。」

たぬきは小さくうなずきました。

「あの日、私はもう助からないと思っていました。」

「でも、おじいさんがわなを外してくれました。」

「命を助けてもらったのに、何もしないままではいられません。」

「何か、お返しがしたかったんです。」

おじいさんは、たぬきの頭を優しくなでました。

「そうだったのか。」

「でも、無理をしなくていいんだよ。」

その声を聞いて、おばあさんも家から出てきました。

「まあまあ。毎朝の薪も畑も、あなたがやってくれていたのね。」

たぬきは少し照れたように笑いました。

それから、たぬきはこっそり来るのをやめ、ときどき二人の家へ遊びに来るようになりました。

ある日、おばあさんがお団子を作ってくれました。

「ほら、お食べ。」

たぬきは一口食べると、目を丸くしました。

「おいしい!」

もう一つ。

さらにもう一つ。

夢中になって食べるたぬきを見て、おじいさんとおばあさんは声を上げて笑いました。

「そんなに急いで食べたら、のどにつまるよ。」

「こんなにおいしいものは初めてです。」

三人はすっかり仲良しになりました。

やがて寒い冬が終わり、春になりました。

たぬきは山で見つけた山菜を持ってきてくれました。

夏には、赤く熟した甘い木いちご。

秋には栗やきのこ。

冬になると、またおじいさんの薪集めを手伝いました。

おじいさんとおばあさんも、たぬきが遊びに来ると、お団子や畑でとれた野菜を分けてあげました。

やがて村の人たちも、そのたぬきを見かけるようになりました。

最初は、

「たぬきだ!」

と驚く人もいました。

けれど、おじいさんが話しました。

「あのたぬきは悪さをしないよ。」

「わしらの大切な友だちなんだ。」

村の人たちも、たぬきが畑を荒らしたり、人を困らせたりしないことを知っていました。

「ああ、おじいさんのところのたぬきか。」

「それなら大丈夫だ。」

そう言って、温かく見守るようになりました。

それからしばらくたった、ある年のことです。

朝から空を厚い雲が覆い、激しい雨が降り始めました。

ざああああ……。

ざああああ……。

雨は昼になってもやみません。

夕方になると風も強くなり、山の木々が大きく揺れ始めました。

おじいさんとおばあさんは家の中で心配そうに外を見ていました。

「ずいぶん降るなあ。」

「山は大丈夫かねえ。」

そのころ、山の中にいたたぬきは、いつもと違う音を聞きました。

ゴゴゴゴゴ……。

低い音が、地面の奥から響いてきます。

山から大量の水が流れ始めていました。

さらに、おじいさんたちの家の近くにある大きな木が、強い雨と風で傾いています。

「大変だ!」

たぬきは雨の中を走り出しました。

泥だらけになりながら山道を駆け下り、おじいさんたちの家へ向かいます。

「おじいさん!」

戸をたたきました。

「おばあさん!」

「早く逃げて!」

おじいさんが戸を開けると、ずぶ濡れのたぬきが立っていました。

「どうしたんだ?」

「危ないんです!」

「山から水が来ています。それに、大きな木が倒れそうです!」

たぬきの必死な様子を見て、おじいさんはすぐに決めました。

「ばあさん、高台へ行こう。」

二人は必要なものだけを持ち、たぬきと一緒に高台へ向かいました。

雨の中を歩き、ようやく安全な場所までたどり着いた――その直後です。

バキバキバキッ!

山の方から、ものすごい音が響きました。

ドオオン!

大きな木が倒れ、おじいさんたちの家のすぐ前をふさいだのです。

おばあさんは青ざめました。

「あのまま家にいたら……。」

おじいさんも倒れた木を見つめ、しばらく言葉が出ませんでした。

そして、たぬきの方を向きました。

「知らせてくれて、ありがとう。」

おじいさんの目には涙が浮かんでいました。

たぬきは少し照れくさそうに笑いました。

「あの日、おじいさんが私を助けてくれました。」

「今度は、私が助ける番でした。」

おじいさんは笑いながら、たぬきの濡れた頭をなでました。

雨がやんだあと、村の人たちも力を貸してくれました。

倒れた木を片づけ、傷んだ家を直し、みんなでおじいさんとおばあさんを助けました。

それから何年たっても、おじいさんとおばあさん、そしてたぬきは仲良く暮らしました。

村の子どもたちも、たぬきのことが大好きになりました。

山道でふわふわのしっぽを見つけると、

「たぬきさん、こんにちは!」

と元気に声をかけます。

するとたぬきは振り返り、しっぽをふわりと揺らしました。

そして、どこかうれしそうに山の中へ駆けていくのでした。

おしまい。


登場人物

  • おじいさん
    薪を売りながらおばあさんと暮らしている、心優しい主人公。わなにかかったたぬきを見つけ、見返りを求めることなく助けます。
  • おばあさん
    おじいさんとつつましく暮らす、穏やかで思いやりのある妻。恩返しにやって来たたぬきを温かく迎えます。
  • たぬき
    猟師のわなにかかっていたところをおじいさんに助けられたたぬき。その恩を忘れず、薪運びや畑仕事などを手伝い、やがて危険から二人を救います。
  • 村の人たち
    初めはたぬきに驚きますが、おじいさんたちとの関係を知り、やがて大切な仲間として温かく見守ります。

教訓

  • 見返りを求めずにした優しさが、思いがけない形で返ってくることがある。
  • 誰かに助けてもらったとき、その感謝を忘れないこと。
  • 恩返しは特別なことだけではなく、自分にできる小さな行動でも伝えられる。
  • 人も動物も、互いを思いやることで温かな関係を築くことができる。

親子で話したいポイント

  • おじいさんは、どうしてわなにかかったたぬきを助けたのかな?
  • たぬきは、どんな気持ちで毎晩おじいさんたちを手伝っていたんだろう?
  • おじいさんは、お礼をしてもらうつもりでたぬきを助けたのかな?
  • たぬきが大雨の日に二人を助けたとき、どんな気持ちだったと思う?
  • 自分が「ありがとう」を伝えたい人は誰かな?
  • 誰かにしてもらってうれしかったことを、自分も別の人にしてあげられるかな?

保育士向け活用ポイント

  • 思いやりや感謝を考える題材に
    おじいさんがたぬきを助ける場面と、たぬきがおじいさんたちを助ける場面を比べながら、「助けてもらったとき、どんな気持ちになる?」と話し合えます。
  • 「恩返し」を身近な行動に置き換える
    たぬきのような特別な恩返しだけではなく、「ありがとうと言う」「お手伝いをする」「困っている友だちを助ける」など、子どもたちの日常にある感謝の伝え方へつなげられます。
  • 自然や動物をテーマにした活動に
    たぬき、山菜、木いちご、栗、きのこなど季節の自然が登場するため、秋の自然や身近な野生動物について調べる活動にも発展させられます。
  • 助け合いについて考える活動に
    おじいさんからたぬきへ、たぬきからおじいさんたちへ、さらに村人たちへと助け合いが広がる様子から、「優しさがつながっていくこと」について考える題材として活用できます。

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