あらすじ
むかしむかし、山のふもとに、貧しいけれど心の優しいおじいさんとおばあさんが暮らしていました。
ある年の大みそか、おじいさんは正月の食べ物を買うため、自分で作った笠を町へ売りに出かけます。
ところが、笠は一つも売れませんでした。
雪の降る帰り道、おじいさんは六体のお地蔵さまを見つけます。
頭や肩に雪を積もらせたお地蔵さまを見て、おじいさんは売れ残った笠を一つずつかぶせてあげました。
けれど、笠は五つしかありません。
最後のお地蔵さまには、自分の手ぬぐいをかぶせてあげます。
その夜、おじいさんとおばあさんの家に、不思議な出来事が起こります。
本文
むかしむかし。
山のふもとの小さな家に、おじいさんとおばあさんが暮らしていました。
二人は決して裕福ではありませんでした。
畑から取れるものは少なく、米びつの中がほとんど空になってしまうこともあります。
着ているものには何度も継ぎが当てられ、冬になると冷たい風が家の隙間から入ってきました。
それでも二人は、いつも仲良く暮らしていました。
「今日はお天気がよくて助かったねえ」
「ほんとうだ。ありがたいことだ」
わずかな食べ物しかない日にも、二人で分け合いました。
寒い夜には、囲炉裏のそばへ寄り添って座りました。
ある年の大みそかのことです。
朝から空はどんよりと曇り、今にも雪が降り出しそうでした。
おばあさんは米びつの中をのぞきました。
けれど、中にはほとんど何も残っていません。
「おじいさん」
「どうした?」
「明日はお正月だというのに、おもちもごちそうもありませんねえ」
おじいさんも米びつをのぞき込みました。
「そうだなあ……」
二人はしばらく考えました。
すると、おじいさんが言いました。
「そうだ。わしが作った笠を町へ持っていこう」
家には、おじいさんがわらを編んで作った笠がありました。
「これを売れば、少しは米やもちが買えるかもしれん」
「でも、外はずいぶん寒そうですよ」
「なあに、大丈夫だ」
おじいさんは五つの笠を背負いました。
「行ってくるよ」
「気をつけて行ってきてくださいね」
おばあさんに見送られ、おじいさんは町へ向かいました。
山道には、うっすらと雪が積もり始めていました。
ざくっ。
ざくっ。
おじいさんは冷たい風に顔をさらしながら歩きました。
ようやく町へ着くと、通りにはたくさんの人が行き交っていました。
大みそかです。
魚を買う人。
野菜を抱える人。
もちや正月飾りを買う人。
どの店もにぎわっています。
おじいさんは人通りの多いところに立ちました。
「笠はいりませんか」
「丈夫な笠ですよ」
「笠はいかがですか」
一生懸命、声をかけました。
けれど、誰も立ち止まってくれません。
「笠なら間に合ってるよ」
そう言って通り過ぎる人もいました。
しばらくすると、空から白いものが落ちてきました。
ちらり。
ちらり。
雪です。
「雪が降ってきたな」
おじいさんは、それでも声をかけ続けました。
「笠はいかがですか」
「笠はいりませんか」
けれど、一つも売れません。
やがて日が傾き、町の人たちも家へ帰り始めました。
おじいさんは売れ残った五つの笠を見ました。
「今日はだめだったか」
ため息をつきました。
正月のもちを買うこともできません。
それでも、おじいさんは誰かを恨むこともありませんでした。
「仕方がない。おばあさんが待っている。帰るとしよう」
おじいさんは五つの笠を背負い、町をあとにしました。
帰り道では、雪が朝よりもずっと強くなっていました。
ひゅうう……。
冷たい風が吹きます。
雪はおじいさんの肩や頭に次々と積もっていきました。
「これは、ずいぶん降ってきたなあ」
おじいさんは足元に気をつけながら、山道を進みました。
すると、道の途中に何かが並んでいるのが見えました。
一つ。
二つ。
三つ。
近づいてみると、それは六体のお地蔵さまでした。
六体のお地蔵さまが、道端に静かに並んでいます。
頭にも。
肩にも。
たくさんの雪が積もっていました。
おじいさんは足を止めました。
「これはこれは……」
お地蔵さまの顔は雪に半分隠れています。
風が吹くたびに、新しい雪が体へ降りかかります。
「こんなところで、さぞ寒かろうなあ」
おじいさんは一体目のお地蔵さまの頭に積もった雪を払い落としました。
二体目。
三体目。
六体すべての雪を、丁寧に払ってあげました。
けれど、すぐにまた雪が降り積もります。
おじいさんは背中の笠を見ました。
町で一つも売れなかった五つの笠です。
少し考えると、おじいさんはにっこり笑いました。
「そうだ」
「せっかくの笠だ。お地蔵さまに使ってもらおう」
一つ目の笠を取り出し、一体目のお地蔵さまにかぶせました。
「どうぞ」
二つ目のお地蔵さまにも。
「これで少しは雪をしのげますよ」
三つ目。
四つ目。
五つ目。
一体ずつ、丁寧に笠をかぶせていきました。
ところが――。
最後の一体の前で、おじいさんの手が止まりました。
笠がありません。
「おやまあ」
おじいさんは困りました。
五つしか持ってこなかったのです。
五体のお地蔵さまには笠があるのに、最後の一体だけ何もありません。
おじいさんは最後のお地蔵さまを見上げました。
その頭にも雪が降り積もっています。
「一人だけ何もないというのは、かわいそうだな」
おじいさんは辺りを見回しました。
けれど、かぶせられそうなものはありません。
そこで自分の懐へ手を入れると、一枚の手ぬぐいを取り出しました。
「笠ではありませんが、これで勘弁してくださいな」
おじいさんは手ぬぐいを広げました。
そして、最後のお地蔵さまの頭へ、雪が入らないようにそっと巻いてあげました。
「これでよし」
おじいさんは六体のお地蔵さまを眺めました。
五体は笠をかぶり、一体は手ぬぐいをかぶっています。
「それでは、よいお年を」
おじいさんはそう言って、深く頭を下げました。
そして雪の中を家へ帰っていきました。
家へ着くころには、辺りはすっかり暗くなっていました。
「ただいま」
戸を開けると、おばあさんがすぐに出迎えました。
「おかえりなさい。まあ、こんなに雪だらけになって」
おばあさんは、おじいさんの肩の雪を払いました。
「寒かったでしょう」
「いやいや、大丈夫だよ」
おばあさんは荷物がないことに気づきました。
「笠は……売れたのですか?」
おじいさんは少し申し訳なさそうに笑いました。
「それがな、一つも売れなかった」
「そうでしたか」
「もちも米も買ってこられなかったよ」
おじいさんは、帰り道に六体のお地蔵さまと出会ったことを話しました。
「雪をたくさんかぶっていてな。あまりに寒そうだったものだから、五つの笠を全部かぶせてきたよ」
「まあ」
「最後のお地蔵さまには笠が足りなかったから、手ぬぐいを巻いてきた」
それを聞いたおばあさんは、少しも怒りませんでした。
むしろ、にっこり笑いました。
「それはよいことをしましたねえ」
「そう言ってくれるか」
「もちろんです。お地蔵さまも、きっと喜んでいますよ」
「そうだといいな」
二人は顔を見合わせて笑いました。
正月のもちもありません。
ごちそうもありません。
二人は残っていたわずかな食べ物を囲炉裏で温め、仲良く分け合いました。
「今年もいろいろあったねえ」
「そうだな」
「こうして二人で年を越せるだけでも、ありがたいことです」
「本当にそうだ」
夜はどんどん更けていきました。
外では雪が降り続いています。
しんしん……。
しんしん……。
やがて、おじいさんとおばあさんが眠ろうとしたころです。
遠くから、何か聞こえてきました。
ずしっ。
ずしっ。
ずしっ。
おじいさんが目を開けました。
「ん?」
ずしっ。
ずしっ。
音は少しずつ近づいてきます。
おばあさんも起き上がりました。
「おじいさん、何か聞こえませんか?」
「ああ」
二人は耳を澄ませました。
すると、雪の向こうから声が聞こえてきます。
「じいさまの家は、どこだ」
「笠をくれた、じいさまの家は、どこだ」
ずしっ。
ずしっ。
ずしっ。
その声は、だんだん近づいてきました。
おじいさんとおばあさんは顔を見合わせました。
やがて声が、家のすぐ近くまでやってきます。
「ここだ、ここだ」
「笠をくれた、じいさまの家だ」
その直後――。
どさーん!
家の前で大きな音がしました。
二人はびっくりしました。
「何だろう?」
恐る恐る戸を開けてみます。
すると――。
家の前には、大きな荷物が山のように積まれていました。
米。
もち。
野菜。
魚。
味噌。
薪。
着るもの。
二人が冬を越すのに十分なほどの品々です。
「まあ……!」
おばあさんは目を丸くしました。
「これは、いったい……」
おじいさんが雪の積もる道の先を見ると、遠くにいくつかの影が見えました。
一体。
二体。
三体。
四体。
五体。
六体。
雪の中を、六体のお地蔵さまが静かに遠ざかっていきます。
五体のお地蔵さまの頭には、おじいさんがかぶせた笠。
そして最後のお地蔵さまの頭には、あの手ぬぐいがありました。
おじいさんは思わず声を上げました。
「おばあさん!」
「はい」
「あれを見てごらん」
おばあさんも外へ出ました。
二人は並んで、雪の向こうへ消えていくお地蔵さまを見つめました。
そして、そっと手を合わせました。
「お地蔵さま、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
六体の姿は、やがて白い雪の中へ見えなくなりました。
その夜も雪は静かに降り続けました。
次の朝。
おじいさんとおばあさんは、いただいたもちを焼きました。
ぷくうっと膨らんだもちを見て、おばあさんが笑います。
「立派なお正月になりましたね」
「ああ」
おじいさんも笑いました。
二人は温かいもちを分け合いながら、新しい年を迎えました。
そしてその後も、互いを思いやりながら、仲良く暮らしていったということです。
おしまい。
登場人物
- おじいさん
貧しい暮らしの中でも思いやりを忘れない、心優しい人物。売れ残った笠を、雪をかぶるお地蔵さまたちへ惜しみなく渡します。 - おばあさん
おじいさんと助け合って暮らす温かな人物。笠をすべてお地蔵さまへ渡してきたと聞いても責めず、おじいさんの優しさを喜びます。 - 六体のお地蔵さま
雪の中、道端に並んでいたお地蔵さま。五体には笠、一体には手ぬぐいをかぶせてもらい、その夜に不思議な恩返しをします。
教訓
- 見返りを求めず、困っている相手を思いやることの大切さが伝わる物語です。
- 自分に余裕がないときでも、人を思いやる優しさは持つことができます。
- 物がたくさんあることだけではなく、互いを大切にしながら暮らす心の豊かさについて考えることができます。
親子で話したいポイント
- おじいさんは、どうして売れなかった笠をお地蔵さまにあげたのかな?
- 最後のお地蔵さまに笠が足りないと気づいたとき、おじいさんはどんな気持ちだったと思う?
- おばあさんは、笠が一つも売れなかったと聞いても、どうして怒らなかったのかな?
- 自分が寒そうにしている人や困っている人を見つけたら、何をしてあげられるかな?
- 誰かに優しくしてもらって、うれしかったことはある?
保育士向け活用ポイント
笠やお地蔵さまを制作したり、「誰かにしてあげたい優しいこと」を絵や言葉で表したりする活動へ発展させることもできます。
「思いやり」「優しさ」「感謝」をテーマにした読み聞かせとして活用しやすい昔話です。
大みそかや雪、お正月が登場するため、12月から1月にかけての季節の読み聞かせにも適しています。
五つの笠と六体のお地蔵さまという設定から、「一つ足りないとき、おじいさんはどうしたと思う?」と途中で問いかけることで、子どもたちが物語へ参加しながら考えられます。
劇遊びでは、おじいさん・おばあさん・六体のお地蔵さま・町の人など、複数の役に分かれて表現することができます。


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