やまんばと小僧(やまんばとこぞう)

昔話

あらすじ

むかしむかし、深い山の奥には、人を驚かせる恐ろしいやまんばが住んでいるといわれていました。

ある日、山寺で暮らす小僧さんが、山の向こうの村へお使いに出かけます。

お坊さんから「暗くなる前に帰るんだよ」と言われていたものの、用事に時間がかかり、帰り道にはすっかり日が暮れ始めていました。

薄暗い山道を急いでいると、背後の草むらから不気味な物音が聞こえてきます。

そこに現れたのは、ぼさぼさの髪にぎょろりとした目をした、大きなやまんばでした。

力ではとてもかないません。

そこで小僧さんは、怖さをこらえながら知恵を働かせ、やまんばをお寺まで連れていくことを思いつきます。

恐ろしい相手を前にしても、よく考え、勇気を出して行動する小僧さんの姿を描いた昔話です。


本文

むかしむかし、深い山の中に、小さなお寺がありました。

周りには高い山々が連なり、お寺へ続く細い道のほかには、見渡すかぎり木々ばかり。

昼間でも木の葉が空を覆い、山の奥へ入るほど薄暗くなるような場所でした。

そのお寺には、一人の小僧さんが住んでいました。

まだ幼い小僧さんでしたが、毎朝早く起きて境内を掃き、お坊さんの食事の支度を手伝い、まじめに修行をしていました。

ある日の朝のことです。

お坊さんが小僧さんを呼びました。

「小僧や。」

「はい。」

「山の向こうの村まで、お使いに行ってきておくれ。」

お坊さんは、届けてもらいたい荷物を小僧さんに渡しました。

「分かりました。」

小僧さんが元気よく答えると、お坊さんは少し心配そうな顔をしました。

「ただしな。」

「はい?」

「帰り道は、暗くなる前に戻ってくるんだよ。」

お坊さんは窓の向こうに見える山を眺めました。

「あの山には、やまんばが出るという話があるからね。」

小僧さんの顔がこわばりました。

「や、やまんば……?」

小僧さんも、その噂を聞いたことがありました。

山の奥に住み、夜になると山道を歩く人の前に現れるという恐ろしいやまんば。

大きな体に、ぼさぼさの髪。

暗闇の中で目をぎょろりと光らせ、人を驚かせるのだといいます。

「怖いかい?」

お坊さんが尋ねました。

小僧さんは少し迷ってから、

「……ちょっとだけ。」

と答えました。

お坊さんは笑いました。

「怖いと思うことは悪いことではないよ。」

「だからこそ、明るいうちに帰っておいで。」

「はい!」

小僧さんは荷物を背負い、お寺を出発しました。

山道を下り、

小さな川を渡り、

また坂道を登ります。

昼ごろには、無事に山の向こうの村へ着きました。

小僧さんは頼まれた荷物を届け、お寺からの言葉もきちんと伝えました。

「よく来てくれたね。」

村の人は喜んで、小僧さんにお茶を出してくれました。

小僧さんも少し休んでから、帰ろうとしました。

ところが、頼まれた用事が思っていたより長くかかってしまいました。

「いけない。」

外へ出ると、太陽はもう山の向こうへ傾いています。

「早く帰らなくちゃ。」

小僧さんは急いで山道へ入りました。

来た時には明るかった道も、帰りにはまるで違って見えました。

夕日が山の向こうへ沈んでいきます。

赤かった空が紫色に変わり、やがて木々の間に暗い影が広がり始めました。

ざわざわ……。

風が吹くたび、頭の上で木の葉が揺れます。

「大丈夫、大丈夫。」

小僧さんは自分に言い聞かせながら歩きました。

「この道をまっすぐ行けば、お寺だ。」

けれど、山の中はどんどん暗くなっていきます。

鳥たちの声も聞こえなくなりました。

代わりに、どこからか虫の声が響いてきます。

りーん。

りーん。

小僧さんは歩く速さを少し上げました。

すると――。

ガサッ。

後ろの草むらから音がしました。

小僧さんの足が止まりました。

「……え?」

振り返ります。

誰もいません。

風に揺れる木々が見えるだけです。

「き、気のせいだよな。」

小僧さんは再び歩き始めました。

一歩。

二歩。

三歩。

ガサガサッ。

またです。

今度は、さっきより近くから聞こえました。

小僧さんの背中に冷たい汗が流れました。

「誰か……いるの?」

返事はありません。

しん――。

辺りが急に静かになったように感じました。

小僧さんは前を向き、早足で歩き始めました。

すると。

ざっ。

ざっ。

ざっ。

自分の足音とは違う音が、後ろから聞こえてきます。

小僧さんが歩けば、

ざっ。

後ろからも、

ざっ。

小僧さんが速く歩けば――。

ざっ、ざっ、ざっ。

後ろの音も速くなります。

「……怖い。」

小僧さんは走り出したくなりました。

けれど、お坊さんからいつも言われていたことを思い出しました。

――慌てた時ほど、周りをよく見るんだよ。

小僧さんは大きく息を吸いました。

そして、ゆっくり後ろを振り返りました。

その時です。

ガサガサガサッ!

道の脇にある茂みが、大きく揺れました。

そして――。

ぬうっ。

木々の間から、大きな影が現れました。

小僧さんは息をのみました。

人のようにも見えます。

けれど、普通の人ではありません。

小僧さんの何倍もありそうな大きな体。

ぼさぼさに伸びた長い髪。

大きな口。

そして暗闇の中で、ぎょろりと光る二つの目。

「ひっ……。」

小僧さんは思わず後ずさりました。

大きな影が、にやりと笑いました。

「おやおや。」

低い声が山の中に響きました。

「こんな時間に、小僧さんが一人で歩いているよ。」

小僧さんの体が震えました。

「や……やまんば……。」

「ほほほ。」

やまんばは笑いました。

「わしのことを知っているのかい。」

小僧さんは逃げようとしました。

けれど、足が動きません。

やまんばは一歩近づきました。

ずしっ。

また一歩。

ずしっ。

小僧さんは考えました。

――走っても追いつかれる。

――力では絶対にかなわない。

やまんばは、小僧さんを見下ろしました。

「小僧さん。」

「こんなところで何をしているんだい?」

小僧さんの頭の中は、ものすごい速さで動いていました。

どうしたら逃げられる。

大声を出しても、こんな山奥では誰にも聞こえません。

戦うこともできません。

それなら――。

「や、やまんばさん。」

小僧さんは震える声で言いました。

「なんだい?」

「ちょうどよかった。」

「何がだい?」

小僧さんは無理に笑顔を作りました。

「私は、あなたのところへ行く途中だったんです。」

やまんばの大きな目が、さらに丸くなりました。

「わしのところへ?」

「はい。」

「どうして?」

小僧さんは必死に考えながら答えました。

「お寺に、とても大きなまんじゅうがあるんです。」

「まんじゅう?」

やまんばの表情が変わりました。

「そうです。」

小僧さんは続けました。

「普通のまんじゅうじゃありません。」

「とっても大きくて、とっても甘くて、一口食べたら忘れられないくらいおいしいまんじゅうです。」

やまんばは、ごくりとつばを飲み込みました。

「そんなにうまいのかい?」

「それはもう。」

小僧さんは少しずつ落ち着きを取り戻してきました。

どうやら、やまんばは食べ物に興味を持ったようです。

「そのまんじゅうを、わしにくれるのか?」

「もちろんです。」

「ただし――。」

小僧さんは、わざと少し声を落としました。

「ただし?」

「そのまんじゅうを食べるには、特別なお経を唱えなくてはいけないんです。」

「お経?」

「はい。」

「そのお経を知っているのは、うちのお坊さんだけです。」

やまんばは腕を組みました。

「それなら、その坊主をここへ連れてこい。」

「それは無理です。」

小僧さんはすぐに答えました。

「どうしてだい?」

「特別なまんじゅうは、お寺から外へ持ち出せないんです。」

やまんばはしばらく考え込みました。

小僧さんは胸の鼓動を聞きながら、じっと待ちました。

どくん。

どくん。

もし、うそだと気づかれたらどうしよう。

すると、やまんばが言いました。

「よし。」

「お寺へ行こうじゃないか。」

小僧さんは心の中で、ほっと息をつきました。

「では、こちらです。」

こうして小僧さんは、やまんばを連れて山道を歩き始めました。

けれど、まだ安心はできません。

やまんばはすぐ後ろを歩いています。

ざっ。

ざっ。

ざっ。

時々、小僧さんの背中にやまんばの息がかかるほど近づきます。

「まだ着かないのかい?」

「もう少しです。」

「まんじゅうは本当に大きいんだろうね。」

「もちろんです。」

小僧さんは歩きながら考えていました。

――お寺まで行けば、お坊さんがいる。

――きっと何とかしてくれる。

けれど、やまんばに気づかれないようにしなければなりません。

やがて木々の向こうに、お寺の明かりが見えてきました。

「あった!」

小僧さんは心の中で叫びました。

「着きましたよ。」

やまんばはうれしそうに笑いました。

「ほほほ。楽しみだねえ。」

小僧さんはお寺の戸を開けました。

「ただいま戻りました!」

お坊さんが出てきました。

「おお、小僧。遅かったから心配して――」

そこまで言ったところで、お坊さんは小僧さんの後ろに立つ大きな影に気づきました。

やまんばです。

お坊さんの顔が一瞬こわばりました。

けれど、小僧さんはすぐにお坊さんへ駆け寄り、小さな声で言いました。

「お坊さん、やまんばです。」

「山で会ってしまいました。」

「まんじゅうがあると言って、ここまで連れてきました。」

お坊さんはすぐに事情を理解しました。

そして小僧さんの耳元で、

「よくここまで戻ってきた。」

と小さく言いました。

それから、やまんばの方を向きました。

「これはこれは、やまんばさん。」

「うちの小僧から、特別なまんじゅうの話を聞きましたか?」

「聞いたとも!」

やまんばは大きな声で答えました。

「早く食べさせておくれ。」

「もちろんです。」

お坊さんはにこりと笑いました。

「ただ、少し準備が必要です。」

お坊さんは小僧さんと一緒に寺の奥へ入りました。

「どうしましょう?」

小僧さんが尋ねました。

お坊さんは少し考えました。

そして、大きな桶を見つけました。

「これを使おう。」

二人は大きな桶を庭へ運び、水を入れました。

やまんばは不思議そうに見ています。

「なんだい、その桶は。」

お坊さんは答えました。

「特別なまんじゅうをいただくためには、まずこの桶の中をのぞきながら、お経を聞かなくてはいけないのです。」

「ほう。」

やまんばは桶へ近づきました。

「ここをのぞけばいいのかい?」

「そうです。」

やまんばは桶のふちに手をかけました。

そして――。

ぐっと身を乗り出しました。

「まんじゅうはどこだい?」

「もう少し中をのぞいてください。」

「こうかい?」

やまんばがさらに身を乗り出した、その瞬間――。

つるっ。

「おっと!」

ドボン!

やまんばは頭から桶の中へ落ちてしまいました。

「今だ!」

小僧さんとお坊さんは力を合わせ、大急ぎで桶に蓋をしました。

どん!

桶の中から大きな音がしました。

「こらあ!」

やまんばが怒鳴ります。

「だましたな!」

どん!

どん!

桶が揺れました。

小僧さんは思わず後ずさりました。

「お坊さん、出てきませんか?」

「しっかり押さえておいで。」

二人は蓋を押さえました。

「出しておくれ!」

やまんばが叫びます。

お坊さんは落ち着いた声で言いました。

「やまんばさん。」

「山道を歩く人を怖がらせたり、困らせたりするのはよくありません。」

「そんなことを言って、わしを閉じ込める気か!」

「いいえ。」

お坊さんは答えました。

「もう人を怖がらせたりしないと約束するなら、ここから出してあげましょう。」

桶の中が静かになりました。

しばらく何も聞こえません。

小僧さんとお坊さんは顔を見合わせました。

やがて――。

「……分かったよ。」

やまんばの声がしました。

「本当ですか?」

「もう山道で人を追いかけたり、怖がらせたりしない。」

お坊さんは小僧さんを見ました。

小僧さんは少し不安そうでしたが、うなずきました。

二人はゆっくり蓋を開けました。

やまんばが、びしょぬれになって桶から出てきました。

ぼさぼさだった髪は水でぺったりと顔に張りついています。

やまんばは小僧さんを見ました。

小僧さんはびくりとしました。

けれど――。

やまんばは襲ってきませんでした。

「小僧。」

「はい……。」

「お前、小さいくせになかなか知恵が回るね。」

小僧さんは何と答えればいいのか分からず、黙っていました。

やまんばは鼻を鳴らしました。

「今日はわしの負けだ。」

そう言うと、くるりと背を向けました。

「約束は忘れないでくださいね。」

お坊さんが言いました。

「ああ。」

やまんばは振り返らずに答えました。

そして暗い山道へ向かって歩いていきました。

ざっ。

ざっ。

ざっ。

その大きな背中は、やがて夜の山へ溶けるように消えていきました。

それからというもの、不思議なことに、あの山道でやまんばに追いかけられたという話は聞かれなくなりました。

小僧さんは、相変わらずお寺で毎日まじめに修行を続けました。

ある日、小僧さんがお坊さんに言いました。

「あの時は、本当に怖かったです。」

お坊さんは笑いました。

「そうだろうね。」

「でも、怖かったから一生懸命考えました。」

「あのまま走って逃げていたら、きっと捕まっていたと思います。」

お坊さんは静かにうなずきました。

「怖い時でも、よく考えることは大切だ。」

小僧さんは、山の向こうを眺めました。

あの日と同じ山です。

風が吹き、木々がざわざわと揺れています。

その奥に、やまんばが今も暮らしているのかもしれません。

けれど、あれから山道を歩く人の前に姿を現すことはありませんでした。

夕暮れになると、山の奥から時々、

「ほほほ……。」

と笑うような声が聞こえてくることがあったそうです。

それが本当にやまんばの声だったのか、ただ風が木々を揺らす音だったのかは、誰にも分かりません。

おしまい。


登場人物

  • 小僧さん
    山寺で暮らす幼い小僧。お使いの帰り道でやまんばに出会います。力ではかなわないと考え、怖さをこらえながら知恵を働かせてお寺まで戻ります。
  • やまんば
    山の奥に住む大きな体の恐ろしい存在。暗くなった山道で小僧さんの前に現れます。食べ物に目がなく、小僧さんの「特別なまんじゅう」の話に興味を持ってお寺までついていきます。
  • お坊さん
    小僧さんと一緒に寺で暮らしている人物。帰りが遅くなった小僧さんを心配して待っていました。事情を聞くとすぐに知恵を働かせ、小僧さんと協力してやまんばを桶へ入れます。

教訓

  • 勇気とは怖さを感じないことではなく、怖い時にも落ち着いて考え、行動すること。
  • 力ではかなわない相手や大きな困難でも、知恵を使うことで乗り越えられることがある。
  • 一人では難しいことも、誰かに助けを求め、力を合わせることで解決できることがある。

親子で話したいポイント

  • 小僧さんは、やまんばを見た時にどんな気持ちだったと思う?
  • 小僧さんは、どうしてその場からすぐに走って逃げなかったのかな?
  • 「特別なまんじゅう」の話を思いついた小僧さんの作戦について、どう思う?
  • お坊さんがいなかったら、小僧さんはどうしたと思う?
  • 怖いことや困ったことがあった時、誰に助けを求めたらいいかな?

保育士向け活用ポイント

  • やまんばが現れるまでの物音や夕暮れの山道を丁寧に読むことで、怖すぎない範囲で昔話らしい緊張感を楽しめます。
  • 小僧さんが「力ではかなわない」と考えて別の方法を探す姿から、困った時に考える力や、落ち着いて行動することについて話し合えます。
  • お寺へ戻った後はお坊さんと協力して危機を乗り越えるため、「一人で何とかしようとせず、大人に助けを求める」という安全教育にもつなげられます。
  • 小僧さん、やまんば、お坊さんと役割が分かりやすく、「特別なまんじゅう」や桶を使った場面もあるため、劇遊びや表現活動にも発展させやすい物語です。

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