あらすじ
むかしむかし、山に囲まれた小さな村に、一面の白い花が咲く大きなそば畑がありました。
秋になると、そば畑は真っ白な花で埋め尽くされます。
なかでも満月の夜は、月明かりを浴びた白い花が銀色に輝き、まるで雪が積もったような美しさでした。
村では昔から、
「満月の夜のそば畑には、きつねたちが遊びに来る。」
という話が語り継がれていました。
その話を聞いた好奇心いっぱいの男の子・健太は、どうしてもきつねたちを見てみたくなります。
そして秋のある満月の夜、健太は一人でそば畑へ向かいました。
そこで待っていたのは、昼間の畑からは想像もできない、不思議で美しい光景でした。
本文
むかしむかし、山々に囲まれた小さな村がありました。
村のまわりには田んぼや畑が広がり、その向こうには深い山が続いています。
春になると山の雪がとけ、小川には澄んだ水が流れました。
夏には山も畑も青々と茂り、秋になると村のあちらこちらで作物の収穫が始まります。
そんな村のはずれに、大きなそば畑がありました。
村人たちは春になると畑を耕し、そばの種をまきます。
小さな芽は夏の日差しを浴びて、すくすくと伸びていきました。
そして秋が近づくころ――。
畑いっぱいに、小さな白い花が咲き始めます。
一つ一つは、とても小さな花です。
けれど、それが何千、何万と集まると、畑全体が真っ白になります。
風が吹くと、
さらさらさら……。
白い花がいっせいに揺れました。
まるで白い波が、畑の端から端まで駆け抜けていくようです。
村の人たちは、この季節のそば畑が大好きでした。
仕事へ向かう途中で足を止めては、
「今年もきれいに咲いたなあ。」
「もうすぐ新しいそばが食べられるぞ。」
とうれしそうに眺めていました。
その村に、健太という男の子が住んでいました。
健太は好奇心いっぱいの子どもでした。
山へ行けば木の実を拾い、小川へ行けば魚やかにを探します。
知らないことを見つけると、すぐに、
「どうして?」
「なんで?」
と大人たちに尋ねました。
そんな健太が、ある日の夕方、おじいさんと一緒にそば畑のそばを歩いていたときのことです。
夕日を浴びた白い花が、赤みを帯びて揺れていました。
おじいさんが、ふと立ち止まりました。
「健太。」
「なんだい、おじいちゃん。」
「このそば畑にはな、昔から不思議な話があるんだよ。」
健太の目が輝きました。
「不思議な話?」
「ああ。」
おじいさんは山の方を眺めながら言いました。
「満月の夜になると、このそば畑にはきつねたちが遊びに来るそうだ。」
「きつね?」
「そうだ。」
「白い花の間を、何匹ものきつねが走り回るんだと。」
健太はそば畑を見渡しました。
今は風に揺れる白い花しかありません。
「おじいちゃんは見たことあるの?」
おじいさんは笑いました。
「さあ、どうだったかな。」
「えー、教えてよ。」
「見た人は少ないという話だよ。」
それだけ言うと、おじいさんは歩き出しました。
健太は、もう一度そば畑を振り返りました。
――本当に、きつねが来るのかな。
それからというもの、健太は満月の夜を楽しみにするようになりました。
夜空を見上げては、
「まだ半分だ。」
「もう少しだ。」
と、月が丸くなっていくのを待ちました。
そして、秋のある夜。
とうとう大きな満月が山の上に昇りました。
雲一つない夜でした。
月の光が村の屋根を青白く照らしています。
健太は布団の中で、なかなか眠れませんでした。
おじいさんの話が頭から離れなかったのです。
――今日なら、きつねが来るかもしれない。
健太はそっと布団から出ました。
家の中は静まり返っています。
家族を起こさないように戸を開けると、冷たい夜風が頬に触れました。
健太は一人、そば畑へ向かいました。
昼間は見慣れている村の道なのに、夜になるとまるで違って見えます。
家々の明かりはほとんど消え、辺りはしんと静まり返っていました。
遠くの山から、
ホウ……ホウ……。
ふくろうの声が聞こえます。
草むらからは、
リーン、リーン。
秋の虫たちの声。
健太は少し怖くなりました。
けれど、空を見上げれば大きな満月が輝いています。
その明かりを頼りに、健太は歩き続けました。
やがて、そば畑が見えてきました。
「わあ……。」
健太は思わず立ち止まりました。
昼間に見ていた畑とは、まるで違います。
月の光を浴びた白いそばの花が、銀色に輝いていました。
畑一面に雪が積もったようにも見えます。
風が吹きました。
さらさらさら……。
何千もの花が、いっせいに揺れます。
月明かりが花の上を流れ、銀色の波になって畑を渡っていきました。
健太は息をするのも忘れて、その光景を眺めていました。
――きれいだなあ。
しばらく待ちました。
けれど、きつねは現れません。
「やっぱり、おじいちゃんの作り話だったのかな。」
健太がそう思った、そのときです。
さわっ。
畑の向こうで、花が揺れました。
風でしょうか。
健太は目を凝らしました。
しばらくすると、今度は別の場所で、
ささっ。
白い花が揺れました。
「……?」
健太は息をひそめました。
何かがいます。
けれど、姿は見えません。
さっ。
ささっ。
何かが、花の間をこちらへ近づいてきます。
健太の胸が、どきどきと鳴りました。
――何だろう。
そのとき――。
ふわり。
白い花の間から、一つの影が飛び出しました。
月明かりの中を、すばやく駆け抜けていきます。
「あっ!」
健太は目を見開きました。
「きつねだ!」
思わず声が出ました。
影はぴたりと止まりました。
そして、ゆっくりと振り返ります。
一匹のきつねが、そばの花の間に立っていました。
月の光を受けた毛並みは、淡い金色に輝いています。
細い耳。
ふさふさとした大きなしっぽ。
きつねはじっと健太を見つめていました。
健太も動けません。
人間ときつねは、しばらく黙ったまま見つめ合いました。
――逃げちゃうかな。
けれど、きつねは逃げませんでした。
そのときです。
きつねの後ろで、
さわっ。
花が揺れました。
もう一匹、きつねが姿を現しました。
そして、さらにその向こうから、
ささっ。
もう一匹。
気がつけば、そば畑のあちらこちらに何匹ものきつねが現れていました。
一匹が走り出しました。
すると、もう一匹がそのあとを追いかけます。
さささっ。
ふわっ。
白い花の間を、金色の影が駆け抜けていきました。
二匹。
三匹。
四匹。
きつねたちは追いかけ合ったり、高く跳び上がったりしながら、そば畑の中を走り回っています。
白い花が揺れるたび、きつねたちの姿が見えたり、隠れたりしました。
健太には、それがまるで月の光の中で踊っているように見えました。
「すごい……。」
健太は、ただ夢中で見つめていました。
どれくらい時間がたったでしょう。
やがて一匹のきつねが、遊ぶのをやめました。
そして、ゆっくりと健太の方へ歩いてきます。
一歩。
また一歩。
健太は少し緊張しました。
けれど、きつねの目は穏やかでした。
きつねは健太から少し離れたところで立ち止まりました。
そして、そば畑を見渡しました。
白い花が月明かりの下で静かに揺れています。
するときつねは、そば畑に向かって、ゆっくりと頭を下げました。
健太は不思議そうにその姿を見つめました。
まるで、
「今年もありがとう。」
そう言っているように見えました。
やがてきつねは顔を上げました。
健太の方を一度だけ振り返ると、くるりと向きを変えました。
そして仲間たちと一緒に、そばの花の奥へ走っていきます。
ふわり。
ふわり。
金色のしっぽが、白い花の間に見えました。
やがて、その姿も見えなくなりました。
あとには、月明かりに照らされたそば畑だけが残っていました。
さらさらさら……。
風が花を揺らしています。
健太はしばらく、その場から動くことができませんでした。
次の日。
朝になると、健太はすぐにおじいさんのところへ走っていきました。
「おじいちゃん!」
「どうした、そんなに慌てて。」
「見たよ!」
「何を?」
「きつねだよ!」
健太は昨夜の出来事を夢中になって話しました。
月明かりのそば畑。
金色に輝いていたきつね。
何匹ものきつねが白い花の間を走り回っていたこと。
そして最後に、一匹のきつねが畑へ向かって頭を下げたこと。
おじいさんは黙って話を聞いていました。
そして、優しく笑いました。
「そうか。」
「健太も見たのか。」
「おじいちゃんも見たことあるの?」
健太が尋ねると、おじいさんは少しだけ目を細めました。
そして、そば畑の方を見ながら言いました。
「この畑は、人間だけのものじゃないのかもしれないな。」
健太も畑を見ました。
朝のそば畑には、たくさんの虫が飛んでいました。
花の間を小さな風が通り抜けています。
遠くの山から鳥の声が聞こえてきました。
健太は、昨夜のきつねたちの姿を思い出しました。
それからというもの、健太はそば畑を見る目が少し変わりました。
村の人たちが種をまき、畑を耕している。
けれど、それだけではありません。
空からは雨が降ります。
太陽が畑を照らします。
土の中には小さな生き物がいて、花のまわりには虫たちが集まります。
風が吹き、山から動物たちもやって来ます。
健太には、そば畑がたくさんの命が集まる場所のように見えるようになりました。
そして季節は巡り、翌年の秋。
今年も村のはずれの畑には、真っ白なそばの花が咲きました。
満月の夜。
健太は再び、そば畑を訪れました。
銀色の月明かり。
静かな山。
風に揺れる白い花。
健太は畑のそばに座り、じっと待ちました。
さらさらさら……。
花が揺れます。
しばらくすると、遠くの方で、
ふわり。
金色の影が動きました。
健太は笑いました。
そして、小さく手を振りました。
「今年も来たんだね。」
そのとき、山から柔らかな風が吹いてきました。
さらさらさらさら……。
白いそばの花が、いっせいに大きく揺れました。
その向こうで、金色のしっぽが一度だけ、ふわりと揺れたように見えました。
健太は何も言わず、月明かりに輝くそば畑をいつまでも眺めていました。
おしまい。
登場人物
- 健太
好奇心いっぱいの男の子。おじいさんから聞いた話をきっかけに、満月の夜のそば畑へ行き、不思議なきつねたちの姿を目にします。 - おじいさん
健太に、満月の夜になるとそば畑へきつねたちが遊びに来るという昔からの話を聞かせます。 - きつねたち
満月の夜、白いそばの花の中に現れる不思議な存在。月明かりの中で遊ぶように畑を駆け回ります。 - 村の人たち
毎年そばを育てながら暮らしている人々。秋になると一面に咲く白いそばの花を楽しみにしています。
教訓
- 自然の恵みは、人間だけの力で生まれているものではない。
- 身近な自然の中にも、さまざまな生き物が暮らし、つながり合っている。
- 自然や食べ物に感謝する気持ちを持つことが大切。
- 昼と夜、季節や天候によって、同じ場所でも違った姿や美しさを見せる。
親子で話したいポイント
- 健太は、どうして夜のそば畑へ行ってみたかったのかな?
- 月明かりのそば畑は、昼間とどんなところが違っていた?
- きつねは、どうしてそば畑に向かって頭を下げたように見えたのかな?
- そばの花が育つためには、どんなものが必要だと思う?
- 私たちが自然からもらっているものには、何があるかな?
- 夜の森や畑では、昼間とは違ってどんな生き物に出会えるだろう?
保育士向け活用ポイント
- 秋の自然観察の導入に
そばの白い花、満月、秋の虫、きつねなど、季節を感じられるものが多く登場します。秋の散歩や自然観察の前後に読み聞かせることで、身近な自然への興味につなげられます。 - 食育活動につなげる
そばが畑で育ち、花を咲かせることから、「いつも食べているそばは何からできているの?」と、食べ物ができるまでの過程を調べる活動へ発展させることができます。 - 自然とのつながりを考える題材に
太陽、雨、土、風、虫、動物など、作物を取り巻くさまざまな存在に目を向け、「食べ物は人間だけの力で作られているのかな?」と考えるきっかけになります。 - 月や夜の自然への興味を広げる
満月の夜を舞台にした物語のため、月の満ち欠けや夜に活動する動物について調べる活動にもつなげられます。昼と夜の自然の違いを比べてみるのもおすすめです。


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