あらすじ
むかしむかし、山のふもとにある大きな池に、一匹のかめが住んでいました。
かめは毎日、空を自由に飛び回る鳥たちを見上げては、
「一度でいいから、ぼくも空を飛んでみたい。」
と夢見ていました。
そんなある日、長い旅の途中で池に立ち寄った二羽の白鳥と出会います。
かめが自分の夢を打ち明けると、白鳥たちは一本の長い枝を使って、かめを空へ連れていく方法を思いつきました。
ただし、それには一つだけ大切な約束がありました。
「空を飛んでいるあいだは、絶対に口を開いてはいけないよ。」
かめは約束を守り、憧れていた空の世界を見ることができるのでしょうか。
本文
むかしむかし、山のふもとに大きな池がありました。
池のまわりには背の高い木々が茂り、春には色とりどりの花が咲き、夏になると青々とした草が風に揺れていました。
池の中には魚たちが泳ぎ、水辺ではかえるたちが元気に跳び回っています。
その池に、一匹のかめが住んでいました。
かめは毎日、のんびりと暮らしていました。
朝になると、水辺の石にのぼって日向ぼっこ。
お日さまに甲羅を温めてもらいます。
昼になると池へ入り、魚たちと一緒にゆっくり泳ぎました。
夕方になると岸辺に座って、山の向こうへ沈んでいく夕日を眺めます。
穏やかで、何不自由ない暮らしでした。
けれど、かめには一つだけ、大きな夢がありました。
それは――
空を飛ぶこと。
かめは、いつも空を見上げていました。
春になると、つばめがすいすいと空を横切ります。
夏には、大きな翼を広げた鳥たちが青空を悠々と飛んでいきます。
秋になると、渡り鳥たちが列をつくって遠い空へ向かいます。
そして冬には、美しい白鳥たちが池へやって来ました。
「あんなふうに飛べたら、どんな気持ちなんだろう。」
かめは鳥たちを見上げながら、いつも考えていました。
「空から見る池は、どんなふうに見えるんだろう。」
「山の向こうには、何があるんだろう。」
「雲の近くまで行ったら、どんな景色が見えるんだろう。」
もちろん、かめには翼がありません。
どれだけ足を動かしても、空へ飛び上がることはできません。
それでも、かめは空を飛ぶ夢をあきらめられませんでした。
そんなある秋の日のことです。
空から、
ばさっ、ばさっ。
大きな羽音が聞こえてきました。
かめが見上げると、二羽の白鳥がゆっくりと池へ降りてきました。
長い旅の途中で、羽を休めるために立ち寄ったのです。
白鳥たちは遠い土地からやって来たようでした。
かめは、二羽の話を夢中になって聞きました。
「山をいくつも越えてきたんですか?」
「ええ。」
「大きな川も見たんですか?」
「もちろん。」
「海も?」
「見ましたよ。どこまでも続く、とても大きな海でした。」
かめの目が輝きました。
「いいなあ……。」
白鳥たちは不思議そうに尋ねました。
「かめさんは、空に興味があるのですか?」
かめは少し恥ずかしそうにうなずきました。
そして思い切って、自分の夢を打ち明けました。
「ぼく、一度でいいから空を飛んでみたいんです。」
白鳥たちは顔を見合わせました。
「空を?」
「はい。」
「空から、この池や山や村を見てみたいんです。」
白鳥たちは少し考えました。
「かめさんには翼がないから、自分で飛ぶことはできません。」
かめはしょんぼりしました。
「やっぱり、そうですよね……。」
すると、一羽の白鳥が言いました。
「でも、空から景色を見る方法なら、あるかもしれません。」
「本当ですか?」
かめは身を乗り出しました。
二羽の白鳥は辺りを探し、長くて丈夫な木の枝を一本見つけてきました。
「この枝を使います。」
一羽の白鳥が説明しました。
「私たちが枝の両端をくわえます。」
もう一羽が続けます。
「そして、かめさんは枝の真ん中を口でしっかりくわえてください。」
かめは枝を見つめました。
「それで、ぼくも空へ?」
「ええ。」
「私たちが一緒に飛べば、かめさんも空へ行けます。」
「やった!」
かめは大喜びです。
ところが白鳥たちは、真剣な顔になりました。
「ただし、一つだけ大切な約束があります。」
「約束?」
「空を飛んでいるあいだは、絶対に口を開いてはいけません。」
「どんなことがあっても、枝を離さないこと。」
かめは何度も大きくうなずきました。
「わかりました!」
「絶対に口を開きません!」
「約束します!」
白鳥たちはもう一度念を押しました。
「本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫です!」
いよいよ出発です。
二羽の白鳥が枝の両端をくわえました。
かめも真ん中を、
ぎゅっ。
と強くくわえます。
白鳥たちは翼を大きく広げました。
ばさっ。
ばさっ。
ばさっ。
そして――
ふわっ。
かめの足が地面から離れました。
「……!」
かめは驚いて目を大きく見開きました。
池が少しずつ遠ざかっていきます。
いつも日向ぼっこをしている石が小さくなりました。
魚たちが泳いでいた池も、どんどん小さくなっていきます。
さらに高く上がると、池のまわりの森全体が見えてきました。
かめは夢中で辺りを見回しました。
――すごい!
思わず声を出しそうになりました。
けれど、白鳥との約束を思い出します。
――だめだ。口を開いちゃいけない。
かめは枝をしっかりくわえ直しました。
白鳥たちはさらに高く飛びました。
山の向こうには、今まで見たことのない景色が広がっていました。
曲がりくねった川。
黄金色に輝く畑。
小さな家々が並ぶ村。
遠くには、青く光る海まで見えます。
雲がすぐそばを流れていきました。
風がかめの顔をなでます。
――これが空なんだ。
――空って、こんなに広かったんだ。
かめの胸は、うれしさでいっぱいになりました。
ずっと夢見ていた景色が、今、目の前に広がっているのです。
やがて三匹は、一つの村の上へやって来ました。
畑で働いていた村人が、ふと空を見上げました。
「あれ?」
「なんだ、あれは?」
別の村人も空を見ました。
「白鳥が何か運んでいるぞ!」
「いや……あれは、かめじゃないか?」
村人たちは次々と空を見上げました。
「かめだ!」
「かめが空を飛んでいるぞ!」
その声を聞いて、家の中から子どもたちも飛び出してきました。
「どこ? どこ?」
「あそこ!」
「わあ!」
「すごい!」
「かめが飛んでる!」
「どうやって飛んでいるの?」
みんなが驚いています。
かめはうれしくなりました。
――みんな、ぼくを見ている!
池では誰も驚いてくれなかったのに、今は村中の人たちが自分を見上げています。
「すごいぞ!」
「不思議なかめだ!」
そんな声まで聞こえてきました。
かめは、だんだん得意な気持ちになってきました。
――みんなに教えてあげたい。
――どうやって空を飛んでいるのか、ぼくが説明してあげよう。
白鳥との約束が、一瞬、頭から消えてしまいました。
そして――
「これはね――」
かめが口を開いた、その瞬間です。
枝が口から離れました。
「あっ!」
かめの体が宙に浮きました。
次の瞬間――
ひゅううううう!
かめはまっすぐ下へ落ちていきました。
「かめさん!」
白鳥たちは驚きました。
かめは必死に手足をばたばたさせます。
けれど、翼はありません。
「うわああああ!」
地面がどんどん近づいてきます。
村人たちも悲鳴を上げました。
「危ない!」
「かめが落ちるぞ!」
幸い、かめが落ちていった先には、ふかふかの草が生い茂った広い草むらがありました。
どすん!
かめは草の中へ落ちました。
しばらく動きません。
白鳥たちも急いで地上へ降りてきました。
「かめさん!」
「大丈夫ですか?」
草の中から、
もぞもぞ……。
甲羅が動きました。
やがて、かめがゆっくり顔を出しました。
「いたたた……。」
少し体をぶつけましたが、幸い大きなけがはありませんでした。
白鳥たちはほっとしました。
「よかった……。」
「本当に心配しましたよ。」
かめは、しょんぼりとうつむきました。
「ごめんなさい。」
「約束を忘れてしまいました。」
「みんながぼくを見ていたから、うれしくなって……。」
「自分がどうやって飛んでいるのか、話したくなってしまったんです。」
白鳥たちはかめを責めませんでした。
一羽が優しく言いました。
「でも、無事でよかった。」
もう一羽も笑いました。
「そして、空を飛ぶという夢はかなったでしょう?」
かめは顔を上げました。
青い空が広がっています。
さっきまで、自分はあの空にいたのです。
山も。
川も。
畑も。
村も。
遠くの海も。
すべて、自分の目で見ることができました。
かめはゆっくりとうなずきました。
「うん。」
そして少し照れくさそうに笑いました。
「ずっと見たかった景色を見ることができた。」
「それに、大切なことも覚えたよ。」
白鳥たちは、かめを池まで連れて帰ってくれました。
池へ戻ると、魚やかえるたちが集まってきました。
「どこへ行っていたの?」
「本当に空を飛んだの?」
かめはみんなに、空から見た景色の話をしました。
山の向こうに広がっていた大地のこと。
きらきら光っていた川のこと。
遠くに見えた海のこと。
自分の池が、とても小さく見えたこと。
雲がすぐ近くを流れていたこと。
みんなは目を輝かせながら聞きました。
そして最後に、かめは少し恥ずかしそうに、自分が落ちてしまった話もしました。
「ぼくね、大切な約束を忘れて口を開いちゃったんだ。」
「だから、空から落ちてしまった。」
「約束には、ちゃんと理由があるんだね。」
それから、かめは以前よりもっと空を眺めるようになりました。
けれど、もう「飛べないからつまらない」とは思いませんでした。
自分のいる池から見上げる空にも、美しい景色があることに気づいたからです。
季節が巡るたび、空にはさまざまな鳥たちがやって来ました。
そして旅をする白鳥たちが池へ立ち寄ると、かめはうれしそうに尋ねました。
「今度は、どんなところへ行ってきたの?」
白鳥たちは、遠い山や大きな海、その向こうにある土地の話を聞かせてくれました。
かめは池のほとりで空を見上げながら、その話をいつまでも楽しそうに聞いていたそうです。
おしまい。
登場人物
- かめ
池で暮らしながら、空を飛ぶことを夢見ている主人公。白鳥たちの力を借りて夢をかなえますが、うれしさのあまり大切な約束を忘れてしまいます。 - 白鳥たち
長い旅の途中で池へ立ち寄った二羽の白鳥。かめの願いを聞き、一本の枝を使って空へ連れていく方法を考えます。 - 村の人たち
空を飛んでいるかめを見つけて驚く人々。村人たちの声にうれしくなったことが、かめが口を開いてしまうきっかけになります。
教訓
- 約束やルールには理由があり、それを守ることが自分の安全につながる。
- うれしいときや得意になっているときほど、大切なことを忘れないようにすることが必要。
- 自慢したい気持ちや注目されたい気持ちが、思わぬ失敗につながることもある。
- 夢を持ち、誰かの力を借りながら挑戦することには大きな価値がある。
- 失敗をしても、そこから学んだことを次に生かすことができる。
親子で話したいポイント
- かめは、どうして空を飛んでみたかったのかな?
- 白鳥たちは、なぜ「絶対に口を開いてはいけない」と約束したのかな?
- かめは、どうして約束を忘れて口を開いてしまったんだろう?
- かめは空からどんな景色を見ることができたかな?
- 約束やルールには、どんな理由があると思う?
- 自分が空を飛べたら、どこへ行って、どんな景色を見てみたい?
保育士向け活用ポイント
- 約束やルールの意味を考える題材に
「約束だから守る」だけではなく、「なぜ口を開いてはいけなかったのか」を考えることで、安全のためにルールがあることを子どもたちと話し合えます。 - 感情と行動のつながりを考える活動に
かめは村人たちから注目され、うれしくなったことで約束を忘れてしまいます。「うれしいとき」「興奮したとき」に自分がどんな行動をするかを考えるきっかけになります。 - 挑戦と安全を一緒に考える
空を飛びたいというかめの夢そのものを否定するのではなく、「挑戦するためには安全のための約束も必要」という視点で話を広げることができます。 - 空や自然への興味につなげる
白鳥、渡り鳥、山、川、海、雲などが登場するため、鳥の生態や渡り、空から見た景色について調べたり、絵に描いたりする活動へ発展させやすい作品です。


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