あらすじ
むかしむかし、山のふもとの小さなお寺に、元気いっぱいの小僧さんが住んでいました。
ある日、お寺の裏山に住むいたずら好きのたぬきが、小僧さんを驚かせようと思いつきます。
大きな犬になったり、恐ろしい鬼になったり、大きな岩になったり。たぬきは次々と姿を変えますが、小僧さんはなかなか思いどおりに驚いてくれません。
そんな小僧さんと過ごすうちに、たぬきは自分がどうしていたずらばかりしていたのか、本当の気持ちに気づいていきます。
本文
むかしむかし、山のふもとの小さなお寺に、一人の小僧さんが住んでいました。
小僧さんは元気いっぱいの働き者でした。
毎朝早く起きると、境内をきれいに掃き、お経を読み、和尚さんと一緒に畑の世話をしました。
「よいしょ、よいしょ。」
重たい水桶を運んだり、畑の草を抜いたり、小僧さんは毎日よく働きました。
和尚さんは、そんな小僧さんを見ていつも言いました。
「今日もよく働いているな。立派な小僧さんだ。」
「へへへ。」
小僧さんは照れくさそうに笑いました。
そんなお寺の裏には、木々の生い茂る大きな山がありました。
その山に、一匹のたぬきが住んでいました。
このたぬき、とてもいたずらが好きでした。
人が山道を歩いていれば、木の陰から突然飛び出したり、石を転がして驚かせたり。
誰かがびっくりする顔を見るのが大好きだったのです。
ある日のこと。
たぬきが山からお寺の方を眺めていると、小僧さんが一人で落ち葉を掃いているのが見えました。
さっ、さっ、さっ。
小僧さんは楽しそうにほうきを動かしています。
たぬきは木の陰から顔を出しました。
「よし。あの小僧さんを驚かせてやろう。」
たぬきは葉っぱを一枚、頭の上にのせました。
「それっ!」
ぽんっ!
すると、たぬきの姿がみるみる変わっていきました。
大きな耳。
鋭い牙。
太い足。
あっという間に、大きな犬へ変身しました。
たぬきは境内へ飛び出します。
「わん! わん! わん!」
突然現れた大きな犬に、小僧さんは、
「うわっ!」
と声を上げました。
たぬきは心の中で笑いました。
「驚いた、驚いた。」
ところが小僧さんは、すぐに犬の顔を見て笑いました。
「ずいぶん大きな犬だねえ。」
そして、怖がるどころか、
「どこから来たんだい?」
と近づいてきました。
たぬきは慌てました。
「なんだ、こいつ。怖がらないぞ。」
たぬきは急いで山へ逃げ帰りました。
「今度こそ、もっと驚かせてやる。」
次の日。
小僧さんが畑で大根を抜いていると、近くの茂みが、
がさがさ……。
と揺れました。
「ん?」
小僧さんが振り返ります。
茂みの中では、たぬきが頭に葉っぱをのせていました。
「昨日は犬だったから怖くなかったんだ。」
たぬきは考えました。
「今日は、とびきり怖いものになってやるぞ。」
「それっ!」
ぽんっ!
次の瞬間。
茂みの向こうから、頭に角を生やした大きな鬼が現れました。
「がおおおお!」
「食べてしまうぞー!」
小僧さんは目を丸くしました。
「うわあ! 鬼だ!」
たぬきはうれしくなりました。
「今度こそ驚いたぞ。」
鬼の姿で、ずんずん小僧さんへ近づいていきます。
ところが、小僧さんは鬼の顔をじっと見ました。
そして、首をかしげます。
「鬼さん。」
「な、なんだ。」
「もしかして、お腹がすいているの?」
「え?」
たぬきは思わず聞き返しました。
小僧さんは昼ごはんに持ってきた包みを開きました。
中には、おにぎりが入っています。
「ぼくを食べるより、こっちのほうがおいしいと思うよ。」
そう言って、おにぎりを一つ差し出しました。
たぬきはぽかんとしました。
「……逃げないのか?」
「だって、お腹がすいているんでしょう?」
小僧さんはにこにこしています。
たぬきは何も言えなくなりました。
「な、なんだよ。調子が狂うなあ。」
たぬきはおにぎりを受け取ることもできず、また山へ逃げ帰りました。
その夜。
たぬきは自分のすみかで考えていました。
「犬でもだめ。」
「鬼でもだめ。」
「だったら今度は、もっとびっくりするものに化けてやる。」
そして次の日。
小僧さんが裏山へ薪を拾いにやって来ました。
たぬきは先回りすると、山道の真ん中に立ちました。
「今日は動物じゃないぞ。」
頭に葉っぱをのせて――。
「それっ!」
ぽんっ!
たぬきは大きな岩に変身しました。
しばらくすると、小僧さんが薪を抱えて歩いてきました。
「よいしょ、よいしょ。」
そして、道の真ん中にある大きな岩を見つけました。
「あれ?」
小僧さんは立ち止まりました。
「こんなところに岩なんてあったかなあ。」
岩になったたぬきは、じっとしています。
「そうだ、そうだ。もっと近くへ来い。」
小僧さんは岩の周りをぐるりと歩きました。
「昨日まではなかった気がするけど……。」
たぬきは笑いそうになるのを必死にこらえました。
すると小僧さんが言いました。
「まあいいか。」
「薪を運んで疲れたから、ちょっと休ませてもらおう。」
「えっ?」
どすん。
小僧さんは岩の上に腰を下ろしてしまいました。
「お、重い!」
たぬきは必死に我慢します。
小僧さんは何も知らず、のんびり足を伸ばしました。
「ああ、いい岩だなあ。」
「ちょうど座りやすい。」
「もう無理だ!」
ぽんっ!
突然、岩がたぬきの姿に戻りました。
「うわっ!」
今度こそ小僧さんは尻もちをつきました。
「た、たぬき?」
たぬきは腰をさすりながら言いました。
「参ったよ。全然思ったように驚いてくれないじゃないか。」
小僧さんはしばらくたぬきを見つめました。
そして、ふっと笑いました。
「やっぱり君だったんだね。」
「え?」
「大きな犬も、鬼も、君だったんでしょう?」
たぬきは目を丸くしました。
「気づいていたのか?」
「途中からね。」
「なんだよ。それじゃ、ぼくのいたずらは全部失敗じゃないか。」
たぬきはがっかりして、地面に座り込みました。
小僧さんは、その隣に腰を下ろしました。
しばらく二人で山を眺めていました。
木々の間を風が通り抜け、
さわさわ……。
と葉っぱを揺らしていきます。
やがて小僧さんが言いました。
「ねえ、たぬきさん。」
「なんだい。」
「もしかして、君はぼくと友だちになりたかったの?」
たぬきは驚いて顔を上げました。
「ど、どうしてそんなことを言うんだ?」
小僧さんは笑いました。
「だって、毎日ぼくのところへ来るでしょう。」
「それは……驚かせようと思って……。」
「でも、本当に嫌いだったら、毎日会いには来ないんじゃない?」
たぬきは何も言えなくなりました。
小僧さんは続けました。
「いたずらしていたのも、本当は誰かと遊びたかったからじゃないの?」
たぬきはうつむきました。
しばらくして、小さな声で言いました。
「……そうかもしれない。」
「山は広いんだけどさ。」
たぬきは遠くの山を見ました。
「一人でいると、ちょっと寂しいんだ。」
「だから、人が来ると、ついちょっかいを出したくなって……。」
小僧さんはうなずきました。
「そうだったんだ。」
そして立ち上がると、たぬきに手を差し出しました。
「それなら、今度からはいたずらじゃなくて、一緒に遊ぼうよ。」
たぬきは顔を上げました。
「いいのか?」
「もちろん。」
たぬきはうれしそうに小僧さんの手を取りました。
それから二人は、すっかり仲良しになりました。
小僧さんが畑仕事をしている時には、たぬきもそばで手伝いました。
山へ行けば、一緒にどんぐりを拾いました。
時には、たぬきが犬や鬼や鳥に化けて、小僧さんと変身ごっこをして遊びました。
ある日、その様子を見た和尚さんが笑って言いました。
「ずいぶん仲のよい友だちができたようだな。」
「はい!」
小僧さんが答えると、たぬきも照れくさそうに頭を下げました。
和尚さんは言いました。
「人を困らせるいたずらはいけないが、みんなが笑える遊びなら楽しいものだ。」
「はい。」
たぬきは素直にうなずきました。
それからたぬきは、人を困らせるようないたずらをしなくなりました。
誰かと遊びたい時には、いたずらをするのではなく、
「一緒に遊ぼう。」
と言えるようになりました。
小僧さんとたぬきは、それからも山やお寺でたくさん遊び、いつまでも仲良く暮らしたそうです。
おしまい。
登場人物
- 小僧さん
元気で働き者の少年。たぬきのいたずらに怒るのではなく、その行動の奥にある気持ちに気づきます。 - たぬき
変身が得意ないたずら好きのたぬき。本当は寂しがり屋で、誰かと一緒に遊びたいと思っています。 - 和尚さん
小僧さんとたぬきを温かく見守るお寺の住職です。
教訓
- 相手の行動だけを見るのではなく、その奥にどんな気持ちがあるのか考えることも大切。
- 友だちになりたい時には、相手を困らせるのではなく、自分の気持ちを言葉で伝える。
- 自分も相手も楽しめることと、相手が嫌がるいたずらは違う。
親子で話したいポイント
- たぬきは、どうして小僧さんに何度もいたずらをしたのかな?
- 小僧さんは、どうしてたぬきの本当の気持ちに気づいたのだろう?
- 友だちと遊びたい時には、どんなふうに声をかけるといいかな?
- 自分は楽しくても、相手が嫌な気持ちになることにはどんなものがある?
- お友だちが寂しそうにしていたら、どんな声をかけてあげたい?
保育士向け活用ポイント
犬、鬼、岩など、たぬきが次々と姿を変えるため、劇遊びや表現遊びにも発展させやすい題材です。
子どもの行動だけを捉えるのではなく、「なぜその行動をしたのか」という背景や気持ちを考えるきっかけになるお話です。
友だちにちょっかいを出す、遊びに入りたいのにうまく言葉にできないなど、実際の保育場面と結びつけながら子どもたちと話し合えます。
「一緒に遊ぼう」「入れて」「やめて」など、友だちとの関わりに必要な言葉を考える活動にもつなげられます。


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