あらすじ
むかしむかし、人間と変わらない姿で暮らしながら、夜になると首が長く伸びるという「ろくろ首」がいました。
ある旅人が、長い旅の途中で立ち寄った宿で、美しい娘と出会います。
昼間は優しく穏やかだった娘。しかし夜が更け、静まり返った宿の中で、旅人は娘の恐ろしい秘密を目にしてしまいます。
怖い妖怪として知られるろくろ首ですが、この話では、その姿を人に知られることへの恐れや、誰にも理解してもらえない寂しさも描かれています。
本文
むかしむかし、ある旅人が長い旅をしていました。
山を越え、川を渡り、いくつもの村を通り過ぎたころには、すっかり日が傾いていました。
夕焼けも消えかけ、山の向こうから暗い影がゆっくりと村を包み始めています。
「今夜は、このあたりで休んだほうがよさそうだ。」
旅人が泊まれる場所を探して歩いていると、一軒の小さな宿が見えてきました。
戸口には明かりがともっています。
旅人は戸を叩きました。
「今晩はこちらで泊めてもらえませんか。」
しばらくすると戸が開き、宿の主人が顔を出しました。
「もちろんです。どうぞ、お入りください。」
旅人はほっとして、宿の中へ入りました。
外はもう真っ暗です。
山から吹き下ろす風が木々を揺らし、
ざわざわ……。
ざわざわ……。
と、暗闇の中から音だけが聞こえていました。
宿には、主人のほかに一人の美しい娘がいました。
娘は旅人を見ると、優しく頭を下げました。
「お食事の準備ができました。」
温かい食事を運び、長旅で疲れた旅人を丁寧にもてなしてくれます。
「ありがとうございます。」
旅人は食事をしながら思いました。
「なんて親切な人だろう。」
娘の穏やかな笑顔を見ているうちに、旅人の疲れも少しずつ消えていきました。
やがて夜も更け、旅人は用意された部屋で眠ることにしました。
布団に入り、目を閉じます。
外から聞こえていた風の音も、いつの間にか静かになっていました。
しん……。
宿の中には、物音ひとつありません。
旅人は長旅の疲れもあり、すぐに深い眠りにつきました。
どれほど眠ったでしょう。
ふと、旅人は目を覚ましました。
なぜ目が覚めたのか、自分でもわかりません。
ただ、何かがおかしい。
そんな気がしたのです。
部屋の中は真っ暗でした。
障子の向こうから、青白い月の光だけが差し込んでいます。
旅人は耳を澄ませました。
しん……。
何も聞こえません。
「気のせいか……。」
もう一度眠ろうとした、そのときでした。
すう……。
どこからか、かすかな音がしました。
旅人は目を開きました。
すう……。
すう……。
何かが、畳の上をゆっくりと動いているような音です。
「誰かいるのかな?」
旅人は布団の中から、恐る恐る部屋の隅へ目を向けました。
暗くて、よく見えません。
けれど、月明かりの中に何か白いものが浮かんでいました。
ゆらり。
それが動きました。
旅人は息をのみました。
目が暗闇に慣れてくるにつれ、その姿が少しずつ見えてきます。
それは――
人の顔でした。
昼間、旅人を優しくもてなしてくれた娘の顔です。
しかし、その顔の下には、あるはずのものがありません。
いや。
首が、異様なほど長く伸びていたのです。
「……!」
旅人は声を上げそうになり、慌てて口を押さえました。
娘の首は、細長く伸びています。
するすると蛇のように曲がりながら、部屋の中を漂っていました。
にょろり。
にょろり。
首はさらに伸び、ゆっくりと部屋の外へ向かっていきます。
月明かりの中を、娘の顔だけが宙に浮かんでいるように見えました。
旅人の背中を冷たいものが走りました。
「まさか……ろくろ首……!」
昔から旅人たちの間で語られていた妖怪の話を思い出しました。
夜になると首が長く伸び、人を驚かせるという、ろくろ首。
まさか自分が泊まった宿にいるとは思ってもいませんでした。
逃げなければ。
そう思っても、体が動きません。
もし声を出したら、こちらに気づくかもしれない。
旅人は布団の中で息を殺し、じっと娘の様子を見ていました。
やがて、遠くで風が吹きました。
ヒュウウ……。
障子が小さく震えます。
すると、外へ伸びていた娘の首が、ゆっくりと戻ってきました。
するする……。
するする……。
長かった首が少しずつ縮んでいきます。
そして、いつの間にか元の長さに戻りました。
娘は何事もなかったかのように、静かに自分の部屋へ消えていきました。
旅人は、そのあと長いあいだ眠ることができませんでした。
やがて夜が明けました。
朝の光が差し込むと、昨夜の出来事が夢だったようにも思えてきます。
しかし、旅人の目には、あの長く伸びた首の姿がはっきりと焼きついていました。
旅人は荷物をまとめ、宿を出ようとしました。
すると、あの娘が立っていました。
昼間の娘は、昨夜とはまるで違います。
昨日と同じ、穏やかな顔をしています。
けれど、その表情はどこか悲しそうでした。
娘は旅人の顔を見ると、しばらく黙っていました。
そして、小さな声で言いました。
「……昨夜、見てしまったのですね。」
旅人は何も答えられませんでした。
娘はうつむきました。
「私は、人とは違う姿をしています。」
「夜になると、自分でもどうすることもできないのです。」
娘の声は震えていました。
「この姿を知られるたびに、みんな私を怖がります。」
「化け物だと言われたこともあります。」
「だから……誰かに知られるのが怖いのです。」
旅人は、昨夜感じた恐怖を思い出しました。
確かに、長く伸びた首を見たときは恐ろしかった。
今でも思い出せば、背筋が寒くなります。
けれど、目の前にいる娘は、昨日、自分に温かい食事を用意し、優しくもてなしてくれた娘と同じ人でした。
旅人は静かに言いました。
「あなたも、好きでそうなったわけではないのですね。」
娘は小さくうなずきました。
「誰にも理解してもらえないと思っていました。」
旅人は娘を見つめました。
「昨夜のあなたを見たとき、私は怖いと思いました。」
娘の顔が曇ります。
しかし、旅人は続けました。
「でも、それだけであなたのすべてを決めてしまうのは違うと思います。」
「昨日、あなたは旅の途中の私に親切にしてくれました。」
「あなたには、優しい心があります。」
娘は驚いたように顔を上げました。
そして、目からぽろりと涙をこぼしました。
「そんなことを言ってくれた人は、初めてです。」
旅人は宿の主人と娘に礼を言い、再び旅へ出ました。
娘は宿の前に立ち、旅人の姿が見えなくなるまで、いつまでも見送っていました。
旅人も村を離れる前に、一度だけ振り返りました。
朝の光の中に立つ娘は、どこにでもいる一人の女性に見えました。
旅人はその姿を胸に刻み、静かに旅を続けました。
おしまい。
登場人物
- 旅人
長い旅の途中で宿に泊まり、ろくろ首の娘の秘密を目撃する人物。最初は恐怖を感じますが、娘の言葉を聞き、その心にも目を向けます。 - ろくろ首の娘
昼間は人間と変わらない美しい娘ですが、夜になると首が長く伸びます。人から怖がられることに傷つきながらも、旅人を優しくもてなします。 - 宿の主人
旅人を宿へ迎え入れ、娘とともに暮らしている人物。
教訓
- 見た目や第一印象だけで、相手のすべてを決めつけないこと。
- 自分とは違うところがある相手にも、その人なりの気持ちや悩みがあること。
- 怖い、苦手だと感じることと、相手を理解しようとすることは両立できること。
- 相手の立場や気持ちを知ろうとすることが、理解への第一歩になること。
親子で話したいポイント
- 旅人は、ろくろ首を見たときどんな気持ちだったかな?
- 娘はどうして自分の正体を知られることが怖かったのかな?
- 昼間の娘と夜の娘は、本当に別の人だったのかな?
- 見た目が怖くても、優しい心を持っていることはあるかな?
- 自分と違うところがある人と出会ったら、どんなことを大切にしたい?
保育士向け活用ポイント
- 少し怖い妖怪話として楽しむ
夜の静けさや物音、首が少しずつ伸びていく場面などを、声の大きさや間を変えながら読むことで、年長児でも楽しめる「少しゾクッとする話」として活用できます。 - 「違い」について考えるきっかけにする
ろくろ首という人間とは違う特徴を持った娘を通して、「違うところがあるだけで怖い人と決めていいのかな?」と子どもたちと話し合えます。 - 気持ちを想像する活動につなげる
「旅人はどんな気持ちだった?」「娘はどんな気持ちだった?」と、それぞれの立場から考えることで、相手の気持ちを想像する活動につなげられます。 - 妖怪文化への興味を広げる
ろくろ首をきっかけに、河童、一つ目小僧、ぬりかべなど、日本に伝わるさまざまな妖怪について調べる活動にも発展させられます。


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