月のうさぎ(つきのうさぎ)

昔話

あらすじ

むかしむかし、山の奥深くにある森で、うさぎ、きつね、さるの三匹が仲良く暮らしていました。

ある日、森にお腹をすかせた年老いた旅人がやって来ます。

「何か食べるものを分けてはくれませんか。」

旅人の言葉を聞いた三匹は、それぞれ食べ物を探しに出かけました。

きつねは川から魚を、さるは山から木の実や果物を持って帰ります。

ところが、うさぎはどれだけ探しても、人間に食べてもらえるものを見つけることができません。

それでも旅人を助けたい――。

悩んだ末に、うさぎは自分にできる精一杯のことをしようと決意します。

そんなうさぎの前で、年老いた旅人は思いもよらない姿へと変わるのでした。


本文

むかしむかし、山の奥深くに、美しい森がありました。

大きな木々が生い茂り、その間を澄んだ川が流れています。

春には花が咲き、

夏には緑の葉が森を覆い、

秋になると木々は赤や黄色に色づきました。

その森に、うさぎと、きつねと、さるが暮らしていました。

三匹はとても仲良しでした。

朝になると一緒に食べ物を探し、

昼には野原や川辺で遊び、

日が暮れるころには、大きな木の下へ集まってその日にあったことを話します。

「今日は川の向こうまで行ってきたよ。」

きつねが言えば、

「ぼくは山の上で、おいしそうな木の実を見つけたよ。」

と、さるが答えます。

うさぎは二匹の話を聞きながら、

「明日はみんなで行ってみようよ。」

と笑いました。

三匹は、誰かが困った時には自然と助け合っていました。

ある秋の日のことです。

森には涼しい風が吹いていました。

木々には赤い実がなり、地面にはどんぐりや落ち葉が転がっています。

そして夜になると、空には大きな満月が浮かびました。

「きれいな月だね。」

うさぎが空を見上げました。

「本当に丸いなあ。」

さるも枝の上から月を眺めます。

きつねは草の上へ寝転がりました。

三匹はしばらく、何も言わずに月を眺めていました。

次の日の朝。

うさぎたちがいつものように森で過ごしていると、遠くから誰かが歩いてきました。

ざっ。

ざっ。

落ち葉を踏む音がします。

「誰だろう?」

三匹が見ていると、一人の年老いた旅人が姿を現しました。

古びた着物を身につけ、長い杖をついています。

一歩進むたびに肩で息をしていました。

「どうしたんですか?」

うさぎが近づきました。

旅人はゆっくり顔を上げました。

「長い旅を続けてきたのですが……。」

力のない声でした。

「食べるものがなくなってしまいました。」

旅人はお腹を押さえました。

「もう何日も、ろくに食べておりません。」

きつねとさるも近づいてきました。

「それは大変だ。」

旅人は三匹へ頭を下げました。

「すまないが、何か食べるものを分けてはくれないだろうか。」

三匹は顔を見合わせました。

最初に動いたのは、きつねでした。

「待っていてください。」

「ぼくが食べ物を探してきます。」

そう言うと、きつねは森の中を駆けていきました。

向かったのは川です。

水の流れをじっと見つめながら、魚を探します。

「いた。」

水面の近くを一匹の魚が泳いでいました。

きつねは身を低くしました。

そして――。

ばしゃん!

川へ飛び込みました。

しばらくして、きつねは一匹の大きな魚をくわえて戻ってきました。

「これをどうぞ。」

旅人の前へ魚を置きます。

「おお……。」

旅人はうれしそうに笑いました。

「ありがとう。」

「これなら、きっとお腹の足しになるでしょう。」

きつねもうれしそうです。

次に、さるが立ち上がりました。

「じゃあ、今度はぼくの番だ。」

さるは木から木へ飛び移りながら、山の方へ向かいました。

しばらくすると――。

「持ってきたよ!」

両腕いっぱいに食べ物を抱えて戻ってきました。

赤い木の実。

甘い栗。

よく熟した柿。

「山にはまだたくさんあったんだ。」

さるは旅人の前へ食べ物を並べました。

「好きなだけ食べてください。」

旅人は何度も頭を下げました。

「ありがとう。」

「こんなにたくさん……。」

きつねとさるは顔を見合わせて笑いました。

けれど――。

うさぎだけは、その場に立ったままでした。

「……。」

旅人の前には、きつねの魚と、さるの木の実や果物が並んでいます。

うさぎは自分の手を見ました。

「ぼくも何か探してくる。」

そう言って、森の中へ走り出しました。

まずは野原へ行きました。

柔らかな草がたくさん生えています。

「これなら、ぼくは食べられるけど……。」

うさぎは草を見つめました。

旅人に渡すには向いていません。

「ほかに何かないかな。」

今度は林の中へ入りました。

落ち葉をかき分け、

木の根元を探し、

茂みの中ものぞきました。

けれど、見つかりません。

「何か……。」

「何かないかな。」

川辺へも行きました。

けれど、うさぎにはきつねのように魚を捕まえることができません。

木の上を見上げました。

高い枝には木の実があります。

けれど、さるのように木から木へ登ることもできません。

うさぎはもう一度、野原へ走りました。

そしてまた林へ。

何度も何度も探しました。

太陽が少しずつ傾いていきます。

それでも、人間に食べてもらえそうなものは見つかりませんでした。

「どうしよう……。」

うさぎは立ち止まりました。

きつねには魚を捕ることができます。

さるには木の実を集めることができます。

「ぼくには何ができるんだろう。」

足元には草が生えています。

いつもなら、それで十分でした。

けれど今は、お腹をすかせた旅人が待っています。

「何も持って帰れない……。」

うさぎは悲しくなりました。

それでも諦めきれません。

「もう一度だけ探そう。」

日が傾くまで森の中を歩き回りました。

けれど、とうとう何も見つけることはできませんでした。

うさぎはうつむきながら、旅人のところへ戻りました。

きつねとさるが待っています。

「うさぎ、何か見つかった?」

さるが尋ねました。

うさぎは首を振りました。

「何も……。」

「ぼくには、人間が食べられるものを見つけられなかった。」

きつねが言いました。

「仕方ないよ。」

「できることはみんな違うんだから。」

けれど、うさぎは旅人を見ました。

年老いた旅人は、疲れた顔で座っています。

「それでも……。」

うさぎは考えました。

旅人を助けたい。

きつねも、

さるも、

自分にできることをしました。

「ぼくにも、何かできるはずだ。」

うさぎはしばらく黙っていました。

やがて、ゆっくり顔を上げました。

「旅人さん。」

「何だい?」

「お願いがあります。」

うさぎは森の中に落ちている枯れ枝を指しました。

「枯れ枝を集めて、火をおこしてください。」

旅人は不思議そうな顔をしました。

「火を?」

「はい。」

旅人はうさぎの言うとおり、枯れ枝を集めました。

きつねとさるも手伝います。

やがて――。

ぱちっ。

ぱちぱち。

小さな火がつきました。

炎は少しずつ大きくなっていきます。

ぱちぱちぱち……。

赤い火が揺れています。

「これでいいのかい?」

旅人が尋ねました。

うさぎは火の前へ進みました。

「はい。」

「うさぎ?」

きつねが不思議そうに見ています。

うさぎは旅人へ向き直りました。

「ぼくは一日中、食べ物を探しました。」

「でも、人間が食べられるものを何一つ見つけられませんでした。」

旅人は黙って聞いています。

「きつねは魚を捕ることができます。」

「さるは木の実を集めることができます。」

うさぎは自分の小さな手を見ました。

「でも、ぼくには何もありません。」

「そんなことはないよ。」

さるが言いました。

けれど、うさぎは静かに首を振りました。

「旅人さんは、お腹がすいているのでしょう?」

「ああ。」

うさぎは炎を見つめました。

ぱちぱち。

火の粉が夜の空へ舞い上がります。

そして、静かに言いました。

「それなら――。」

きつねとさるが、うさぎを見ました。

「ぼくを食べてください。」

「えっ?」

さるが声を上げました。

「何を言ってるんだ!」

きつねも驚きました。

けれど、うさぎは真剣でした。

「ぼくには、ほかに渡せるものがありません。」

「だから、ぼく自身を食べてください。」

そう言うと、うさぎは火へ向かって一歩進みました。

「待て!」

きつねが叫びます。

うさぎはもう一歩、炎へ近づきました。

ぱちぱちぱち……。

熱い空気が白い毛を揺らします。

うさぎは目を閉じました。

そして――。

地面を蹴りました。

その瞬間でした。

「もう十分だ。」

低く、けれど優しい声が響きました。

うさぎの体は火の中へ落ちませんでした。

旅人が両手で、しっかりとうさぎを抱き止めていたのです。

「え……?」

うさぎは目を開けました。

旅人の顔が、先ほどまでとは違って見えます。

「お前の気持ちは、よく分かった。」

その瞬間――。

旅人の体から、まぶしい光があふれ出しました。

「うわっ!」

きつねとさるは思わず目を閉じました。

森の木々が白い光に照らされます。

風が吹き、

落ち葉が空へ舞い上がりました。

やがて光が静かに弱くなっていきます。

三匹が恐る恐る目を開けると――。

そこに年老いた旅人の姿はありませんでした。

白く輝く神様が立っていたのです。

「か、神様……。」

きつねとさるは驚いて頭を下げました。

うさぎも目を丸くしています。

神様は三匹を見渡しました。

「私は、お前たちがどのような心を持っているのか知りたくて、旅人の姿となってこの森へやって来た。」

そして、きつねを見ました。

「きつねよ。」

「はい。」

「お前は川へ入り、魚を捕ってくれた。」

「自分にできることを精一杯してくれたな。」

次に、さるを見ました。

「さるよ。」

「はい。」

「お前も山を駆け回り、たくさんの木の実や果物を集めてくれた。」

「ありがとう。」

そして最後に、うさぎを見ました。

「うさぎよ。」

うさぎは神様を見上げました。

「お前は何も見つけられなかった。」

うさぎは少しうつむきました。

「はい。」

「しかし、それでも私を助けようと、最後まで考え続けた。」

神様はうさぎをそっと抱き上げました。

「その心を、私は忘れない。」

うさぎは尋ねました。

「でも、ぼくは何も渡せませんでした。」

神様は首を振りました。

「いいや。」

「お前は十分に、その優しい心を見せてくれた。」

そして、少し厳しい声で続けました。

「だが、うさぎよ。」

「はい。」

「命は一度失えば戻らない。」

うさぎは黙って神様を見つめました。

「誰かを思う心は尊い。」

「しかし、そのために自分の命を粗末にしてよいわけではない。」

うさぎはゆっくりとうなずきました。

「はい。」

神様は優しく笑いました。

「お前の優しい心は、多くの者に長く覚えていてもらおう。」

そう言うと、神様は空を見上げました。

いつの間にか辺りはすっかり暗くなっていました。

森の上には、大きな満月が輝いています。

銀色の光が木々を照らしていました。

神様が手をかざすと――。

ふわり。

うさぎの体が宙へ浮かびました。

「わっ!」

きつねとさるが見上げます。

「うさぎ!」

「どこへ行くんだ!」

うさぎも驚いています。

けれど怖くはありませんでした。

体が月の光に包まれています。

神様とうさぎは、ゆっくりと空へ昇っていきました。

森が小さくなっていきます。

山も、

川も、

きつねも、

さるも、

だんだん遠くなっていきました。

「きつねー!」

「さるー!」

うさぎが手を振りました。

「元気でねー!」

きつねとさるも、地上から懸命に手を振ります。

「うさぎー!」

「また会おう!」

神様とうさぎは、さらに高く昇っていきました。

そして――。

大きな満月の中へ、ふわりと溶け込むように姿を消しました。

きつねとさるは、いつまでも月を見上げていました。

「……見える?」

さるが言いました。

「何が?」

「月の中。」

きつねは目を凝らしました。

白く輝く満月。

その模様をじっと見ていると――。

「あっ。」

「うさぎみたいだ。」

二匹は顔を見合わせました。

月の中には、長い耳を持ったうさぎのような影が見えました。

「本当だ。」

「うさぎだ。」

二匹はうれしくなりました。

「ちゃんと見ていてくれるんだな。」

その日から、夜空に満月が浮かぶたびに、きつねとさるは空を見上げました。

そして森の動物たちにも、うさぎの話をしました。

やがて、その話は山を越え、村へも伝わっていきました。

「月には、うさぎがいるんだって。」

「どこ?」

「ほら、あそこ。」

子どもたちは満月を見上げます。

月の模様は、見る人によっていろいろな形に見えました。

けれど、じっと眺めていると、長い耳を持ったうさぎがいるようにも見えます。

そしていつしか、

「月のうさぎは、ぺったん、ぺったんとおもちをついている。」

そんな話も語られるようになりました。

秋の夜。

森に大きな満月が昇りました。

きつねとさるは、いつもの大きな木の下へ並んで座りました。

「今日もいるかな。」

「いるよ、きっと。」

二匹は空を見上げました。

月の中には、あの日と同じように、うさぎのような影が浮かんでいます。

風が静かに森を通り抜けました。

さらさら……。

木の葉が揺れます。

きつねとさるには、その音に混じって、遠い空から何かが聞こえたような気がしました。

ぺったん。

ぺったん。

二匹は顔を見合わせ、笑いました。

そしてまた、静かに満月を見上げました。

おしまい。


登場人物

  • うさぎ
    きつね、さると森で暮らしている心優しいうさぎ。旅人のために食べ物を探しますが何も見つけられず、それでも相手を助けたいと自分にできることを懸命に考えます。
  • きつね
    うさぎの友だち。お腹をすかせた旅人のために川へ行き、魚を捕って持ってきます。
  • さる
    うさぎの友だち。山を駆け回り、木の実や栗、柿などを集めて旅人へ差し出します。
  • 神様(旅人)
    三匹の心を知るために、年老いた旅人の姿となって森へやって来ます。うさぎの思いやりに心を打たれ、その優しい心が長く忘れられないようにします。

教訓

  • 人にはそれぞれ得意なことやできることがあり、誰かのために自分にできることを考えて行動することが大切。
  • 思いやりとは、何か大きなことをすることだけではなく、相手のために一生懸命考えることから始まる。
  • 誰かを大切に思う気持ちは尊い一方で、自分自身の命や体も同じように大切にする必要がある。
  • きつね、さる、うさぎのように、それぞれ違う方法で人を助けることができる。

親子で話したいポイント

  • きつねとさるは、旅人のためにどんなものを持ってきたのかな?
  • うさぎは、どうして何も見つけられなかったのだろう?
  • うさぎは、どんな気持ちで旅人を助けようとしていたと思う?
  • 神様は、うさぎに「命を捨ててはいけない」とどうして伝えたのかな?
  • 自分にできる「優しさ」には、どんなものがあるかな?
  • 満月を見たら、どんな形が見えるか探してみよう。

保育士向け活用ポイント

  • 「思いやり」「自分にできること」「命を大切にすること」を考える読み聞かせとして活用できます。
  • うさぎの自己犠牲だけを美徳として伝えるのではなく、神様がうさぎを止め、「自分の命も大切にする」という視点を加えて読むことで、子どもたちにも伝えやすい内容になります。
  • きつね、さる、うさぎがそれぞれ違った行動をすることから、「得意なことは一人ひとり違っていい」という話題にもつなげられます。
  • 十五夜やお月見の時期には、実際に月の模様を観察したり、「何の形に見える?」と想像したりする活動へ発展させられます。
  • 月のうさぎや餅つきを題材にした製作、壁面飾り、劇遊びなど、秋の行事活動にも取り入れやすい昔話です。

コメント

タイトルとURLをコピーしました