あらすじ
家の中にいつの間にか入り込み、まるでその家の主人であるかのように振る舞う妖怪が「ぬらりひょん」です。
気づけば座敷に座り、当たり前のようにお茶を飲んでいる。けれど、誰もその老人がいつ、どこから入ってきたのか分かりません。
人の目をすり抜けるように現れる、不思議で少し怖い妖怪として語られてきました。
本文
むかしむかし、ある町に大きな家がありました。
その家には、家族みんなが仲良く暮らしていました。
ある日の夕方のことです。
日が沈みかけ、家の中では夕飯の支度が始まっていました。
台所からは包丁の音が聞こえ、廊下を家の者たちが忙しそうに行き来しています。
外は少しずつ暗くなり、庭の木々も黒い影になり始めていました。
そんなときでした。
すうっと玄関の戸が開きました。
「こんばんは。」
低く、落ち着いた声が聞こえます。
けれど、忙しくしていた家の者たちは、誰も手を止めませんでした。
一人の老人が、ゆっくりと家の中へ入ってきました。
老人は大きな頭をしていて、つるりとした顔をしています。
見覚えのない老人でした。
それなのに、なぜか誰も声をかけようとはしません。
老人はまるで何度もこの家を訪れたことがあるかのように、迷うことなく廊下を進んでいきました。
そして座敷へ入ると、家の主人がいつも座る場所へ、どっしりと腰を下ろしました。
「ふう……。」
老人はくつろいだ様子で息をつきます。
やがて、そこに置かれていたお茶を手に取ると、ゆっくりと飲み始めました。
ずずっ……。
ずずっ……。
座敷から聞こえるお茶をすする音。
けれど、家族はまだ気づきません。
しばらくして、一人が座敷の前を通りました。
ちらりと中を見ると、老人が座っています。
「あれ……?」
少し不思議に思いました。
けれど老人があまりにも堂々としているので、
「お父さんのお客さんかな。」
そう思って、そのまま通り過ぎてしまいました。
また別の家の者が座敷をのぞきました。
やはり老人がいます。
「誰だろう……。」
そう思いながらも、
「きっと誰かが知っている人だろう。」
と、それ以上は気にしませんでした。
老人は何も言わず、家の主人のような顔をして座っています。
ずずっ……。
また、お茶をすすりました。
やがて夕飯の支度が落ち着き、家族が集まり始めました。
そのとき、一人が言いました。
「ところで、座敷にいるお客さんは誰?」
「お客さん?」
「ほら、さっきから座っているおじいさん。」
家族は顔を見合わせました。
「私は知らないよ。」
「私も知らない。」
「誰かが呼んだんじゃないのか?」
誰も老人のことを知りません。
その瞬間、家の中の空気が変わりました。
さっきまで当たり前のように聞こえていたお茶をすする音が、急に不気味に感じられます。
ずずっ……。
家族は黙り込みました。
「待てよ……。」
一人が小さな声で言いました。
「あの人……いつからいたんだ?」
誰も答えられません。
そもそも、玄関から入ってきたところを見た者さえ、はっきりとは思い出せませんでした。
家族はそろそろと座敷へ向かいました。
廊下の奥は薄暗く、夕方の冷たい風がどこからか入り込んできます。
障子が、かたかたと小さく鳴りました。
座敷をのぞくと――。
老人はまだそこにいました。
まるで最初からこの家の主人だったかのように、ゆったりと座っています。
家族が近づいても、慌てる様子はありません。
「あなたは……誰ですか?」
家の者が恐る恐る尋ねました。
老人はゆっくりと顔を上げました。
大きな頭。
つるりとした顔。
細い目が、じっと家族を見つめています。
そして、口元をにやりとゆがめました。
「私かい?」
家族は息をのみました。
老人は、静かな声で言いました。
「私は、ぬらりひょん。」
その瞬間。
ふっと風が吹き抜けました。
障子が大きく揺れ、家の明かりがゆらりと揺れます。
家族は思わず目を閉じました。
ほんの一瞬のことでした。
再び目を開けると――。
座敷には誰もいません。
「……消えた。」
さっきまで老人が座っていた場所には、座布団だけが残されていました。
家族は慌てて玄関へ向かりました。
けれど、戸は閉まったままです。
庭にも、廊下にも、老人の姿はありません。
家のどこを探しても見つかりませんでした。
ただ、座敷には飲みかけのお茶が残っていました。
湯のみからは、まだ細い湯気が立っています。
家族はそれを見つめたまま、しばらく誰も口を開くことができませんでした。
それからというもの、その家では夕暮れになると、玄関の戸がきちんと閉まっているか確かめるようになりました。
けれど、ときどき家の奥から、
ずずっ……。
誰かがお茶をすするような音が聞こえることがあったといいます。
おしまい。
登場人物
ぬらりひょん
いつの間にか家へ入り込み、まるでその家の主人であるかのように振る舞う不思議な妖怪。
家族
最初はぬらりひょんの存在を気に留めませんが、誰も老人を知らないことに気づき、不安を感じ始めます。
教訓
知らない人を簡単に家へ入れない。
いつもと違うことや、周りの変化に気づくことが大切。
不思議なことや怖いことが起きたときは、一人で抱え込まず大人に相談する。
親子で話したいポイント
知らない人が家の中にいたら、どうしたらいいかな?
家の中で「いつもと違う」と気づくのは、どんなときだろう?
怖いことや困ったことがあったとき、誰に相談できるかな?
保育士向け活用ポイント
防犯や「知らない人への対応」を考えるきっかけとして活用できる妖怪話です。
ぬらりひょんが堂々と家に入り込む物語から、「知らない人だから怖い」だけではなく、「いつもと違うことに気づく」「分からないときは大人に確認する」といった安全行動について考える活動につなげられます。


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