あらすじ
大切な皿を一枚失くしたことで、女中のお菊は主人から厳しく責められてしまいます。
その後、お菊は屋敷から姿を消しました。
ところが夜になると、誰もいないはずの井戸の底から、皿を数える女の声が聞こえるようになります。
「一枚……二枚……三枚……」
そして九枚まで数え終わると――。
「一枚足りない……」
皿を数え続けるお菊の幽霊を描いた、古くから語り継がれてきた日本の怪談です。
本文
むかしむかし、ある大きな屋敷に、お菊という女中が働いていました。
お菊は真面目で、毎日の仕事にも丁寧に取り組んでいました。
ある日、主人はお菊に十枚の皿を預けました。
どれも大切にされている、立派な皿でした。
「この皿はとても大切なものだ。決してなくさないように。」
「はい。」
お菊はそう答え、皿を一枚一枚、慎重に扱いました。
ところが、ある日のことです。
いつものように皿を片づけていたお菊は、念のため枚数を確かめることにしました。
「一枚……二枚……三枚……。」
一枚ずつ手に取りながら、ゆっくりと数えていきます。
「七枚……八枚……九枚……。」
お菊の手が止まりました。
「……あれ?」
もう一度、最初から数えました。
「一枚……二枚……三枚……。」
そして――。
「八枚……九枚……。」
やはり、九枚しかありません。
「そんな……。」
お菊の顔から血の気が引きました。
十枚あったはずの皿が、一枚足りないのです。
お菊は急いで部屋の中を探しました。
棚の中。
台所。
廊下。
皿を運んだ場所を何度も行ったり来たりしました。
「どこへいったの……。」
床に落ちていないか。
誰かが別の場所へ移したのではないか。
何度探しても、十枚目の皿は見つかりません。
辺りが暗くなっても、お菊は探し続けました。
けれど、とうとう皿を見つけることはできませんでした。
やがて、そのことが主人の耳に入りました。
「お菊。」
低い声で呼ばれ、お菊は主人の前へ出ました。
「皿が一枚足りないそうだな。」
「申し訳ございません。何度も探したのですが、どうしても見つからないのです。」
主人は厳しい顔でお菊を見ました。
「大切なものをなくすとは何事だ!」
「申し訳ございません……。」
お菊は何度も頭を下げました。
「もう一度探します。どうか、お許しください。」
しかし、どれだけ謝っても、主人の怒りは収まりませんでした。
お菊は泣きながら、もう一度屋敷中を探しました。
それでも皿は見つかりません。
そして、その後――。
お菊は屋敷から姿を消してしまいました。
誰も、お菊がどこへ行ったのか分かりませんでした。
それからしばらくたった、ある夜のことです。
屋敷の者たちが眠りについたころ。
庭の方から、かすかな声が聞こえてきました。
「……一枚……。」
誰かが何かを数えています。
「……二枚……。」
屋敷の者が目を覚ましました。
「誰だ……?」
耳をすませます。
「……三枚……四枚……。」
女の声でした。
とても静かな声です。
けれど、夜の静けさの中では、不思議なほどはっきりと聞こえました。
「……五枚……六枚……。」
声は庭の方から聞こえてきます。
屋敷の者は恐る恐る障子を開けました。
庭は月明かりに照らされ、しんと静まり返っています。
人の姿はありません。
「……七枚……。」
声はまだ続いています。
「……八枚……。」
屋敷の者は、声のする方へ目を向けました。
そこには古い井戸がありました。
「……九枚……。」
そこで声が止まりました。
しん……。
風もありません。
木々も揺れていません。
何も聞こえなくなりました。
屋敷の者は息を止め、井戸を見つめました。
すると――。
「……一枚、足りない……。」
低く悲しげな女の声が、井戸の底から響きました。
「ひっ……!」
屋敷の者は慌てて部屋へ逃げ込みました。
翌朝、その話を聞いた人々は半信半疑でした。
「風の音でも聞き間違えたんじゃないか?」
「夢を見ていたんだろう。」
けれど、その日の夜。
また声が聞こえてきました。
「一枚……。」
「二枚……。」
「三枚……。」
今度は一人だけではありません。
何人もの屋敷の者が、その声を聞きました。
誰も井戸へ近づこうとはしませんでした。
「七枚……。」
「八枚……。」
「九枚……。」
そして、しばらくの静けさのあと――。
「……一枚、足りない……。」
その声を聞いた者たちは、お菊のことを思い出しました。
皿を何度も数えていたお菊。
十枚目の皿を探し続けていたお菊。
「もしかして……お菊なのか?」
けれど、誰も確かめることはできません。
その夜から、屋敷の人々は日が暮れると井戸へ近づかなくなりました。
それでも夜が深くなると、井戸の底から声が聞こえてきます。
「一枚……。」
「二枚……。」
静かな夜。
皿を数える声だけが、屋敷の庭に響きます。
「七枚……。」
「八枚……。」
「九枚……。」
そして今でも、夜になると古い井戸の底から、
「……一枚、足りない……。」
そんな女の声が聞こえることがあるといいます。
おしまい。
登場人物
お菊
屋敷で働く真面目な女中。主人から預かった十枚の大切な皿のうち、一枚がなくなったことで厳しく責められます。
主人
お菊に大切な皿を預けていた人物。皿が一枚なくなったことを知り、お菊を厳しく責めます。
屋敷の人々
夜になると井戸から聞こえてくる、皿を数える不思議な声を恐れる人々。
教訓
失敗した人を必要以上に責めず、何が起きたのかを一緒に考えることが大切。
強い言葉で人を追い詰めることの怖さについて考える。
大切なものを預かったときは、責任を持って扱う。
親子で話したいポイント
皿が一枚なくなったとき、お菊はどんな気持ちだったかな?
もし友達が失敗して困っていたら、どんな言葉をかけてあげたい?
大切なものをなくしてしまったときは、どうしたらいいだろう?
保育士向け活用ポイント
怪談としての怖さを楽しみながら、「失敗した人への声のかけ方」や「相手を必要以上に責めないこと」について考えられる題材です。
子どもの失敗に対して、「どうしてできなかったの?」と責めるのではなく、「どうしたらいいか一緒に考えよう」という関わり方について話し合う活動にもつなげられます。


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