あらすじ
川で暮らす河童に、ある村人が親切にしたことから、不思議な恩返しが始まります。
河童は人間を驚かせたり、困らせたりする妖怪として知られていますが、自分を助けてくれた人への恩を忘れませんでした。
少し不思議で、最後には心が温かくなる河童の昔話です。
本文
むかしむかし、ある村の近くに、大きな川が流れていました。
川の水は澄んでいて、夏になると子どもたちが魚を探したり、大人たちが川辺で仕事をしたりしていました。
けれど、村人たちは川へ行くたびに、こんなことを言いました。
「川の奥には河童がいるから、気をつけるんだぞ。」
その川には、昔から河童が住んでいるといわれていたのです。
河童は水の中から突然現れて人を驚かせたり、ときにはいたずらをしたりすると恐れられていました。
そのため村人たちは、川へ行っても水辺には長く近づかないようにしていました。
ある夏の日のことです。
一人の村人が、川の近くを歩いていました。
空には強い日差しが照りつけ、せみの声が響いています。
「今日も暑いなあ。」
村人が額の汗をぬぐいながら歩いていると、道の脇にある草むらから小さな音が聞こえてきました。
がさっ。
がさがさ……。
村人は足を止めました。
「なんだ?」
草むらを見つめます。
けれど、何がいるのか分かりません。
がさっ……。
また音がしました。
村人は少し怖くなりましたが、そっと草をかき分けてみました。
すると――。
「うわっ!」
村人は思わず後ずさりました。
草むらの中に、一匹の河童が倒れていたのです。
頭には皿があり、背中には甲羅があります。
河童は苦しそうに横たわり、ほとんど動くことができません。
どうやら川から離れすぎてしまい、自分では水辺まで戻れなくなったようでした。
村人は迷いました。
「河童に近づいて大丈夫だろうか……。」
村では昔から、河童には気をつけろと言われています。
助けようとして、突然襲われるかもしれません。
けれど、目の前の河童は弱りきっています。
河童は村人を見上げました。
その目には、いつもの恐ろしい妖怪という話からは想像できないほど、困り果てた様子が浮かんでいました。
村人はしばらく考えました。
そして、河童に声をかけました。
「川へ戻りたいのか?」
河童は小さくうなずきました。
村人は覚悟を決めると、河童を抱え上げました。
「よし。川まで連れていってやる。」
河童の体を支えながら、村人は川へ向かいました。
やがて水辺へ着くと、河童をそっと水の近くへ下ろしました。
河童はゆっくりと川へ入りました。
水に触れると、少しずつ元気を取り戻していきます。
やがて河童は水の中から顔を出し、村人をじっと見つめました。
村人は言いました。
「もう、村の人たちに悪さはするなよ。」
すると河童は、ぺこりと頭を下げました。
「ありがとう。」
村人は驚きました。
河童が人間の言葉を話したのです。
けれど次の瞬間、河童は水の中へ潜り、そのまま姿を消してしまいました。
ちゃぷん。
水面に小さな波紋だけが残りました。
それから、しばらくたったころです。
村人の家で、不思議なことが起こるようになりました。
ある朝、村人が畑へ行ってみると、畑のそばに水の入った桶が置いてありました。
「おや?」
村人は首をかしげました。
「誰が運んでくれたんだ?」
家族に聞いても、誰も知りません。
別の日には、畑仕事を終えて家へ帰ると、使った道具がきれいに片づけられていました。
「まただ……。」
夜になると、庭の方から小さな物音が聞こえることもありました。
がさっ。
ことっ。
村人が外へ出てみると、誰もいません。
けれど、さっきまで散らばっていた道具が、きちんと並べられています。
「いったい誰なんだろう。」
村人は不思議で仕方がありませんでした。
そこで、ある夜。
村人は家の中へ入ったふりをして、物陰に隠れて庭の様子を見ていることにしました。
辺りは静まり返っています。
月明かりが庭をぼんやりと照らしていました。
しばらく待っていると――。
がさがさ……。
庭の隅から、小さな影が現れました。
村人は息をひそめます。
影は周りをきょろきょろと見回すと、庭に置かれた道具へ近づきました。
月明かりの下に現れたのは――。
「あっ……。」
あの日、川へ連れていった河童でした。
河童は村人が使った道具を一つずつ持ち上げ、丁寧に片づけています。
水の入った桶まで運んできました。
村人はようやく分かりました。
毎日のように畑を手伝い、道具を片づけてくれていたのは、あの河童だったのです。
村人は物陰から出ました。
「お前だったのか。」
河童はびくっとして振り返りました。
そして、少し恥ずかしそうに村人を見ました。
村人は笑いました。
「助けたことを覚えていたんだな。」
河童は何も言わず、ぺこりと頭を下げました。
それから、くるりと背を向けると、川の方へ走っていきました。
村人はその小さな背中を、見えなくなるまで見送りました。
それからも、ときどき村人の畑には、いつの間にか水の入った桶が置かれていることがあったそうです。
おしまい。
登場人物
村人
川へ戻れなくなった河童を見つけ、怖がりながらも助ける心優しい人物。
河童
川に住む妖怪。村人に助けてもらったことを忘れず、ひそかに恩返しをします。
村人たち
河童を怖い妖怪として警戒している村の人々。
教訓
誰かに親切にしてもらったら、その気持ちを忘れず感謝する。
見た目や噂だけで、相手のすべてを決めつけない。
思いやりは、思いがけない形で自分のもとへ返ってくることがある。
親子で話したいポイント
村人は、怖いと思っていた河童をどうして助けたのかな?
見た目や噂では分からない、その人の優しいところを見つけたことはある?
誰かにしてもらって、うれしかったことは何?
自分なら、助けてもらった人にどんな恩返しをしたい?
保育士向け活用ポイント
妖怪への興味を入口に、「見た目や噂だけで決めつけないこと」「困っている相手を助けること」「感謝を伝えること」について考えられる昔話です。
物語を読んだあとに「自分ならどんな恩返しをする?」と話し合ったり、河童のお面づくりや表現遊びへつなげたりできます。また、河童が川に住む妖怪であることから、水辺で遊ぶ際の安全について考えるきっかけにもできます。


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