くもの恩返し

日本の昔話

あらすじ

むかしむかし、山と川に囲まれた小さな村に、心の優しい男の子・ゆうたが住んでいました。

ある雨上がりの日、ゆうたは神社のそばで、子どもたちに壊されそうになっていた大きな蜘蛛の巣を見つけます。

「一生懸命作ったんだから、壊したらかわいそうだよ。」

ゆうたの言葉で蜘蛛の巣は守られ、そこにいた小さな蜘蛛も助かりました。

それから数日後、父親が風邪をひき、畑仕事ができなくなってしまったゆうたの家で、不思議な出来事が起こり始めます。

朝になると畑の草が抜かれ、薪が積まれ、水までくまれているのです。

いったい誰が、夜の間に手伝ってくれているのでしょう。

小さな命に向けた優しさが、思いがけない形で返ってくるお話です。

本文

むかしむかし、山と川に囲まれた小さな村に、ゆうたという男の子が住んでいました。

ゆうたは、働き者のお父さんとお母さんと一緒に暮らしていました。

決して裕福な家ではありませんでしたが、家族三人、力を合わせて穏やかに暮らしていました。

ゆうたも家の仕事をよく手伝いました。

畑が乾いていれば水を運び、

「よいしょ、よいしょ。」

冬に備えて薪を運び、

近所のお年寄りが重そうな荷物を持っていれば、

「ぼくが持つよ。」

と声をかけます。

そんな心の優しい男の子でした。

ある雨上がりの日のことです。

ゆうたが村の神社の近くを歩いていると、大きな木の枝に蜘蛛の巣が張られているのを見つけました。

雨は上がったばかり。

葉っぱの先から、

ぽたり。

ぽたり。

と雫が落ちています。

蜘蛛の巣にもたくさんの水滴がついていました。

雲の間から差し込んだ光を受けると、それはきらきらと輝きました。

「わあ……。」

ゆうたは足を止めました。

まるで細い銀の糸に、たくさんの宝石を並べたようです。

その時、近くで遊んでいた子どもたちがやって来ました。

「あっ、大きな蜘蛛の巣だ!」

「ほんとだ!」

一人の子が、地面に落ちていた棒を拾いました。

「これで壊してみよう!」

「面白そう!」

別の子も枝を拾います。

子どもたちが蜘蛛の巣に向かって棒を持ち上げた、その時でした。

「待って!」

ゆうたが声をかけました。

子どもたちは振り返りました。

「どうしたの?」

ゆうたは蜘蛛の巣を指さしました。

「こんなに大きな巣を作るの、大変だったと思うよ。」

「でも、蜘蛛の巣だよ?」

「うん。でも、蜘蛛にとっては大事な場所でしょう?」

ゆうたは木の枝を見上げました。

「せっかく一生懸命作ったんだから、壊したらかわいそうだよ。」

子どもたちは蜘蛛の巣を見ました。

その真ん中には、一匹の小さな蜘蛛がいました。

蜘蛛はじっと動かず、こちらを見ているようでした。

「……そうだね。」

一人の子が棒を下ろしました。

「壊すのはやめよう。」

「うん。」

みんなは枝を地面に置き、そのまま別の場所へ遊びに行きました。

ゆうたは、もう一度蜘蛛の巣を見上げました。

「よかったね。」

すると小さな蜘蛛が、

すっ、すっ。

と細い糸の上を動きました。

ゆうたには、それがまるで、

「ありがとう。」

と言っているように見えました。

それから数日後のことです。

ゆうたの家で困ったことが起こりました。

お父さんが風邪をひいて、寝込んでしまったのです。

「ごほっ、ごほっ。」

「あなた、今日は休んでいてください。」

お母さんが言いました。

「そうしたいんだが……。」

お父さんは布団の中から、心配そうに外を見ました。

ちょうど畑が忙しくなる時期でした。

草を抜かなければなりません。

水もやらなければなりません。

収穫の準備もあります。

「このままだと、収穫が遅れてしまうな。」

お父さんは困った顔をしました。

「ぼくも手伝うよ。」

ゆうたもできることをしました。

けれど、子どもの力だけでは限りがあります。

お母さんも家のことやお父さんの看病で忙しく、畑仕事まで全部こなすことはできません。

その夜。

ゆうたはいつもより早く布団に入りました。

昼間たくさん働いたので、すぐに眠くなりました。

家の中が静かになります。

外では虫の声が聞こえていました。

りーん。

りーん。

やがて村の家々の明かりも消え、辺りはすっかり暗くなりました。

そのころです。

かたっ。

ゆうたは目を覚ましました。

「……ん?」

家の外から何か音がします。

かた、かた……。

小さなものが動いているような音でした。

ゆうたは布団の中で耳を澄ませました。

しばらくすると音は聞こえなくなりました。

「なんだったんだろう……。」

けれど眠かったゆうたは、そのまま目を閉じました。

次の朝。

お母さんが畑へ出て、驚きました。

「まあ!」

「どうしたの?」

ゆうたが走っていきます。

昨日まで畑いっぱいに伸びていた草が、きれいに抜かれていました。

「誰がやってくれたんだろう。」

お母さんは不思議そうに辺りを見回しました。

「村の誰かが手伝ってくれたのかな?」

ところが、近所の人に聞いても誰も知りません。

さらに次の日。

ゆうたが朝起きて外へ出ると、家の脇に薪がきれいに積まれていました。

「お母さん!」

お母さんも外へ出てきました。

「今度は薪?」

「昨日の夜にはなかったよね?」

「ええ。なかったわ。」

その次の日には――。

「水まで!」

水くみ用の桶が、いっぱいになっていました。

家族は顔を見合わせました。

「いったい誰なんだろう。」

「毎晩、誰かが手伝ってくれているみたいだね。」

けれど、誰に尋ねても、

「私じゃないよ。」

「知らないなあ。」

と首をかしげるばかりでした。

ゆうたは、あの夜に聞いた音を思い出しました。

かた、かた……。

「もしかしたら、夜になればわかるかもしれない。」

そこで、その日の晩。

ゆうたは眠ったふりをして、布団の中でじっと待つことにしました。

夜が更けていきます。

お父さんとお母さんは、もう眠っています。

月の光が窓から差し込み、部屋の床を青白く照らしていました。

しん……。

家の中は静まり返っています。

ゆうたは眠くなるのを我慢しました。

どれくらい待ったでしょう。

その時です。

かさっ。

庭から音がしました。

ゆうたは目を開けました。

かた……。

かた、かた……。

「あの音だ。」

ゆうたはそっと布団から出ると、音を立てないように窓へ近づきました。

そして、ほんの少しだけ窓を開けます。

冷たい夜の空気が入ってきました。

月明かりの下で、何かが動いています。

一つ。

二つ。

三つ。

「え……?」

ゆうたは目を凝らしました。

それは――。

蜘蛛でした。

一匹や二匹ではありません。

たくさんの蜘蛛たちが、庭いっぱいに集まっていたのです。

小さな蜘蛛。

少し大きな蜘蛛。

木の枝から糸を伸ばしている蜘蛛。

月の光を受けた無数の糸が、銀色にきらきら輝いていました。

ゆうたは驚いて、声も出ません。

蜘蛛たちは細い糸を何本も合わせて、薪に巻きつけていました。

そしてみんなで力を合わせ、

ずる……。

ずる……。

と少しずつ薪を運んでいます。

別の蜘蛛たちは畑へ向かい、小さな足で草を抜いていました。

水桶のそばでも、何匹もの蜘蛛が糸を使いながら一生懸命に動いています。

「蜘蛛たちが……手伝ってくれていたんだ。」

ゆうたは窓から身を乗り出しました。

すると、蜘蛛たちの動きがぴたりと止まりました。

静かな庭に、月の光だけが降り注ぎます。

蜘蛛たちの真ん中から、一匹の小さな蜘蛛が出てきました。

ゆうたはその蜘蛛を見つめました。

「あっ……。」

神社で見た、あの蜘蛛です。

あの日、壊されそうになっていた巣にいた蜘蛛でした。

小さな蜘蛛は、ゆうたの方を向きました。

そして、ゆっくりと体を低くしました。

まるで、

「助けてくれて、ありがとう。」

と頭を下げているようでした。

ゆうたは胸がじんわりと温かくなりました。

「ぼくを助けてくれていたんだね。」

蜘蛛はしばらくゆうたを見つめていました。

やがて、

すうっ。

と一本の糸を伝って木の上へ登っていきました。

するとほかの蜘蛛たちも、次々と糸を伝っていきます。

月明かりの中を、銀色の糸が揺れました。

そして、気がつくと庭には一匹の蜘蛛もいなくなっていました。

次の朝。

ゆうたはお父さんとお母さんに、昨夜見たことを話しました。

「蜘蛛たちだったんだよ。」

「蜘蛛?」

お父さんは驚きました。

「うん。たくさんの蜘蛛が、みんなで薪を運んだり、畑を手伝ったりしていたんだ。」

お母さんも目を丸くしました。

「そんな不思議なことがあるのかしら。」

「本当だよ。」

ゆうたは笑いました。

「神社で助けた蜘蛛もいたんだ。」

お父さんとお母さんは、まだ少し信じられないようでした。

けれど、毎朝きれいになっていた畑や積まれた薪を見れば、ゆうたの話をただの夢だとも思えませんでした。

やがて、お父さんの風邪はすっかり治りました。

畑の作物も元気に育ち、無事に収穫の日を迎えました。

家族三人で、たくさんの野菜を収穫しました。

「今年も無事に収穫できたな。」

お父さんが笑いました。

「蜘蛛たちにも、お礼を言わなくちゃね。」

お母さんも言いました。

その日の夕方。

ゆうたは一人で神社へ向かいました。

雨上がりの日に蜘蛛を助けた、あの木の下までやって来ます。

けれど、あの大きな蜘蛛の巣はもうありませんでした。

ゆうたは木を見上げました。

「ありがとう。」

その時――。

ふわり。

優しい風が吹きました。

木の枝が、

さわさわ……。

と揺れました。

夕日の光の中で、一本の細い蜘蛛の糸がきらりと輝きました。

ゆうたはそれを見つめ、にっこり笑いました。

それからもゆうたは、小さな生き物をむやみに傷つけることはありませんでした。

困っている人を見つければ、自分にできることを手伝いました。

そして大人になってからも、その優しい心は変わらなかったそうです。

おしまい。

登場人物

  • ゆうた
    家族の手伝いをよくする心優しい男の子。小さな蜘蛛にも命があることを思い、巣を壊そうとする子どもたちを止めます。
  • 蜘蛛
    神社の近くに巣を作っていた小さな蜘蛛。ゆうたに助けられた後、仲間たちとともにゆうたの家を助けます。
  • お父さん
    家族のために働く父親。風邪をひいてしまい、畑仕事ができなくなります。
  • お母さん
    お父さんを看病しながら家族を支える優しい母親です。

教訓

  • 小さな生き物にも命があり、大切にしようとする気持ちを持つことが大切。
  • 見返りを求めずにした優しい行動が、誰かの心に残ることがある。
  • 誰かを思いやる気持ちは、別の優しさへとつながっていく。

親子で話したいポイント

  • ゆうたは、どうして蜘蛛の巣を壊さないように子どもたちへ声をかけたのかな?
  • 蜘蛛たちは、どうしてゆうたの家を手伝ったのだろう?
  • 自分よりずっと小さな生き物にも命があるというのは、どういうことだろう?
  • 誰かに優しくしてもらって、うれしかったことはある?
  • 身近な虫や生き物と、どんなふうに関わったらいいと思う?

保育士向け活用ポイント

蜘蛛たちが力を合わせて家族を助ける展開から、「自分にできることをする」「みんなで助け合う」といった優しさの連鎖について考える活動にも活用できます。

蜘蛛という身近な生き物を通して、「小さな命も大切にする」というテーマを子どもたちと考えられます。

虫を怖がったり苦手に感じたりすることを否定せず、「必要以上に傷つけない」「そっと観察する」といった自然との関わり方を話し合うきっかけにできます。

園庭や散歩先で蜘蛛の巣を見つけた際の観察活動や、蜘蛛の巣の形・糸の張り方などへの興味にもつなげられます。

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