あらすじ
むかしむかし、山のふもとのお寺に、元気いっぱいで少しおっちょこちょいな小僧さんがいました。
ある秋の日、小僧さんは和尚さんに頼まれて、山へ栗拾いに出かけます。
ところが、夢中で栗を拾っているうちに帰り道がわからなくなり、山奥の一軒家へたどり着きました。
そこに住んでいた親切そうなおばあさんに泊めてもらうことになりますが、夜が更けるにつれ、小僧さんは家の中にただならぬ気配を感じ始めます。
おばあさんの正体は、恐ろしい山姥でした。
山姥に追われる小僧さんを救ったのは、和尚さんから渡されていた三枚のお札でした。
本文
むかしむかし、山のふもとの小さなお寺に、小僧さんと和尚さんが住んでいました。
小僧さんは働き者でしたが、楽しいことを見つけると、つい夢中になってしまうところがありました。
ある秋の日のことです。
山の木々が赤や黄色に染まり、冷たい風が落ち葉をさらさらと揺らしていました。
和尚さんが小僧さんを呼びました。
「山へ栗を拾いに行ってきてくれないか。」
「はい、和尚さん!」
小僧さんはうれしそうに答えました。
すると和尚さんは、少し心配そうな顔をして言いました。
「ただし、あまり山奥へ行ってはいけないよ。暗くなる前に帰ってくるんだ。」
「はい!」
和尚さんはさらに、懐から小さなお札を三枚取り出しました。
「もし困ったことが起きたら、このお札を使いなさい。」
「お札?」
小僧さんは首をかしげましたが、大切に懐へしまいました。
かごを持って山へ入ると、あちらこちらに栗が落ちています。
「あっ、こっちにも!」
小僧さんは栗を拾いました。
「あっちにはもっと大きなのがある!」
ひとつ拾っては先へ進み、またひとつ見つけては奥へ進みます。
気がつけば、いつの間にか太陽は山の向こうへ傾いていました。
森の中は薄暗くなり、さっきまで聞こえていた鳥の声もありません。
風が木々の間を吹き抜け、
ざわざわ……。
ざわざわ……。
枝が揺れる音だけが響いていました。
小僧さんはようやく立ち止まりました。
「あれ……?」
振り返っても、来た道がわかりません。
どちらを見ても、同じような木々が並んでいます。
「しまった。道に迷ってしまった。」
急に心細くなりました。
辺りはどんどん暗くなっていきます。
小僧さんが山道を歩いていると、木々の向こうに、ぽつりと明かりが見えました。
近づいてみると、一軒の古い家が建っています。
「誰かいませんか。」
小僧さんが戸をたたきました。
しばらくすると、
ぎいぃ……。
戸がゆっくりと開きました。
中から出てきたのは、一人のおばあさんでした。
「まあまあ、こんな時間に山の中とは大変だったね。」
おばあさんはにこりと笑いました。
「道に迷ってしまったんです。」
「それはかわいそうに。もう外は暗い。今夜はここに泊まっていきなさい。」
小僧さんはほっとしました。
「ありがとうございます。」
家の中は少し薄暗かったものの、おばあさんは温かいご飯を用意してくれました。
小僧さんはお腹いっぱい食べると、用意してもらった部屋で横になりました。
ところが、なかなか眠れません。
外では風が、
ひゅううう……。
ひゅううう……。
と鳴っています。
古い家も、ときどき、
みしっ。
みしっ。
と不気味な音を立てました。
その時です。
隣の部屋から、低い声が聞こえてきました。
小僧さんは耳を澄ませました。
「……明日の朝になったら……食べてしまおうかねえ。」
「えっ?」
小僧さんの背中がぞくりとしました。
聞き間違いかもしれない。
そう思いましたが、もう一度声が聞こえます。
「ふふふ……逃がさないよ……。」
小僧さんは息を殺し、そっと隣の部屋をのぞきました。
そこにいたのは、昼間の優しそうなおばあさんではありませんでした。
乱れた長い髪。
ぎらりと光る目。
大きく裂けた口。
おばあさんの姿は、恐ろしい山姥へと変わっていたのです。
「ひっ……!」
小僧さんは思わず声を上げそうになり、慌てて口を押さえました。
ここにいたら食べられてしまう。
小僧さんは静かに立ち上がると、山姥に気づかれないよう戸口へ向かいました。
そして――。
がらっ!
戸を開けると、一目散に外へ飛び出しました。
「逃げろ!」
暗い山道を夢中で走ります。
その時、後ろから恐ろしい声が響きました。
「待てええええ!」
振り返ると、山姥がものすごい勢いで追いかけてきます。
長い髪を振り乱し、木々の間を駆け抜けてきました。
「うわああ!」
小僧さんは必死に走りました。
けれど、山姥との距離はどんどん縮まってきます。
その時、小僧さんは和尚さんからもらった三枚のお札を思い出しました。
「そうだ、お札!」
懐から一枚目のお札を取り出し、後ろへ投げました。
「お願いだ!」
すると――。
ざあああああっ!
突然、小僧さんと山姥の間に大きな川が現れました。
暗い山の中を、激しい水がごうごうと流れています。
山姥は足を止めました。
「こんな川くらい!」
山姥が川を渡っている間に、小僧さんは先へ先へと走りました。
はあ、はあ、はあ。
息が苦しくなっても止まりません。
しばらく走っていると――。
「待てえええ!」
また後ろから声が聞こえてきました。
「もう追いついてきた!」
山姥は川を越え、再び小僧さんを追いかけてきたのです。
小僧さんは二枚目のお札を取り出しました。
「これでもくらえ!」
お札を後ろへ投げると――。
ごごごごご……!
地面が揺れ、小僧さんと山姥の間に大きな山が現れました。
見上げても頂上が見えないほど高い山です。
「まだまだ!」
山姥は岩に爪を立てながら、ものすごい勢いで山を登り始めました。
小僧さんはその間に走ります。
もうお寺までそれほど遠くないはずです。
「和尚さん……!」
小僧さんは祈るような気持ちで走りました。
ところが――。
どたどたどたどた!
背後から、また足音が聞こえてきました。
「逃がさないよおおお!」
山姥です。
山を越えてきた山姥が、すぐ後ろまで迫っています。
小僧さんの手元に残っているのは、最後の一枚だけでした。
「もう、これしかない!」
小僧さんは三枚目のお札を握りしめ、後ろへ投げました。
すると――。
ぼおおおおっ!
突然、激しい炎が燃え上がりました。
真っ赤な火が壁のように立ちはだかり、山姥の行く手をふさぎます。
「うううう……!」
山姥は炎の向こうで恐ろしい声を上げました。
小僧さんは振り返りませんでした。
ただひたすら走りました。
やがて暗い木々の向こうに、見慣れたお寺が見えてきました。
「和尚さーん!」
小僧さんは境内へ飛び込みました。
和尚さんが驚いて出てきます。
「どうした。そんなに慌てて。」
小僧さんは息を切らしながら、山で道に迷ったこと、不思議なおばあさんの家に泊まったこと、その正体が山姥だったこと、そして三枚のお札を使って逃げてきたことを話しました。
和尚さんは小僧さんの話を最後まで黙って聞いていました。
小僧さんは肩で息をしながら言いました。
「和尚さんの言うことを聞かないで、山奥まで行ってしまいました。」
和尚さんは小僧さんの顔を見つめました。
「今度からは、暗くなる前に帰ってくるんだよ。」
「はい……。」
小僧さんは何度も何度もうなずきました。
外ではまだ、山から冷たい風が吹いていました。
ざわざわと揺れる木々の向こうは真っ暗で、何も見えません。
小僧さんはその夜、もう二度と一人で山奥へ入りすぎないと心に決めました。
それからというもの、栗拾いに出かける時には、必ず帰り道を確かめ、日が暮れる前にお寺へ戻るようになったそうです。
おしまい。
登場人物
- 小僧さん
元気いっぱいで好奇心旺盛な少年。栗拾いに夢中になって山奥で道に迷い、恐ろしい山姥に追われることになります。 - 和尚さん
小僧さんを見守るお寺の住職。山へ行く小僧さんに三枚のお札を持たせます。 - 山姥(やまんば)
山奥の一軒家に住む恐ろしい存在。最初は親切なおばあさんの姿をしていますが、夜になると正体を現します。 - 三枚のお札
和尚さんが小僧さんに持たせた不思議なお札。川、山、炎となって、追いかけてくる山姥から小僧さんを助けます。
教訓
- 夢中になっている時ほど、周囲の状況に気を配ることが大切。
- 大人からの忠告や約束には、自分を守るための意味がある。
- 怖いことや困ったことが起きても、落ち着いて考え、持っている知恵を使うことが大切。
親子で話したいポイント
- 小僧さんは、どうして山の中で道に迷ってしまったのかな?
- おばあさんの正体に気づいた時、小僧さんはどんな気持ちだったと思う?
- 三枚のお札の中で、どのお札が一番すごいと思った?
- 夢中になっていて、周りが見えなくなってしまったことはある?
- 道に迷ったり困ったりした時は、どうしたらいいかな?
保育士向け活用ポイント
- 「約束を守ること」「夢中になった時にも周囲を確認すること」など、安全について考えるきっかけになる昔話です。
- 山姥が正体を現す場面や追いかけてくる場面では、声の大きさや間を変えることで、怖くなりすぎない範囲で物語の緊張感を楽しめます。
- 散歩や園外活動の前後に読み、「先生から離れたらどうする?」「道がわからなくなったらどうする?」など、子どもたちと具体的に話し合うこともできます。
- 劇遊びでは、三枚のお札が川、山、炎へと変わる場面を、布や音、子どもたちの動きで表現すると楽しみやすい題材です。


コメント