相撲取りと鬼(すもうとりとおに)

昔話

あらすじ

むかしむかし、山と川に囲まれた小さな村に、とても力持ちの若い相撲取りが住んでいました。

大人が二人がかりで運ぶような米俵も軽々と持ち上げるほどの力自慢でしたが、若者はその力をひけらかすことはありません。

畑仕事を手伝ったり、重い荷物を運んだりと、いつも村の人たちのために力を使っていました。

そんなある夏の終わり。

夜になると、山奥の古い祠から不思議な声が聞こえてくるようになります。

「誰か……わしと相撲を取ってくれんか。」

村人たちは「あれは鬼の声だ」と恐れ、山へ近づかなくなりました。

けれど若者は、

「本当に鬼なのか、自分の目で確かめてみよう。」

と、一人で山へ向かいます。

古い祠で待っていたのは、山のように大きな赤鬼でした。

しかし、その鬼には村人たちが想像していたのとは違う、ある思いがあったのです。


本文

むかしむかし、山と川に囲まれた小さな村がありました。

村には田んぼや畑が広がり、その向こうには深い山々が連なっていました。

その村に、一人の若い相撲取りが住んでいました。

若者は、村一番の力持ちでした。

大人が二人で、

「せーの!」

と持ち上げるような大きな米俵も、

「よいしょ。」

と、一人で軽々と肩に担いでしまいます。

大雨のあと、道に大きな木が倒れていれば、

「これではみんなが通れないな。」

と、太い幹を持ち上げて道の脇へどかしました。

荷車がぬかるみにはまって困っている人がいれば、

「押しますよ。」

と後ろから力を貸しました。

畑仕事で人手が足りない家があれば、朝早くから手伝いに行きます。

それほどの力持ちでしたが、若者は自分の強さを自慢することはありませんでした。

「お前さんは本当に強いなあ。」

村人に褒められても、

「力があるなら、役に立つことに使った方がいいですから。」

と笑うだけでした。

村の人たちは、そんな若者が大好きでした。

「強いだけじゃない。」

「あの若者は心も立派だ。」

子どもたちも若者に憧れ、広場で相撲を取るときには、

「大きくなったら、あの人みたいに強くなる!」

と言っていました。

そんなある夏の終わりのことです。

日が沈むと、山から少し冷たい風が吹くようになりました。

夜には虫の声が聞こえ、秋が少しずつ近づいていました。

そのころから、村では奇妙な噂が広がり始めました。

山の上には、昔から小さな祠がありました。

村のおじいさんやおばあさんでさえ、

「ずっと昔からある。」

としか知らないほど古い祠です。

昼間でも杉の木々に囲まれて薄暗く、今ではほとんど誰も近づきません。

ある晩。

山の近くに住んでいる村人が、不思議な声を聞きました。

「誰か……。」

低く、太い声でした。

村人は耳を澄ませました。

風が、

ざわざわ……。

と木々を揺らしています。

すると、もう一度。

「誰か……わしと相撲を取ってくれんか……。」

「ひっ!」

村人は慌てて家の中へ逃げ込み、ぴしゃりと戸を閉めました。

次の夜。

また別の村人が同じ声を聞きました。

「誰か……わしと相撲を取ってくれんか……。」

声は、山の上から風に乗って聞こえてきます。

低く響くその声は、まるで山そのものが話しているようでした。

「あれは人間の声じゃない。」

「きっと鬼だ。」

噂はあっという間に村中へ広がりました。

「山の祠に鬼がいるらしい。」

「夜になると相撲の相手を探しているそうだ。」

「捕まったら食べられてしまうかもしれないぞ。」

子どもたちは怖がり、夕方になると外へ出なくなりました。

山へ薪を取りに行っていた大人たちも、祠の近くを避けるようになりました。

けれど、若い相撲取りは少し違いました。

村人から話を聞くと、腕を組んで考えました。

「誰かと相撲を取りたいと言っているんですよね?」

「ああ。」

「それだけですか?」

村人は首をかしげました。

「それだけって……鬼だぞ。」

「何をされるかわからない。」

若者は山を見上げました。

「でも、本当に人を襲う鬼なら、わざわざ相撲の相手を頼むでしょうか。」

「それは……。」

村人たちは顔を見合わせました。

若者は言いました。

「自分の目で確かめてきます。」

「やめておけ!」

「危ないぞ!」

みんなが止めました。

けれど若者は、

「もし本当に危ない鬼なら、そのときは私が村へ近づかないよう話します。」

「でも、何か理由があって呼んでいるのなら、まず話を聞いてみたいんです。」

そう答えました。

翌朝。

若者は一人で山へ向かいました。

空には薄い雲が広がっています。

山道へ入ると、村の音は少しずつ遠ざかっていきました。

ざっ。

ざっ。

若者の草履が土を踏む音だけが響きます。

杉林へ入ると、辺りは急に薄暗くなりました。

高い木々が空を覆い、昼間なのに日の光がほとんど届きません。

ひんやりとした風が木々の間を抜けていきます。

ざわざわ……。

どこかで鳥が鳴きました。

若者はさらに山を登っていきました。

しばらくすると、苔むした石段が現れました。

その先に、古びた祠があります。

「あれか……。」

若者は足を止めました。

人の気配はありません。

ただ、風に揺れる杉の葉の音だけが聞こえています。

若者はゆっくり祠へ近づきました。

すると――。

ずしん。

どこかで重いものが動く音がしました。

若者は振り返りました。

誰もいません。

ずしん。

今度は、祠の裏から聞こえました。

若者は身構えます。

そのとき――。

ぬうっ。

祠の陰から、大きな影が現れました。

若者は思わず息をのみました。

そこにいたのは、巨大な鬼でした。

燃えるような赤い顔。

額から伸びる二本の大きな角。

太い腕。

岩のような肩。

立ち上がれば、若者よりもはるかに大きな体です。

「お前が……鬼か。」

若者が言いました。

鬼は若者をじっと見下ろしました。

「そうだ。」

低い声が山に響きました。

若者は両足に力を入れました。

いつ飛びかかられても動けるように身構えます。

ところが――。

鬼は突然、にこりと笑いました。

「来てくれたか!」

「……え?」

「待っておったぞ。」

鬼は嬉しそうに地面を叩きました。

「お前、相撲取りだろう?」

「そうだが……。」

「わしと一番、取ってくれんか!」

若者は少し拍子抜けしました。

鬼の顔をよく見ると、確かに恐ろしい姿をしています。

けれど、人を襲おうとしているようには見えません。

むしろ、どこか寂しそうでした。

若者は尋ねました。

「どうしてそんなに相撲が取りたいんだ?」

鬼はしばらく黙っていました。

やがて祠の前へ座ると、遠くの村を眺めました。

「昔はな。」

鬼が話し始めました。

「秋になると、村の者たちがここまで登ってきたものだ。」

「山の神さまに実りを感謝して、酒や食べ物を供え、太鼓を鳴らして祭りをした。」

鬼は懐かしそうに目を細めました。

「その祭りでは、毎年相撲を取っていた。」

「村の若者たちが集まってな。」

「わしも、ときどき人に化けて混じっておった。」

若者は驚きました。

「鬼も祭りに?」

「楽しかったぞ。」

鬼は笑いました。

「だが、いつのころからか祭りは開かれなくなった。」

「山へ来る者も減った。」

「祠を訪ねる者もいなくなった。」

鬼の声が少し小さくなりました。

「わしはずっと、この山で一人だった。」

若者は黙って鬼の話を聞いていました。

鬼は村人を襲おうとしていたわけではありません。

昔の祭りが懐かしくて、もう一度誰かと相撲を取りたかっただけだったのです。

若者は立ち上がりました。

「わかった。」

鬼が顔を上げます。

「相撲を取りましょう。」

「本当か!」

鬼の顔がぱっと明るくなりました。

「ただし、手加減はしませんよ。」

すると鬼は大きな声で笑いました。

「がはははは!」

「望むところだ!」

二人は祠の前に広い場所を見つけました。

落ちていた枝や石をどかし、足で土をならします。

そして地面に大きな円を描きました。

即席の土俵です。

若者は腰を落としました。

鬼も向かい側で構えます。

二人はじっとにらみ合いました。

山の風が止まりました。

鳥の声も聞こえません。

しん……。

辺りが不思議なほど静かになりました。

そして――。

「はっけよい!」

二人は一気に飛び出しました。

どしん!

若者と鬼の体がぶつかりました。

地面が震えました。

「ぬううう!」

鬼が若者を押します。

若者の足が土を削りました。

「まだまだ!」

若者も押し返します。

鬼の大きな足が一歩下がりました。

「ほう!」

鬼は嬉しそうに笑いました。

「人間にしては、やるではないか!」

「そちらこそ!」

二人は組み合いました。

鬼が若者を持ち上げようとします。

「うおおお!」

若者は腰を落として耐えます。

今度は若者が鬼のまわしをつかみました。

「それっ!」

ぐらり。

鬼の大きな体が傾きます。

しかし――。

どん!

鬼は片足を踏み込み、こらえました。

「危ない、危ない!」

鬼は大笑いです。

もう一番。

さらにもう一番。

どしん!

ずしん!

山に大きな音が響きます。

若者も強い。

鬼も強い。

押しても、

投げようとしても、

どちらもなかなか倒れません。

何度勝負しても、決着がつきませんでした。

やがて二人とも、

「はあ……。」

「はあ……。」

と息を切らし、その場へ座り込みました。

しばらく顔を見合わせ――。

「がはははは!」

鬼が笑いました。

若者も、

「はははは!」

と笑いました。

鬼は目を細めました。

「こんなに楽しかったのは、何十年ぶりだろう。」

若者は額の汗をぬぐいました。

「私も、こんなに強い相手と相撲を取ったのは初めてです。」

二人はすっかり打ち解けました。

夕方になり、若者は村へ戻りました。

村人たちは心配して待っていました。

「帰ってきた!」

「大丈夫だったか?」

「鬼は?」

若者は笑いました。

「いましたよ。」

村人たちの顔が青くなりました。

「やっぱり鬼だったのか!」

「でも、人を襲う鬼ではありません。」

若者は山であったことを、最初から話しました。

昔、山で祭りが開かれていたこと。

その祭りで相撲を取っていたこと。

祭りがなくなってから、鬼がずっと一人で山にいたこと。

そして、自分と相撲を取って大喜びしていたこと。

村のお年寄りが、その話を聞いてつぶやきました。

「そういえば……。」

「わしが子どものころ、その山で祭りをしていたと聞いたことがある。」

別のお年寄りもうなずきました。

「秋の実りを山へ感謝する祭りだったそうじゃ。」

村人たちは顔を見合わせました。

そして、その年の秋。

長い間途絶えていた山の祭りを、もう一度開くことになりました。

祭りの日。

村人たちは食べ物を持ち、太鼓や笛を鳴らしながら山へ登りました。

子どもたちは少し怖がっています。

「本当に鬼がいるの?」

「食べられない?」

若者は笑いました。

「大丈夫。」

祠へ着くと――。

ずしん。

木の陰から大きな鬼が現れました。

「うわあ!」

子どもたちは大人の後ろへ隠れました。

鬼も困ったように頭をかきました。

「やっぱり怖がられるか。」

すると若者が土俵へ入りました。

「さあ、今年もやりますか。」

鬼の顔がぱっと明るくなりました。

「もちろんだ!」

二人は土俵の中央へ進みます。

「はっけよーい!」

村人たちは息をのみました。

「のこった!」

どしん!

大きな音が響きます。

「頑張れ!」

最初に声を上げたのは、一人の子どもでした。

「鬼、負けるなー!」

「え?」

鬼が驚きます。

すると別の子どもが、

「若者も頑張れー!」

と叫びました。

やがて村人たちから次々と声が上がりました。

「押せー!」

「負けるな!」

祠のまわりは大歓声に包まれました。

鬼も若者も、汗だくになりながら笑っています。

その年の祭りは、夜まで続きました。

太鼓が鳴り、

笛が響き、

みんなで食事を囲みました。

いつの間にか子どもたちも鬼を怖がらなくなっていました。

「鬼さん、来年も相撲する?」

「ああ!」

鬼は胸を張りました。

「もちろんだ!」

それから毎年、秋になると山の祠で祭りが開かれるようになりました。

若者と鬼の相撲は、祭りで一番人気の催しになりました。

子どもたちは鬼を応援し、

大人たちは若者を応援します。

「鬼、頑張れ!」

「若者、負けるな!」

山には毎年、大きな歓声が響きました。

何年もの月日が流れました。

ある年の祭りが終わったあと。

鬼は若者を呼びました。

「そろそろ、わしは山の奥へ戻ろうと思う。」

若者は驚きました。

「どうしてです?」

鬼は遠くの山々を見ました。

「わしには、この山を守る役目がある。」

「ずいぶん長い間、寂しさに負けて忘れかけておった。」

そして村の方を見て、笑いました。

「でも、もう大丈夫だ。」

「祭りには、たくさんの人が集まるようになった。」

「子どもたちも笑っている。」

「わしがいなくても、この祭りを続けてくれ。」

若者はしっかりとうなずきました。

「もちろんです。」

「約束します。」

鬼は満足そうに笑いました。

「では、最後に一番取るか。」

若者も笑いました。

「望むところです。」

二人は誰もいない土俵へ入りました。

山には夕日が沈みかけていました。

赤く染まった空の下で、若者と鬼が向かい合います。

「はっけよい!」

どしん!

山に、二人がぶつかる音が響きました。

勝ったのがどちらだったのかは、誰にもわかりません。

次の朝。

鬼の姿は、もう祠にはありませんでした。

若者は山の奥を見つめ、静かに頭を下げました。

それからも、村の秋祭りは毎年続きました。

若者はやがて立派な大人になり、今度は自分が子どもたちに相撲を教えるようになりました。

「昔、この山にはな。」

「ものすごく強い鬼がいたんだ。」

子どもたちは目を輝かせます。

「本当に?」

「ああ。」

「また来るかな?」

若者は山を見上げました。

すると――。

びゅうっ。

山から強い風が吹き下ろしてきました。

その風の向こうから、

「はっけよい!」

そんな大きな声が聞こえたような気がしました。

若者は笑いました。

「今年も見ているな。」

山の木々が、ざわざわと揺れています。

村人たちの笑い声と太鼓の音が、夕暮れの山へいつまでも響いていました。

おしまい。


登場人物

  • 相撲取りの若者
    村一番の力持ち。自分の力を自慢することなく、困っている人のために使う心優しい人物です。鬼の噂を恐れるだけでなく、自分で確かめようと山へ向かいます。
  • 鬼
    山の古い祠に住む大きな赤鬼。恐ろしい姿をしていますが、人を襲うつもりはありません。昔の祭りと相撲を懐かしみ、一人で寂しく暮らしていました。
  • 村人たち
    最初は鬼を恐れていますが、若者から鬼の話を聞き、昔の祭りを復活させます。やがて鬼を祭りの仲間として受け入れるようになります。

教訓

  • 見た目や噂だけで相手を決めつけず、自分で相手を知ろうとすることが大切。
  • 強さとは、力だけではなく、相手と向き合う勇気や人を思いやる心にも表れる。
  • 相手の話を聞くことで、怖いと思っていたものへの見方が変わることがある。
  • 地域の祭りや伝統には、人と人、世代と世代をつなぐ力がある。

親子で話したいポイント

  • 村の人たちは、どうして鬼を怖がっていたのかな?
  • 若者は、どうして一人で鬼のところへ行こうと思ったのだろう?
  • 鬼は、なぜ毎晩「相撲を取ってくれ」と呼んでいたのかな?
  • 鬼の本当の気持ちを知ったとき、若者はどう感じたと思う?
  • 見た目や噂だけで「怖い」「嫌だ」と思ってしまうことはあるかな?
  • 自分の住んでいる町には、どんなお祭りや昔から続いている行事があるだろう?

保育士向け活用ポイント

相撲遊びや劇遊びへ
若者と鬼の相撲、村人たちの応援、祭りの太鼓や笛など、体を動かす表現が多い作品です。安全に配慮した相撲遊びや、鬼・若者・村人・応援役に分かれた劇遊びにも展開できます。

「見た目で決めつけない」ことを考える題材に
恐ろしい姿をした鬼と、実際に話してみた鬼の姿の違いから、「見た目だけではわからないこと」について子どもたちと考えられます。

相手の話を聞く大切さを伝える
若者は鬼を退治しようとするのではなく、まず話を聞きます。「わからない相手とどう関わるか」を考える導入として活用できます。

地域の伝統や行事への興味につなげる
途絶えていた祭りが復活する物語から、地域のお祭りや伝統行事について調べたり、家庭で知っている行事を聞いてきたりする活動へ発展させられます。

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