あらすじ
むかしむかし、山のふもとの森に、いたずら好きで少しおっちょこちょいな一匹のきつねが住んでいました。
きつねは変身が得意で、旅人やお坊さんに化けては村人を驚かせるのが大好きでした。
そんなある日、きつねは村の家の軒先で、大きなすりばちを見つけます。
「こいつを使えば、もっと面白いいたずらができそうだ。」
そう考えたきつねは、すりばちを頭にかぶって村へ向かいます。
ところが、大きくて重たいすりばちを使ったいたずらは、なかなか思いどおりにはいきません。
とうとう坂道を転がったすりばちを追いかけて、きつねまで川へ落ちてしまいます。
そんなきつねを助けてくれたのは、村のおじいさんでした。
失敗をきっかけに、きつねは「驚かせること」と「みんなを笑顔にすること」の違いに気づいていきます。
本文
むかしむかし、山のふもとに小さな村がありました。
村のまわりには田んぼや畑が広がり、その向こうには木々の生い茂る深い森がありました。
その森の中に、一匹のきつねが住んでいました。
このきつね、とにかくいたずらが大好きでした。
しかも、変身がとても得意です。
あるときは、杖をついた旅人に化けて村へやって来ます。
「いやあ、長い旅で疲れました。」
そう言いながら村人と話しているうちに、ふさふさのしっぽが着物の下から出てしまいました。
「あれ?」
村人が気づくと、
「しまった!」
きつねは慌てて森へ逃げていきます。
またあるときは、お坊さんに化けました。
頭に笠をかぶり、もっともらしい顔をして村の道を歩きます。
「ありがたいお話を聞かせてあげましょう。」
ところが話を始めた途端、
「コン!」
とうっかり鳴いてしまいました。
「あっ、きつねだ!」
村の子どもたちが笑います。
きつねも、
「ばれたか!」
と笑いながら逃げていきました。
ときには大きな犬に化けて、道ばたに座っていることもありました。
村人が近づいてくると、急に立ち上がって、
「わっ!」
と驚かせます。
「こら、またお前か!」
村人が追いかけると、きつねは楽しそうに森へ逃げていきました。
けれど、このきつねは本当に人を困らせるような悪いいたずらはしませんでした。
畑を荒らしたり、物を盗んだりすることもありません。
ただ、人が、
「わあ!」
と驚く顔を見るのが大好きだったのです。
そのため村の人たちも、
「また、あのきつねのいたずらかな。」
と、半分あきれながら笑っていました。
そんなある日のことです。
きつねが村の中をこっそり歩いていると、一軒の家の軒先に大きなものが置いてあるのを見つけました。
「なんだ、これは?」
近づいてみると、大きなすりばちでした。
家の人が味噌でも作るために使ったのでしょう。
きつねは、すりばちのまわりをぐるぐる回りました。
「ずいぶん大きいなあ。」
前足で触ってみます。
ごつごつしています。
中をのぞき込みます。
「……。」
しばらく考えていたきつねの顔が、にやりとしました。
「面白いことを思いついたぞ。」
きつねは大きなすりばちを持ち上げました。
「よいしょ!」
そして――。
すぽっ。
頭からかぶってみました。
すりばちは、きつねの顔も耳もすっぽり隠してしまいました。
まるで、とても大きな笠をかぶっているようです。
「どうだ!」
きつねは得意になりました。
「これなら、誰も私だとは気づかないぞ。」
すりばちの下から前をのぞきながら、きつねは村の道へ出ました。
「今日はみんなを驚かせてやろう。」
ところが――。
ごつん!
「いたっ!」
歩き始めてすぐ、すりばちが家の門にぶつかりました。
大きすぎて、まわりがよく見えないのです。
「むむ……。」
きつねはすりばちの位置を直しました。
「今度こそ。」
てくてく。
てくてく。
すると今度は――。
ごつっ。
足元の石につまずきました。
「わっ!」
ごろん!
きつねはすりばちをかぶったまま、道の上を転がりました。
「いててて……。」
その様子を見ていた村の子どもたちが集まってきました。
「見て!」
「なんか変なのがいる!」
「大きな頭だ!」
子どもたちは大笑いです。
「あははは!」
「歩くすりばちだ!」
きつねは、すりばちの中で顔を真っ赤にしました。
――みんなを驚かせるはずだったのに。
――どうして私が笑われているんだ。
きつねは、そそくさとその場から逃げ出しました。
けれど、諦めるようなきつねではありません。
「昼間だからいけなかったんだ。」
森へ戻ったきつねは考えました。
「暗くなってからなら、きっと怖く見えるぞ。」
そして夕方。
山の向こうへ日が沈み、村の道が薄暗くなってきました。
きつねは、もう一度すりばちをかついで出かけました。
今度は旅人がよく通る道のそばに隠れます。
辺りはだんだん暗くなってきました。
木々の間から、
ひゅううう……。
風が吹きます。
やがて遠くから、一人の旅人が歩いてきました。
「来た、来た。」
きつねは息をひそめました。
旅人が近づいてきます。
一歩。
また一歩。
きつねはすりばちを頭からかぶり、道の真ん中へ飛び出しました。
「うらめしやー!」
旅人は、
「うわっ!」
と声を上げました。
「やった!」
きつねが喜んだ、そのときです。
びゅううううっ!
山から強い風が吹き下ろしてきました。
「わっ!」
大きなすりばちは、風をまともに受けました。
ふわっ。
きつねの頭から持ち上がります。
「あっ!」
次の瞬間――。
ごろん!
すりばちは地面へ落ちました。
そして、そのまま坂道を転がり始めました。
ころころころ。
「待て!」
きつねは慌てて追いかけました。
ころころ。
ころころころ。
すりばちはどんどん速くなります。
「待ってー!」
きつねも必死に走ります。
けれど、すりばちは止まりません。
坂道の先には、小さな川が流れていました。
「あっ!」
きつねが気づいたときには、もう遅すぎました。
ごろん。
ごろん。
ぽちゃん!
すりばちは川へ落ちてしまいました。
「大変だ!」
きつねは川岸まで走りました。
水の中では、すりばちが流されていきます。
「私のすりばち!」
きつねは夢中になって川へ手を伸ばしました。
もう少し。
あと少し。
「届きそうだ……。」
さらに身を乗り出した、そのとき――。
ずるっ。
足元の土が滑りました。
「わあっ!」
どぼん!
きつねまで川へ落ちてしまいました。
「つ、冷たい!」
きつねは必死に泳ぎました。
けれど、流れは思っていたより速く、なかなか岸へ戻れません。
「た、助けて!」
いつも人を驚かせてばかりいたきつねが、今度は本当に困ってしまいました。
そのときです。
「おや?」
川沿いの道を、一人のおじいさんが歩いてきました。
薪を背負って村へ帰る途中でした。
「何か声がするぞ。」
川を見ると、びしょぬれのきつねが必死に泳いでいます。
「これは大変だ。」
おじいさんはすぐに近くへ落ちていた長い枝を拾いました。
そして川へ向かって伸ばします。
「ほら!」
「これにつかまりなさい!」
きつねは必死に前足を伸ばしました。
「もう少しだ!」
ぱしっ。
ようやく枝につかまりました。
「しっかりつかまっていなさい。」
おじいさんは力いっぱい枝を引きました。
ずるずる。
ずるずる。
やがて――。
「よいしょ!」
きつねは川岸へ引き上げられました。
「はあ……。」
「はあ……。」
きつねは全身びしょぬれです。
毛はぺったりと体に張りつき、いつものふさふさのしっぽも細くなっていました。
おじいさんはその姿を見て、思わず笑いました。
「ずいぶんひどい姿になったものだな。」
きつねは恥ずかしそうにうつむきました。
「すりばちを追いかけていたんだ。」
「すりばち?」
きつねはこれまでのことを話しました。
すりばちを頭にかぶったこと。
村の人を驚かせようとしたこと。
風ですりばちが飛ばされたこと。
それを追いかけて、自分まで川へ落ちてしまったこと。
話を聞き終えると、おじいさんは言いました。
「なるほどなあ。」
そして、きつねの頭を優しくなでました。
「いたずらもいいけれど、けがをしては大変だよ。」
きつねはしょんぼりしました。
「私はただ……。」
「みんなを驚かせたかったんだ。」
少し黙ってから、きつねは続けました。
「驚いたあとに笑ってくれると、私も楽しかったから。」
おじいさんはうなずきました。
「そうか。」
そして言いました。
「それなら、みんなが楽しくなることをすればいい。」
「え?」
「人を笑わせることと、人を困らせることは、似ているようで違うんだよ。」
きつねは首をかしげました。
おじいさんは続けます。
「相手も一緒に笑っているなら楽しい。」
「でも、相手が本当に怖がったり、困ったりしたら、それは楽しいいたずらではないだろう?」
きつねは黙りました。
さっき自分が川へ落ちたときのことを思い出しました。
怖くて、
困って、
誰かに助けてほしいと思いました。
「そうか……。」
きつねは小さくつぶやきました。
「驚かせるだけじゃだめなんだ。」
おじいさんは笑いました。
「そういうことだ。」
きつねは深くうなずきました。
「わかった。」
それからというもの、きつねはいたずらをすっかりやめてしまった――。
わけではありませんでした。
やっぱり、きつねはいたずらが大好きです。
ただし、少しだけやり方を変えるようになりました。
どうしたら、みんなが最後には笑ってくれるだろう。
どうしたら、怖がらせすぎずに楽しんでもらえるだろう。
そんなことを考えるようになったのです。
そして秋。
村では一年に一度のお祭りが開かれました。
太鼓が鳴り、笛の音が響き、村の道にはたくさんの人が集まりました。
子どもたちも大喜びです。
すると突然――。
ひらひら。
一枚の赤い葉っぱが空から落ちてきました。
「ん?」
子どもたちが空を見上げます。
すると――。
ひらひらひら。
赤や黄色の葉っぱが、まるで雨のように降ってきました。
「わあ!」
「きれい!」
子どもたちは大喜びです。
そのとき、今度はどこからともなく、
ぴーひゃら。
ぴーひゃら。
楽しそうな笛の音が聞こえてきました。
「あれ?」
「誰が吹いているの?」
みんなが辺りを見回します。
けれど、笛を吹いている人はどこにもいません。
村のおじいさんは山の方を見て笑いました。
「さては、あいつだな。」
森の木の陰から、ふさふさのしっぽがちらりと見えました。
「あっ!」
子どもが叫びました。
「きつねだ!」
すると、しっぽは慌てて木の陰へ引っ込みました。
村の人たちは笑いました。
「今年もきつねが来たぞ!」
森の中で、きつねも笑っていました。
「やっぱり――。」
「驚く顔より、笑っている顔の方がいいな。」
秋祭りの夜は、いつまでもにぎやかに続きました。
そして今でも、その村では秋祭りの夜になると、どこからともなく楽しそうな笛の音が聞こえてくることがあるそうです。
ぴーひゃら。
ぴーひゃら。
もしその音を聞いたら、森の方をよく見てみてください。
木の陰から、すりばちをかついだきつねのしっぽが、ちらりとのぞいているかもしれません。
おしまい。
登場人物
- きつね
変身が得意ないたずら好きの主人公。人を驚かせることが大好きですが、大きなすりばちを使ったいたずらで失敗し、おじいさんとの出会いをきっかけに少しずつ考え方を変えていきます。 - おじいさん
川へ落ちたきつねを助ける村のおじいさん。「笑わせること」と「困らせること」の違いをきつねに伝えます。 - 村の子どもたち
きつねのいたずらに驚いたり笑ったりする子どもたち。秋祭りでは、きつねが起こす不思議な出来事を楽しみます。 - 村の人たち
いたずら好きなきつねのことを知っており、少しあきれながらも温かく見守っています。
教訓
- 自分が楽しいと思うことでも、相手がどう感じるかを考えることが大切。
- 「笑わせること」と「困らせること」は違う。
- 失敗したときに振り返ることで、次はよりよい方法を考えることができる。
- 好きなことをやめるのではなく、みんなが楽しめる方法に変えていくこともできる。
親子で話したいポイント
- きつねは、どうして人を驚かせるのが好きだったのかな?
- すりばちを使ったいたずらは、どうしてうまくいかなかった?
- おじいさんが言った「笑わせることと、困らせることは違う」とは、どういうことだと思う?
- 自分は楽しかったけれど、相手は嫌だったということはあるかな?
- きつねは秋祭りで、みんなが楽しめるようにどんな工夫をした?
- みんなで楽しく遊ぶためには、どんなことに気をつけたらいいだろう?
保育士向け活用ポイント
劇遊びや表現活動に
きつねの変身、すりばちをかぶって転ぶ場面、川へ落ちる場面、秋祭りで葉っぱを降らせる場面など、動きのある場面が多くあります。変身遊びや劇遊び、音楽表現などへ発展させやすい作品です。
「いたずら」と相手の気持ちを考える題材に
自分は楽しいつもりでも、相手が怖がったり困ったりする場合があることを、きつねの姿を通してわかりやすく考えられます。
友だちとの関わりやルール作りへ
「みんなが楽しく遊ぶためには何が必要?」と問いかけ、クラスでの遊び方や約束を子どもたち自身が考える活動につなげられます。
失敗から学ぶ姿を伝える
きつねは失敗したあと、いたずらそのものをやめるのではなく、相手も楽しめる方法を考えるようになります。「失敗したら次はどうする?」と考えるきっかけになります。


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