あらすじ
むかしむかし、ある農家の台所に、一粒のそら豆と、一束のわら、そして一かけらの炭がいました。
ある日、三人は台所のおかみさんの話を聞き、自分たちがもうすぐ食べられたり、火を起こすために燃やされたりすることを知ってしまいます。
「このままここにいたら大変だ!」
三人は夜になるのを待ち、家から逃げ出すことにしました。
性格も考え方も違う三人でしたが、力を合わせながら初めて見る外の世界を進んでいきます。
ところが旅の途中、橋のない小さな川に行く手を阻まれてしまいました。
そこで、わらが自分の体を橋にして川を渡ろうと考えます。
しかし、炭がその橋を渡り始めたことで、思いもよらない出来事が起こるのでした。
本文
むかしむかし、ある村の農家に、大きな台所がありました。
朝になるとかまどに火が入り、ぐつぐつと鍋が煮えます。
棚には米や野菜が並び、天井からは干した食べ物がつるされていました。
そんな台所の片隅に、一粒のそら豆と、一束のわら、そして小さな炭がいました。
三人は、いつも一緒に話をしていました。
そら豆は好奇心いっぱい。
何にでも興味を持ち、じっとしていることが苦手です。
「ねえ、外の世界ってどんなところだろう。」
「この家の向こうには何があるのかな。」
「山の向こうにも行ってみたいなあ。」
毎日のようにそんなことを言っていました。
わらは、そら豆とは反対に落ち着いた性格でした。
「外の世界も面白そうだけれど、ここだって悪くないと思うよ。」
「雨にも濡れないし、風も吹かないからね。」
そう言いながら、いつも元気なそら豆を見守っていました。
炭は少し無口でした。
そら豆とわらが話している間も、そばで静かに聞いています。
けれど、困っている仲間がいれば放っておけない、優しい心の持ち主でした。
そんなある日のことです。
三人がいつものように台所の片隅にいると、おかみさんの声が聞こえてきました。
「さて、明日のご飯は何にしようかねえ。」
三人は何となく耳を澄ませました。
すると、おかみさんは棚を見ながら言いました。
「この豆は、明日のご飯に使いましょう。」
そら豆の顔が固まりました。
「えっ……?」
続いて、おかみさんは台所の隅を見ました。
「わらは、かまどの火を起こすのに使って。」
わらも驚きました。
「私も……?」
そして最後に、
「炭もそろそろ燃やしましょうか。」
炭は黙ったまま、おかみさんを見つめました。
おかみさんが台所から出ていくと、三人は顔を見合わせました。
しばらく、誰も何も言いません。
やがてそら豆が飛び上がりました。
「大変だ!」
「ぼくは明日、食べられちゃう!」
わらも、いつもの落ち着いた様子ではありません。
「私は燃やされる。」
炭が静かに言いました。
「私もだ。」
三人はもう一度顔を見合わせました。
「どうしよう?」
そら豆が尋ねました。
少し考えて、わらが言いました。
「ここを出よう。」
「え?」
「今夜、みんなが眠ったら、この家から逃げるんだ。」
そら豆の目が輝きました。
「外の世界へ?」
「遊びに行くんじゃないよ。」
わらは言いました。
「ここにいたら、明日にはみんな大変なことになるんだから。」
炭もうなずきました。
「行こう。」
こうして三人は、その夜、家から逃げ出すことを決めました。
夜になりました。
家の中から明かりが消え、家族も眠りにつきます。
辺りがすっかり静かになるまで、三人はじっと待ちました。
やがて、
「今だ。」
わらが小さな声で言いました。
三人はそっと台所を抜け出しました。
戸のすき間を通り、外へ出ます。
そら豆にとって、初めて見る夜の世界でした。
空には、たくさんの星が輝いています。
大きな月も浮かんでいました。
「わあ……!」
そら豆は目を輝かせました。
「見てよ!」
「星って、こんなにたくさんあったんだ!」
「しーっ。」
わらが言いました。
「大きな声を出したら、家の人に気づかれるよ。」
「あっ、そうだった。」
三人は月明かりを頼りに歩き始めました。
田んぼのあぜ道を進みます。
夜露に濡れた草が、月の光を受けてきらきら輝いていました。
その先には広い畑。
さらに進むと、木々の茂る森が見えてきました。
そら豆は見るものすべてが珍しくて仕方ありません。
「あれは何?」
「虫だよ。」
「じゃあ、あの音は?」
「風が木の葉を揺らしているんだ。」
「外の世界ってすごいなあ!」
そら豆は大喜びです。
わらはそんなそら豆を見て笑いました。
「慌てないで歩こう。」
炭はときどき後ろを振り返りながら言いました。
「道を忘れないようにしよう。」
三人はどこまで行くかも決めず、とにかく遠くへ向かって歩き続けました。
ところが、しばらくすると――。
さらさらさら……。
暗闇の向こうから、水の流れる音が聞こえてきました。
「何の音だろう?」
そら豆が尋ねました。
森を抜けると、目の前に小さな川が流れていました。
月明かりを映した水が、きらきら光っています。
三人は川岸で立ち止まりました。
「困ったな。」
そら豆が言いました。
川はそれほど広くありません。
けれど、小さなそら豆たちにとっては、簡単に飛び越えられる幅ではありませんでした。
橋もありません。
「どうする?」
三人は考えました。
そのとき、わらが言いました。
「私に考えがあるよ。」
「どんな?」
「私が橋になる。」
そら豆と炭は驚きました。
「大丈夫なの?」
「このくらいの川なら、向こう岸まで届くと思う。」
わらはそう言うと、川の上へ長く体を伸ばしました。
片方の端をこちらの岸へ。
もう片方の端を向こう岸へ。
細いけれど、一本の橋ができました。
「ほら。」
「これなら渡れるよ。」
そら豆は喜びました。
「すごい!」
「わらって頼りになるなあ!」
「それじゃあ、誰から渡る?」
炭が前へ出ました。
「私が行こう。」
炭は慎重に、わらの上へ足をのせました。
一歩。
また一歩。
下では川の水が、
さらさらさら……。
流れています。
炭はゆっくり進みました。
けれど、川の真ん中まで来たところで――。
ぴたり。
炭の足が止まりました。
「どうしたの?」
岸からそら豆が声をかけました。
炭は下を見ていました。
暗い川の水が、絶えず流れ続けています。
「もし……。」
炭が小さな声で言いました。
「もし、ここから落ちたら……。」
炭は火の力を持っています。
けれど、水に落ちれば消えてしまいます。
そう思った途端、怖くなってしまいました。
「進めない……。」
「大丈夫だよ。」
わらが言いました。
「ゆっくりでいいから、向こうまで行って。」
けれど炭は動けません。
「怖い。」
炭はその場に立ち尽くしました。
すると――。
じり……。
「ん?」
わらが小さな声を出しました。
炭の熱が、少しずつわらへ伝わっていたのです。
じりじり……。
わらの体から、細い煙が上がり始めました。
「炭!」
「早く渡って!」
「熱いよ!」
炭は慌てました。
「ご、ごめん!」
動こうとします。
けれど、怖くて足が動きません。
じりじりじり……。
ついに、わらから小さな火が上がりました。
「熱い!」
ぱちっ!
わらは真ん中から燃えて切れてしまいました。
「あっ!」
支えを失った炭は、そのまま川へ落ちました。
ぽちゃん!
そして――。
じゅっ。
白い湯気が少しだけ上がりました。
炭は水の中へ沈み、火は消えてしまいました。
「わら!」
「炭!」
岸に残っていたそら豆は、目を丸くしていました。
あまりにも突然の出来事です。
ところが、川に落ちる炭の姿と、
じゅっ。
という音が、どういうわけかそら豆にはおかしく見えてしまいました。
最初は口元を押さえていました。
けれど――。
「ふふっ……。」
一度笑い始めると、もう止まりません。
「あははは!」
「あはははは!」
そら豆は地面を転がりながら笑いました。
「あははは! じゅって! じゅっていった!」
笑って、
笑って、
笑い続けました。
すると――。
ぴきっ。
「……え?」
そら豆の笑い声が止まりました。
お腹に、鋭い痛みが走りました。
「いたっ!」
笑いすぎたそら豆のお腹が、ぱっくり割れてしまったのです。
「いたたたた!」
そら豆は今度は泣き始めました。
「どうしよう!」
「お腹が割れちゃった!」
わらはいません。
炭も川へ落ちてしまいました。
そら豆は一人きりです。
さっきまであんなに楽しかった旅が、急に心細くなりました。
「痛いよ……。」
「誰か助けて……。」
そのときです。
川のそばの道から、
とことこ。
誰かが歩いてきました。
旅をしている一人の仕立て屋さんでした。
肩には荷物を背負っています。
「おや?」
仕立て屋さんは、道端で泣いているそら豆を見つけました。
「こんなところで、どうしたんだい?」
そら豆は泣きながら、これまでの出来事を話しました。
台所から逃げてきたこと。
わらが橋になってくれたこと。
炭が怖くなって立ち止まったこと。
わらが燃えて切れてしまったこと。
炭が川へ落ちてしまったこと。
そして、それを見て笑いすぎて、自分のお腹が割れてしまったこと。
仕立て屋さんは驚きながらも、最後まで話を聞いてくれました。
「それは大変だったね。」
仕立て屋さんは荷物を下ろしました。
「ちょっと見せてごらん。」
そら豆のお腹を見ると、ぱっくり割れています。
「これなら、私の仕事だ。」
仕立て屋さんは道具箱から、小さな針と黒い糸を取り出しました。
「少しだけ我慢するんだよ。」
ちく。
ちく。
ちく。
仕立て屋さんは、そら豆のお腹を丁寧に縫っていきました。
やがて――。
「よし。」
「これで大丈夫。」
そら豆はそっと体を動かしてみました。
もう、お腹は開きません。
「治った!」
そら豆は大喜びです。
「ありがとう!」
「本当にありがとう!」
何度も仕立て屋さんに頭を下げました。
「もう笑いすぎて、お腹を割らないようにな。」
仕立て屋さんは笑いました。
「はい!」
そら豆も笑いました。
ただし今度は、お腹が痛くならないくらいにしておきました。
仕立て屋さんに縫ってもらったところには、黒い糸が一本残りました。
そのため、そら豆のお腹には黒い筋がついたのです。
そら豆は、その黒い筋を見るたびに、わらと炭との旅を思い出しました。
そして春になると、そら豆は畑に植えられました。
暖かな日差しを浴び、雨の水をたっぷり吸い、少しずつ芽を伸ばしていきました。
やがて大きなそら豆の株になり、たくさんの実をつけました。
その実の中のそら豆たちにも、一本ずつ黒い筋がありました。
それは、昔むかし、そら豆が笑いすぎてお腹を割り、旅の仕立て屋さんに黒い糸で縫ってもらった名残なのだそうです。
おしまい。
登場人物
- そら豆
好奇心旺盛で元気いっぱいな主人公。外の世界に憧れており、わらと炭と一緒に台所から逃げ出します。笑いすぎてお腹が割れてしまい、仕立て屋さんに助けてもらいます。 - わら
落ち着いた性格で仲間思い。川を渡れず困っている三人のために、自分の体を橋にすることを思いつきます。 - 炭
無口ですが優しい心を持つ仲間。わらの橋を最初に渡りますが、水への恐怖から途中で立ち止まってしまいます。 - 仕立て屋さん
旅の途中で、割れたお腹を抱えて泣いているそら豆を見つけます。針と黒い糸を使い、そら豆のお腹を縫って助けてくれます。
教訓
- 仲間それぞれの力を生かして協力することが大切。
- 勇気を出すことは大切だが、怖いときには無理をせず、周りに伝えることも必要。
- 思いがけない失敗や困りごとが起きても、誰かの助けによって乗り越えられることがある。
- 困っている相手を見つけたとき、自分にできる方法で助けることができる。
親子で話したいポイント
- そら豆、わら、炭は、どうして台所から逃げ出したのかな?
- わらは、どうして自分が橋になろうと思ったんだろう?
- 炭は、なぜ川の真ん中で動けなくなってしまったのかな?
- 炭が怖がっていることに気づいたら、三人にはほかにどんな方法があったと思う?
- 仕立て屋さんは、どうやってそら豆を助けてくれた?
- 実際のそら豆にも黒い筋があるか、見てみよう。
保育士向け活用ポイント
- そら豆の観察や食育活動に
物語を読んだあとに実際のそら豆を用意し、「本当に黒い筋があるかな?」と観察することで、昔話と実物を結びつけた食育活動を楽しめます。 - 協力することを考える題材に
わらが橋になる場面から、「それぞれができることを持ち寄る」という協力の意味について子どもたちと考えることができます。 - 怖いときにどうするかを考える活動に
炭は川が怖くなり、途中で動けなくなります。「怖くなったときはどうしたらいい?」「誰かに伝えるにはどうすればいい?」と、助けを求めることについて話し合うきっかけになります。 - 昔話ならではの由来話を楽しむ
「そら豆の黒い筋はどうしてできたのか」という身近なものの特徴を物語で説明する昔話らしい面白さがあります。ほかの食べ物や生き物についても、「どうしてこんな形なのかな?」と想像して物語を作る活動へ発展させられます。


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