彦一ばなし(ひこいちばなし)

昔話

あらすじ

むかしむかし、九州の肥後の国、今の熊本県あたりに、彦一という若者が住んでいました。

彦一は体が大きいわけでも、力が強いわけでもありません。

けれど、誰にも負けないものが一つありました。

それは、物事をよく見て、ちょっと違った角度から考える知恵です。

そんな彦一の評判を聞きつけたお殿様は、「本当にそれほど賢いのか」と彦一を城へ呼び出します。

そして、大きな石の橋を動かせ、閉じた箱の中身を当てろと、次々に難しい問題を出しました。

さて、彦一はどうするのでしょう。

力ではどうにもならない難題を、知恵と機転で切り抜けていく、日本のとんち昔話です。


本文

むかしむかし、九州の肥後の国に、彦一という若者が住んでいました。

彦一は、大きな屋敷に住んでいるわけでも、お金をたくさん持っているわけでもありません。

体もそれほど大きくなく、村一番の力持ちというわけでもありませんでした。

けれど、彦一には誰にも負けないものが一つありました。

それは――。

「よく見て、よく考える頭」です。

何か困ったことが起こると、村人たちはよく彦一のところへやってきました。

「彦一さん、ちょっと知恵を貸してくれ。」

「今度は何です?」

彦一は話を聞くと、すぐに答えを出すことはありません。

「うーん。」

腕を組み、相手の話をもう一度聞きます。

時には辺りを歩き回り、じっと物を眺めます。

そして、

「なるほど。それなら、こうしてみたらどうでしょう。」

と、誰も思いつかなかった方法を考えるのです。

村人たちは、そんな彦一を見て言いました。

「彦一は不思議な男だ。」

「俺たちと同じものを見ているはずなのに、違うことを思いつく。」

「頭の中を一度のぞいてみたいものだ。」

そんな彦一の評判は、やがて村の外まで広がっていきました。

そしてとうとう、お城に住むお殿様の耳にも届きました。

「彦一という男がいるそうだな。」

「はい。」

家来が答えました。

「大変知恵の働く男だと、村では評判でございます。」

「ほう。」

お殿様は少し面白そうな顔をしました。

「どれほどの知恵者なのだ?」

「困り事があると、村人たちは彦一に相談するそうでございます。」

「なるほど。」

お殿様は扇子をぱちんと閉じました。

「それほど賢いというなら、一度この目で確かめてみたいものだ。」

こうして、彦一のもとへお城から使いがやってきました。

「彦一。」

「はい。」

「殿様がお呼びだ。」

「殿様が、私を?」

彦一は驚きました。

「何か悪いことでもしたかな。」

「いや。」

使いの者は少し笑いました。

「お前の知恵が本物か、確かめてみたいそうだ。」

「なるほど。」

彦一も笑いました。

「それは困りましたね。」

「怖いのか?」

「いえ。」

彦一は頭をかきました。

「殿様に『たいしたことない』と思われたら、村へ帰ってから恥ずかしいでしょう?」

「ははは。口の方も達者なようだ。」

彦一は身支度をすると、使いの者と一緒に城へ向かいました。

大きな門をくぐり、長い廊下を歩きます。

やがて彦一は、お殿様の前へ通されました。

「お前が彦一か。」

「はい。彦一でございます。」

彦一は深く頭を下げました。

お殿様は、じっと彦一を見ました。

「ずいぶん知恵があるそうだな。」

「いえいえ。」

彦一は首を振ります。

「村のみんなが、少し大げさに言っているのでしょう。」

「ほう。自信がないのか?」

「知恵というものは、問題を見てみないと出てくるかどうか分かりません。」

お殿様はにやりと笑いました。

「面白い。」

そして立ち上がりました。

「ならば、さっそく試してみよう。」

お殿様は彦一を城の庭へ連れていきました。

そこには、美しく手入れされた庭が広がっています。

池があり、立派な松があり、その向こうには大きな石の橋が架かっていました。

お殿様は、その橋を指さしました。

「彦一。」

「はい。」

「あの橋を見よ。」

「立派な橋ですね。」

「そうであろう。」

橋は大きな石で造られ、とても人間一人で持ち上げられるようなものではありません。

お殿様は言いました。

「お前の知恵が本物なら――」

少し間を置きます。

「この橋を動かしてみせよ。」

家来たちがざわつきました。

「橋を?」

「あんなもの、動かせるわけがない。」

「何人集まっても無理だぞ。」

彦一も石の橋を見つめました。

「これはまた……。」

橋の周りを歩いてみます。

右から見ます。

左から見ます。

下ものぞき込みます。

お殿様が尋ねました。

「どうした?」

「できぬか?」

彦一は答えません。

もう一度、橋を眺めました。

そして――。

「分かりました。」

「何?」

お殿様が目を細めます。

「動かせるのか?」

「やってみましょう。」

家来たちは顔を見合わせました。

「あの彦一、本気か?」

「どうするつもりだ?」

彦一は橋の前へ立つと、お殿様に向かって頭を下げました。

「ただし、一つお願いがございます。」

「何だ?」

「殿様にも、お手伝いいただきたいのです。」

「わしが?」

「はい。」

彦一は真面目な顔で言いました。

「何しろ、これほど大きな橋です。」

「私一人の力では、とても動かせません。」

お殿様は笑いました。

「よかろう。」

「わしも手伝ってやる。」

「ありがとうございます。」

彦一は橋を指さしました。

「では殿様、橋の反対側へお願いします。」

「うむ。」

お殿様が歩き出します。

「それから、橋の下へ入っていただいて――」

「待て。」

お殿様が止まりました。

「橋の下?」

「はい。」

彦一は何でもないことのように言います。

「私がこちら側を持ちますので、殿様は反対側をお持ちください。」

「そして二人で、せーので持ち上げましょう。」

お殿様は石の橋を見ました。

次に彦一を見ました。

また橋を見ます。

「彦一。」

「はい。」

「お前、本気で言っているのか?」

「もちろんでございます。」

彦一はにっこり笑いました。

「殿様が『橋を動かせ』とおっしゃったので、私は動かそうとしております。」

「ただ、私一人では力が足りません。」

「ですから、殿様にも力を貸していただこうと思っただけでございます。」

家来たちは笑いをこらえています。

お殿様も、しばらく彦一を見つめていましたが――。

「ははははは!」

とうとう大声で笑い出しました。

「なるほど!」

「橋そのものを簡単に動かす方法があるわけではない。」

「できないことなら、できるように人の力を借りようというわけか。」

彦一は頭を下げました。

「知恵だけで石の橋が軽くなるわけではございませんから。」

「必要なら、人の力を借りるのも一つの方法かと。」

「面白い男だ。」

お殿様はすっかり感心しました。

ところが、お殿様はこれだけでは終わりませんでした。

「彦一。」

「はい。」

「もう一つ、試してみよう。」

「まだあるのですか?」

「嫌か?」

「いえいえ。」

彦一は笑いました。

「ここまで来たら、最後までお付き合いいたします。」

お殿様は家来に命じました。

「例のものを持ってまいれ。」

「はっ。」

しばらくすると、家来が一つの箱を持ってきました。

箱は立派な木で作られています。

表面はきれいに磨かれ、ふたはぴったりと閉じられていました。

お殿様は箱を彦一の前に置きました。

「さて、彦一。」

「はい。」

「この箱の中に何が入っているか、当ててみよ。」

彦一は箱を見ました。

「開けてもよろしいですか?」

「ならぬ。」

「やはり。」

「のぞくのもだめだ。」

「分かりました。」

「家来に聞くのもだめだぞ。」

彦一は笑いました。

「先に言われてしまいました。」

家来たちから小さな笑い声が漏れます。

彦一は箱の前へ座りました。

まず、外側をじっと眺めました。

「ふむ。」

箱を持ち上げてみます。

「なるほど。」

少し傾けます。

耳を近づけます。

「……。」

お殿様は楽しそうに見ています。

「どうだ?」

「分かったか?」

彦一は答えません。

箱の角を眺め、ふたを見て、もう一度そっと持ち上げました。

「彦一。」

「はい。」

「降参してもよいのだぞ。」

「それは困ります。」

「なぜだ?」

「村へ帰ったら、みんなに何を言われるか分かりません。」

「ははは。」

彦一はしばらく考えました。

そして、箱を元の場所へ戻しました。

「殿様。」

「何だ?」

「分かりました。」

お殿様の表情が変わります。

「ほう。」

「では言ってみよ。」

彦一は箱を指さしました。

「この中に入っているのは――」

家来たちも息をのみます。

「殿様が、大切にしているものでございます。」

お殿様は目を丸くしました。

「何?」

「殿様の大切なものです。」

「なぜ、そう思う?」

彦一は箱を軽くなでました。

「この箱は、とても丁寧に作られています。」

「傷もほとんどなく、大切に扱われている。」

「そして、殿様がわざわざ私を試すために、家来に運ばせてきた箱です。」

彦一は笑いました。

「どうでもよいものなら、これほど立派な箱には入れないでしょう。」

お殿様は腕を組みました。

「なるほど。」

「しかし、それでは中身を当てたことにはならぬぞ。」

彦一はすぐに答えました。

「殿様は『何が入っているか当てよ』とおっしゃいました。」

「私は『殿様の大切なもの』とお答えしました。」

「もし大切なものでなければ、私の負けでございます。」

お殿様は箱を見ました。

そして――。

「ははははは!」

また大きな声で笑いました。

「まいった!」

「確かに、中に入っているのはわしの大切な品だ。」

家来たちも笑いました。

「彦一にはかなわない。」

「答えそのものより、考え方が面白い。」

お殿様はすっかり彦一を気に入りました。

「彦一。」

「はい。」

「お前は、どうしてそんな考えが浮かぶのだ?」

彦一は少し考えました。

「特別なことはしておりません。」

「では、なぜだ?」

「目の前にあるものを、よく見るだけでございます。」

彦一は箱を指さしました。

「箱なら、箱を見る。」

次に庭の橋を指さします。

「橋なら、橋を見る。」

「そして、できないと決めつける前に、別の方法がないか考えてみる。」

お殿様はうなずきました。

「なるほど。」

彦一は続けました。

「一人で無理なら、誰かに手伝ってもらえばいい。」

「中が見えないなら、外から分かることを探せばいい。」

「答えは、案外近くにあるものです。」

お殿様は感心しました。

「やはり、評判どおりの男だ。」

彦一は頭を下げました。

「ありがとうございます。」

「褒美を取らせよう。」

「それでは――」

彦一が顔を上げました。

「村のみんなが喜ぶものをいただけますか?」

「自分のためではなく?」

「はい。」

「私は今の暮らしで十分です。」

お殿様は、また感心しました。

彦一が村へ帰ると、みんなが待ち構えていました。

「彦一!」

「殿様に何をされた?」

「難しい問題を出されたって本当か?」

「怒られなかったか?」

彦一は笑いました。

「大丈夫、大丈夫。」

「それで、どんな問題だった?」

「大きな石の橋を動かせと言われました。」

「ええっ!」

「そんなの無理じゃないか!」

「それでどうした?」

彦一は得意そうに言いました。

「殿様に手伝ってもらおうとしました。」

村人たちは一瞬黙り――。

「ははははは!」

大笑いしました。

「殿様を働かせるつもりだったのか!」

「彦一らしい!」

それからというもの、彦一の評判はますます広がっていきました。

けれど、彦一は自分の知恵を自慢することはありませんでした。

村で困り事があれば、一緒に考えました。

畑の水をどう引けばいいのか。

重い荷物をどう運べばいいのか。

けんかをした二人をどう仲直りさせればいいのか。

彦一は、まず話を聞きました。

そして、よく見ました。

すぐに答えを決めず、

「ほかのやり方はないかな。」

と考えました。

ある日、村の子どもが彦一に尋ねました。

「彦一さん。」

「なんだい?」

「どうしたら、彦一さんみたいに頭がよくなるの?」

彦一は笑いました。

「頭がいいかどうかは分からないよ。」

「でも、いつも面白いことを思いつくじゃない。」

「そうだなあ。」

彦一は少し考えました。

「困った時に、『できない』で終わらせないことかな。」

「できないで終わらせない?」

「ああ。」

彦一は道端の石を拾いました。

「この石を遠くまで運ぶとする。」

「重かったらどうする?」

「頑張って持つ!」

「もっと重かったら?」

「二人で持つ!」

「それでも重かったら?」

子どもは考えました。

「……もっと人を呼ぶ。」

彦一は笑いました。

「ほら、もう答えが三つ出ただろう?」

「あっ。」

「一つのやり方がだめでも、別のやり方を考えればいいんだ。」

子どもはうなずきました。

「じゃあ、考えるって面白いね。」

「ああ。」

彦一も大きくうなずきました。

「とても面白いぞ。」

それからも彦一は、困っている人がいると知恵を貸しました。

大きな力がなくても。

たくさんのお金がなくても。

目の前のことをよく見て、少し考え方を変えてみる。

すると、誰も気づかなかった道が見えてくることがありました。

そんな彦一のとんち話は、村から村へと語り継がれていきました。

そして今でも、肥後の国に伝わる愉快な昔話として、多くの人に親しまれています。

おしまい。


登場人物

  • 彦一
    肥後の国に暮らす、知恵と機転に優れた若者。力やお金に頼らず、物事をよく見て考え、少し違った角度から答えを見つけます。自分の賢さを自慢せず、人のために知恵を使います。
  • お殿様
    彦一の評判を聞き、本当に知恵のある人物なのか確かめるため、城へ呼び出します。石の橋や箱を使って彦一に難題を出しますが、その機転に感心します。
  • 村人たち
    困り事があると彦一を頼りにする人々。彦一の知恵や、とんちの利いた答えを楽しみにしています。

教訓

  • 力だけでは解決できないことも、考え方を変えることで解決への道が見つかることがある。
  • すぐに「できない」と決めつけず、別の方法がないか考えてみることが大切。
  • よく見ること、よく聞くことは、良い考えを生み出す第一歩になる。
  • 知恵や賢さは、自慢するためではなく、人の役に立つために使うことでより価値のあるものになる。

親子で話したいポイント

  • お殿様から「橋を動かせ」と言われた時、彦一はどんな方法を考えた?
  • 箱を開けられない彦一は、何を見て中身を考えたのかな?
  • 自分だったら「大きな石の橋を動かして」と言われたらどうする?
  • 「できない」と思った時、ほかの方法を考えたことはある?
  • 彦一のように、身の回りの物を使った「とんち問題」を親子で作ってみよう。

保育士向け活用ポイント

  • 「みんなならどうする?」と途中で読み聞かせを止めることで、子どもたち自身が解決方法を考える参加型の活動に発展させられます。
  • 彦一の答えをすぐに伝えず、橋や箱の場面で子どもたちの考えを聞くことで、発想の違いを楽しむことができます。
  • 正解を一つに決めるのではなく、「そんな方法もあるね」とさまざまな考えを認めることで、柔軟な思考や発想力を育む題材になります。
  • 彦一、お殿様、家来、村人と役割を分けやすく、とんちのやり取りを中心にした4〜5歳児の劇遊びや言葉遊びにも活用できます。

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