あらすじ
むかし、あるところにおじいさんとおばあさんが暮らしていました。
ある日、おばあさんが人の形をしたお菓子、ジンジャーブレッドマンを焼きます。
ところがオーブンの扉を開けた瞬間、ジンジャーブレッドマンは突然飛び出し、
「つかまえてみろ!」
と叫びながら走り出しました。
おばあさん、おじいさん、そして道で出会った牛や馬たちが次々と追いかけますが、誰もジンジャーブレッドマンには追いつけません。
すっかり得意になったジンジャーブレッドマンでしたが、やがて大きな川にたどり着きます。
泳げずに困っていると、そこへ一匹のキツネが現れました。
「ぼくが向こう岸まで渡してあげよう。」
ジンジャーブレッドマンはその言葉を信じ、キツネの背中に乗ります。
しかし、そのキツネにはある考えがありました。
本文
むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんが暮らしていました。
ある日のことです。
おばあさんは台所で、お菓子を作ることにしました。
小麦粉に砂糖やバターを混ぜ、香りのよい生姜を加えます。
こねこね。
こねこね。
生地が出来上がると、おばあさんはそれを人の形に整えました。
頭を作って。
両手を作って。
両足も作ります。
そして、目や鼻をつけると――。
「まあ、かわいらしくできた。」
まるで小さな人のようなお菓子になりました。
「おいしく焼けますように。」
おばあさんは出来上がった生地をオーブンへ入れました。
しばらくすると、家の中に甘くて香ばしい匂いが広がってきました。
「そろそろ焼けたころかしら。」
おばあさんはオーブンの前へ行きました。
扉に手をかけます。
そして――。
ぱかっ。
扉を開けた、その瞬間です。
ぴょん!
「えっ?」
何かがオーブンから飛び出しました。
おばあさんが目を丸くしていると、床の上に立っていたのは――。
さっきまでオーブンの中にいたはずのジンジャーブレッドマンでした。
「わあ!」
ジンジャーブレッドマンは元気いっぱいに走り出しました。
「待ちなさい!」
おばあさんが慌てて追いかけます。
けれどジンジャーブレッドマンは止まりません。
「つかまえてみろ!」
たったったったっ!
小さな足で、ものすごい速さで走っていきます。
「待ちなさーい!」
おばあさんは一生懸命に追いかけました。
その声を聞いて、おじいさんもやってきました。
「どうしたんだ?」
「あのお菓子が逃げたのよ!」
「お菓子が?」
おじいさんが見ると、確かに小さなジンジャーブレッドマンが走っています。
「待てー!」
今度は、おじいさんも追いかけ始めました。
けれど――。
たったったったっ!
ジンジャーブレッドマンは速い、速い。
おじいさんもおばあさんも、なかなか追いつくことができません。
ジンジャーブレッドマンは後ろを振り返りました。
「ぼくは、おばあさんからも、おじいさんからも逃げてきたんだ!」
そして楽しそうに叫びます。
「ぼくをつかまえられるものなら、つかまえてみろ!」
たったったったっ!
ジンジャーブレッドマンは、どんどん遠くへ走っていきました。
しばらくすると、道の向こうに一頭の牛がいました。
牛は走ってくるジンジャーブレッドマンを見つけました。
「おや?」
ジンジャーブレッドマンからは、焼きたてのお菓子のいい香りがします。
「待ってくれ!」
牛が追いかけ始めました。
けれどジンジャーブレッドマンは笑いました。
「ぼくは、おばあさんからも、おじいさんからも逃げてきたんだ!」
たったったったっ!
「牛になんか、つかまらないぞ!」
牛も一生懸命に追いかけます。
けれど追いつけません。
ジンジャーブレッドマンは、ますます得意になりました。
「誰にもぼくはつかまえられない!」
さらに走っていくと、今度は一頭の馬に出会いました。
馬もジンジャーブレッドマンを見つけます。
「待て!」
馬も追いかけてきました。
ぱからっ。
ぱからっ。
馬はとても速く走ります。
けれどジンジャーブレッドマンも負けません。
たったったったっ!
「ぼくは、おばあさんからも、おじいさんからも逃げてきた!」
「牛からだって逃げてきた!」
ジンジャーブレッドマンは後ろを振り返りながら叫びます。
「だから馬にもつかまらないぞ!」
走れば走るほど、ジンジャーブレッドマンは自信をつけていきました。
「ぼくって、なんて速いんだろう!」
後ろには、おばあさん。
おじいさん。
牛。
馬。
みんながジンジャーブレッドマンを追いかけています。
それでも誰も追いつけません。
「誰にもつかまらないぞ!」
ジンジャーブレッドマンは夢中になって走り続けました。
ところが――。
突然、足を止めました。
「えっ……。」
目の前に、大きな川が流れていたのです。
ざあざあ。
水は勢いよく流れています。
向こう岸までは、かなり距離がありました。
ジンジャーブレッドマンは川をのぞき込みました。
「困ったな……。」
後ろを振り返ります。
遠くから、みんなが追いかけてきています。
「早く逃げなくちゃ。」
けれど、ジンジャーブレッドマンは泳げません。
水の中へ入れば、体がふやけてしまうかもしれません。
「どうしよう……。」
今までどんな相手からも走って逃げてきたのに、川だけは走って渡れません。
そのときです。
「どうしたんだい?」
静かな声が聞こえました。
ジンジャーブレッドマンが振り返ると、そこに一匹のキツネが立っていました。
キツネは落ち着いた様子で、ジンジャーブレッドマンを見ています。
「川を渡りたいの?」
「そうなんだ。」
ジンジャーブレッドマンは答えました。
「でも、ぼくは泳げないんだ。」
するとキツネは、にっこり笑いました。
「それなら簡単さ。」
「本当?」
「ああ。ぼくが向こう岸まで渡してあげよう。」
ジンジャーブレッドマンはキツネを見ました。
「どうやって?」
「ぼくの背中に乗ればいい。」
キツネは川へ近づきました。
「ぼくなら泳げるからね。」
ジンジャーブレッドマンは少し迷いました。
けれど後ろからは、追いかけてくるみんなの声が聞こえてきます。
「待てー!」
「つかまえるぞー!」
「急がなくちゃ!」
ジンジャーブレッドマンはキツネの背中へ飛び乗りました。
「しっかりつかまっているんだよ。」
「分かった!」
キツネは川へ入りました。
ざぶん。
すいすい。
キツネは上手に泳いでいきます。
「すごい!」
ジンジャーブレッドマンは安心しました。
「これなら逃げられるぞ。」
ところが、川の真ん中へ近づいたころです。
キツネが言いました。
「少し水が深くなってきたな。」
「大丈夫?」
「背中に乗っていると、ぬれてしまうかもしれない。」
ジンジャーブレッドマンは慌てました。
「それは困るよ!」
「それなら、ぼくの頭の上へ移るといい。」
「分かった。」
ジンジャーブレッドマンは、キツネの背中から頭の上へ移りました。
キツネはさらに泳ぎます。
ざぶ。
ざぶ。
少し進むと、またキツネが言いました。
「ここはもっと深いな。」
「えっ?」
「頭の上でも、ぬれてしまうかもしれない。」
「じゃあ、どうしたらいいの?」
「ぼくの鼻の上へ移れば大丈夫だよ。」
ジンジャーブレッドマンは、キツネの鼻先を見ました。
もう向こう岸は、それほど遠くありません。
「分かった。」
ジンジャーブレッドマンは、そろそろとキツネの鼻の上へ移りました。
「これなら大丈夫?」
「ああ。」
キツネは静かに答えました。
ジンジャーブレッドマンはほっとしました。
「よかった。」
その瞬間――。
ぽーん!
キツネが鼻を勢いよく上へ向けました。
「えっ?」
ジンジャーブレッドマンの体が宙へ飛び上がります。
「しまった!」
ジンジャーブレッドマンは、ようやく気づきました。
けれど、もう遅すぎました。
キツネは大きく口を開けました。
ぱくっ!
ジンジャーブレッドマンは、そのままキツネに食べられてしまいました。
川の向こうでは、おばあさんやおじいさん、牛や馬たちが立ち止まっています。
さっきまで、
「誰にもつかまらないぞ!」
と元気いっぱいに走っていたジンジャーブレッドマンの姿は、もうどこにもありません。
川の水だけが、何事もなかったように流れていました。
ざあざあ。
ざあざあ。
キツネは静かに向こう岸へ上がると、森の中へ歩いていきました。
おしまい。
登場人物
ジンジャーブレッドマン
おばあさんが焼いた、人の形をした生姜風味のお菓子。突然動き出し、「つかまえてみろ!」と叫びながら逃げていきます。走ることに自信を持ち、次々と追っ手から逃げ切ります。
おじいさん・おばあさん
ジンジャーブレッドマンを作ったおばあさんと、一緒に暮らしているおじいさん。突然逃げ出したジンジャーブレッドマンを追いかけます。
動物たち
道でジンジャーブレッドマンと出会う牛や馬などの動物たち。逃げていくジンジャーブレッドマンを追いかけますが、なかなか追いつくことができません。
キツネ
川を渡れずに困っているジンジャーブレッドマンの前に現れる、ずる賢いキツネ。親切そうに川を渡してあげると言って近づきます。
教訓
自分の得意なことに自信を持つのは大切でも、「自分なら絶対に大丈夫」と油断してしまうと思わぬ危険につながることがある。
困っているときに優しく声をかけられても、知らない相手の言葉をすぐに信じるのではなく、立ち止まって考えることも大切。
得意なことがあっても、できないことや苦手なことがあると知っておくことで、周りの状況を落ち着いて考えやすくなる。
親子で話したいポイント
ジンジャーブレッドマンは、どうしてどんどん得意な気持ちになっていったのかな?
川に着いたとき、ジンジャーブレッドマンにはほかにどんな方法があったと思う?
キツネの言葉を、どうしてすぐに信じてしまったのだろう?
知らない人から「大丈夫だよ」「一緒に行こう」と言われたら、どうしたらいい?
自分の得意なことには、どんなものがある?
保育士向け活用ポイント
「追う・逃げる」「速い・遅い」といった動きを楽しめるため、追いかけっこや劇遊び、身体表現の活動に展開しやすい作品です。
ジンジャーブレッドマン役と、おばあさん、おじいさん、牛、馬などの追いかける役に分かれ、物語に合わせて登場人物を少しずつ増やしていくことで、繰り返しを楽しむ劇遊びにもつなげられます。
また、最後にキツネの言葉を信じてしまう場面から、「知らない人に声をかけられたらどうする?」「困ったときは誰に助けを求める?」など、子ども自身の安全について考えるきっかけとしても活用できます。


コメント