塩ふき臼(しおふきうす)

昔話

あらすじ

むかしむかし、海の近くの村に、働き者だけれど貧しい兄と、少し欲張りな弟が住んでいました。

兄は毎日まじめに働いていましたが、暮らしは決して楽ではありませんでした。

そんなある冬の日、兄は山の奥で困っていた不思議な小人たちを助けます。

小人たちはお礼に、右へ回して欲しいものを言うと、何でも出してくれる不思議な石の臼を兄に渡しました。

兄は臼を使って家族を助け、余ったものは村の人たちにも分けながら暮らします。

ところが、その話を聞いた弟は、

「そんな便利なものがあるなら、もっとたくさん宝を出せるはずだ。」

と考えました。

弟は臼を船へ積み、海へ出ます。

やがて不思議な臼からあふれ出した大量の塩が、海がしょっぱくなった秘密へとつながっていくのでした。


本文

むかしむかし、青い海と緑の山に囲まれた、小さな村がありました。

村の人たちは畑を耕したり、船で魚を捕ったりしながら暮らしていました。

その村に、兄と弟が住んでいました。

兄は、とても働き者でした。

まだ朝日が昇る前から起きて畑へ出ます。

春には土を耕し、

夏には汗を流しながら草を抜き、

秋には作物を収穫しました。

畑仕事が少ない日には海へ出て、魚を捕りました。

けれど、どれだけ働いても暮らしはなかなか楽にはなりません。

魚が捕れない日もあります。

畑の作物が思うように育たない年もありました。

それでも兄は、

「働けるだけありがたい。」

と言って、毎日こつこつと働き続けていました。

一方、弟は少し違いました。

兄が朝早くから畑へ出ているのを見ながら、

「毎日毎日、よくそんなに働けるなあ。」

とため息をつきます。

「もっと楽に暮らせないものかな。」

町で立派な着物を着た商人を見れば、

「自分もあんな暮らしがしたい。」

大きな屋敷を見れば、

「もっとたくさんお金があればなあ。」

そんなことばかり考えていました。

ある冬の日のことです。

村には冷たい風が吹き、山の上にはうっすらと雪が積もっていました。

兄は薪を集めるため、一人で山へ入りました。

ざくっ。

ざくっ。

落ち葉の上を歩きながら、枯れ枝を拾っていきます。

山の奥へ進むにつれ、村の音は聞こえなくなっていきました。

聞こえるのは、風が木々の間を抜ける音だけです。

ひゅううう……。

「今日はずいぶん冷えるな。」

兄が薪を背負い、そろそろ村へ戻ろうとしたときでした。

「……助けてください。」

「ん?」

兄は足を止めました。

誰かの声が聞こえたような気がします。

辺りを見回しました。

けれど、誰もいません。

「気のせいか?」

すると、もう一度。

「助けてくださーい!」

今度は、はっきり聞こえました。

兄は声のする方へ走りました。

しばらく行くと、大きな木が一本、地面へ倒れていました。

そして、その木のそばから、

「こっちです!」

「助けてください!」

という声がします。

兄が近づいてみると――。

「おや?」

倒れた木の下に、小さな人たちがいました。

兄の膝にも届かないほどの、小さな小さな人たちです。

どうやら山の中を歩いていたところへ木が倒れ、身動きが取れなくなってしまったようです。

「これは大変だ。」

兄は背負っていた薪を下ろしました。

「待っていてください。」

大きな木へ両手をかけます。

「よいしょ!」

けれど木は重く、なかなか動きません。

「もう一度だ。」

兄は足を踏ん張りました。

「よいしょーっ!」

ぎしっ。

大きな木が、ほんの少し持ち上がりました。

「今です!」

小人たちは次々と木の下から抜け出しました。

最後の一人が出ると、兄は木から手を離しました。

どしん!

「ふう。」

兄は額の汗をぬぐいました。

小人たちは何度も頭を下げました。

「助けてくださって、ありがとうございます。」

「もう少しで大変なことになるところでした。」

兄は笑いました。

「みんな無事でよかった。」

すると、小人の中でも一番年を取った者が言いました。

「何かお礼をさせてください。」

「いやいや。」

兄は手を振りました。

「困っていたから助けただけです。」

けれど小人たちは、

「ぜひ受け取ってください。」

と言って、森の奥へ兄を案内しました。

木々の間をしばらく進むと、小さな洞穴がありました。

その奥から、小人たちは一つの臼を運んできました。

石でできた、小さな臼です。

兄は首をかしげました。

「これは……臼ですか?」

「はい。」

小人は言いました。

「ただの臼ではありません。」

兄が不思議そうに見ていると、小人は臼へ手を添えました。

「この臼を右へ回しながら、欲しいものを言ってください。」

「すると、そのものが出てきます。」

兄は目を丸くしました。

「何でも?」

「何でもです。」

「そんな不思議なものが……。」

そして小人は、少し真剣な顔になりました。

「ただし、一つだけ大切なことがあります。」

兄は耳を傾けました。

「止めるときは、必ず臼を左へ回してください。」

「右へ回せば出る。」

「左へ回せば止まる。」

兄は何度もうなずきました。

「右で出して、左で止める。」

「わかりました。」

「決して忘れないでください。」

兄は臼を大切に抱え、村へ帰りました。

その夜。

兄は家の中で小さな臼を前に座っていました。

「本当に何でも出てくるのだろうか。」

少し迷いましたが、試してみることにしました。

臼を右へ回しながら言います。

「お米が欲しい。」

すると――。

ごり。

ごり。

臼が回り始めました。

そして次の瞬間。

さらさらさら……。

「おお!」

真っ白なお米が、臼から出てきました。

さらさら。

さらさら。

止まりません。

兄は慌てず、小人から教わったことを思い出しました。

「止まれ。」

臼を左へ回します。

すると――。

ぴたり。

お米は出なくなりました。

「本当だったのか。」

兄は驚きました。

次は、

「魚が欲しい。」

と言って右へ回しました。

すると、ぴちぴちとした新鮮な魚が出てきました。

「これはすごい。」

兄は大喜びです。

けれど、必要な分が出ると、すぐに左へ回して止めました。

「これだけあれば十分だ。」

兄の暮らしは、少しずつ楽になりました。

食べ物に困ることがなくなりました。

けれど兄は、臼から必要以上のものを出そうとはしませんでした。

ある日、近所のおばあさんが困っていました。

「今年は米が少なくてねえ。」

兄は言いました。

「それなら、うちの米を持っていってください。」

また別の日には、漁に出られず食べ物に困っている家がありました。

兄は魚や野菜を分けました。

「こんなにいただいていいのかい?」

「もちろん。」

「うちには十分ありますから。」

村の人たちは喜びました。

「ありがとう。」

「助かったよ。」

やがて村では、

「困ったときは、お互いに助け合おう。」

という声が自然に広がっていきました。

兄から食べ物をもらった人が、今度は別の人を助けます。

畑仕事を手伝う人。

壊れた屋根を直してあげる人。

魚を分ける人。

少しずつ、村全体が明るくなっていきました。

その噂は、もちろん弟の耳にも入りました。

「兄さんの家には、不思議な臼があるらしい。」

「欲しいものを言えば、何でも出てくるそうだ。」

弟の目が輝きました。

「何でも?」

「米も?」

「魚も?」

「それなら……。」

弟の頭の中に浮かんだのは、食べ物ではありませんでした。

金貨。

宝石。

立派な着物。

大きな屋敷。

「そんな便利なものを、米や魚を出すだけに使っているなんてもったいない。」

弟は兄の家へ行きました。

「兄さん。」

「どうした?」

「例の臼を、少し貸してくれないか?」

兄は驚きました。

「臼を?」

「ああ。」

弟はにっこり笑いました。

「少し使ってみたいんだ。」

兄は弟の顔を見ました。

少し心配でしたが、

「大切に使うんだぞ。」

と言って臼を貸しました。

「ありがとう!」

弟は大喜びで臼を抱えました。

けれど兄が、

「使い方を説明するから――」

と言いかけたときには、弟はもう家を飛び出していました。

「大丈夫、大丈夫!」

「右へ回せば欲しいものが出るんだろう?」

「おい、待て!」

兄が呼び止めましたが、弟は聞きませんでした。

「出し方さえわかれば十分だ!」

弟は臼を抱えたまま走っていきました。

弟が向かったのは、港でした。

「村で使っていたら、兄さんに見つかる。」

「海へ出て、誰にも見られないところで宝をたくさん出そう。」

弟は小さな船へ臼を積みました。

そして一人で海へ漕ぎ出しました。

ぎい。

ぎい。

船は少しずつ岸から離れていきます。

村が小さく見えるほど沖へ出ると、弟はにやりと笑いました。

「ここなら誰にも見られない。」

船の真ん中に臼を置きます。

「まずは……。」

弟は臼を右へ回しました。

「金貨を出せ!」

ごり。

ごり。

すると――。

ちゃりん。

ちゃりん。

金色に輝く金貨が、臼から次々と出てきました。

「おお!」

弟は夢中で拾いました。

「もっとだ!」

ちゃりん。

ちゃりん。

「すごいぞ!」

「これなら大金持ちになれる!」

弟は大喜びです。

「次は宝石だ!」

臼を回します。

きらきらと光る宝石が、次々と出てきました。

赤い石。

青い石。

緑の石。

「すごい!」

弟は宝物を袋へ詰めました。

やがて船の中は、金貨や宝石でいっぱいになりました。

「これだけあれば、立派な屋敷も建てられる。」

弟は満足そうに笑いました。

そのうち、お腹がすいてきました。

弟は持ってきた食べ物を取り出しました。

ところが、一口食べて顔をしかめました。

「塩気がないな。」

弟は辺りを見ました。

海の上です。

もちろん、塩を売っている店などありません。

そのとき、目の前の臼を見て笑いました。

「そうだ。」

「これがあるじゃないか。」

弟は臼を右へ回しました。

「塩を出してくれ!」

ごり。

ごり。

臼が回ります。

さらさらさら……。

真っ白な塩が出てきました。

「おお、出た出た。」

弟は少しだけ取って、食べ物へかけました。

「うまい。」

ところが――。

さらさら。

さらさら。

塩はまだ出ています。

「ああ、もういい。」

弟は言いました。

けれど臼は止まりません。

さらさら。

さらさら。

「もう十分だ!」

それでも止まりません。

船の底に白い塩が積もり始めました。

「おい。」

弟は臼を押さえました。

「止まれ!」

さらさらさらさら。

塩はどんどん出てきます。

「どうやって止めるんだ?」

弟は青ざめました。

そこで初めて、兄の言葉を最後まで聞かなかったことを思い出しました。

「使い方を説明するから――」

兄はそう言っていました。

「しまった……。」

弟は臼を持ち上げました。

「止まれ!」

臼を振ってみます。

止まりません。

上から押さえます。

それでも塩は出続けます。

さらさらさらさら……。

あっという間に、弟の足首まで塩が積もりました。

船が少しずつ沈み始めます。

「まずい!」

弟は塩を海へかき出しました。

ざばっ。

ざばっ。

けれど、捨てるよりも早く臼から塩が出てきます。

「止まってくれ!」

波が船べりを越えました。

ざぶん!

船が大きく揺れます。

弟は必死で臼につかまりました。

「誰か!」

「助けてくれ!」

けれど、周りには海しかありません。

さらさらさらさら……。

臼は止まりません。

船は塩の重さで、どんどん沈んでいきました。

ついに――。

ざぶん!

船が大きく傾きました。

弟は海へ投げ出されました。

「うわあっ!」

冷たい海水の中で、弟は必死に手足を動かしました。

臼も船から転がり落ちました。

ごぼっ。

ごぼっ。

小さな石の臼は、ゆっくり海の底へ沈んでいきます。

それでも――。

ごり。

ごり。

臼は回り続けていました。

さらさら。

さらさら。

暗い海の底で、白い塩が次々とあふれ出します。

さらさら。

さらさら。

止まりません。

一方、海へ投げ出された弟は、近くを通りかかった漁師たちに見つけてもらいました。

「人がいるぞ!」

「早く引き上げろ!」

漁師たちは弟を船へ引き上げました。

弟は震えながら、何度も頭を下げました。

「助かった……。」

村へ戻ると、兄が待っていました。

「無事だったか!」

兄は弟の姿を見ると、すぐに駆け寄りました。

弟はうつむきました。

「兄さん……。」

「臼を海へ沈めてしまった。」

そして、すべてを話しました。

金貨を出したこと。

宝石を出したこと。

塩を出したこと。

止め方を知らなかったこと。

船が沈んでしまったこと。

「兄さんの話を、ちゃんと聞けばよかった。」

弟は肩を落としました。

「わしは、欲張りすぎていた。」

兄は怒りませんでした。

弟が無事だったことに、ほっとしたように笑いました。

「便利なものほど、使い方が大事なんだよ。」

弟は深くうなずきました。

「もう、楽をして宝を手に入れようなんて考えない。」

それから弟は、兄と一緒に働くようになりました。

朝になれば畑へ出て、

漁の日には船へ乗り、

困っている村人がいれば手を貸しました。

最初は大変でした。

けれど、自分で育てた野菜を収穫したとき。

自分で捕った魚を家族と食べたとき。

弟は少しずつ、働くことの喜びを知っていきました。

そして――。

海の底では。

あの不思議な臼が、今でも回り続けているそうです。

ごり。

ごり。

さらさら。

さらさら。

白い塩を、いつまでも、いつまでも吐き出しながら。

だから海の水をなめると、今でもしょっぱいのだそうです。

おしまい。


登場人物

  • 兄
    貧しくても毎日まじめに働く、優しく働き者の人物。山で困っていた小人たちを助け、不思議な臼をもらいます。必要な分だけ臼を使い、余ったものは村の人たちへ分けます。
  • 弟
    楽をして豊かになりたいと考えている、少し欲張りな人物。兄から不思議な臼を借り、海の上で金貨や宝石を出しますが、止め方を知らなかったことで大変なことになります。
  • 小人たち
    山で倒れた木の下敷きになっていたところを兄に助けられます。お礼として、不思議な石の臼を兄へ渡します。
  • 塩ふき臼
    右へ回しながら欲しいものを言うと、そのものを出してくれる不思議な臼。左へ回すことで止めることができます。
  • 漁師たち
    海へ投げ出された弟を見つけ、船へ引き上げて助けます。

教訓

  • 欲しいものを際限なく求めるのではなく、「これだけあれば十分」と考えることも大切。
  • 便利な道具や大きな力ほど、正しい使い方を知って扱う必要がある。
  • 人の話を最後まで聞き、大切な約束や方法を確認することが自分を守ることにつながる。
  • 持っているものを自分だけのために使うのではなく、周囲と分け合うことで人とのつながりが広がっていく。
  • 楽をして手に入れることだけではなく、自分で働いて得る喜びもある。

親子で話したいポイント

  • お兄さんは、どうして小人たちを助けたのかな?
  • お兄さんは、臼から出てきた食べ物をなぜ村の人たちにも分けたのだろう?
  • 弟は、どうして臼の止め方を知らなかったのかな?
  • 弟はどこで失敗してしまったと思う?
  • 自分が不思議な臼を持っていたら、何を出してみたい?
  • 「欲しいもの」と「必要なもの」は同じかな?
  • 「これくらいで十分」と思うのは、どんなときだろう?
  • 海の水がしょっぱい理由を、本当はどうしてなのか調べてみよう。

保育士向け活用ポイント

  • 「必要な量」について考える
    必要な分だけ臼を使う兄と、たくさんの宝を求める弟を比べることで、「どのくらいあれば十分なのか」を子どもたちと考えるきっかけになります。
  • 人の話を最後まで聞く大切さにつなげる
    弟が臼の止め方を知らなかったのは、兄の説明を最後まで聞かなかったためです。安全な生活にもつながる「話を聞くこと」の大切さを伝える題材として活用できます。
  • 道具の正しい使い方を考える
    便利な臼も、使い方を知らなければ危険につながります。はさみや遊具、身近な道具などにも結びつけながら、「便利なものほど正しく使う」という話へ発展させられます。
  • 食育や資源について考える
    食べ物を必要な分だけ使う兄の姿から、食べ残しや食品ロス、物を大切にすることについて考える活動につなげられます。
  • 海や塩への興味を広げる
    「なぜ海の水はしょっぱいの?」という子どもの疑問につながりやすい昔話です。物語を楽しんだあと、実際の海水や塩について調べる科学的な活動へ発展させることができます。

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