あらすじ
むかしむかし、森の中に一匹の狐と一羽の鶴が暮らしていました。
ある日、狐は鶴を家へ招き、ごちそうをふるまうことにしました。
ところが、狐が用意したのは平たいお皿に入れたスープ。狐には食べやすくても、細長いくちばしを持つ鶴には、ほとんど食べることができません。
数日後、今度は鶴が狐をごちそうに招きます。
そこで狐を待っていたのは、鶴には食べやすく、狐には食べにくい料理でした。
同じ食事でも、体のつくりが違えば食べやすさも違います。
狐と鶴が互いの違いを知り、相手の立場を考えることの大切さに気づいていくお話です。
本文
むかしむかし、緑豊かな森の奥に、一匹の狐が住んでいました。
狐は頭の回転が速く、おしゃべりも大好き。
森を歩いては、
「こんにちは。」
「今日はいい天気ですね。」
と、いろいろな動物たちに声をかけていました。
けれど、狐には一つ困ったところがありました。
何かを決める時、ついつい自分のことを一番に考えてしまうのです。
ある日のこと。
狐が森の中を歩いていると、川のほとりに一羽の鶴がいました。
長い脚で水の中に立ち、細長いくちばしを使って魚を探しています。
「鶴さん、こんにちは。」
狐が声をかけました。
鶴は顔を上げました。
「こんにちは、狐さん。」
「今日はいい天気ですね。」
「ええ。風も気持ちがいいですね。」
二人は川のほとりで、しばらく楽しく話をしました。
その帰り道。
狐はふと思いました。
「そうだ。」
「今度、鶴さんを家に招いて、ごちそうを食べてもらおう。」
狐は料理が嫌いではありません。
誰かを家に招くのも楽しそうです。
狐は鶴のところへ戻ると、言いました。
「鶴さん。」
「今度、私の家へ遊びに来ませんか?」
「おいしいごちそうを用意しますよ。」
鶴はうれしそうに答えました。
「まあ、それは楽しみです。」
「ぜひ、おじゃまさせてください。」
こうして二人は、食事の約束をしました。
そして、約束の日。
こんこん。
狐の家の戸をたたく音がしました。
「はーい。」
狐が戸を開けると、鶴が立っていました。
「狐さん、今日はお招きありがとうございます。」
「いらっしゃい、鶴さん。」
狐は鶴を家の中へ案内しました。
「さあ、座ってください。」
「今日は腕によりをかけて作りましたよ。」
台の上からは、おいしそうな匂いが漂っています。
鶴はうれしそうに言いました。
「とてもいい匂いですね。」
狐は得意そうに料理を運んできました。
「お待たせしました!」
ことん。
鶴の前に置かれたのは、大きな平たいお皿でした。
その上には、温かいスープが薄く広がっています。
「さあ、どうぞ。」
「ありがとうございます。」
狐は自分の皿の前に座りました。
「それでは、いただきます。」
ぺろぺろ。
ぺろぺろ。
狐は舌を使って、平たいお皿のスープを上手になめていきます。
「うん、おいしい!」
「鶴さんも遠慮しないで、どんどん食べてください。」
「はい……。」
鶴も食べようとしました。
細長いくちばしを、お皿へ近づけます。
こつん。
くちばしの先がお皿に当たりました。
もう一度。
こつん。
けれど、平たいお皿に薄く広がったスープは、鶴の長いくちばしではうまくすくうことができません。
ほんの少し口にできても、それだけです。
狐はそんなことに気づかず、
ぺろぺろ。
ぺろぺろ。
と、おいしそうに食べ続けています。
「おいしいでしょう?」
「ええ……。とてもおいしそうです。」
鶴は困ったように答えました。
やがて狐は、自分のスープをすっかり食べ終えました。
「ごちそうさま!」
満足そうにお腹をさすります。
ところが、鶴のお皿を見ると、スープがほとんど残っています。
「鶴さん、どうしたの?」
「お腹がいっぱいなの?」
鶴は少し困った顔をしました。
「いいえ。」
「とてもおいしそうなのですが、このお皿では、私のくちばしではうまく食べられないのです。」
「え?」
狐は鶴の細長いくちばしを見ました。
それから、自分の平たいお皿を見ました。
「そうか……。」
狐はようやく気づきました。
自分にとっては、とても食べやすいお皿です。
けれど、鶴にとっては違います。
「ごめんね、鶴さん。」
狐は少し申し訳なさそうに言いました。
「そこまで考えていなかったよ。」
「大丈夫ですよ。」
鶴は静かに答えました。
そして、その日は家へ帰っていきました。
それから数日後のことです。
狐が森を歩いていると、鶴がやってきました。
「狐さん。」
「この前はごちそうさまでした。」
「今度は、私の家へ食事に来ませんか?」
狐の耳がぴんと立ちました。
「本当?」
「ええ。私もごちそうを用意します。」
狐は大喜びです。
「ぜひ行くよ!」
約束の日になると、狐は朝からわくわくしていました。
「鶴さんは、どんな料理を作ってくれるのかな。」
お腹を空かせて、鶴の家へ向かいます。
「こんにちは!」
「いらっしゃい、狐さん。」
鶴が笑顔で迎えてくれました。
家の中へ入ると、おいしそうな匂いがしています。
狐のお腹が、
ぐううう……。
と鳴りました。
「これは楽しみだ。」
狐は席につきました。
「さあ、どうぞ。」
鶴が料理を運んできました。
ところが――。
狐は目をぱちぱちさせました。
「……あれ?」
料理が入っていたのは、細長い口のついた器でした。
鶴はその器の中へ、すっと長いくちばしを入れました。
ぱくっ。
「おいしいですね。」
もう一度。
ぱくっ。
鶴の細長いくちばしなら、器の奥まで簡単に届きます。
狐も料理を食べようとしました。
器に鼻先を近づけます。
「よいしょ。」
けれど――。
ごつん。
狐の鼻が器のふちに当たりました。
「いたた……。」
横から食べようとしても、
ごつん。
反対側から顔を近づけても、
ごつん。
狐の口では、細い器の中へ入ることができません。
おいしそうな匂いはするのに、料理まで届かないのです。
狐のお腹が、また鳴りました。
ぐううう……。
鶴が尋ねました。
「狐さん、どうしました?」
狐は困った顔をしました。
「この器だと、私の口では料理まで届かないみたいだ。」
その言葉を口にした瞬間――。
狐は、はっとしました。
目の前の細長い器。
食べたくても食べられない自分。
そして、数日前の鶴の姿。
狐はしばらく黙っていました。
「……そうか。」
鶴が狐を見ます。
狐はうつむきました。
「鶴さん。」
「はい。」
「この前の鶴さんも、こんな気持ちだったんだね。」
狐はようやく分かりました。
自分が食べやすいからといって、相手も同じとは限りません。
自分が困らないからといって、相手も困らないとは限らないのです。
狐は鶴に頭を下げました。
「ごめんなさい。」
「この前は、自分のことしか考えていなかったよ。」
「鶴さんが食べやすいかどうか、少しも考えていなかった。」
鶴は狐の顔を見つめました。
そして、にっこり笑いました。
「分かってくれて、うれしいです。」
狐は顔を上げました。
「今度は、二人とも食べやすいものを用意しよう。」
「それがいいですね。」
それから狐と鶴は、食事をする時には少し工夫するようになりました。
狐には、平たいお皿。
鶴には、細長い器。
同じ料理でも、それぞれが食べやすい器に入れます。
「いただきます。」
「いただきます。」
狐はぺろぺろ。
鶴はぱくぱく。
二人は顔を見合わせて笑いました。
森の中には、おいしそうな料理の匂いと、狐と鶴の楽しそうな笑い声がいつまでも広がっていました。
おしまい。
登場人物
- 狐
頭がよく、おしゃべりが好きな動物。つい自分を基準に考えてしまいますが、鶴との食事を通して相手の立場を考えることに気づきます。 - 鶴
細長いくちばしを持つ鳥。狐の家では料理をうまく食べられませんでしたが、後日狐を自分の家へ招き、食べる人によって使いやすい器が違うことを気づかせます。
教訓
- 自分にとって便利なことやうれしいことが、相手にとっても同じとは限らない。
- 相手の立場や違いを知り、その人に合った方法を考えることが大切。
- 自分の間違いに気づいた時には、素直に謝り、次の行動を変えていくことができる。
親子で話したいポイント
- 鶴は、狐の家でどうしてスープを食べられなかったのかな?
- 狐は、鶴の家でどんな気持ちになったと思う?
- 自分には簡単でも、友だちには難しいことってあるかな?
- 困っている友だちがいたら、どんなことができるだろう?
- 狐と鶴が一緒に楽しく食事をするには、どんな工夫ができるかな?
保育士向け活用ポイント
- 「自分と相手は同じとは限らない」ということを、食器や体の違いを通して分かりやすく伝えられるお話です。
- 友だち関係のトラブルが起きた時に、「自分はどうだったか」だけでなく「相手はどう感じたか」を考える対話の導入に活用できます。
- 狐と鶴では食べやすい器が異なることから、「みんなに同じものを用意すること」と「一人ひとりに合ったものを用意すること」の違いについて考えるきっかけにもなります。
- 食事場面や異年齢交流、友だちとの違いをテーマにした活動にもつなげやすいお話です。


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