海彦山彦(うみひこやまひこ)

あ行

あらすじ

むかしむかし、海で魚をとることが得意な兄・海彦と、山で狩りをすることが得意な弟・山彦がいました。

ある日、山彦の提案で、二人はお互いの道具を交換して仕事をしてみることになります。

ところが山彦は、兄から借りた大切な釣り針を海の中でなくしてしまいました。

新しい釣り針をいくつ作っても、海彦は「なくした釣り針でなければだめだ」と許してくれません。

困り果てた山彦は、潮の神様に導かれて海の底へ向かいます。

そこで待っていたのは、美しい海の宮殿と海の神様、そしてたくさんの海の生き物たちでした。

本文

むかしむかし、海と山に囲まれた国に、二人の兄弟が暮らしていました。

兄の名前は、海彦(うみひこ)。

弟の名前は、山彦(やまひこ)。

兄の海彦は、その名のとおり海の仕事が得意でした。

朝早くから釣り道具を持って海へ出かけます。

波の動きや風の向き、魚が集まりそうな場所をよく知っていて、

「今日はあの辺りに魚がいるぞ」

と狙いを定めると、見事に魚を釣り上げました。

一方、弟の山彦は山の仕事が得意でした。

弓矢を持って深い森へ入り、動物の足跡や折れた枝を見つけながら獲物を探します。

小さな物音にも耳を澄ませ、

「この先にいるな」

と獲物の居場所を見つけることができました。

海彦には海の知恵。

山彦には山の知恵。

二人はそれぞれ違った力を持っていたのです。

ある日のこと。

山彦は、海から帰ってきた兄の道具を眺めながら言いました。

「兄さん」

「なんだ?」

「兄さんは毎日海へ行っているけれど、海の仕事ってどんなものなんだろう」

海彦は笑いました。

「お前には山があるじゃないか」

「そうだけど、一度やってみたいんだ」

山彦は自分の弓を手に取りました。

「兄さんも、山の仕事をやってみない?」

「仕事を交換するということか?」

「うん。兄さんが僕の弓矢を使って、僕が兄さんの釣り道具を使うんだ」

海彦は少し考えました。

そして、

「面白そうだな」

とうなずきました。

こうして二人は、お互いの道具を交換することになりました。

海彦は山彦の弓矢を持って山へ。

山彦は海彦の大切な釣り道具を持って海へ向かいました。

ところが――。

思っていたようにはいきません。

海彦は森の中を歩き回りました。

がさっ。

木の陰で何かが動きます。

「いた!」

慌てて弓を構えます。

しかし、矢を放とうとしたときには、獲物はもう森の奥へ逃げていました。

「くそっ」

またしばらく歩きます。

けれど、山彦のように足跡を見ても、どちらへ向かったのか分かりません。

「山の仕事というのも、簡単ではないんだな」

一方、海へ出た山彦も苦労していました。

海彦の真似をして釣り糸を垂らします。

けれど――。

しーん。

魚は一匹も釣れません。

「おかしいなあ」

場所を変えてみます。

それでも釣れません。

波はゆらゆらと揺れています。

山彦には、その下のどこに魚がいるのか、さっぱり分かりませんでした。

「兄さんは、いつも簡単そうに釣っているのに……」

何度やってもうまくいきません。

そのうち日が傾いてきました。

「今日はもう帰ろう」

山彦は釣り道具を片づけようとしました。

そのときです。

「あれ?」

釣り針がありません。

「……ない」

山彦は慌てました。

海彦から借りた、大切な釣り針です。

「どこへいった?」

釣り糸を確かめます。

浜辺を探します。

岩の間ものぞきました。

けれど、ありません。

どうやら釣りをしている間に、海の中でなくしてしまったようです。

「どうしよう……」

山彦は青ざめました。

家へ帰ると、海彦が待っていました。

「どうだった?」

山彦はしばらく黙っていました。

けれど、隠しておくわけにはいきません。

「兄さん……ごめんなさい」

「どうした?」

「借りた釣り針を、海でなくしてしまったんだ」

海彦の顔色が変わりました。

「何だって?」

「あちこち探したんだけど、見つからなくて……」

「あれは大切な釣り針なんだぞ!」

海彦は怒りました。

山彦は深く頭を下げました。

「ごめんなさい。必ず何とかします」

次の日から、山彦は釣り針を探しました。

浜辺を歩き、海の中をのぞき込み、岩場まで調べます。

しかし、広い海の中に落ちた小さな釣り針など、簡単に見つかるはずがありません。

そこで山彦は、自分の剣を使って新しい釣り針を作りました。

一つ。

二つ。

十。

二十。

たくさんの釣り針を作り、海彦のところへ持っていきました。

「兄さん。なくしたものと同じように作ったんだ」

「これで許してくれないか?」

しかし海彦は首を横に振りました。

「違う」

「でも、こんなに作ったよ」

「私が返してほしいのは、なくしたあの釣り針だ」

海彦は受け取ろうとしませんでした。

山彦は困り果てました。

「どうしたらいいんだ……」

海辺に座り、波を見つめました。

ざあん。

ざあん。

目の前には、どこまでも続く海があります。

あの広い海のどこかに、小さな釣り針が沈んでいるのです。

探し出せるとは思えません。

山彦がうつむいていると――。

「どうしたのだ?」

突然、声がしました。

山彦が顔を上げると、そこには不思議な神様が立っていました。

潮の神様です。

「実は、兄から借りた釣り針を海でなくしてしまったのです」

山彦は、これまでのことをすべて話しました。

潮の神様は黙って聞いていました。

やがて言いました。

「それほど探しても見つからないのなら、海の底へ行ってみるがよい」

「海の底へ?」

山彦は驚きました。

「そこには海の神が住む宮殿がある」

「海の神ならば、力を貸してくれるかもしれない」

潮の神様は山彦が海の底へ行けるようにしてくれました。

山彦はおそるおそる海へ進んでいきました。

すると不思議なことに、海の中に道が現れました。

青い光がゆらゆらと差し込み、その周りを色とりどりの魚たちが泳いでいます。

山彦はさらに深く進んでいきました。

やがて海の底に、大きな宮殿が見えてきました。

屋根は光を受けてきらきらと輝き、辺りには見たこともない魚や海の生き物たちが泳いでいます。

「ここが……海の神様の宮殿なのか」

山彦は目を見張りました。

宮殿では、海の神様が山彦を迎えてくれました。

「よく来ましたね」

山彦は頭を下げました。

そして、兄の釣り針をなくしてしまったことを話しました。

「どうしても、あの釣り針を見つけて兄に返したいのです」

海の神様はうなずきました。

「それなら、海に住む者たちに尋ねてみましょう」

海の神様の呼びかけで、たくさんの魚たちが集められました。

大きな魚。

小さな魚。

銀色に光る魚。

細長い魚。

海の生き物たちが次々と宮殿へ集まってきます。

海の神様が尋ねました。

「この中に、釣り針を飲み込んだ者はいないか?」

魚たちは顔を見合わせました。

すると、一匹だけ姿を見せていない魚がいることが分かりました。

「その魚はどうした?」

「このところ、口が痛くて食べることができないそうです」

「それだ」

さっそく、その魚が呼ばれました。

魚は苦しそうに口を動かしています。

海の神様が口の中を調べると――。

「あった」

小さな釣り針が引っかかっていました。

山彦は思わず身を乗り出しました。

「兄さんの釣り針だ!」

間違いありません。

ずっと探していた、海彦の釣り針でした。

釣り針は魚の口から取り出され、山彦へ渡されました。

「ありがとうございます!」

山彦は何度も頭を下げました。

海の神様は言いました。

「これで兄へ返すことができますね」

「はい」

山彦は釣り針を大切に握りました。

そして、海の神様や魚たちに礼を言い、地上へ戻ることにしました。

再び海の中の道を進みます。

青い水の向こうが少しずつ明るくなり、やがて山彦は懐かしい浜辺へ戻ってきました。

波の音が聞こえます。

ざあん。

ざあん。

山彦は家へ急ぎました。

「兄さん!」

海彦が振り返ります。

山彦は大切に持ってきた釣り針を差し出しました。

「見つけたのか?」

「うん」

海彦は驚いて釣り針を受け取りました。

確かに、なくしたあの釣り針でした。

山彦は深く頭を下げました。

「兄さん、ごめんなさい」

「大切なものをなくしてしまって、本当に申し訳なかった」

「新しいものを作ればいいと思っていたけれど、兄さんにとっては、この釣り針が大切だったんだね」

海彦は、手の中の釣り針を見ました。

そして、頭を下げたままの弟を見ました。

しばらく何も言いませんでした。

やがて――。

「もういい」

山彦が顔を上げました。

海彦は言いました。

「お前がずっと探していたことは分かった」

「ありがとう、兄さん」

二人は、しばらく顔を見合わせました。

そして海彦が尋ねました。

「それにしても、どうやって海の中から見つけたんだ?」

「それがね――」

山彦は、潮の神様に出会ったこと。

海の底にある美しい宮殿へ行ったこと。

たくさんの魚たちが集まってくれたこと。

そして、一匹の魚の口から釣り針が見つかったことを話しました。

海彦は驚きながら聞いていました。

「そんなことがあったのか」

「ああ。僕も信じられないくらいだよ」

二人の向こうでは、夕日に照らされた海がきらきらと輝いていました。

その後、海彦は再び海へ。

山彦は再び山へ向かいました。

海彦には海彦の得意なことがあり、山彦には山彦の得意なことがあります。

ときには相手の仕事を手伝い、ときには自分の知っていることを教えながら、二人はそれぞれの場所で暮らしていったということです。

おしまい。

登場人物

  • 海彦(うみひこ)
    海で魚をとることが得意な兄。大切にしていた釣り針を山彦になくされ、返してほしいと求めます。
  • 山彦(やまひこ)
    山で狩りをすることが得意な弟。兄の釣り針をなくしてしまいますが、あきらめずに探し続け、海の底まで向かいます。
  • 潮の神様
    困り果てていた山彦の前に現れ、海の神様が暮らす宮殿へ向かうよう導きます。
  • 海の神様
    海の底の宮殿に暮らす神様。山彦の話を聞き、海の生き物たちを集めて釣り針を探す手助けをします。
  • 魚たち
    海の神様に呼び集められる海の生き物たち。その中の一匹の口から、なくした釣り針が見つかります。

教訓

  • 相手が普段していることを実際に経験すると、それまで気づかなかった大変さや工夫が見えてくることがあります。
  • 大切なものをなくしたり失敗したりしたときには、ごまかさずに伝え、できることを最後まで続けることが大切です。
  • 人によって得意なことは違います。それぞれの良さを認め、必要なときに力を貸し合うことで、できることが広がります。

親子で話したいポイント

  • 海彦と山彦は、それぞれ何が得意だったかな?
  • 二人が仕事を交換してみて、どんなことに気づいたと思う?
  • 山彦は、どうして新しい釣り針を作るだけではなく、なくした釣り針を探し続けたのかな?
  • 大切なものをなくしてしまったら、どうしたらいい?
  • 自分が得意なこと、家族や友だちが得意なことにはどんなものがあるかな?

保育士向け活用ポイント

年中〜年長児では、自分や友だちの「得意なこと」を出し合い、それぞれの違いや良さを認める活動と組み合わせることもできます。

「人によって得意なことが違う」「相手の立場を知る」「失敗したあとにどう行動するか」といったテーマを考える教材として活用できます。

山彦が兄の大切な釣り針をなくす場面から、「借りたものを大切にする」「失敗したときには正直に伝える」といった身近な生活場面へつなげられます。

「新しい釣り針をたくさん作ったのに、なぜ海彦は納得しなかったのだろう」と問いかけることで、物そのものだけでなく、相手にとっての大切さを考える活動にも発展できます。

海と山という対照的な舞台があるため、魚や波、森や動物などを取り入れた劇遊びや表現遊びにも向いています。

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