因幡の白うさぎ(いなばのしろうさぎ)

あ行

あらすじ

むかしむかし、因幡(いなば)の国に、一匹の白いうさぎがいました。

海の向こうへ渡りたいと思ったうさぎは、海にいるワニたちをだまして、その背中を渡っていこうと考えます。

作戦はうまくいきそうでしたが、あと少しというところで、うさぎは本当のことを話してしまいました。

だまされたと知ったワニたちは怒り、うさぎは大けがをしてしまいます。

そんなうさぎの前に現れたのが、心優しい神様・大国主命(おおくにぬしのみこと)でした。

日本神話に伝わる、白うさぎと大国主命の物語です。

本文

むかしむかし、今の鳥取県あたりに、因幡(いなば)という土地がありました。

青い海と緑の山々に囲まれた、美しいところでした。

その因幡の近くに、一匹の白いうさぎがいました。

うさぎの体は雪のように真っ白で、元気いっぱい。

野原をぴょんぴょん跳ね回り、草の匂いをかいだり、海辺まで遊びに行ったりして暮らしていました。

ある日のことです。

白いうさぎは、海の向こうをじっと見つめていました。

遠くには島が見えています。

「向こうには何があるんだろう」

うさぎは、だんだんその島へ行ってみたくなりました。

けれど、目の前には広い海があります。

波は、

ざぶん。

ざぶん。

と音を立てながら岸へ打ち寄せています。

うさぎは泳ぐことができません。

「うーん……どうしたら向こうまで行けるかな」

海辺を歩きながら、一生懸命考えました。

すると海の中に、何匹ものワニがいるのが見えました。

この物語に登場する「ワニ」は、昔の日本で海にすむサメのような生き物を指したものとされています。

うさぎはしばらくワニたちを眺めていました。

そして、にやりと笑いました。

「そうだ。いいことを思いついた」

うさぎは海へ向かって声をかけました。

「おーい、ワニさんたち!」

一匹のワニが顔を出しました。

「なんだ、うさぎ」

うさぎは言いました。

「ぼくたちうさぎの仲間と、君たちワニの仲間とでは、どちらのほうが数が多いと思う?」

ワニは笑いました。

「そんなもの、私たちワニに決まっている」

すると、ほかのワニたちも集まってきました。

「そうだそうだ」

「海にはたくさんの仲間がいるぞ」

うさぎは、わざと考え込むような顔をしました。

「本当かなあ」

「何だと?」

「それなら、数えて比べてみようよ」

ワニたちは面白そうにうさぎを見ました。

「どうやって数えるんだ?」

うさぎは待っていましたとばかりに言いました。

「みんなで、この岸から向こうの島まで一列に並んでくれないかな」

「ぼくが君たちの背中を順番に渡りながら、一匹、二匹と数えていくんだ」

ワニたちは顔を見合わせました。

「なるほど」

「それなら数えられるな」

うさぎの考えを疑う者はいませんでした。

さっそくワニたちは、海の上にずらりと一列に並びました。

岸から向こうまで、長い長い道のように続いています。

「準備はいい?」

うさぎが尋ねると、

「いいぞ!」

とワニたちが答えました。

「それじゃあ数えるよ!」

うさぎは最初のワニの背中へ飛び乗りました。

ぴょん。

「一匹!」

次の背中へ、

ぴょん。

「二匹!」

さらに、

ぴょん。

「三匹!」

うさぎは次々とワニの背中を飛び移っていきます。

下を見れば、波がざぶざぶと揺れています。

けれどうさぎは、すっかり得意な気持ちになっていました。

「四匹、五匹、六匹……」

向こう岸が少しずつ近づいてきます。

「うまくいったぞ」

うさぎは心の中で喜びました。

ついに最後のワニの背中までやってきました。

あと一回飛べば、もう向こう岸です。

そのときでした。

うさぎは嬉しくなりすぎて、つい本当のことを口にしてしまったのです。

「あははは!」

「君たち、本当にだまされやすいんだね!」

ワニたちが振り返りました。

「何だって?」

うさぎは笑いながら言いました。

「本当は、君たちとうさぎの数を比べたかったんじゃないよ」

「海を渡りたかっただけさ!」

辺りがしんと静まりました。

海の音だけが聞こえます。

ざぶん。

ざぶん。

やがて最後のワニが低い声で言いました。

「私たちを……だましたのか」

うさぎは、そこでようやく自分が余計なことを言ってしまったと気づきました。

「えっ……いや、その……」

けれど、もう遅すぎました。

「よくもだましたな!」

怒ったワニたちが一斉に騒ぎ始めました。

最後のワニはうさぎを捕まえると、その白い毛をむしり取ってしまいました。

「いたい!」

うさぎは悲鳴を上げました。

真っ白だった毛はなくなり、赤い肌がむき出しになってしまいました。

ひりひり。

じんじん。

海風が当たるだけでも痛くてたまりません。

「痛いよ……」

うさぎは海辺にうずくまり、泣き始めました。

「どうしよう……」

自分がワニたちをだましたことが始まりでした。

けれど、いくら後悔しても、痛みは消えてくれません。

しばらくすると、遠くから大勢の神様たちが歩いてきました。

神様たちは因幡へ向かう途中でした。

その一行のずっと後ろには、大きな荷物を背負った大国主命(おおくにぬしのみこと)もいました。

うさぎが泣いているのを見て、先を歩いていた神様たちが尋ねました。

「どうしたんだ?」

うさぎは、自分の体を見せながら泣きました。

「ワニたちに毛をむしられてしまったんです」

すると神様たちは言いました。

「それなら海の水で体を洗うといい」

「それから高いところへ行って、風に当たれば治るだろう」

うさぎは信じました。

「ありがとうございます!」

すぐに海へ入り、体を海水で洗いました。

ところが――。

「いたっ!」

傷ついた体に塩水がしみました。

「いたい! いたい!」

うさぎは慌てて海から飛び出しました。

けれど、神様たちに言われた通りに風へ当たりました。

すると濡れた体が乾くにつれて、皮膚がさらにひりひりしてきました。

赤く腫れ、痛みはますます強くなります。

「うう……」

うさぎは地面にうずくまりました。

涙がぽろぽろとこぼれます。

「さっきより痛くなっちゃった……」

そこへ、大きな荷物を背負った大国主命がやってきました。

大国主命は、苦しそうにしているうさぎを見つけると、すぐに足を止めました。

「どうしたのですか?」

うさぎは顔を上げました。

大国主命の声は、とても穏やかでした。

「体がひどく傷ついているではありませんか」

うさぎは泣きながら、これまでのことを話しました。

海を渡りたかったこと。

ワニたちをだましたこと。

調子に乗って本当のことを話してしまったこと。

そして、怒ったワニたちに毛をむしられてしまったこと。

「ぼくが悪かったんです」

うさぎはうつむきました。

「ワニたちをだましたから、こんなことになったんです」

大国主命は責めませんでした。

ただ、うさぎの話を最後まで静かに聞きました。

そして言いました。

「つらかったですね」

うさぎは驚いて顔を上げました。

「でも、その傷なら治すことができます」

「本当ですか?」

「ええ」

大国主命は、近くを流れる真水のところへうさぎを連れていきました。

「まず、このきれいな水で体をよく洗いなさい」

うさぎは言われた通り、そっと体を洗いました。

冷たい真水が傷ついた皮膚を流れていきます。

海水のような強い痛みはありませんでした。

「それから、蒲(がま)の穂を集め、その花粉を敷いた上で休むのです」

うさぎは大国主命に教えてもらった通りにしました。

柔らかな蒲の穂に体を横たえます。

ふわり。

やさしい感触が、傷ついた体を包みました。

「ここで静かに休みなさい」

大国主命はそう言って、うさぎをいたわりました。

しばらくすると――。

うさぎの痛みは少しずつ和らいでいきました。

赤くなっていた体も落ち着いてきます。

やがて、傷ついたところから新しい毛が生えてきました。

日に日に毛は増え、とうとう以前のような真っ白な姿に戻りました。

「治った!」

うさぎは嬉しそうに跳び上がりました。

そして大国主命の前で何度も頭を下げました。

「ありがとうございます!」

「本当に、ありがとうございます!」

大国主命は穏やかに笑いました。

うさぎは、大国主命の優しさをずっと忘れませんでした。

そして、大国主命がこれから向かおうとしている因幡での出来事について、うさぎはこう告げたともいわれています。

「あなたこそ、八上比売(やがみひめ)と結ばれるでしょう」

その後、大国主命は白うさぎの言葉どおり、因幡で大切な出会いをすることになります。

白いうさぎもまた、自分を助けてくれた大国主命を慕うようになりました。

青い海のそばで、真っ白な毛を取り戻したうさぎは、元気よく野原へ駆けていったということです。

おしまい。

登場人物

  • 白いうさぎ
    海を渡るためにワニたちをだましますが、得意になって本当のことを話してしまい、大変な目に遭います。大国主命に助けられ、再び白い毛を取り戻します。
  • ワニたち
    白うさぎに頼まれて海に一列に並びますが、自分たちがだまされていたことを知って怒ります。この物語では、現在のサメのような海の生き物と考えられています。
  • 大国主命(おおくにぬしのみこと)
    傷ついた白うさぎの話を聞き、正しい傷の治し方を教えて助ける心優しい神様です。
  • 神様たち
    大国主命とともに因幡へ向かっていた神様たち。先に白うさぎと出会います。

教訓

  • その場をうまく切り抜けるためのうそや、人をだます行動は、思わぬトラブルにつながることがあります。
  • 間違いをしてしまった相手であっても、困っているときに寄り添い、手を差し伸べる優しさが大切です。
  • 自分の失敗を認め、そこから学ぶことで、次の行動を変えていくことができます。

親子で話したいポイント

  • 白うさぎは、どうしてワニたちをだましてしまったのかな?
  • うさぎは、どの場面で別の行動をすることができたと思う?
  • 大国主命は、どうしてうさぎを責めずに助けたのかな?
  • 自分が間違えてしまったとき、どうしたらいいかな?
  • 困っている友だちを見つけたら、どんなことができるだろう?

保育士向け活用ポイント

日本神話に親しむ入り口としても使いやすく、大国主命やほかの日本神話へ興味を広げるきっかけにもなります。

「正直さ」「失敗から学ぶこと」「困っている相手への思いやり」を考える読み聞かせ教材として活用できます。

白うさぎがワニをだました場面、大国主命に助けられる場面など、気持ちの変化が分かりやすいため、登場人物の心情を考える活動につなげやすい作品です。

「うさぎはどうすればよかったのか」「大国主命ならどうして助けたのか」など、正解を一つに決めずに子どもたちと話し合うことができます。

子ども同士のトラブル後に、「失敗したあとにどうするか」「相手が困っていたらどうするか」を考えるきっかけとしても活用できます。

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