あらすじ
むかし、京都に牛若丸という少年が暮らしていました。
牛若丸はまだ若く、体も小柄でしたが、武芸の修行を重ね、剣の腕と身軽さに優れていました。
一方、京都の五条橋には、通りかかる武者たちに勝負を挑み、刀を集めている武蔵坊弁慶という大男がいました。
ある夜、五条橋を通りかかった牛若丸に、弁慶が勝負を挑みます。
力では圧倒的に弁慶が勝っているように見えました。
ところが牛若丸は、弁慶の攻撃をひらりひらりとかわし、橋の上をまるで鳥のように動き回ります。
何度挑んでも牛若丸を捕らえられない弁慶は、ついに負けを認めました。
こうして出会った二人は、やがてともに歩むようになります。
本文
むかしむかし、京都に牛若丸という少年がいました。
牛若丸はまだ若く、体も決して大きくありませんでした。
けれど、幼いころから武芸の修行を重ねていました。
剣を振るうだけではありません。
走ったり。
跳んだり。
素早く体を動かしたり。
毎日の修行を怠りませんでした。
そのため、小柄な体からは想像できないほど身のこなしが軽く、剣の腕も見事なものでした。
「大きな相手だからといって、恐れることはない。」
牛若丸は、相手の動きをよく見ながら戦うことを身につけていました。
そのころ、京都には武蔵坊弁慶という男がいました。
弁慶は牛若丸とは正反対です。
背が高く、体は大きく、たいへんな力持ちでした。
大きな武器を振るえば、普通の武者ではなかなか相手になりません。
そんな弁慶には、ある目標がありました。
「たくさんの刀を集めてみせる。」
そこで弁慶は、五条橋のあたりで武者を待つようになりました。
夜になると、橋の近くに立ちます。
誰かが通りかかれば――。
「待て!」
呼び止めます。
そして勝負を挑み、勝った相手の刀を取り上げていたのです。
弁慶の強さを知る者は、次第に五条橋を恐れるようになりました。
「あの橋には弁慶がいる。」
「夜は近づかないほうがいい。」
そんな話まで広がっていきました。
ある夜のことです。
京都の町が静まり返り、空には月が浮かんでいました。
五条橋の下を流れる川から、水の音が聞こえてきます。
さらさら……。
時折、夜風が橋の上を吹き抜けました。
そんな静かな橋の向こうから、一人の少年が歩いてきました。
牛若丸です。
弁慶は、その姿に気づきました。
「なんだ、子どもではないか。」
弁慶は牛若丸を見ました。
小柄な少年です。
とても自分の相手になるようには見えません。
ところが、牛若丸は腰に刀を差していました。
弁慶の目が、その刀に止まります。
「よし。」
弁慶は橋の真ん中へ出ました。
そして――。
「止まれ!」
大きな声が夜の橋に響きました。
牛若丸は足を止めました。
ゆっくり振り返ります。
目の前には、自分よりはるかに大きな弁慶が立っています。
けれど、牛若丸は慌てませんでした。
「何の用ですか?」
落ち着いてたずねます。
弁慶は言いました。
「その刀を置いていけ。」
牛若丸は弁慶を見上げました。
「どうしてです?」
「おれはここを通る武者たちと勝負をしている。負けた者から刀をもらっているのだ。」
「では、私とも勝負をするのですか?」
弁慶は笑いました。
「お前のような小さな者なら、すぐに終わる。」
牛若丸は少しも怖がりません。
「それなら、やってみましょう。」
弁慶は少し驚きました。
普通なら、自分の大きな体を見ただけで怖がる者もいます。
それなのに、目の前の少年は逃げようともしません。
「面白い。」
弁慶は身構えました。
「後悔するなよ!」
そして、牛若丸へ向かっていきました。
ところが――。
ひらり。
「なに?」
さっきまで目の前にいた牛若丸が、弁慶の攻撃をかわしました。
「そこか!」
弁慶が振り向きます。
牛若丸は、もう別の場所にいます。
「それっ!」
弁慶が再び攻めます。
ひらり。
またかわされました。
「ちょこまかと!」
弁慶は牛若丸を追いかけます。
右へ。
牛若丸も右へ動いたかと思えば――。
次の瞬間には左へ。
弁慶が追いついたと思った瞬間、牛若丸は軽やかに飛びました。
ひらり。
まるで鳥が羽ばたくような身軽さです。
「なんという速さだ!」
弁慶は驚きました。
それでも負けるつもりはありません。
「今度こそ!」
大きな体で牛若丸へ迫ります。
けれど牛若丸は、弁慶の動きをよく見ていました。
力ではかなわなくても、真正面から力比べをする必要はありません。
弁慶が動けば、その少し前に身をかわします。
弁慶が振り向けば、反対側へ回ります。
ひらり。
するり。
弁慶の攻撃は、なかなか牛若丸に届きません。
「待て!」
弁慶はだんだん息が荒くなってきました。
「はあ、はあ……。」
それに対して、牛若丸はまだ軽やかに動いています。
弁慶は悔しくなりました。
「こんな小さな少年に……!」
もう一度、力いっぱい向かっていきました。
「これならどうだ!」
しかし――。
ひらり。
牛若丸はまたも攻撃をかわしました。
そして、弁慶の隙を見逃しませんでした。
「今です。」
牛若丸が素早く動きます。
弁慶は慌てて振り向きました。
けれど、もう間に合いません。
「くっ……!」
何度勝負を挑んでも、弁慶は牛若丸を捕らえることができませんでした。
しばらくすると、弁慶はついに動きを止めました。
肩で大きく息をしています。
「はあ……はあ……。」
牛若丸も足を止めました。
月明かりの下で、二人は向かい合いました。
弁慶は牛若丸をじっと見ました。
小さな体。
けれど、驚くほどの身軽さと剣の腕。
弁慶は、自分が相手を見た目だけで判断していたことに気づきました。
やがて、弁慶は頭を下げました。
「私の負けです。」
牛若丸は驚くことなく、静かに弁慶を見ました。
弁慶は続けます。
「これまで多くの武者と戦ってきたが、あなたのような人には会ったことがありません。」
牛若丸は弁慶を責めませんでした。
「もう勝負は終わりです。」
そう言って、弁慶を許しました。
弁慶は顔を上げました。
自分よりずっと小さく、ずっと若い牛若丸。
それでも、その強さを素直に認めました。
この夜の出会いをきっかけに、牛若丸と弁慶はやがて一緒に歩むようになりました。
牛若丸は成長し、後に源義経として知られる人物になります。
そして弁慶もまた、そのそばを歩んでいくことになるのです。
月明かりの五条橋。
静かな川の上を、夜風が吹き抜けていきました。
二人の長い物語は、この出会いから始まりました。
おしまい。
登場人物
牛若丸
小柄ながら、身軽で武芸に優れた少年。弁慶の力に正面から対抗するのではなく、素早い身のこなしで攻撃をかわし、勝負に勝ちます。後に源義経として知られる人物になります。
弁慶
大柄で力の強い武者。五条橋で通りかかる武者たちに勝負を挑み、刀を集めていました。牛若丸を小さな少年だと侮りますが、その身軽さと強さに驚き、最後には負けを認めます。
教訓
体の大きさや見た目だけで、その人の強さや力を決めつけることはできない。
自分の得意なことを生かし、相手をよく見ながら工夫することで、大きな力に立ち向かえることがある。
負けたときに相手の力を素直に認めることも、一つの強さである。
親子で話したいポイント
牛若丸は、どうして体の大きな弁慶に勝つことができたのかな?
もし牛若丸が弁慶と力比べをしていたら、どうなっていたと思う?
体が大きいことと「強いこと」は、同じなのかな?
自分が得意なことには、どんなことがある?
弁慶が最後に牛若丸の強さを認めたことについて、どう思う?
保育士向け活用ポイント
運動遊びや身体表現の導入として活用できます。
牛若丸が弁慶の攻撃をひらりとかわす場面から、「素早く方向を変える」「合図を聞いて動く」「相手の動きを見ながらよける」といった運動遊びにつなげられます。
また、大柄で力の強い弁慶と、小柄で身軽な牛若丸の違いから、「得意なことは一人ひとり違う」というテーマについて考えることもできます。
忍者遊びや昔の武将をテーマにした表現遊び、五条橋での対決をイメージしたごっこ遊びなどにも発展させやすいお話です。


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