あらすじ
むかしむかし、山に囲まれた小さな村に、心の優しいおじいさんとおばあさんが住んでいました。
ある冬の日、おじいさんは町へ笠を売りに出かけます。
けれど笠は一つも売れず、雪の降る峠道を家へ帰ることになりました。
その途中、おじいさんは雪をかぶって寒そうに並んでいるお地蔵さまたちを見つけます。
おじいさんは売れ残った笠や自分の手ぬぐいを、お地蔵さまたちにかぶせてあげました。
その様子を、山に住む猿たちが木の上からじっと見ていました。
そしてその夜、おじいさんとおばあさんの家で、不思議な出来事が起こるのでした。
本文
むかしむかし、山に囲まれた小さな村に、おじいさんとおばあさんが住んでいました。
二人は小さな畑を耕し、野菜を育てながら慎ましく暮らしていました。
決して豊かな暮らしではありませんでしたが、二人は助け合いながら、毎日を穏やかに過ごしていました。
ある年の冬のことです。
その年は、いつもの年よりもずっと寒く、何日も雪が降り続いていました。
朝になると、山も畑も家々の屋根も、すっかり真っ白です。
ある朝、おじいさんは自分で作った笠を町へ売りに行くことにしました。
「今日は少しでも売れるといいですね。」
おばあさんはそう言いながら、おじいさんの背中に笠を背負わせました。
「足元に気をつけて行ってきてくださいね。」
「ああ、行ってくるよ。」
おじいさんは笠を背負い、雪道をゆっくり歩いて町へ向かいました。
ぎゅっ、ぎゅっ。
歩くたびに、草履の下で雪が鳴ります。
冷たい風に頬を赤くしながら、ようやく町へたどり着きました。
「笠はいりませんか。」
「丈夫な笠ですよ。」
おじいさんは道行く人たちに声をかけました。
けれど、その日はどうしたことか、誰も笠を買ってくれません。
昼を過ぎても、一つも売れませんでした。
空を見ると、また雪がちらちらと降り始めています。
「今日はみんな、もう笠を持っているのかな。」
おじいさんは少し残念そうに笑うと、売れ残った笠を背負い直しました。
「暗くなる前に帰らなくては。」
おじいさんは来た道を引き返しました。
帰り道は、行きよりも雪が深くなっていました。
風もだんだん強くなり、
ひゅううう……。
ひゅううう……。
山の間を冷たい風が吹き抜けていきます。
おじいさんが峠へ差しかかった時のことです。
道ばたに、何かが並んでいるのが見えました。
近づいてみると、六体のお地蔵さまでした。
お地蔵さまたちは黙ったまま、雪の中に並んでいます。
頭にも。
肩にも。
白い雪がこんもりと積もっていました。
おじいさんは足を止めました。
「これは寒そうだ。」
おじいさんは一体ずつ、お地蔵さまの頭や肩に積もった雪を払い落としてあげました。
けれど、雪はまだ降り続いています。
このままでは、すぐにまた雪まみれになってしまうでしょう。
おじいさんは背中の笠を見ました。
町で売れなかった笠です。
「そうだ。この笠をかぶってもらおう。」
おじいさんは笠を一つ取り、お地蔵さまの頭にそっとかぶせました。
「はい、一つ。」
そして、隣のお地蔵さまにも。
「二つ。」
三つ。
四つ。
五つ。
おじいさんは順番に笠をかぶせていきました。
ところが、最後のお地蔵さまの前まで来たところで、笠がなくなってしまいました。
「おやおや。お前さんの分がないなあ。」
おじいさんは困ったように頭をかきました。
一体だけ何もないのでは、かわいそうです。
しばらく考えたおじいさんは、自分の首に巻いていた手ぬぐいを外しました。
冷たい風が首元に吹きつけます。
それでもおじいさんは、最後のお地蔵さまの頭に手ぬぐいを巻いてあげました。
「笠ではないけれど、これで少しは雪をしのげるでしょう。」
六体のお地蔵さまを見渡すと、おじいさんは満足そうにうなずきました。
「それでは、失礼しますよ。」
おじいさんは深く頭を下げ、再び雪道を歩き始めました。
ところが、その様子をじっと見ていた者たちがいました。
峠の近くに立つ、大きな木の上です。
枝に積もった雪の間から、いくつもの顔がのぞいていました。
山に住む猿たちです。
猿たちは、おじいさんが見えなくなるまで黙って見送っていました。
やがて、一匹の猿が言いました。
「自分の売り物だった笠なのに、全部あげてしまったぞ。」
別の猿も不思議そうに首をかしげます。
「町で一つも売れなかったんだろう?」
「家に持って帰ればよかったのに。」
すると、年をとった猿が静かに言いました。
「あのおじいさんは、お地蔵さまが寒そうだったから笠をあげたんだよ。」
「でも、自分まで寒くなってしまったじゃないか。」
若い猿が言いました。
年をとった猿は、おじいさんが消えていった雪道を見つめました。
「それでも、放っておけなかったんだろうな。」
猿たちはしばらく黙っていました。
雪だけが、
しんしん……。
しんしん……。
と降り続いていました。
その日の夕方、おじいさんはようやく家へ帰りました。
「ただいま。」
「おかえりなさい。」
おばあさんは、おじいさんの背中を見て驚きました。
「笠が全部売れたんですか?」
おじいさんは少し照れくさそうに笑いました。
「いやあ、それが一つも売れなかったんだ。」
そして、帰り道で六体のお地蔵さまを見つけたこと、雪をかぶって寒そうだったので笠をかぶせてきたことを話しました。
「最後のお地蔵さまには笠が足りなくてな。わしの手ぬぐいを巻いてきたよ。」
それを聞いたおばあさんは怒りませんでした。
「そうでしたか。それなら、お地蔵さまたちも少し暖かくなったでしょうね。」
二人は顔を見合わせて笑いました。
その夜のことです。
外では雪が静かに降り続いていました。
山も村も、音が消えてしまったように静まり返っています。
おじいさんとおばあさんが眠っていると――。
ドサッ。
何かが家の前に落ちる音がしました。
しばらくすると、
ドサッ。
また聞こえます。
ガサガサ……。
ドサッ。
「なんだろう?」
おじいさんは目を覚ましました。
おばあさんも布団の中から耳を澄ませます。
「外から聞こえますね。」
こんな夜更けに、いったい誰がいるのでしょう。
けれど、やがて音は聞こえなくなりました。
二人は不思議に思いながらも、そのまま朝を待つことにしました。
翌朝。
おじいさんが戸を開けると、思わず声を上げました。
「ばあさん、ちょっと来てごらん!」
「どうしました?」
おばあさんが外へ出てくると、二人はびっくりしました。
家の前には、お米や野菜、薪、山で採れた木の実や果物が、山のように積まれていたのです。
「まあ……!」
「これはいったい、どうしたんだろう。」
二人が驚いていると、頭の上から声がしました。
「昨日のお礼です。」
「え?」
おじいさんとおばあさんが見上げると、家の屋根や近くの木の枝に、たくさんの猿たちがいました。
「お前たちが運んでくれたのかい?」
おじいさんが尋ねると、年をとった猿がうなずきました。
「昨日、峠で見ていました。」
「おじいさんがお地蔵さまたちに笠をかぶせているところを。」
猿たちは夜の間に、山から木の実や果物を集め、薪を運び、村の人たちから分けてもらった野菜や米を届けてくれたのでした。
「どうして、こんなにたくさん……。」
おじいさんが驚いていると、年をとった猿が言いました。
「あなたがお地蔵さまに優しくしているのを見て、私たちも誰かに優しくしてみたくなったんです。」
おじいさんはしばらく猿たちを見つめていました。
そして、にっこり笑いました。
「ありがとう。」
おばあさんも深く頭を下げました。
「本当にありがとう。」
猿たちはうれしそうに声を上げると、木から木へ飛び移りながら山へ帰っていきました。
それからというもの、おじいさんとおばあさんは山へ行くたび、猿たちに声をかけるようになりました。
「おはよう。」
「今日はいい天気だね。」
猿たちも木の上から顔を出し、おじいさんたちを見守りました。
畑の近くへ来ても作物を荒らすことはありませんでした。
やがて長かった冬が終わり、山にも春がやってきました。
雪が溶け、小さな花が咲き始めます。
ある日、おじいさんが峠を通ると、あの六体のお地蔵さまが並んでいました。
おじいさんは足を止めました。
「冬の間は寒かったでしょう。」
そう言って手を合わせ、顔を上げます。
春の柔らかな日差しが、お地蔵さまたちの顔を照らしていました。
その顔は、どことなくうれしそうに、にっこり笑っているように見えたそうです。
おしまい。
登場人物
- おじいさん
心優しく、寒そうにしているお地蔵さまを放っておけず、売れ残った笠をすべてかぶせてあげます。 - おばあさん
おじいさんと慎ましく暮らし、その優しさを温かく受け止めるおばあさんです。 - お地蔵さま
雪の降る峠道に並ぶ六体のお地蔵さま。静かに山や村を見守っています。 - 猿たち
山に暮らす猿たち。おじいさんの行動を木の上から見て、その優しさに心を動かされます。
教訓
- 見返りを求めず誰かを思いやる優しさは、周りの心を動かすことがある。
- 一人の小さな親切が、別の誰かの優しい行動につながっていく。
- 自分が持っているものを誰かのために分けることも、思いやりの一つ。
親子で話したいポイント
- おじいさんは、売れなかった笠をどうしてお地蔵さまにあげたのかな?
- 最後のお地蔵さまの笠が足りなかった時、おじいさんはどうした?
- 猿たちは、おじいさんの姿を見てどんな気持ちになったと思う?
- 誰かに優しくしてもらって、うれしかったことはある?
- 自分だったら、どんな優しさを誰かに届けられるかな?
保育士向け活用ポイント
劇遊びでは、六体のお地蔵さまに笠をかぶせる場面や、猿たちが夜中に荷物を運ぶ場面など、複数の子どもが役を持って参加しやすい題材です。
「思いやり」や「誰かのために行動すること」について考えるきっかけになる昔話です。
おじいさんからお地蔵さまへ、おじいさんの姿を見た猿たちからおじいさんへと優しさがつながるため、「優しさの連鎖」を子どもたちと考える題材にも向いています。
雪、お地蔵さま、笠など、日本の冬や昔の暮らしに触れる導入としても活用できます。


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