宝の下駄(たからのげた)

昔話

あらすじ

むかしむかし、山あいの小さな村に、貧しいけれど働き者の若者が、お母さんと二人で暮らしていました。

ある雨の日、若者は山道で、鼻緒の切れた古い下駄を見つけます。

泥だらけで誰も見向きもしない下駄でしたが、若者は「このまま捨てるのはかわいそうだ」と家へ持ち帰り、丁寧に直してあげました。

するとその夜、誰も履いていないはずの下駄が「からん、ころん」と歩き始めます。

その下駄には、人を思いやる優しい心に応え、困っている人のもとへ導いてくれる不思議な力が宿っていたのです。


本文

むかしむかし、山あいの小さな村に、正吉という若者が住んでいました。

正吉は、年老いたお母さんと二人暮らしでした。

暮らしは決して楽ではありません。

毎朝、まだ空が明るくなる前に起きて山へ入り、薪を集めます。

集めた薪を背負って町まで運び、それを売ったわずかなお金で、米や味噌を買って暮らしていました。

貧しい生活でしたが、正吉は働き者で、いつも明るく暮らしていました。

困っている人を見かければ、自分にできることを手伝うような、心の優しい若者でもありました。

ある日のことです。

朝から雨が降っていました。

正吉はいつものように薪を売った帰り、山道を歩いていました。

雨はなかなかやまず、道はすっかりぬかるんでいます。

正吉は滑らないよう、一歩ずつ慎重に歩いていました。

すると、道ばたに何かが落ちていることに気づきました。

「なんだろう?」

近づいてみると、一足の古びた下駄でした。

長いあいだ雨ざらしになっていたのでしょうか。

泥だらけで、木の表面には傷もあります。

片方の鼻緒はぷつりと切れ、このままでは履くこともできません。

正吉は下駄を拾い上げました。

「持ち主も困っているだろうな。」

辺りを見回してみました。

「誰か、下駄を落としませんでしたかー!」

声をかけてみましたが、返事はありません。

雨の音が山の中に響くだけです。

正吉はしばらく持ち主を探しましたが、とうとう誰も見つかりませんでした。

もう一度、手の中の下駄を見ます。

「こんなに壊れていたら、誰かが捨てたのかもしれないな。」

それでも正吉は、その場に置いていく気にはなれませんでした。

「捨てるのもかわいそうだ。」

そう言って、古い下駄を家へ持ち帰りました。

家に着くと、お母さんが少し驚いた顔をしました。

「正吉、そんな古い下駄をどうするんだい?」

「直してみるよ。まだ履けるようになるかもしれないから。」

正吉は雨で濡れた体を拭くと、さっそく下駄を直し始めました。

泥をきれいに洗い落とし、切れた鼻緒を外します。

そして新しい鼻緒を付け、傷んだところを整え、木の表面を何度も丁寧に磨きました。

「よし。これなら大丈夫だ。」

さっきまで泥だらけだった下駄は、見違えるほどきれいになりました。

正吉は満足そうに眺めました。

「これでまた、誰かが履けるな。」

その日の夜。

正吉とお母さんが眠っていると――。

からん……。

どこからか、小さな音がしました。

ころん……。

正吉は目を覚ましました。

「……なんだ?」

しばらく耳を澄ませます。

家の中は静まり返っています。

外では雨上がりの風が、木の葉をかすかに揺らしていました。

すると、また聞こえました。

からん……。

ころん……。

まるで誰かが下駄を履いて、家の中を歩いているような音です。

「こんな夜中に、誰だろう?」

正吉はそっと布団から起き上がりました。

暗い部屋の中をのぞきます。

すると――。

「えっ?」

昼間、正吉が直したあの下駄がありました。

けれど、誰も履いていません。

それなのに下駄は、

からん。

ころん。

と、ひとりでに歩いていたのです。

正吉は目をこすりました。

「夢じゃないよな……。」

下駄は玄関まで歩いていくと、戸の前でぴたりと止まりました。

そして――。

すうっと戸が開きました。

下駄はそのまま外へ出ていきます。

正吉は驚きながらも、急いで上着を羽織りました。

「どこへ行くんだ?」

そして、下駄のあとをそっと追いかけました。

月明かりの下、

からん。

ころん。

からん。

ころん。

下駄の音だけが、夜の村に響いています。

下駄は村の道を抜け、やがて村はずれにある荒れた畑へたどり着きました。

そこで、ぴたりと止まりました。

そして同じ場所を、

からん。

からん。

と何度も踏み鳴らします。

「ここに何かあるのか?」

正吉は家から持ってきた鍬で、その場所を掘ってみました。

少し掘ると、

ごつん。

鍬の先に何かが当たりました。

土を払いのけてみると、小さな木箱が埋まっています。

「宝箱か?」

正吉は胸を高鳴らせながら、木箱のふたを開けました。

ところが、中に入っていたのは金貨でも小判でもありませんでした。

たくさんの稲の種や、野菜の種です。

「種……?」

さらに、種の下には一枚の紙が入っていました。

正吉が開いてみると、そこにはこう書かれていました。

「困る人のために使うこと。」

正吉はその言葉を何度も読みました。

そして、種の入った木箱を大切に家へ持ち帰りました。

やがて冬が終わり、春になりました。

正吉は木箱に入っていた種を畑へまきました。

毎日水をやり、草を取り、大切に育てました。

すると、その年は不思議なくらい作物がよく育ちました。

稲は黄金色の穂をたくさん実らせ、畑には大きな大根や、みずみずしい野菜が次々とできました。

正吉とお母さんだけでは、とても食べきれないほどです。

「正吉、こんなにたくさんできたよ。」

お母さんもうれしそうです。

けれど正吉は、作物を自分たちだけのものにはしませんでした。

病気で畑仕事のできないおじいさんの家には、採れたての野菜を届けました。

子どもが多く、食べ物に困っている家には、お米を分けました。

村のお祭りの日には、みんなで食べられるようにたくさんの野菜を持っていきました。

村人たちは大喜びです。

「正吉、ありがとう。」

「正吉のおかげで助かったよ。」

けれど正吉は、いつも首を振りました。

「これは、おれだけのものじゃないよ。」

「みんなの宝なんだ。」

そんなある夜のことです。

正吉が眠っていると、

からん……。

ころん……。

あの音が聞こえてきました。

「まただ。」

正吉はすぐに起き上がりました。

宝の下駄が、再び歩き始めていたのです。

今度は村を抜け、山道へ向かっていきました。

正吉があとを追うと、下駄は谷にかかる橋の前で止まりました。

大雨で傷んだのでしょう。

橋の一部が崩れ、今にも落ちそうになっています。

「これは危ない。」

正吉は翌朝、村人たちに知らせました。

「このままだと、誰かが谷へ落ちてしまうかもしれない。みんなで橋を直そう。」

村人たちは木材や縄を持ち寄り、力を合わせました。

一人ではできない大仕事でしたが、みんなで協力すると、やがて丈夫な橋が完成しました。

これで、子どももお年寄りも安心して町へ行けます。

それからも、ときどき宝の下駄は夜になると歩き出しました。

からん。

ころん。

からん。

ころん。

あるときは、道に迷った子どものところへ。

あるときは、重い荷物を運べず困っている足の悪いおばあさんのところへ。

またあるときは、屋根が壊れて雨漏りしている家の前へ。

下駄が止まる場所には、いつも困っている人がいました。

そのたびに正吉は村人たちと力を合わせ、できることを手伝いました。

やがて村では、誰かが困っていれば、正吉がいなくても自然と声をかけ合うようになりました。

「一緒にやろう。」

「こっちは任せてくれ。」

そんな言葉が、村のあちこちから聞こえるようになったのです。

それから数年がたったある日のこと。

その土地を治める殿様が、村を訪れました。

殿様は村を見て驚きました。

道はきれいに整えられ、橋は丈夫に直されています。

畑には作物が実り、村人たちは互いに助け合いながら暮らしていました。

「この村は、ずいぶん助け合いができているな。」

殿様は尋ねました。

「誰が始めたのだ?」

すると村人たちは、みんなそろって正吉を指しました。

「正吉です。」

「正吉が、いつも困っている人を助けてくれたんです。」

殿様は感心し、正吉を呼びました。

「おぬしの働きは立派なものだ。」

そう言って、褒美として立派な小判を差し出しました。

しかし正吉は、深く頭を下げました。

「ありがたいお言葉です。」

「でも、私一人の力ではありません。」

殿様は正吉を見ました。

「村のみんなが力を合わせたから、ここまでできたのです。」

「だから、この褒美も村のみんなのために使わせてください。」

殿様はしばらく正吉の顔を見つめていました。

そして、うれしそうに笑いました。

「なるほど。」

「おぬしこそ、本当の宝を持っている。」

その日の夜のことです。

正吉が家に帰ると、床に置いてあった下駄が淡く光り始めました。

「下駄……?」

正吉がそばへ近づくと、下駄は一度だけ、

からん。

と音を立てました。

そして、光はゆっくりと消えていきました。

正吉はしばらく待ちました。

けれど、下駄が再び歩き出すことはありませんでした。

「そうか……。」

正吉は静かに下駄を手に取りました。

村ではもう、下駄に教えてもらわなくても、困っている人を見つければ誰かが手を差し伸べます。

きっと、下駄の役目は終わったのでしょう。

正吉は宝の下駄を大切に磨き、家の床の間に飾りました。

それから長い年月が流れました。

正吉がおじいさんになってからも、その下駄は大切にされていました。

子どもや孫たちが集まると、正吉は床の間の下駄を指さし、昔の出来事を話して聞かせたそうです。

そして、最後には必ずこう言いました。

「宝とは、お金ではない。」

「人を思いやる心が、一番の宝なんだ。」

その言葉は、正吉がいなくなったあとも、長いあいだ村の人々に語り継がれていきました。

おしまい。


登場人物

  • 正吉
    年老いた母と二人で暮らす、心優しく働き者の若者。泥だらけの古い下駄を大切に直したことから、不思議な出来事に出会います。
  • お母さん
    貧しい暮らしの中でも懸命に働く正吉を、温かく見守る母親。
  • 宝の下駄
    夜になると「からん、ころん」とひとりでに歩き、困っている人や村に必要な場所へ正吉を導く不思議な下駄。
  • 村人たち
    初めは正吉に助けられますが、やがて自分たちも互いに声をかけ合い、助け合うようになります。
  • 殿様
    村を訪れ、人々が助け合って暮らしていることに感心し、正吉たちの心を称える領主。

教訓

  • 本当の宝物は、お金や高価なものではなく、人を思いやる心である。
  • 小さな親切でも、それが広がれば多くの人を幸せにすることができる。
  • 自分が得た幸せを誰かと分かち合うことで、さらに大きな幸せにつながる。
  • 物を大切にする気持ちが、思いがけない出会いや出来事につながることがある。
  • 一人では難しいことでも、みんなで力を合わせれば乗り越えられる。

親子で話したいポイント

  • 正吉は、どうして泥だらけの古い下駄を拾ったのかな?
  • 宝箱の中にお金ではなく種が入っていたのは、どうしてだと思う?
  • 正吉は、たくさんできたお米や野菜をどうしてみんなに分けたのかな?
  • 自分が宝物を見つけたら、どんなことに使いたい?
  • 「みんなのために使う」って、どんなことだと思う?
  • 宝の下駄が最後に動かなくなったのは、どうしてだと思う?

保育士向け活用ポイント

  • 思いやりや助け合いを考える題材に
    正吉の行動だけでなく、次第に村人たち自身が助け合うようになる変化にも注目することで、「誰かにしてもらった親切を、次の人につなげる」という視点で話し合えます。
  • 物を大切にする気持ちにつなげる
    捨てられていた古い下駄を正吉が丁寧に直す場面から、「壊れたらすぐ捨てるのではなく、まだ使える方法はないかな?」と身近な物について考えるきっかけになります。
  • 「本当の宝物」を考える活動に
    宝箱に入っていたのが小判ではなく種だったことや、殿様が正吉に伝えた言葉をもとに、「宝物って何だろう?」と子どもたちなりの考えを話し合えます。
  • 勤労感謝の日や地域とのつながりを学ぶ活動に
    薪を集める正吉、畑仕事、橋を直す村人たちなど、さまざまな仕事や協力する姿が登場します。働くことや、地域の人々が支え合って暮らしていることに目を向ける題材としても活用できます。

コメント

タイトルとURLをコピーしました