怪談牡丹灯籠(かいだんぼたんどうろう)|世界の名作・昔話(日本の怪談)

怖い話・妖怪の話・怪談

あらすじ

ある夏の夜、若い男の前に、美しい女性が現れます。

女性は、牡丹の花が描かれた灯籠を持つ者とともに、毎晩のように男の家の前を通るようになりました。

やがて男は女性に心を奪われ、二人は夜ごと会うようになります。

しかし、その女性には恐ろしい秘密がありました。

彼女は、すでにこの世を去った人だったのです。

夜の闇に揺れる牡丹灯籠と、美しい幽霊との出会いを描いた、日本を代表する怪談の一つです。

本文

むかしむかし、ある町に、一人の若い男が住んでいました。

ある夏の夜のことです。

昼間の暑さがようやくやわらぎ、男は家の外に出て、夜風にあたっていました。

町はすでに静まり返っています。

時折、風が吹くたびに、木の葉がさらさらと音を立てていました。

男がぼんやりと夜道を眺めていると、道の向こうに小さな明かりが見えました。

ぽつり……。

ぽつり……。

暗い道の中を、明かりがゆっくりとこちらへ近づいてきます。

「こんな夜更けに、誰だろう。」

男は目をこらしました。

やがて、その明かりが灯籠であることが分かりました。

灯籠には、美しい牡丹の花が描かれています。

その灯籠を持った者の後ろから、一人の若い女性が歩いてきました。

月明かりに照らされたその女性は、息をのむほど美しい姿をしていました。

けれど、どこか不思議でした。

足音がほとんど聞こえないのです。

しずしずと歩いているのに、草履の音さえ聞こえてきません。

男が見つめていると、女性は静かに家の前を通り過ぎていきました。

牡丹の灯籠の明かりも、やがて暗い夜道の向こうへ消えていきました。

男はいつまでも、その方向を見つめていました。

「今の人は、誰だったのだろう……。」

次の日になっても、男は女性のことが頭から離れませんでした。

そして夜になると、男はまた家の外へ出ました。

もしかしたら、もう一度会えるかもしれない。

そんなことを考えながら待っていると――。

ぽつり……。

暗い道の向こうに、また明かりが現れました。

牡丹の花を描いた灯籠です。

その後ろには、昨夜と同じ女性がいました。

男の胸が高鳴りました。

ところが今度は、女性が男の家の前で立ち止まりました。

女性は男を見つめ、静かな声で言いました。

「少し、お話ししませんか。」

男は驚きましたが、すぐにうなずきました。

二人は夜が更けるまで話をしました。

女性の声は優しく、男はすっかり心を奪われてしまいました。

それからというもの、女性は毎晩のように現れました。

夜が深くなるころ。

ぽつり……。

ぽつり……。

牡丹灯籠の明かりが近づいてくると、男はうれしそうに女性を迎えました。

そして二人は、人々が眠りについた静かな夜に、長い時間を一緒に過ごしました。

男はいつしか、女性に恋をしていました。

けれど、近所の人々は不思議に思っていました。

男の家の前を通ると、夜中だというのに、誰かと話している声が聞こえるのです。

ある日、近所の人が男に尋ねました。

「毎晩、誰かがあなたの家へ来ているようだが、いったい誰なんだ?」

男は少し照れながら答えました。

「美しい女性なんです。毎晩、牡丹の花が描かれた灯籠と一緒にやってくるのです。」

それを聞いた近所の人の顔から、さっと血の気が引きました。

「牡丹の灯籠……?」

「ええ。」

「その女性は、どんな人なんだ?」

男が女性のことを詳しく話すと、近所の人はしばらく黙り込みました。

そして、震える声で言いました。

「その女性なら……もう亡くなっているはずだ。」

男は耳を疑いました。

「そんなはずはない。」

毎晩話をしています。

目の前で笑います。

優しい声で自分の名前を呼びます。

「あの人が、死んでいるはずがない。」

けれど、胸の奥には冷たい不安が広がっていきました。

男は女性について調べてみることにしました。

そして、ある場所で一つの墓を見つけました。

そこには――。

毎晩、自分のもとを訪れていた女性の名が刻まれていました。

男はその場から動けなくなりました。

「では……私は毎晩、誰と話していたんだ……。」

これまで気にも留めていなかったことが、次々と思い出されます。

音もなく歩く姿。

夜にしか現れないこと。

暗闇の中を揺れながら近づいてくる、牡丹の灯籠。

男の背中に冷たいものが走りました。

その夜、男は一人で家にいることが怖くなりました。

けれど、夜が深くなるにつれて、どうしてもあの女性のことが気になります。

恐ろしい。

それなのに、会いたい。

そんな二つの気持ちが、男の心の中で入り混じっていました。

やがて――。

ぽつり……。

男の顔がこわばりました。

道の向こうに、小さな明かりが見えます。

ぽつり……。

ぽつり……。

牡丹灯籠です。

いつものように、こちらへ近づいてきます。

男は戸の隙間から外を見ました。

灯籠の後ろには、あの女性がいました。

いつもと同じ美しい姿です。

女性は家の前まで来ると、静かに立ち止まりました。

「今夜は、お会いできないのですか。」

男は声を出すことができませんでした。

女性の声は、今までと同じように優しく聞こえます。

けれど、その優しさが今は恐ろしく感じられました。

男は翌日、寺へ向かいました。

そして僧侶に、これまで起きたことをすべて話しました。

僧侶は静かに話を聞き終えると、言いました。

「その者は、この世の人ではありません。」

男はうつむきました。

「私は、どうすればよいのでしょう。」

「今夜は家を守りましょう。何が聞こえても、決して外へ出てはいけません。」

その夜。

男は家の中で、僧侶に教えられたとおりにお経を唱えていました。

外は静まり返っています。

やがて、遠くから明かりが近づいてきました。

ぽつり……。

ぽつり……。

男の手が震えました。

牡丹灯籠の明かりが、家の前までやってきました。

けれど、その夜は中へ入ってきません。

しばらくすると、戸の向こうから女性の声がしました。

「どうして、会ってくださらないのですか。」

男は目を閉じ、お経を唱え続けました。

「私は、ここにおります。」

声はすぐそばから聞こえます。

それでも男は外へ出ませんでした。

やがて――。

声が聞こえなくなりました。

男が恐る恐る耳をすませます。

しん……。

何も聞こえません。

しばらくして戸の隙間から外を見ると、牡丹灯籠の明かりは遠くへ離れていました。

ぽつり……。

ぽつり……。

暗い夜道を、小さな明かりが遠ざかっていきます。

そして最後には、闇の中へすうっと消えてしまいました。

それから、女性が男の前に姿を見せることはありませんでした。

けれど、夏の蒸し暑い夜。

人気のない道の向こうに、牡丹の花を描いた小さな灯籠の明かりが見えることがあるといいます。

ぽつり……。

ぽつり……。

もしその後ろに、美しい女性の姿が見えても――。

決して、ついていってはいけません。

おしまい。

登場人物

若い男
夏の夜に美しい女性と出会い、毎晩会ううちに恋をする主人公。

女性の幽霊
牡丹の花を描いた灯籠を持つ者とともに夜道を歩き、男の前に現れる美しい女性。実はすでにこの世を去っています。

僧侶
女性の正体を知った男から相談を受け、災いから身を守る方法を教える人物。

近所の人
男から女性について聞き、その女性がすでに亡くなっていることを伝える人物。

教訓

知らない相手を簡単に信用せず、違和感を感じたときには立ち止まって考える。

怖いことや自分だけでは判断できないことが起きたときは、一人で抱え込まず、信頼できる人に相談する。

見た目だけで相手のすべてを判断しないことが大切。

親子で話したいポイント

男はどうして女性を信じ、毎晩会うようになったのかな?

男が「何かおかしい」と気づくことができたのは、どんなところだろう?

怖いことや不思議なことがあったら、誰に相談する?

「きれいな人だから安心」「優しそうだから大丈夫」とは限らないのは、どうしてだろう?

保育士向け活用ポイント

幼児向けに扱う場合は幽霊そのものの恐怖を強調しすぎず、「知らない人についていかない」「何かおかしいと感じたら信頼できる大人に相談する」といった安全教育につなげることができます。

夏の怪談として読み聞かせを楽しむほか、暗闇や灯籠を題材にした制作活動や、「怖いときにはどうする?」と子どもたちと考える活動にも発展させられます。

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