あらすじ
むかしむかし、山に囲まれた小さな村に、仲の良い夫婦が暮らしていました。
二人は子どもに恵まれず、村の小さな神社へ通っては、毎日のように「どうか子どもを授けてください」と願っていました。
ある晩、夫婦の夢に神様が現れます。
「願いは聞き届けよう。ただし、どんな姿であっても大切に育てなさい。」
やがて夫婦のもとに生まれたのは、人間の赤ん坊ではなく、なんと一匹の小さなたにしでした。
驚きながらも、夫婦は神様との約束を守り、たにしを我が子として大切に育てます。
やがて成長したたにしは、「お嫁さんを迎えたい」と言い出しました。
村中が驚くなか、一人の心優しい娘が、たにしの心を信じて嫁ぐことを決意します。
すると、思いもよらない奇跡が起こるのでした。
本文
むかしむかし、山に囲まれた小さな村に、仲の良い夫婦が住んでいました。
二人は朝早くから田んぼへ出て、一生懸命に働いていました。
春には田を耕し、夏には汗を流しながら草を取り、秋には実った稲を刈り取ります。
家のそばには小さな畑もあり、季節ごとに野菜を育てていました。
暮らしは決して豊かではありませんでしたが、村の人たちとも助け合いながら、二人は穏やかに暮らしていました。
けれど、夫婦には一つだけ、長いあいだかなわない願いがありました。
「子どもがほしいねえ。」
「そうだな。いつか、わしらのところにも来てくれるといいな。」
二人は何年たっても、子どもに恵まれませんでした。
そこで夫婦は、村のはずれにある小さな神社へお参りするようになりました。
春も。
夏も。
秋も。
そして、雪の降る寒い冬の日も。
二人は神様の前で手を合わせました。
「どうか、私たちに子どもを授けてください。」
「どんな子でも、大切に育てます。」
そんなある晩のことです。
夫婦が眠っていると、二人は同じ夢を見ました。
まぶしい光の中に、白いひげをたくわえた神様が立っています。
神様は穏やかな声で言いました。
「お前たちの願いは聞き届けよう。」
夫婦は喜びました。
ところが、神様は続けました。
「ただし、覚えておきなさい。」
「どんな姿で生まれてきても、決して嫌わず、大切に育てるのだ。」
夫婦は迷うことなく答えました。
「はい。」
「どんな姿であっても、私たちの子どもです。」
すると神様は満足そうにうなずき、光とともに消えていきました。
そして翌年のことです。
ついに夫婦のもとへ、待ち望んでいた子どもが生まれました。
ところが――。
「これは……。」
お父さんは目を丸くしました。
お母さんも驚いて、言葉を失いました。
そこにいたのは、人間の赤ん坊ではありません。
手のひらにのるほど小さな、一匹のたにしだったのです。
夫婦はしばらく、たにしを見つめていました。
けれど二人は、あの夜の神様の言葉を思い出しました。
――どんな姿で生まれてきても、決して嫌わず、大切に育てるのだ。
お母さんは、小さなたにしをそっと手のひらにのせました。
「そうだね。」
「どんな姿でも、この子は私たちの大切な子どもだよ。」
お父さんもうなずきました。
「ああ。神様が授けてくださった、大事な子だ。」
それから夫婦は、たにしを我が子として大切に育てました。
すると、そのたにしは普通のたにしとはまるで違いました。
少し大きくなると、人間の言葉を話すようになったのです。
「お父さん。」
「お母さん。」
初めてそう呼ばれた日、夫婦はうれしくて涙を流しました。
たにしは、とても賢い子でもありました。
お父さんが文字を教えると、すぐに覚えました。
本を読んで聞かせれば、話の内容をしっかり理解します。
田んぼの様子を見れば、
「今年は水を少し多くしたほうがいいかもしれません。」
と知恵を出すこともありました。
村の人たちは、初めのうちは驚きました。
「たにしが話しているぞ。」
「本当にあの夫婦の子どもなのか?」
珍しそうに見に来る人もいました。
けれど、たにしは誰に対しても優しく、礼儀正しく接しました。
困っている人がいれば知恵を貸し、子どもたちにも優しく話しかけます。
やがて村人たちも、
「姿はたにしだけれど、本当に優しい子だ。」
「賢くて立派な子じゃないか。」
と、かわいがるようになりました。
それから年月が流れました。
ある日のことです。
成長したたにしが、両親に言いました。
「お父さん、お母さん。お願いがあります。」
「なんだい?」
たにしは少し恥ずかしそうに言いました。
「私は、お嫁さんを迎えたいと思っています。」
「えっ?」
お父さんとお母さんは顔を見合わせました。
まさか、たにしからそんな話をされるとは思っていなかったのです。
「お嫁さんか……。」
お父さんは困った顔をしました。
「お前が優しい子だということは、わしらが一番よく知っている。」
「でも、お前の姿を見て、お嫁さんになってくれる娘がいるかどうか……。」
それでも、たにしの気持ちは真剣でした。
お父さんは息子の願いをかなえてやりたいと思い、村の家々を訪ねて回ることにしました。
「うちの息子の嫁になってくれる娘さんはいませんか。」
しかし、返ってくる答えは同じでした。
「いくら優しいと言っても、たにしには嫁げません。」
「娘をたにしのところへやるなんて……。」
誰も首を縦には振ってくれません。
お父さんは何軒も訪ねました。
けれど、なかなかお嫁さんになってくれる人は見つかりませんでした。
そして最後に、三人の娘がいる家を訪ねました。
事情を聞いた娘たちの父親は、三人を呼びました。
「たにしの家から、嫁になってくれる娘はいないかと話が来ている。」
そして尋ねました。
「お前たちの中に、たにしのもとへ嫁いでもよいという者はいるか?」
長女はすぐに首を振りました。
「無理です。」
「たにしと夫婦になるなんて、考えられません。」
次女も困った顔をしました。
「私も怖くてできません。」
父親はうなずきました。
「そうか……。」
そのときです。
一番下の三女が、静かに立ち上がりました。
「お父さん。」
「私は行きます。」
「えっ?」
家族は驚きました。
「本当にいいのか?」
「相手は、たにしなのだぞ。」
三女は静かにうなずきました。
「村の人から、あの方のお話を何度も聞いています。」
「優しくて、賢くて、困っている人にも親切にしているのでしょう?」
父親は答えました。
「ああ。それは本当らしい。」
三女は微笑みました。
「それなら私は、姿だけではなく、その人の心を見たいと思います。」
こうして三女は、たにしのもとへ嫁ぐことになりました。
お父さんとお母さんは大喜びです。
「こんな息子のところへ来てくれて、本当にありがとう。」
三女は首を振りました。
「私が決めたことです。これからよろしくお願いします。」
たにしも、心から三女を大切にしました。
二人の暮らしが始まりました。
三女は毎日食事を作り、畑仕事を手伝いました。
たにしも自分にできることを見つけて働きました。
夜になると、二人はその日にあったことを話しました。
「今日は畑で大きな大根がとれましたよ。」
「それはよかった。明日は私も見に行きたいです。」
初めは不思議に感じていた三女も、いつしかたにしと話す時間を楽しみにするようになっていました。
そんなある満月の夜のことです。
家族が眠りにつき、村中が静まり返ったころでした。
窓から、白い月の光が差し込んでいます。
三女は、ふと目を覚ましました。
「……?」
部屋の中に、誰かがいるような気がしました。
三女が起き上がると、月明かりの中に一人の若者が立っていました。
見たことのない、立派な若者です。
「ど、どなたですか?」
三女は驚いて尋ねました。
すると若者は、穏やかに笑いました。
「驚かせてしまって申し訳ありません。」
そして言いました。
「私です。」
「あなたと暮らしている、たにしです。」
三女は目を見開きました。
「あなたが……?」
若者はうなずきました。
「私は昼のあいだは、たにしの姿をしています。」
「けれど夜になると、人の姿になることができるのです。」
三女は驚きながらも、若者の顔をじっと見つめました。
その声も、話し方も、いつものたにしと同じでした。
若者は深く頭を下げました。
「あなたは、私の姿を見ても嫌わず、心を見てくれました。」
「本当にありがとうございます。」
三女は優しく微笑みました。
「姿が変わっても、あなたはあなたです。」
その言葉を聞いた若者も、うれしそうに笑いました。
それから毎晩、たにしは人の姿になり、家族と語り合うようになりました。
お父さんとお母さんも、初めてその姿を見たときには驚きました。
けれど何より、息子が幸せそうに暮らしていることを喜びました。
そして、ある夜のことです。
家の中が突然、柔らかな光に包まれました。
あの神様が現れたのです。
お父さんとお母さんは、すぐに気づきました。
「神様……!」
神様は家族を見渡し、三女に言いました。
「お前は、姿だけで相手を決めつけず、その心を信じた。」
そして、たにしに向かって言いました。
「お前もまた、両親の愛情を受け、優しい心を失わずに育った。」
神様が手をかざすと、まばゆい光がたにしを包みました。
やがて光が消えると、そこにはもう、たにしの姿はありませんでした。
あの夜と同じ、立派な若者が立っていたのです。
それから若者は、昼も夜も人の姿で暮らせるようになりました。
お父さんとお母さんは涙を流して喜びました。
三女も、うれしそうに若者の隣に立ちました。
若者は、これまで以上によく働きました。
田んぼを広げ、畑を増やし、たくさんの作物を育てました。
けれど、自分の家だけが豊かになればよいとは考えませんでした。
困っている人がいれば食べ物を分け、畑仕事に困っている家があれば手伝いました。
少しずつ家は豊かになり、やがて村全体も活気に満ちていきました。
村人たちは言いました。
「あの家は、すっかり長者になったなあ。」
「立派なたにし長者だ。」
けれど若者は、その言葉を聞くたびに笑いました。
「お金や田んぼが増えたから、長者になったのではありません。」
そして、年老いたお父さんとお母さん、隣にいる妻を見ました。
「私をどんな姿でも愛してくれた家族がいる。」
「そして、私の心を信じてくれた人がいる。」
「それが、私にとって一番の幸せです。」
お父さんとお母さんはうれしそうに笑い、三女もそっと若者の隣で微笑みました。
それから家族は、いつまでも仲良く幸せに暮らしたということです。
おしまい。
登場人物
- たにし
神様から授かった不思議な子ども。たにしの姿をしていますが、人の言葉を話し、賢く優しい心を持っています。成長して三女を妻に迎え、その優しさによって人の姿で暮らせるようになります。 - 夫婦
長いあいだ子どもを願い続けていた、心優しい両親。たにしの姿で生まれてきた我が子に驚きながらも、神様との約束を守り、愛情いっぱいに育てます。 - 三女
三人姉妹の末娘。たにしの外見ではなく、その人柄や優しい心を知ろうとし、自分の意思で嫁ぐことを決めます。 - 神様
夫婦の願いを聞き届け、たにしを授けた存在。最後には家族の愛情と三女の優しさを認め、たにしを人の姿へと変えます。
教訓
- 人の価値は、見た目だけで決められるものではない。
- 相手の人柄や心を知ろうとすることが大切。
- どんな姿であっても大切な存在として受け入れる家族の愛情が、人を支える力になる。
- 相手を信じ、大切にする気持ちが幸せにつながっていく。
親子で話したいポイント
- お父さんとお母さんは、どうしてたにしを大切に育てたのかな?
- 三女は、どうしてたにしのお嫁さんになることを決めたのかな?
- 長女や次女と、三女の考え方はどこが違っていた?
- 見た目だけではわからない、その人の良いところにはどんなものがあるかな?
- たにしにとって「本当の幸せ」は何だったと思う?
- 自分のことを大切にしてくれる人は誰かな?
保育士向け活用ポイント
- 「見た目と心」について考える題材に
たにしという意外な姿の主人公を通して、「見た目だけで、その人のことを全部わかるかな?」と子どもたちと考えるきっかけになります。 - 多様性や相手を知ろうとする姿勢につなげる
三女が「姿ではなく心を見たい」と考えたことから、自分と違う特徴を持つ相手に対しても、その人自身を知ろうとすることの大切さを話し合えます。 - 家族の愛情を考える活動に
たにしの姿で生まれた我が子を大切に育てる両親の姿から、「家族にしてもらってうれしかったこと」「自分が大切にされていると感じるとき」などを話す活動につなげられます。 - 昔話ならではの展開を楽しむ
「たにしが話す」「夜になると若者になる」「神様の力で姿が変わる」といった昔話らしい不思議な展開が多く、読み聞かせ後に好きな場面を絵にしたり、続きを想像したりする活動にも発展させられます。


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