天狗の隠れみの(てんぐのかくれみの)

昔話

あらすじ

むかしむかし、山のふもとの村に、いたずら好きの太郎という少年が住んでいました。

ある日、太郎は山に住む天狗が「隠れみの」という不思議な宝物を持っているという話を耳にします。

そのみのを身につけると、誰からも姿が見えなくなるというのです。

「それがあれば、誰にも見つからずに好きなことができるぞ。」

そう考えた太郎は、知恵を使って天狗から隠れみのを借りることに成功します。

本当に姿が見えなくなった太郎は大喜び。

ところが、誰にも見られていないと思ったことで、だんだんと心が大きくなっていきます。

不思議な力を手に入れた太郎が、最後に気づいた大切なこととは――。


本文

むかしむかし、山のふもとの小さな村に、太郎という少年が住んでいました。

太郎は元気いっぱい。

朝から晩まで村中を走り回っているような子どもでした。

木に登ったり、

川で魚を追いかけたり、

友だちとかくれんぼをしたり。

遊ぶことなら何でも大好きです。

けれど、太郎には一つだけ困ったところがありました。

それは――。

いたずらが大好きなことです。

ある日は、友だちの後ろからこっそり近づいて、

「わっ!」

「うわあ!」

驚いた友だちを見て大笑い。

またある日は、村のおじいさんが置いていた草履を少しだけ別の場所へ動かしてしまいました。

「おかしいなあ。ここに置いたはずなんだが。」

困っているおじいさんを物陰から見ながら、太郎はくすくす笑います。

「また太郎のいたずらじゃないのか?」

村の人たちはすっかり慣れていました。

「太郎!」

「はーい!」

返事だけは立派ですが、しばらくするとまた何かやっています。

「まったく、あの子は。」

村人たちはあきれながらも、元気な太郎を見守っていました。

そんなある日のことです。

太郎はいつものように、一人で山へ遊びに行きました。

山道を走り、

木の実を拾い、

大きな木の枝へ登ります。

「今日は何をして遊ぼうかな。」

その時でした。

少し離れたところから、人の話し声が聞こえてきました。

「知っているか?」

「何をだ?」

「この山の天狗様の話だよ。」

太郎はぴたりと動きを止めました。

「天狗?」

大きな木の陰へ隠れ、そっと耳を澄ませます。

「天狗様は、不思議な宝物を持っているそうだ。」

「宝物?」

「隠れみのというものだ。」

「それを着ると、どうなる?」

「なんと、誰からも姿が見えなくなるらしい。」

太郎の目が輝きました。

「姿が……見えなくなる?」

話をしていた人たちは、そのまま山道を歩いていきました。

けれど太郎は、しばらく木の陰から動きませんでした。

頭の中は、隠れみののことでいっぱいです。

「誰からも見えなくなる……。」

太郎は想像しました。

姿が見えなければ、かくれんぼでは絶対に負けません。

友だちの後ろから近づいても気づかれません。

大人たちにも見つかりません。

「それなら、どんないたずらだってできるじゃないか。」

太郎はにやりと笑いました。

「よし。」

「天狗から、その隠れみのを手に入れてやろう。」

けれど、天狗が大切な宝物を簡単にくれるはずはありません。

太郎は家へ帰ってからも考え続けました。

「貸してくださいと言っても、きっとだめだ。」

「盗むなんてできないし……。」

しばらくすると、太郎は何かを思いつきました。

「そうだ!」

次の日。

太郎は朝から山へ向かいました。

昨日よりも、ずっと奥まで入っていきます。

木々は次第に高くなり、村の音も聞こえなくなっていきました。

ざわざわ……。

風が木の葉を揺らします。

時折、どこからともなく、

カアー。

とカラスの声が響きました。

「天狗って、どこにいるんだろう。」

太郎は辺りを見回しました。

山の奥には大きな杉の木が何本も立っています。

その先には薄い霧がかかっていました。

太郎は少し怖くなりました。

けれど、隠れみのが欲しい気持ちの方が勝っています。

太郎は大きく息を吸いました。

そして、山中に聞こえるような声で叫びました。

「天狗の隠れみのなんて、たいしたことないぞー!」

しん……。

何も起こりません。

太郎はもう一度叫びました。

「姿が消えるなんて、きっと嘘だ!」

「そんなもの、本当は何の役にも立たないぞー!」

その瞬間――。

ざああああっ!

突然、強い風が吹きました。

「うわっ!」

木々が大きく揺れます。

太郎は腕で顔を隠しました。

びゅうううう……。

風が山の中を駆け抜けます。

そして――。

どさっ!

何かが、太郎の前に降り立ちました。

「え……。」

太郎はゆっくり顔を上げました。

そこには、一人の天狗が立っていました。

真っ赤な顔。

長い鼻。

大きな体。

背中には立派な翼があります。

手には羽団扇を持っていました。

天狗は太郎をじろりと見下ろしました。

「小僧。」

低い声が響きます。

「今、何と言った?」

太郎は思わず一歩下がりました。

近くで見る天狗は、思っていたよりずっと迫力があります。

「え、ええと……。」

「わしの隠れみのが役に立たぬと言ったな?」

太郎は怖くなりました。

けれど、ここで逃げてしまえば隠れみのは手に入りません。

太郎は胸を張りました。

「だって、本当に姿が消えるかどうか分からないじゃないか。」

「なんだと?」

天狗の眉がぴくりと動きました。

「この隠れみのは、山の宝物だ。」

天狗は自分が身につけていた古びたみのを指しました。

「これを着れば、人間だろうが妖怪だろうが、誰からも姿が見えなくなる。」

太郎はわざと首をかしげました。

「本当かなあ。」

「疑うのか!」

「だって、見たことないもの。」

天狗は負けず嫌いでした。

「ならば、見せてやろう。」

そう言うと、天狗は隠れみのを体へまといました。

すると――。

すうっ。

「えっ?」

太郎の目の前から、天狗の姿が消えました。

羽も、

長い鼻も、

大きな体も、

何も見えません。

そこには山道があるだけです。

「す、すごい……。」

思わず太郎は本気で驚きました。

すると、何もないところから天狗の声が聞こえてきました。

「どうだ。」

「本物だと分かったか。」

太郎は慌てて考えました。

ここで「分かった」と言えば、それで終わってしまいます。

「うーん。」

太郎は腕を組みました。

「まだ分からないな。」

「何?」

天狗の声が少し怒りました。

「だって、天狗がどこかへ隠れただけかもしれないじゃないか。」

「そんなことをするものか!」

すうっ。

再び天狗の姿が現れました。

「ちゃんとここにおったわ!」

太郎は言いました。

「でも、ぼくが着ても消えるのかな?」

「もちろんだ。」

「天狗にしか使えないんじゃない?」

「人間でも使える!」

「本当に?」

「本当だ!」

太郎は少し笑いました。

「じゃあ、ぼくにも着せてみてよ。」

「よかろう!」

天狗は勢いよく隠れみのを脱ぎました。

そして太郎へ差し出します。

「着てみろ!」

「うん!」

太郎は心の中で、

「やった!」

と叫びました。

隠れみのを受け取り、肩から体へまといます。

すると――。

すうっ。

自分の手が消えました。

「わっ!」

足もありません。

体も見えません。

太郎は驚いて自分の手を何度も動かしました。

けれど、何も見えません。

「本当に消えた!」

「どうだ!」

天狗は得意そうです。

「これでわしの宝物が本物だと分かっただろう。」

「ああ!」

太郎は答えました。

そして――。

「それじゃあ!」

「ん?」

太郎は走り出しました。

たったったったっ!

「お、おい!」

天狗には太郎の姿が見えません。

「待て、小僧!」

「ありがとう、天狗!」

「待たんかー!」

太郎は笑いながら山を駆け下りました。

「やった!」

「隠れみのを手に入れたぞ!」

木々の間を抜け、

川を越え、

村へ向かいます。

後ろから天狗の怒った声が聞こえたような気がしましたが、太郎は振り返りませんでした。

村へ戻ると、太郎はさっそく隠れみのを試しました。

家の裏でみのを身につけます。

すうっ。

やはり姿が消えました。

「へへへ。」

太郎は笑いました。

「これなら何でもできるぞ。」

まず向かったのは、友だちが遊んでいる広場でした。

「太郎、今日は来ないのかな。」

「知らない。」

太郎はそっと友だちの後ろへ近づきました。

もちろん誰にも見えません。

そして耳元で――。

「わっ!」

「うわあっ!」

友だちは飛び上がりました。

「誰だ!」

辺りを見回します。

誰もいません。

「今、声がしたよな?」

「した!」

太郎は口を押さえて笑いました。

次は、別の友だちの肩を、

ちょん。

とつつきました。

「ん?」

振り返っても誰もいません。

反対側から、

ちょん。

「えっ?」

太郎はおかしくてたまりません。

「これは面白い!」

その日は一日中、村のあちらこちらでいたずらをしました。

けれど、誰にも見つかりません。

「隠れみのって最高だな。」

太郎はすっかり得意になりました。

次の日。

太郎は隠れみのを着て、村のお店へ行きました。

店先には、おいしそうな団子や菓子が並んでいます。

「うまそうだなあ。」

太郎のお腹が鳴りました。

店のおじさんは奥で仕事をしています。

太郎には気づきません。

太郎は団子へ手を伸ばしました。

「一つくらい……。」

指が団子に触れます。

「誰にも見えないんだから、分からないよな。」

その時でした。

店のおじさんが、奥で独り言のようにつぶやきました。

「誰も見ていないからって、悪いことをしていいわけじゃないからなあ。」

太郎の手が止まりました。

「……。」

もちろん、おじさんは太郎に言ったわけではありません。

何か別のことを考えていたのでしょう。

けれど、その言葉は太郎の胸に突き刺さりました。

「誰も見ていないからって……。」

太郎は団子から手を離しました。

そして、そっと店を出ました。

村の道を歩きながら、太郎は考えました。

隠れみのを着ている自分の姿は、誰にも見えません。

友だちにも。

大人にも。

お店のおじさんにも。

「でも……。」

太郎は自分の胸に手を当てました。

「ぼくには、自分が何をしているか分かってる。」

誰にも見られていない。

だから何をしてもいい。

昨日まではそう思っていました。

けれど、本当にそうでしょうか。

太郎は急に、隠れみのが重たく感じました。

「天狗に返そう。」

太郎は決めました。

「これは、ぼくが持っていていいものじゃない。」

その日の夕方。

太郎は隠れみのを抱え、再び山へ向かいました。

日が暮れ始めています。

「暗くなる前に返さなくちゃ。」

山道を急ぎました。

木々の間から差し込む夕日の光が、少しずつ赤くなっていきます。

やがて山の中は薄暗くなりました。

ざわざわ……。

風が強くなってきました。

「天狗、まだいるかな。」

太郎が山の奥へ進んでいると――。

ばさばさばさっ!

突然、頭の上から大きな羽音がしました。

「うわっ!」

太郎は驚いて身をかがめました。

大きな鳥が、すぐ頭の上を飛んでいきます。

その拍子に――。

びりっ!

「え?」

太郎が抱えていた隠れみのが、木の枝に引っかかりました。

「あっ!」

太郎が手を伸ばします。

けれど、その瞬間。

びゅううううっ!

強い風が吹きました。

隠れみのが枝から外れます。

ふわっ。

「待って!」

隠れみのは風に乗って飛んでいきました。

太郎は慌てて追いかけました。

「待てー!」

山道を走ります。

みのは木々の間を舞い上がり、どんどん遠くへ飛んでいきます。

すると――。

ばさっ!

先ほどの大きな鳥が飛んできました。

そして、空中の隠れみのをくちばしでくわえました。

「あっ!」

「それ、食べ物じゃないぞ!」

けれど鳥は、そのまま山の奥へ飛んでいってしまいました。

太郎は必死に追いかけました。

やがて、大きな木の上に鳥の巣を見つけました。

「あそこだ!」

鳥は隠れみのを巣へ運んでいました。

太郎が木の下から見上げていると――。

びりっ。

びりびりっ。

鳥は隠れみのをくちばしで細かくちぎり始めました。

「やめてくれ!」

びりっ。

「それは天狗の宝物なんだ!」

びりびりびり……。

とうとう隠れみのは、巣の材料にされてしまいました。

太郎は木の下で立ち尽くしました。

「そんな……。」

あんなに欲しかった隠れみの。

姿を消せる、不思議な宝物。

それがもう、元には戻りません。

太郎はがっかりして地面へ座り込みました。

「天狗に何て言えばいいんだ……。」

しばらく、ぼんやりと鳥の巣を見上げていました。

けれど――。

太郎はふと、昼間のお店で聞いた言葉を思い出しました。

「誰も見ていないからって、悪いことをしていいわけじゃない。」

太郎は自分の手を見ました。

今は、ちゃんと見えています。

「そうか。」

姿が見えていても。

見えなくても。

正しいことをするかどうかを決めるのは、自分です。

太郎はゆっくり立ち上がりました。

「隠れみのがなくても、いいんだ。」

そして、山の奥へ向かって大きな声で叫びました。

「天狗ー!」

返事はありません。

「ごめんなさーい!」

声が山に響きます。

「隠れみのを勝手に持っていって、ごめんなさーい!」

しばらくすると――。

ざあああ……。

山の木々を風が吹き抜けました。

太郎は辺りを見回しました。

けれど、天狗の姿はありません。

ただ、どこか遠くから、

「分かればよい。」

そんな声が聞こえたような気がしました。

太郎は深く頭を下げました。

村へ帰ってから、太郎は少しずつ変わりました。

もちろん、すぐにおとなしい子どもになったわけではありません。

相変わらず走り回り、

友だちとふざけ、

時にはいたずらもします。

けれど、いたずらをする前に、

「これをしたら、相手は嫌かな?」

と考えるようになりました。

友だちが困っていれば、

「手伝うよ。」

と声をかけます。

年寄りが重い荷物を運んでいれば、

「ぼくが持つ!」

と走っていきました。

村の人たちも、少しずつ太郎の変化に気づきました。

「最近、太郎は変わったな。」

「いたずらはするけど、前とはちょっと違う。」

「少しお兄さんになったのかもしれないね。」

ある日。

友だちと遊んでいる時、一人の子が尋ねました。

「太郎、本当に姿を消せるみのを持ってたの?」

太郎は笑いました。

「持ってたよ。」

「いいなあ!」

「ぼくも欲しい!」

「姿が消えたら、何でもできるじゃん!」

太郎は少し考えました。

そして首を振りました。

「そうでもないよ。」

「どうして?」

「姿が見えなくても、自分からは自分が見えてるから。」

友だちは不思議そうな顔をしました。

「何それ?」

「ぼくにも、うまく説明できない。」

太郎は笑いました。

「でも、そういうことなんだ。」

夕方。

遊び疲れた太郎は、一人で山の方を眺めていました。

赤い夕日が山の向こうへ沈んでいきます。

その時――。

山の上を、大きな黒い影が横切りました。

ばさっ。

ばさっ。

「……天狗?」

太郎は目を凝らしました。

けれど、影はすぐに雲の向こうへ消えてしまいました。

ざあああ……。

山から風が吹いてきます。

太郎は少し笑いました。

そして、誰もいない山へ向かって小さく頭を下げました。

おしまい。


登場人物

  • 太郎
    元気いっぱいでいたずら好きな少年。姿を消せる隠れみのを手に入れ、誰にも見つからないことを楽しみますが、「見られていなくても自分は自分の行動を知っている」ことに気づいていきます。
  • 天狗
    山に住む妖怪。身につけると姿が見えなくなる不思議な「隠れみの」を持っています。太郎に挑発され、隠れみのの力を見せたことで、太郎に持っていかれてしまいます。
  • 店のおじさん
    太郎の姿が見えているわけではありませんが、偶然口にした言葉が、太郎に自分の行動を考え直すきっかけを与えます。
  • 村人や友だち
    太郎のいたずらに困りながらも、その成長を見守る人々です。

教訓

  • 誰にも見られていない時でも、自分の行動を自分自身は知っている。
  • 不思議な力や便利な道具も、使う人の心によって良いものにも悪いものにもなる。
  • 「できること」と「してもよいこと」は同じではなく、行動する前に相手の気持ちを考えることが大切。
  • 失敗をした時には、それを隠すのではなく、自分の行動を振り返り、次の行動を変えていくことができる。

親子で話したいポイント

  • もし姿が見えなくなる隠れみのがあったら、何をしてみたい?
  • 太郎は、どうやって天狗から隠れみのを借りたのかな?
  • 太郎はどうしてお店の団子を取るのをやめたのだろう?
  • 誰にも見られていなかったら、何をしてもいいのかな?
  • 太郎は隠れみのをなくしたあと、どんなふうに変わった?

保育士向け活用ポイント

  • 「誰も見ていない時でも守りたいこと」を考えるなど、道徳性や社会性につながる読み聞かせとして活用できます。
  • 太郎を一方的に「悪い子」として扱うのではなく、いたずら好きな子どもが経験を通して自分で気づき、行動を変えていく物語として伝えることができます。
  • 「姿が見えなくなったら何をしたい?」という問いから始めると、子どもたちの想像が広がり、その後に「してもいいこと・困ること」を考える活動へつなげられます。
  • 天狗が現れる場面や太郎の姿が消える場面では、声の大きさや間を工夫することで、不思議さや少しゾクッとする雰囲気を楽しめます。
  • 天狗、太郎、村人など役割が分かりやすく、隠れみのを使ったごっこ遊びや4〜5歳児の劇遊びにも発展させやすい題材です。

コメント

タイトルとURLをコピーしました