あらすじ
むかしむかし、ある村に、貧しいけれど心の優しいおじいさんが住んでいました。
ある日、おじいさんが山へ薪を拾いに行くと、罠にかかって苦しんでいる一匹のたぬきを見つけます。
「かわいそうに」と罠を外してやると、たぬきは何度も振り返りながら山の奥へ帰っていきました。
その夜、おじいさんの家に不思議な茶釜がやってきます。
次の日、お湯を沸かそうとすると、茶釜から突然「熱い、熱い!」という声が。
驚くおじいさんの前で、茶釜から顔を出したのは、昨日助けたあのたぬきでした。
たぬきは恩返しのため、茶釜の姿で芸を見せることを思いつきます。
こうして、おじいさんと不思議な茶釜の楽しい日々が始まります。
本文
むかしむかし、山のふもとの小さな村に、一人のおじいさんが住んでいました。
おじいさんは決して裕福ではありませんでした。
小さな古い家に住み、畑を耕したり、山で薪を拾ったりしながら、つつましく暮らしていました。
それでも、おじいさんはいつも穏やかでした。
困っている人がいれば手を貸し、腹をすかせた動物を見つければ、自分の食べ物を少し分けてやります。
村の人たちも、
「貧しくても、あのおじいさんは心が豊かな人だ。」
と話していました。
ある日のことです。
おじいさんは、いつものように山へ薪を拾いに出かけました。
山はすっかり秋の色に染まっていました。
赤や黄色の葉が風に揺れています。
かさっ。
かさかさっ。
おじいさんは落ち葉を踏みながら、山道を登っていきました。
やがて、背負ったかごに薪がたまってきたころです。
「そろそろ帰るとするか。」
そう言って歩き出した時――。
「クゥーン……。」
どこからか、小さな声が聞こえてきました。
おじいさんは足を止めました。
「ん?」
耳を澄ませます。
風が木の葉を揺らしています。
ざわざわ……。
その音に混じって、もう一度。
「クゥーン……。」
「何かいるのか?」
おじいさんは声のする方へ向かいました。
草をかき分けてみると――。
「ああ、かわいそうに。」
一匹のたぬきが罠にかかっていました。
足を挟まれ、逃げることができません。
たぬきはおじいさんを見ると、怖がるように身を縮めました。
「大丈夫だ。」
おじいさんは優しく声をかけました。
「何もしないよ。」
おじいさんはしゃがみ込み、ゆっくりと罠を外してやりました。
「ほら。」
たぬきは恐る恐る足を動かしました。
どうやら大きなけがはしていないようです。
「よかった、よかった。」
おじいさんは笑いました。
「今度からは気をつけるんだよ。」
たぬきは、じっとおじいさんを見つめました。
そして、まるでお礼をするように、ぺこりと頭を下げました。
「ははは。礼なんていいんだよ。」
たぬきは山の奥へ走り出しました。
けれど、途中で一度立ち止まります。
くるり。
おじいさんの方を振り返りました。
そしてまた走り出します。
少し進んでは、また振り返ります。
「元気で暮らすんだよ。」
おじいさんが手を振ると、たぬきはやがて木々の向こうへ消えていきました。
その日の夜。
おじいさんは夕飯を食べ終え、そろそろ眠ろうとしていました。
外はすっかり暗くなっています。
ひゅうう……。
山から冷たい風が吹いてきます。
「今夜は冷えるなあ。」
おじいさんが布団を敷いていると――。
トン。
「ん?」
トントン。
戸をたたく音がしました。
「こんな夜に誰だろう?」
おじいさんは不思議に思いました。
トントン。
「はいはい。」
戸を開けると、一人の見知らぬ商人が立っていました。
商人の手には、立派な茶釜があります。
「夜分に申し訳ありません。」
商人は言いました。
「実は、珍しい茶釜をお持ちしたのです。」
「茶釜?」
おじいさんは首をかしげました。
「ええ。」
商人が見せた茶釜は、丸くてつやつやとした、とても立派なものでした。
「これはいい茶釜だ。」
おじいさんは感心しました。
「よかったら、お使いください。」
「わしが?」
「はい。」
おじいさんは少し不思議に思いました。
けれど、ちょうど使っていた古い茶釜が傷んでいたところです。
「それでは、大切に使わせてもらおう。」
おじいさんが茶釜を受け取り、家の中へ運びました。
そして振り返ると――。
「あれ?」
商人の姿は、もうありません。
「ずいぶん早く帰ったものだな。」
外を見ても、暗い道には誰もいませんでした。
おじいさんは首をかしげましたが、その日はそのまま眠ることにしました。
翌朝。
「さて、新しい茶釜を使ってみるか。」
おじいさんは茶釜に水を入れ、囲炉裏の火にかけました。
ぱちぱち。
薪が燃えます。
しばらくすると、茶釜の中の水が温まり始めました。
すると――。
「うう……。」
「ん?」
おじいさんは振り返りました。
「今、何か聞こえたような……。」
ぱちぱち。
火の音だけが聞こえます。
「気のせいか。」
ところが。
「熱い……。」
「え?」
「熱い、熱い!」
今度は、はっきり聞こえました。
おじいさんは飛び上がりました。
「だ、誰だ!」
家の中を見回します。
誰もいません。
「ここです!」
「ここ?」
「茶釜です!」
「茶釜?」
おじいさんが恐る恐る近づくと――。
ぽんっ。
茶釜から、ふさふさした茶色い顔が飛び出しました。
「うわあっ!」
おじいさんは尻もちをつきました。
茶釜から出ているのは、たぬきの顔です。
さらに、にょきっ、にょきっと四本の足まで生えてきました。
「た、たぬき!」
「はい。」
たぬきは慌てて言いました。
「驚かせてしまって、すみません。」
おじいさんは目をぱちぱちさせました。
「お前さん……まさか。」
たぬきはぺこりと頭を下げました。
「昨日、山で助けていただいたたぬきです。」
「やっぱり、あの時の。」
「はい。」
たぬきは言いました。
「どうしてもお礼がしたくて、茶釜に化けてやってきました。」
おじいさんは驚きながらも、すぐに茶釜を火から下ろしました。
「まずは火から離れなさい。」
「ありがとうございます!」
たぬきは、ほっと息をつきました。
おじいさんはたぬきの姿を眺めました。
体は茶釜。
そこから、たぬきの顔と足が出ています。
なんとも不思議な姿です。
「しかし、茶釜になって熱くないのかい?」
「少しくらいなら大丈夫です。」
「さっき『熱い』と言っていたじゃないか。」
「それは……思ったより熱かったので。」
おじいさんは思わず笑いました。
「ははは。無理はいかんよ。」
「でも、私はおじいさんに恩返しがしたいのです。」
「恩返し?」
「はい。」
たぬきは真剣な顔をしました。
「昨日、おじいさんが助けてくれなければ、私はどうなっていたか分かりません。」
「そんなこと、気にしなくてもいいんだよ。」
「いいえ。」
たぬきは首を振りました。
「何かお役に立たせてください。」
おじいさんは困りました。
「そう言われてもなあ。」
二人でしばらく考えました。
けれど、茶釜になってお湯を沸かせば、たぬきが熱い思いをしてしまいます。
それでは、おじいさんも安心して使えません。
「やっぱり普通のたぬきに戻って、山へ帰った方がいいんじゃないか?」
「うーん……。」
たぬきは考え込みました。
その時です。
たぬきが茶釜の姿のまま、後ろ足で立ち上がりました。
「よっ。」
ぐらぐら。
「おっとっと。」
右へ。
左へ。
ぐらぐら、ぐらぐら。
「あっ!」
ころん。
たぬきは畳の上に転がりました。
おじいさんは大笑いしました。
「はははは! 面白い姿だなあ!」
たぬきは起き上がりました。
「面白いですか?」
「ああ。こんな茶釜、見たことがない。」
すると、たぬきの目が輝きました。
「それです!」
「何が?」
「私、この姿で芸をします。」
「芸?」
「はい!」
たぬきはもう一度立ち上がりました。
「歩く茶釜。」
とことこ。
「踊る茶釜。」
くるり。
「跳ねる茶釜!」
ぴょん!
どてん!
「はははは!」
おじいさんはおなかを抱えて笑いました。
「これなら、町の人たちも喜ぶかもしれない。」
たぬきは言いました。
「見世物を開きましょう。」
「見世物?」
「私が芸をして、おじいさんがみんなに見てもらうのです。」
「でも、お前さんがつらい思いをするのは嫌だよ。」
「大丈夫です。」
たぬきは胸を張りました。
「火にかけられるより、ずっと楽しいです。」
「それなら……。」
おじいさんはたぬきの顔を見ました。
「無理をしないと約束できるかい?」
「はい!」
こうして、おじいさんとたぬきは町へ出ることになりました。
町の広場で、おじいさんは声を上げました。
「さあ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい!」
「世にも珍しい、不思議な茶釜だよ!」
最初は数人が集まっただけでした。
「茶釜?」
「何が珍しいんだ?」
すると――。
ぴょこん。
茶釜からたぬきの顔が出ました。
「こんにちは!」
「うわあ!」
「茶釜がしゃべった!」
今度は四本の足が出てきます。
とことこ。
「歩いた!」
くるり、くるり。
「踊った!」
たぬきは茶釜の姿で器用に回ります。
右へくるり。
左へくるり。
ぴょんと跳び上がり――。
どてん!
「ははははは!」
町の人たちは大笑いしました。
「面白い!」
「もう一回!」
「もっと見せてくれ!」
噂を聞いた人たちが、次々と集まってきました。
子どもも、大人も、お年寄りも。
広場はたちまち大にぎわいです。
たぬきも楽しそうでした。
とことこ歩き。
くるくる回り。
時には茶釜の中へすっぽり顔を隠し、次の瞬間には反対側から顔を出します。
「こっちだよ!」
「わあ!」
子どもたちは大喜びです。
おじいさんも、そんなたぬきを見ながら笑っていました。
見世物は評判になり、二人はあちこちの町へ呼ばれるようになりました。
少しずつお金もたまり、おじいさんの暮らしは以前より楽になりました。
雨漏りしていた屋根を直し、冬に食べる米にも困らなくなりました。
それでも、おじいさんはたぬきに言いました。
「もう十分だよ。」
「え?」
「お前さんのおかげで、わしはずいぶん助かった。」
おじいさんは優しく笑いました。
「これ以上、無理をして働かなくてもいいんだよ。」
たぬきは黙って、おじいさんを見つめました。
「おじいさん。」
「なんだい?」
「おじいさんは、最初から変わりませんね。」
「何がだい?」
「山で私を助けてくれた時も、何かお礼が欲しかったわけではありませんでした。」
「まあな。」
「私が茶釜になった時も、自分が得をすることより、私が熱くないか心配してくれました。」
たぬきはうれしそうに笑いました。
「だから、恩返しができてよかったのです。」
「そうかい。」
「はい。」
その日の夜。
おじいさんとたぬきは、家の前に並んで座りました。
空には丸い月が浮かんでいます。
山から、虫の声が聞こえてきます。
「そろそろ、山へ帰ろうと思います。」
たぬきが言いました。
「そうか。」
おじいさんは少し寂しそうに答えました。
「もっとここにいてもいいんだぞ。」
「ありがとうございます。」
たぬきは頭を下げました。
「でも、山の仲間たちにも会いたくなりました。」
「そうだな。」
おじいさんはうなずきました。
「帰る場所があるなら、帰るのが一番だ。」
翌朝。
たぬきは茶釜の姿をやめ、元のふさふさした姿に戻りました。
「おじいさん。」
「うん。」
「本当にありがとうございました。」
「こちらこそ。」
おじいさんは笑いました。
「お前さんのおかげで、ずいぶん楽しい思いをさせてもらったよ。」
たぬきはぺこりと頭を下げました。
そして山へ向かって歩き出します。
とことこ。
少し進むと――。
くるり。
たぬきは振り返りました。
それは、初めて山で助けた日のようでした。
おじいさんは手を振ります。
「元気でな!」
たぬきも前足を上げました。
そして、山の木々の中へ消えていきました。
おじいさんはしばらく山を眺めていました。
「元気でいてくれれば、それで十分だ。」
そう言って、ゆっくり家へ戻りました。
それからしばらく経った、ある日のこと。
おじいさんが庭を掃いていると、山の方から何かが転がってきました。
ころころ。
「ん?」
足元を見ると、大きなどんぐりが一つ落ちています。
おじいさんはそれを拾い上げました。
山の方から――。
かさっ。
木の葉が揺れる音がしました。
おじいさんは顔を上げます。
けれど、そこには誰もいません。
おじいさんは、にっこり笑いました。
「元気そうだな。」
そうつぶやくと、どんぐりを大切そうに家の中へ持っていきました。
おしまい。
登場人物
- おじいさん
貧しいながらも心優しく、困っているものを放っておけない人物。罠にかかったたぬきを見返りを求めず助けます。たぬきが恩返しを始めてからも、自分の暮らしよりたぬきの体を心配します。 - たぬき
山で罠にかかっていたところを、おじいさんに助けられます。その恩を返すために茶釜へ化け、歩いたり踊ったりする楽しい芸で人々を喜ばせます。 - 町の人たち
茶釜からたぬきの顔や足が出てくる不思議な芸に驚き、楽しむ人々。たぬきの芸を見るため、多くの人が集まります。
教訓
- 見返りを求めずにした親切が、思わぬ形で自分に返ってくることがある。
- 恩返しで大切なのは、物を返すことだけではなく、相手を思う気持ち。
- 自分の利益だけではなく、相手が無理をしていないかを考えることも思いやりの一つ。
- 誰かを笑顔にすることも、立派な恩返しになる。
親子で話したいポイント
- おじいさんは、どうして罠にかかったたぬきを助けたのかな?
- たぬきは、どうしておじいさんに恩返しをしたかったのかな?
- おじいさんは、どうしてたぬきに「もう無理をしなくてもいい」と言ったのだろう?
- 自分が茶釜になったたぬきなら、どんな芸をしてみたい?
- 誰かに親切にしてもらって、うれしかったことはある?
保育士向け活用ポイント
- 「親切」「恩返し」「思いやり」をテーマに、相手のために何かをする気持ちについて考えられる昔話です。
- 茶釜から顔や手足を出して歩く、回る、跳ねるなど、身体表現を取り入れやすく、読み聞かせ後の表現遊びにもつなげられます。
- 「歩く茶釜」「踊る茶釜」など、子どもたち自身が新しい芸を考えることで、想像遊びや創作活動へ発展させられます。
- おじいさん、たぬき、町の人たちと役割が分かりやすく、4〜5歳児の劇遊びや発表会にも取り入れやすい題材です。


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