あらすじ
むかし、ある娘のもとへ、立派な服を着た裕福そうな男が現れ、結婚を申し込みました。
娘は男を信じますが、男の家は人里離れた深い森の中にあり、どこか不気味な雰囲気が漂っていました。
やがて娘は、男が留守のあいだに家の中を調べ、恐ろしい秘密を知ってしまいます。
男の正体は、人をだまして襲う盗賊だったのです。
危険な場所にいることに気づいた娘は、恐怖をこらえながら逃げ道を探し、知恵を使って森から逃げ出そうとします。
本文
むかしむかし、ある村に一人の娘が暮らしていました。
ある日のこと。
娘の家へ、一人の男がやってきました。
男は立派な服を身につけ、言葉づかいも丁寧でした。
見るからに裕福そうな男です。
男は娘に言いました。
「あなたと結婚したいのです。」
娘は驚きました。
男は優しそうに話し、自分には立派な家があることや、何不自由なく暮らせることを娘に話しました。
娘は最初こそ戸惑いましたが、何度か話をするうちに、少しずつ男を信じるようになりました。
そして男と一緒に暮らすことになったのです。
ところが、男の家へ向かう道は、娘が想像していたものとはずいぶん違っていました。
村を離れ、細い道を進んでいきます。
やがて畑もなくなり、周りには高い木々ばかりが並ぶようになりました。
ざわざわ……。
風が吹くたび、木の葉が揺れます。
さらに奥へ進むと、昼間だというのに辺りは薄暗くなってきました。
鳥の声もほとんど聞こえません。
「まだ遠いのですか?」
娘が尋ねました。
男は振り返りもせずに答えました。
「もうすぐですよ。」
二人はさらに森の奥へ進みました。
娘はだんだん不安になってきました。
「どうして、こんなに人がいない場所に家があるのだろう……。」
やがて木々の向こうに、一軒の大きな家が見えてきました。
確かに立派な家でした。
けれど、周りにはほかの家が一軒もありません。
人の声もしません。
しん……。
森の中に、その家だけがぽつんと建っていました。
娘は胸の奥に、小さな違和感を覚えました。
それでも、男と一緒に家へ入りました。
それから娘は、その家で暮らし始めました。
男は娘の前では穏やかに振る舞っていました。
けれど、ときどき何日か家を空けることがありました。
どこへ行くのか尋ねても、詳しく話そうとはしません。
「仕事ですよ。」
いつも、それだけです。
そしてある日。
男は朝早くから出かける支度をしていました。
「今日は帰りが遅くなります。」
そう言い残すと、男は森の中へ消えていきました。
娘は一人、家に残されました。
しばらく家の中で過ごしていましたが、どうしても気になることがありました。
男はいつも、家の中のある場所へ娘が近づくことを嫌がっていたのです。
「あそこには、何があるのだろう……。」
娘は迷いました。
けれど、これまで感じていた違和感が頭から離れません。
娘は静かに家の中を歩き始めました。
ぎいっ……。
床板が小さく鳴りました。
娘は思わず立ち止まりました。
もちろん、誰もいません。
再び歩きます。
ぎしっ……。
ぎしっ……。
家の奥へ進むほど、窓から入る光は少なくなっていきました。
娘は男が近づかせようとしなかった場所を調べました。
そこには、これまで見たことのない物が置かれていました。
誰かから奪ったような持ち物。
見覚えのない荷物。
そして、男一人のものとは思えないほど、さまざまな品が隠されていました。
「これは……?」
娘の背中を冷たいものが走りました。
そのとき、外から声が聞こえてきました。
娘はびくっとしました。
誰かが近づいてきます。
一人ではありません。
複数の男たちの声です。
娘は急いで身を隠しました。
やがて――。
ぎいっ。
家の扉が開きました。
男たちが入ってきます。
娘が結婚しようとしていたあの男も一緒でした。
娘は物陰から、じっと様子をうかがいました。
男たちは笑いながら話しています。
その会話を聞いているうちに、娘の顔から血の気が引いていきました。
彼らは普通の仕事をしている人たちではありませんでした。
人をだまし、持ち物を奪う盗賊の仲間だったのです。
そして娘に結婚を申し込んだ男も、その盗賊の一人でした。
「そんな……。」
娘は声が出そうになるのを必死にこらえました。
自分は、盗賊たちの家にいる。
もしここにいることが知られたら――。
そう考えただけで、体が震えました。
けれど、今すぐ飛び出して逃げることはできません。
外へ出るには、男たちのいる場所を通らなければならないからです。
娘は物陰で息をひそめました。
どくん。
どくん。
心臓の音が、男たちに聞こえてしまいそうでした。
「落ち着いて……。」
娘は心の中で自分に言い聞かせました。
「今出たら見つかる。逃げられるときを待たなくては。」
娘は怖くてたまりませんでした。
それでも慌てず、男たちの様子を見ながら逃げ道を探しました。
やがて男たちが別の場所へ移動しました。
今なら――。
娘はそっと物陰から出ました。
足音を立てないように、一歩ずつ進みます。
ぎしっ……。
床が鳴るたび、娘は立ち止まりました。
誰も来ません。
もう一歩。
そして、もう一歩。
ようやく扉までたどり着きました。
娘はゆっくりと扉を開けました。
外には薄暗い森が広がっています。
家の中に戻るより、森へ逃げるしかありません。
娘は外へ飛び出しました。
そして走りました。
木の枝が服に引っかかります。
足元の枯れ葉が音を立てます。
ざっ、ざっ、ざっ。
「早く……!」
娘は何度も後ろを振り返りました。
木々の間から、盗賊が追ってくるのではないか。
そんな気がしてなりません。
けれど、立ち止まるわけにはいきません。
娘は必死に森を走り続けました。
どれほど走ったでしょう。
やがて木々の間から明るい光が見えてきました。
森の出口です。
娘は最後の力を振りしぼって走りました。
そしてようやく、人のいる場所へたどり着きました。
「助けてください!」
娘は近くにいた人々へ、自分が見たことを話しました。
森の奥にある家のこと。
結婚を申し込んできた男のこと。
そして、その男が盗賊の仲間だったこと。
人々は驚きました。
「それは本当なのか?」
「はい。私はあの家で見たのです。」
娘の知らせによって、盗賊たちの悪事は少しずつ明らかになっていきました。
やがて男たちは捕らえられ、もう娘を追ってくることはありませんでした。
すべてが終わったあと、娘は遠くに見える森を振り返りました。
風が吹き、黒い木々がざわざわと揺れています。
あの森の奥にある家で、自分が見たものを娘は忘れることがありませんでした。
けれど娘はもう、一人で暗い森の中にいるのではありません。
娘は静かに森に背を向けると、人々のいる村へ戻っていきました。
おしまい。
登場人物
娘
裕福そうな男から結婚を申し込まれますが、森の家で男の正体を知ります。恐怖の中でも冷静に逃げ道を探し、自分の身を守ろうとする主人公。
盗賊
立派な服装と穏やかな態度で正体を隠し、娘に近づく人物。実は森の奥で仲間たちと悪事を働いています。
村人たち
森から逃げてきた娘の話を聞き、娘を助ける人々。娘の知らせによって盗賊たちの悪事を知ります。
教訓
見た目や言葉だけで、相手をすぐに信用しないことが大切。
危険や違和感を感じたときには、その感覚を無視せず、自分の安全を守る行動をとる。
怖いことがあったときには一人で抱え込まず、信頼できる人に助けを求めることが大切。
親子で話したいポイント
娘はどんなことから、男や家に違和感を持ち始めたのかな?
娘は怖い状況の中で、どうして逃げることができたのだろう?
怖いことや危険なことがあったら、誰に相談したい?
知らない人から「一緒に行こう」と言われたら、どうしたらいいかな?
保育士向け活用ポイント
幼児向けに扱う場合は、盗賊の恐ろしい行動を詳しく描かず、「知らない人についていかない」「おかしいと感じたらその場を離れる」「信頼できる大人に助けを求める」といった安全教育を中心に再話できます。
防犯活動では、「怖い人が必ず怖そうな見た目をしているとは限らない」ということを、子どもを必要以上に不安にさせないよう配慮しながら伝える題材としても活用できます。


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