あらすじ
むかし、ちょうふく山という高い山がありました。
その山には、恐ろしい山んばが住んでいると言われ、村人たちは山へ入るたびに気をつけていました。
子どもたちも、「山んばに会うから、山へ一人で行ってはいけない」と言い聞かされていました。
ところがある日、村の子どもたちが遊びに夢中になり、山の奥まで入り込んでしまいます。
気がついたころには日が暮れ始め、帰り道も分かりません。
そんな子どもたちの前に現れたのは、大きな山んばでした。
恐怖に震える子どもたち。
ところが、山んばは子どもたちを襲うどころか、夜を安全に過ごせる場所を用意し、翌朝には村まで送り届けてくれました。
恐ろしいと思っていた山んばの中にあった優しさを描いた、不思議で少し温かな山の昔話です。
本文
むかしむかし、ある村の近くに、ちょうふく山という高い山がありました。
山にはたくさんの木々が生い茂り、昼間でも薄暗い場所がありました。
ざわざわ……。
風が吹くたびに、木の葉が揺れます。
山の奥へ入れば入るほど、村の音は聞こえなくなっていきました。
そのちょうふく山には、昔からある噂がありました。
「山の奥には、山んばが住んでいる。」
大きな体。
ぼさぼさの髪。
恐ろしい顔。
村人たちは、そんな山んばの姿を思い浮かべていました。
「山んばに会ったら大変だぞ。」
大人たちは山へ入るたびに、辺りを警戒していました。
そして子どもたちにも、何度も言い聞かせていました。
「山の奥まで行ってはいけないよ。」
「一人で山へ入ったらだめだぞ。」
「どうして?」
子どもが尋ねると、大人たちは声をひそめました。
「山んばがいるからだ。」
それを聞くと、子どもたちは目を丸くしました。
「山んば……?」
「そうだ。山の奥に住んでいるんだ。」
子どもたちは怖くなり、それ以上山んばのことを聞こうとはしませんでした。
ところが、ある日のことです。
村の子どもたちが一緒に遊んでいました。
追いかけっこをしたり。
虫を探したり。
木の実を拾ったり。
遊んでいるうちに、いつの間にか山の近くまで来ていました。
一人の子どもが山道を見つけました。
「ねえ、ちょっとだけ行ってみようよ。」
「でも、山の奥へ行っちゃだめって言われているよ。」
「少しだけなら大丈夫だよ。」
「すぐに戻ればいいよ。」
子どもたちは顔を見合わせました。
山の中には何があるのだろう。
そんな好奇心に負けて、子どもたちは山道を歩き始めました。
最初のうちは、村の近くとそれほど変わりません。
木々の間から太陽の光が差し込んでいます。
鳥の声も聞こえました。
「見て!」
「大きな木!」
「あっちにも行ってみよう!」
子どもたちはすっかり夢中になりました。
もっと先へ。
もう少し先へ。
そうして遊んでいるうちに、ずいぶん山の奥まで来てしまいました。
やがて、一人の子どもが言いました。
「そろそろ帰ろうよ。」
「うん。」
子どもたちは来た道を戻ろうとしました。
ところが――。
「あれ?」
足が止まりました。
「どっちから来たんだっけ?」
目の前には、いくつもの細い道があります。
右を見ても木。
左を見ても木。
後ろを振り返っても、同じような景色ばかりです。
「こっちじゃない?」
「違うよ。こっちだったと思う。」
「でも、さっきこの木を見た?」
誰にも分かりません。
子どもたちは歩き始めました。
けれど、歩いても歩いても見覚えのある場所には出ません。
そのうち、空の色が変わってきました。
明るかった山の中が、少しずつ暗くなっていきます。
鳥の声も少なくなりました。
ひゅう……。
冷たい風が木々の間を通り抜けました。
「暗くなってきた……。」
「どうしよう。」
さっきまで元気だった子どもたちの声も小さくなりました。
「お母さん……。」
一人の子どもが泣きそうな声を出しました。
「帰りたいよ。」
けれど、帰り道は分かりません。
山の中は、ますます暗くなっていきます。
ざわざわ……。
風が吹くと、木の枝が揺れました。
ぱきっ。
どこかで枝が折れる音がしました。
子どもたちはびくっとしました。
「今の音、なに?」
「分からない……。」
しん……。
しばらく静かになりました。
すると――。
ずしっ。
遠くから、何かが歩いてくるような音が聞こえました。
ずしっ。
ずしっ。
子どもたちは顔を見合わせました。
「誰かいる……?」
誰も答えません。
音は少しずつ近づいてきます。
がさっ。
茂みが大きく揺れました。
子どもたちは肩を寄せ合いました。
「まさか……。」
村の大人たちの話が頭に浮かびます。
山の奥には、山んばがいる。
がさがさっ。
そして――。
木々の間から、大きな影が現れました。
「ひっ……!」
子どもたちは息をのみました。
薄暗い山の中に立っていたのは、大きな女でした。
「山んばだ!」
誰かが叫びました。
子どもたちは震え上がりました。
逃げようとしても、怖くて足が動きません。
山んばは、じっと子どもたちを見下ろしました。
しばらく何も言いません。
子どもたちは身を寄せ合いました。
「食べられちゃうのかな……。」
一人が小さな声で言いました。
すると山んばが、低い声で尋ねました。
「こんなところで、何をしている。」
子どもたちはびくっとしました。
誰も答えません。
「もうすぐ夜になるぞ。」
山んばがもう一度言いました。
一人の子どもが、勇気を出して答えました。
「道が……。」
声が震えています。
「道が分からなくなったの。」
山んばは黙って子どもたちを見つめました。
子どもたちは泣きそうになりながら、その顔を見上げました。
何をされるのだろう。
怒られるのだろうか。
それとも――。
山んばはしばらく何も言いませんでした。
やがて、空を見上げました。
辺りはもう、かなり暗くなっています。
「今から山を下りるのは危ない。」
子どもたちは顔を見合わせました。
山んばは続けました。
「ついてこい。」
「えっ?」
「夜を過ごせるところへ連れていってやる。」
子どもたちは驚きました。
山んばが歩き始めます。
子どもたちは迷いました。
怖い。
けれど、このまま暗い山の中にいるのも怖い。
子どもたちは恐る恐る山んばの後ろをついていきました。
山んばは暗い山道を迷うことなく歩きます。
ぱきっ。
ざっ。
ざっ。
子どもたちは、はぐれないように必死についていきました。
しばらくすると、山んばは子どもたちが安全に休める場所へ連れていきました。
「今夜はここにいろ。」
子どもたちはきょとんとしました。
「ぼくたちを……食べないの?」
一人の子どもが恐る恐る尋ねました。
山んばは子どもを見ました。
「そんなことはせん。」
子どもたちは顔を見合わせました。
「夜の山は危ない。」
山んばは言いました。
「夜が明けたら、村へ帰してやろう。」
「本当に?」
「ああ。」
子どもたちは、まだ少し怖がっていました。
けれど、山んばが自分たちを傷つけようとしていないことが少しずつ分かってきました。
夜が深くなりました。
外からは、風の音が聞こえます。
ひゅうう……。
時折、遠くから動物の鳴き声も聞こえてきました。
子どもたちは肩を寄せ合って休みました。
山んばは、そんな子どもたちのそばにいました。
「寒くないか。」
「……うん。」
「怖いか。」
子どもは少し考えてから答えました。
「さっきまでは、すごく怖かった。」
山んばは何も言いませんでした。
「でも……今は少しだけ大丈夫。」
やがて子どもたちは疲れて眠ってしまいました。
山の夜は静かに過ぎていきました。
そして翌朝――。
鳥たちの声が聞こえてきました。
ちゅん。
ちゅん。
木々の間から朝の光が差し込んできます。
「朝だ!」
子どもたちは起き上がりました。
山んばが言いました。
「さあ、村へ帰るぞ。」
子どもたちは山んばについて歩きました。
明るくなった山道を下っていきます。
昨日はどちらへ行けばよいのかまったく分からなかった道を、山んばは迷うことなく進みました。
やがて――。
「あっ!」
一人の子どもが叫びました。
「村だ!」
木々の向こうに、見慣れた景色が見えてきました。
「帰ってきた!」
子どもたちは喜びました。
村では、大人たちが一晩中子どもたちを心配していました。
「どこへ行ったんだ。」
「山で迷っているんじゃないか。」
夜が明けると、みんなで探しに行こうとしていたところでした。
そこへ――。
「おとうさーん!」
「おかあさーん!」
子どもたちが走ってきました。
「無事だったのか!」
大人たちは駆け寄り、子どもたちを抱きしめました。
「よかった。」
「本当によかった。」
子どもたちは一晩の出来事を話しました。
「山で道が分からなくなったの。」
「それで、山んばが来たんだ。」
「山んば?」
村人たちの顔がこわばりました。
「大丈夫だったのか?」
子どもたちは大きくうなずきました。
「山んばが助けてくれたんだよ。」
「夜に休めるところへ連れていってくれたの。」
「朝になったら、ここまで送ってくれたんだ。」
村人たちは驚きました。
恐ろしいものだと思っていた山んば。
子どもを見つければ何をするか分からないと思っていた山んば。
その山んばが、迷子になった子どもたちを守り、村の近くまで送り届けてくれたというのです。
村人たちは山を見上げました。
朝のちょうふく山には、白い霧がかかっていました。
その木々のどこかに、山んばがいるのでしょう。
けれど、もう姿は見えません。
子どもたちも山を見上げました。
昨日までとは、少し違って見える山。
風が吹き、山の木々がざわざわと揺れました。
その奥深くで、大きな影がゆっくり森へ戻っていくようにも見えました。
おしまい。
登場人物
山んば
ちょうふく山に住んでいるといわれる大きな女性の妖怪。村人たちから恐れられていますが、山で迷った子どもたちを安全な場所で休ませ、翌朝には村のふもとまで送り届けます。
子どもたち
村に暮らす子どもたち。遊びに夢中になって山の奥へ入り、帰り道が分からなくなります。最初は山んばを恐れますが、その行動を通して違う一面を知ります。
村人たち
ちょうふく山の山んばを恐れ、子どもたちにも山の奥へ行かないよう言い聞かせている人々。帰ってきた子どもたちから山んばに助けられたことを聞き、驚きます。
教訓
見た目や周りから聞いた評判だけでは、その相手が本当はどのような存在なのか分からないことがある。
知らないものに警戒することは大切でも、最初から決めつけるのではなく、実際の行動を見て相手を知ろうとすることも大切。
困っている人を見つけたときには、自分にできる方法で助ける優しさを持ちたい。
親子で話したいポイント
子どもたちは、どうして山んばを見たときに怖がったのかな?
実際に子どもたちが出会った山んばは、どんな山んばだった?
山んばに助けてもらったあと、子どもたちの気持ちはどう変わったと思う?
誰かのことを、見た目や聞いた話だけで「怖そう」「苦手そう」と思ったことはある?
困っている人がいたら、自分にはどんなことができるかな?
保育士向け活用ポイント
「先入観」「相手を知ること」「見た目だけで判断しないこと」を考える題材として活用できます。
子どもたちが最初は山んばを恐れていたものの、実際に関わることで違う一面を知る展開から、「見ただけでは分からないこともある」「話したり一緒に過ごしたりすると分かることもある」というテーマへつなげられます。
また、山んばという特徴的な存在を生かし、大きな足音や低い声、山の中を歩く様子などを身体で表現する妖怪遊びや劇遊びにも発展させられます。
暗くなった山、風に揺れる木々、山んばが近づいてくる足音などを音や動きで表現することで、怖さだけではなく物語の世界そのものを楽しむ活動にも活用できます。


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