あらすじ
むかしむかし、山の近くの村に、顔に大きなこぶのある心優しいおじいさんが住んでいました。
ある日、おじいさんが山へ薪を取りに出かけると、突然雨が降り出します。
雨宿りをしているうちに辺りは暗くなり、山の奥から太鼓や歌声が聞こえてきました。
音をたどっていくと、そこではなんと、大勢の鬼たちが宴を開いていたのです。
踊ることが大好きなおじいさんは、勇気を出して鬼たちの前へ出て、楽しそうに踊ります。
その踊りをすっかり気に入った鬼たちは、おじいさんに思いがけない贈り物をするのでした。
本文
むかしむかし。
山のふもとの小さな村に、一人のおじいさんが住んでいました。
おじいさんの顔には、大きなこぶが一つありました。
こぶはずっと昔、おじいさんがまだ子どもだったころからあったものでした。
村の人の中には、
「ずいぶん大きなこぶだねえ」
と言う人もいました。
けれど、おじいさんは怒ったり、人を恨んだりすることはありませんでした。
「まあ、これも長い付き合いだからな」
そう言って笑っていました。
おじいさんは、とても働き者でした。
朝になれば畑を耕し、天気のよい日には山へ薪を取りに行きました。
道で重い荷物を持っている人を見つければ、
「持ってあげようか」
と声をかけます。
困っている人がいれば、できることを手伝いました。
だから村の人たちも、
「本当に優しいおじいさんだ」
と慕っていました。
そして、おじいさんには昔から大好きなことが一つありました。
それは――
踊ることです。
祭りの日に太鼓が鳴れば、じっとしてはいられません。
「よいしょ、よいしょ」
と体を動かし、楽しそうに踊ります。
決して立派な踊りではありません。
けれど、おじいさんが踊ると、見ている人まで楽しい気持ちになるのでした。
ある日のことです。
おじいさんは、いつものように山へ薪を取りに出かけました。
「今日はたくさん集めるぞ」
朝はよく晴れていました。
木々の間から日の光が差し込み、鳥たちの声が響いています。
おじいさんは山の奥へ入り、落ちている枝や薪になりそうな木を集めました。
ところが、昼を過ぎたころです。
空が急に暗くなってきました。
ごろごろ……。
遠くで雷が鳴ります。
「おや?」
おじいさんが空を見上げた、そのとき――。
ぽつっ。
ぽつっ。
雨が落ちてきました。
やがて雨は、
ざああああっ。
と激しく降り始めました。
「これはいかん」
おじいさんは薪を抱え、雨宿りのできそうな場所を探しました。
すると、近くに大きな古い木がありました。
太い幹には大きな空洞があります。
「ここなら雨をしのげそうだ」
おじいさんは木のそばへ身を寄せました。
雨はなかなか止みません。
ざあああ……。
ざあああ……。
木の葉を打つ雨音が、山いっぱいに響きます。
しばらく待っていると、だんだん辺りが暗くなってきました。
「困ったなあ」
おじいさんは空を見上げました。
「このままでは、山の中で夜になってしまう」
ようやく雨が弱くなったころには、日はすっかり傾いていました。
山の中は薄暗く、昼間とはまるで違う場所のようです。
鳥の声も聞こえません。
木々の間を風が通り抜けます。
ざわざわ……。
ざわざわ……。
おじいさんは薪を背負い、山を下りようとしました。
けれど、雨のせいで道が分かりにくくなっています。
「あれ?」
少し歩いて、おじいさんは立ち止まりました。
「こんなところを通ったかな?」
辺りを見回しても、見覚えのある道がありません。
どうやら道に迷ってしまったようです。
「これは弱ったなあ」
そのときでした。
どん。
どん。
どどん。
おじいさんは顔を上げました。
「ん?」
どこからか、太鼓のような音が聞こえます。
どん。
どん。
どどん。
耳を澄ますと、太鼓だけではありません。
「わっはっはっは!」
大きな笑い声。
歌うような声。
手をたたく音まで聞こえてきます。
「こんな山奥で、誰が騒いでいるんだろう?」
おじいさんは不思議に思いました。
村の祭りではありません。
音はもっと山の奥から聞こえてきます。
少し怖い気もしました。
けれど、一人で暗い山を歩き続けるよりは、人がいるところへ行ったほうがいいかもしれません。
おじいさんは音のするほうへ、そっと歩いていきました。
どん。
どどん。
どん。
太鼓の音が近づいてきます。
木々の向こうに、ちらちらと赤い光が見えました。
「火をたいているのかな?」
おじいさんは大きな木の陰から、そっとのぞきました。
そして――
目を丸くしました。
「ひゃあ……」
そこにいたのは、人間ではありませんでした。
赤い顔。
青い顔。
頭には角。
大きな体をした鬼たちが、何十人も集まっていたのです。
真ん中には大きなたき火が燃えていました。
ぱちぱち。
炎が揺れるたび、鬼たちの大きな影が木々の間でゆらゆらと動きます。
鬼たちは酒を飲み、歌を歌い、太鼓をたたいていました。
「飲め、飲め!」
「踊れ、踊れ!」
「わっはっはっは!」
大変な騒ぎです。
おじいさんは木の陰で息をのみました。
「鬼だ……」
見つかったらどうなるか分かりません。
おじいさんは体を小さくして、じっと様子を見ていました。
ところが――。
どんどん。
どどん。
太鼓が鳴り始めると、おじいさんの足がむずむずしてきました。
鬼の一人が踊っています。
別の鬼も加わります。
「もっと面白い踊りはないのか!」
鬼の親分らしい大きな鬼が叫びました。
「誰か、踊りのうまい者はいないか!」
おじいさんは木の陰で考えました。
踊ることなら大好きです。
太鼓の音を聞いているうちに、怖さよりも踊りたい気持ちのほうが大きくなってきました。
「ええい」
おじいさんは小さくつぶやきました。
「どうせなら、踊ってみるか」
そして――。
ひょいっ。
木の陰から飛び出しました。
鬼たちが一斉に振り向きます。
「なんだ?」
「人間だぞ!」
「人間が来た!」
おじいさんは一瞬、足がすくみました。
けれど、太鼓が鳴りました。
どん!
すると、おじいさんは自然に体を動かし始めました。
「よいしょ!」
右へ。
左へ。
くるり。
手を振り、足を上げ、腰をひねります。
「ほいっ!」
ぴょん。
くるっ。
おじいさんは満面の笑みで踊りました。
顔のこぶも揺れています。
最初はぽかんとしていた鬼たちでしたが――。
「おおっ!」
「面白い!」
「もっと踊れ!」
大喜びです。
「わっはっはっは!」
鬼たちは手をたたきました。
太鼓もますます激しくなります。
どん!
どどん!
どん!
おじいさんも夢中になりました。
「それっ!」
「よいしょ!」
踊れば踊るほど、鬼たちは喜びます。
いつの間にか、おじいさんも鬼を怖がっていたことなど忘れていました。
宴は夜遅くまで続きました。
やがて鬼の親分が言いました。
「いやあ、人間!」
「はい?」
「お前の踊りは実に面白かった!」
「ありがとうございます」
「こんなに楽しい宴になったのは久しぶりだ」
鬼たちもうなずきます。
「また来い!」
「明日も踊れ!」
おじいさんは笑いました。
「わしの踊りでよければ」
すると鬼の親分は、おじいさんの顔をじっと見ました。
「だが……」
鬼の親分の目が、おじいさんのこぶに止まりました。
おじいさんは少し緊張しました。
「その顔についているものは何だ?」
「これですか?」
おじいさんはこぶに触れました。
「昔からあるこぶですよ」
鬼の親分は考えました。
「お前が明日も来るように、何か大切なものを預かっておこう」
「大切なもの?」
「そうだ」
鬼の親分は、おじいさんのこぶを指さしました。
「これを預かっておく!」
「えっ?」
鬼の親分が、
ぐいっ!
とこぶをつかみました。
すると――。
ぽんっ!
「あれ?」
おじいさんは自分の頬を触りました。
ありません。
長い間ずっと顔についていたこぶが、きれいになくなっていたのです。
「こ、こぶが……!」
鬼たちは大笑いしました。
「明日、また来いよ!」
「来なかったら返してやらないぞ!」
おじいさんは何度も頭を下げました。
「ありがとうございます!」
空が明るくなり始めるころ、鬼たちはどこかへ消えていきました。
おじいさんも急いで山を下りました。
村へ戻ると、みんなが驚きました。
「あれ?」
「おじいさん!」
「こぶはどうしたんだ?」
おじいさんは笑いながら、山で起きたことを話しました。
「鬼たちの前で踊ったら、こぶを取られてしまってな」
「鬼に?」
「怖くなかったのかい?」
「最初は怖かったよ。でも、踊っているうちに楽しくなってしまった」
村人たちはびっくりしました。
その話を聞いていた、もう一人のおじいさんがいました。
そのおじいさんの顔にも、大きなこぶがありました。
「鬼がこぶを取ってくれた?」
おじいさんは考えました。
「それなら、わしも行けば取ってもらえるに違いない」
さっそく、最初のおじいさんに山の場所を尋ねました。
「どこで鬼に会ったんだ?」
「山の奥の大きな木のそばだよ」
「踊ればいいんだな?」
「まあ、そうだが……」
もう一人のおじいさんは、話を最後まで聞かずに出かけていきました。
「よし。これでわしのこぶもなくなるぞ」
夜になると、山の奥から再び太鼓の音が聞こえてきました。
どん。
どどん。
どん。
鬼たちが、また宴を開いています。
「昨日の人間はまだか?」
「早く踊りが見たいぞ!」
鬼たちは楽しみに待っていました。
そこへ、もう一人のおじいさんが出ていきました。
「わしが踊ってやろう!」
鬼たちは顔を見合わせました。
「昨日の人間とは違うな」
「まあいい。踊ってみろ!」
おじいさんは踊り始めました。
けれど、このおじいさんは踊ることを楽しんでいるわけではありません。
頭の中にあるのは、
「早くこぶを取ってもらいたい」
ということばかりです。
手を動かしても。
足を動かしても。
顔は真剣なまま。
「ほら、どうだ」
鬼たちは次第に静かになっていきました。
「……面白くないな」
「昨日の踊りとは全然違う」
「楽しくないぞ」
鬼の親分も腕を組みました。
「もういい!」
踊りは途中で止められてしまいました。
おじいさんは慌てました。
「待ってくれ!」
「何だ?」
「こぶを取ってくれ!」
鬼の親分は首をかしげました。
「こぶ?」
そして思い出しました。
「そうだ!」
「昨日の人間から預かっていたものがあったな」
鬼の親分は、昨日取ったこぶを持ってきました。
「ちょうどいい。お前に返してやろう!」
「えっ?」
ぺたん!
鬼の親分は、そのこぶをおじいさんの反対側の頬につけてしまいました。
「ひゃあ!」
おじいさんが顔を触ると――。
右にもこぶ。
左にもこぶ。
こぶが二つになっています。
「そんな!」
鬼たちは、
「わっはっはっは!」
と笑いました。
おじいさんは二つのこぶを抱えながら、すごすごと山を下りていきました。
一方、最初のおじいさんは、その後も変わりませんでした。
こぶがなくなっても偉そうにすることはなく、畑を耕し、困っている人を助け、祭りの日には大好きな踊りを楽しみました。
太鼓の音が鳴ると、
「よいしょ!」
おじいさんは笑顔で踊ります。
その姿を見て、村の人たちも一緒になって笑ったということです。
おしまい。
登場人物
- こぶのあるおじいさん
顔に大きなこぶがありますが、明るく心優しいおじいさん。踊ることが大好きで、鬼たちの前でも心から楽しんで踊ります。 - 鬼たち
山の奥で夜になると宴を開いている不思議な存在。おじいさんの楽しい踊りを気に入り、大喜びします。 - 鬼の親分
鬼たちをまとめる大きな鬼。おじいさんの踊りを気に入り、また来てもらうためにこぶを預かります。 - もう一人のおじいさん
自分のこぶも取ってもらおうと、最初のおじいさんのまねをして鬼の宴へ向かいます。
教訓
- 同じことをしていても、心から楽しんで行うことと、結果だけを求めて行うことでは、相手に伝わるものが違うことがあります。
- 人の幸運を見て、結果だけをまねするのではなく、その人がどんな気持ちで行動していたのかを考えることの大切さが伝わります。
- 自分の好きなことを素直に楽しむ姿は、周りの人まで楽しい気持ちにすることがあります。
親子で話したいポイント
- 最初のおじいさんは、どうして鬼たちに気に入られたのかな?
- 鬼がたくさんいるところへ出ていったとき、おじいさんはどんな気持ちだったと思う?
- 二人のおじいさんの踊りは、何が違っていたのかな?
- 自分が楽しくて夢中になれることには、どんなものがある?
- 誰かが楽しそうにしているのを見て、自分まで楽しくなったことはある?
保育士向け活用ポイント
劇遊びでは、おじいさん・鬼の親分・鬼たち・もう一人のおじいさんなど役を分け、自由な踊りを取り入れることで、子どもたちが表現を楽しめる作品です。
「好きなことを楽しむ気持ち」「人のまねをするだけではなく、自分らしく取り組むこと」について考える題材として活用できます。
太鼓の音や鬼たちの宴、楽しい踊りが登場するため、リズム遊びや表現遊びへ自然につなげられます。
読み聞かせでは「どん、どどん、どん」などの太鼓の音を子どもたちと一緒に表現すると、物語へ参加しながら楽しめます。
鬼が登場するため節分時期の読み聞かせにも使いやすく、「怖い鬼」だけではなく、歌ったり踊ったりして楽しむ鬼の姿に触れられます。


コメント