あらすじ
むかしむかし、ある小さな町に、一軒のお団子屋さんがありました。
ある夜、店じまいをしようとしていた主人のもとへ、深く笠をかぶった一人の女性がやって来ます。
女性はお団子を一つだけ買うと、何も言わずに夜の闇へ消えていきました。
次の夜も、その次の夜も、女性は決まった時間に現れ、お団子を一つだけ買っていきます。
不思議に思った主人がある夜、女性の後を追ってみると、たどり着いたのはお寺の裏にある墓地でした。
そこで主人は、毎晩お団子を買いに来ていた女性の秘密と、わが子を思い続ける母親の深い愛情を知ることになります。
本文
むかしむかし、ある小さな町に、一軒のお団子屋さんがありました。
店の主人は、優しく真面目な人でした。
毎朝まだ空が明るくなる前から起き出して、せっせとお団子を作ります。
主人が作るお団子は、やわらかく、もちもちとしていて、町の人たちにとても人気がありました。
ある日のことです。
いつものように一日の商いを終えた主人が、店じまいをしようとしていました。
外はもうすっかり暗くなっています。
町を歩く人の姿もなく、遠くから虫の声が聞こえてくるばかりでした。
主人が店の戸を閉めようとした、その時です。
「……すみません。」
背後から、小さな声がしました。
「はい?」
主人が振り返ると、店先に一人の女性が立っていました。
いつからそこにいたのでしょう。
主人には、まったく気配が感じられませんでした。
女性は深く笠をかぶっていて、その顔は影になってよく見えません。
「お団子を一つください。」
静かな声でした。
「一つですね。」
主人は残っていたお団子を一つ包み、女性に渡しました。
女性はお金を置きました。
「ありがとうございます。」
そう言って、女性は静かに歩き出しました。
主人が何気なくその後ろ姿を見ていると、女性は暗い町の中へ吸い込まれるように消えていきました。
「こんな遅い時間に、どこの人だろう。」
少し不思議に思いましたが、主人はそのまま店を閉めました。
ところが、次の日の夜。
主人が店じまいを始めると――。
「……すみません。」
また、あの声が聞こえました。
振り返ると、昨日と同じ女性が立っています。
同じ笠。
同じ着物。
そして、同じ静かな声で言いました。
「お団子を一つください。」
主人はお団子を一つ渡しました。
女性はお金を置き、夜の町へ消えていきました。
そして、その次の日も。
「お団子を一つください。」
また次の日も。
「お団子を一つください。」
女性は毎晩、同じ時間になるとやって来ました。
いつも買うのは、お団子をたった一つだけ。
ほかには何も買いません。
主人は、だんだん気になってきました。
「あの人は、いったいどこの人なんだろう。」
町の人にそれとなく尋ねてみても、あの女性を知っている人はいませんでした。
「そんな人、この辺りにいたかなあ。」
「毎晩来るのかい?」
誰に聞いても首をかしげます。
主人の胸の中に、小さな違和感が残りました。
そしてある夜。
主人は決心しました。
「今夜、あの人がどこへ帰るのか確かめてみよう。」
いつもの時間になりました。
町は静まり返っています。
風が、
ひゅう……。
と店先を吹き抜けました。
やがて――。
「……すみません。」
来た。
主人が顔を上げると、女性が立っていました。
「お団子を一つください。」
「はい。」
主人はいつものようにお団子を渡しました。
女性はお金を置き、ゆっくりと歩き出しました。
主人は少し間をあけて、その後を追いました。
女性は振り返りません。
すうっと滑るように、暗い道を進んでいきます。
町の家々を通り過ぎ、
小さな橋を渡り、
さらに人気のない道へ。
主人は気づかれないよう、そっと後を追いました。
夜はどんどん深くなっていきます。
家の明かりも見えなくなりました。
聞こえるのは、自分の足音だけ。
ざっ、ざっ、ざっ……。
やがて、前を歩いていた女性が細い道へ入りました。
主人は足を止めました。
「この先は……。」
お寺です。
女性はお寺の脇を通り、そのまま裏手へ向かっていきます。
主人も恐る恐るついていきました。
そこには、墓地が広がっていました。
月明かりの下に、いくつもの墓石が並んでいます。
風が吹くたび、木々の枝が、
ざわざわ……。
ざわざわ……。
と揺れました。
主人の背中を、冷たいものが走りました。
「まさか……。」
女性は墓地の奥へ進んでいきます。
そして、一つのお墓の前でぴたりと立ち止まりました。
主人は少し離れた木の陰から、その様子を見つめました。
女性は持っていたお団子を、そっと地面に置きました。
その時です。
「……おぎゃあ……。」
主人は息をのみました。
「え?」
聞き間違いかと思いました。
ところが、もう一度――。
「おぎゃあ……おぎゃあ……。」
確かに、赤ちゃんの泣き声です。
静かな墓地に、赤ちゃんの声だけが響いていました。
主人の心臓がどくどくと鳴りました。
こんな夜中に。
こんなお墓のそばで。
どうして赤ちゃんの泣き声がするのでしょう。
女性は泣き声のする方へしゃがみ込みました。
そして、とても優しい声で言いました。
「たくさんは用意できないけれど……今日も食べてね。」
その声は、これまで店で聞いていたものとは少し違っていました。
わが子に語りかける母親のような、温かな声でした。
主人が思わず木の陰から身を乗り出した、その瞬間――。
ふうっ。
冷たい風が吹き抜けました。
主人は思わず目を閉じました。
そして、もう一度目を開けると――。
「いない……。」
女性の姿は、どこにもありませんでした。
お墓の前には、買っていったお団子だけが残されています。
そして、
「おぎゃあ……おぎゃあ……。」
赤ちゃんの泣き声は、まだ聞こえていました。
主人は怖くなり、急いでお寺へ走りました。
「和尚さん! 和尚さん!」
眠っていた和尚さんを起こし、今見たことをすべて話しました。
和尚さんは驚いた顔をしましたが、すぐに提灯を持ちました。
「行ってみよう。」
二人は墓地へ向かいました。
夜の墓地を提灯の明かりで照らしながら、女性が立っていたお墓まで進みます。
すると――。
「おぎゃあ、おぎゃあ。」
やはり赤ちゃんの声が聞こえます。
主人と和尚さんが声を頼りに確かめてみると、そこには小さな赤ちゃんがいました。
赤ちゃんは生きていました。
寒い夜の中で、小さな手を動かしながら、力いっぱい泣いています。
「和尚さん、この子は……。」
主人が震える声で尋ねました。
和尚さんは墓石を見つめました。
そして、静かに言いました。
「このお墓には、赤ちゃんを産んですぐに亡くなった女性が眠っている。」
主人は言葉を失いました。
毎晩、店に現れていた女性。
一つだけ買っていったお団子。
そして、お墓のそばで泣いていた赤ちゃん。
すべてがつながりました。
「では、あの人は……。」
和尚さんは静かにうなずきました。
「亡くなっても、この子のことが心配だったのだろう。」
主人は赤ちゃんを見つめました。
小さな赤ちゃんは、何も知らずに泣いています。
主人の目に、涙が浮かびました。
「毎晩のお団子は、この子のためだったんですね。」
その夜、赤ちゃんはお寺で大切に保護されました。
やがて事情を知った町の人たちは、みんなで赤ちゃんを育てていこうと決めました。
お団子屋の主人だけではありません。
町のみんなが、できることを少しずつ持ち寄りました。
食べ物を届ける人。
着るものを用意する人。
赤ちゃんの世話を手伝う人。
誰かが困っていれば、別の誰かが手を差し伸べました。
そうして赤ちゃんは、たくさんの人たちに見守られながら、すくすくと育っていきました。
やがて赤ちゃんは、元気な男の子になりました。
ある日のことです。
少し大きくなった男の子が、お団子屋の主人に尋ねました。
「ねえ、どうして町のみんなは、ぼくにこんなに優しくしてくれるの?」
主人はしばらく男の子を見つめました。
そして、優しく笑いました。
「君のお母さんが、それはそれは君を大切に思っていたからだよ。」
男の子は主人の顔を見つめました。
「お母さんが?」
「ああ。君のお母さんの思いが、みんなの心にも届いたんだ。」
その夜、男の子は家の外へ出て、空を見上げました。
夜空には、たくさんの星が輝いていました。
その中に、ひときわ明るく見える星が一つありました。
男の子はじっとその星を見つめました。
そして、小さな声で言いました。
「お母さん、ありがとう。」
星は何も答えません。
けれど、その夜は風もなく、空にはいつまでも優しい光が輝いていました。
男の子はたくさんの人に支えられながら成長し、やがて自分も困っている人に手を差し伸べる、心優しい大人になったそうです。
おしまい。
登場人物
- お団子屋の主人
優しく真面目なお団子屋の主人。毎晩現れる女性を不思議に思い、その後を追ったことで秘密を知ります。 - 女性
毎晩決まった時間にお団子を一つ買いに来る、不思議な女性。亡くなった後も、残されたわが子を思い続けています。 - 赤ちゃん
母親の深い愛情に守られていた子ども。やがて町の人たちに見守られながら成長していきます。 - 和尚さん
お団子屋の主人とともに赤ちゃんを見つけ、その後の成長を支える人物です。 - 町の人たち
母親の思いを知り、赤ちゃんをみんなで支えながら育てていく人々です。
教訓
- 親が子どもを思う気持ちは、深く強いものである。
- 一人では支えきれないことも、周りの人たちが力を合わせることで支えることができる。
- 誰かから受け取った優しさは、また別の誰かへの優しさにつながっていく。
親子で話したいポイント
- お母さんは、どうして毎晩お団子を一つだけ買いに来たのかな?
- お団子屋さんは、女性の後を追って何を見つけた?
- 赤ちゃんはその後、誰に育ててもらったのかな?
- 誰かに大切にされていると感じるのは、どんな時?
- 自分が誰かにしてあげられる優しさには、どんなものがあるかな?
保育士向け活用ポイント
職員研修では、家庭との連携や保護者支援、地域で子どもの育ちを支えるという保育の役割について考える題材としても活用できます。
少し怖さを感じる「幽霊の話」でありながら、その中心には母親がわが子を思う気持ちが描かれているため、「家族の愛情」について考える題材として活用できます。
幽霊が現れる場面は、声の大きさを抑えたり、間を取りながら読んだりすることで、怖くなりすぎない範囲で怪談らしい雰囲気を楽しめます。
赤ちゃんを町のみんなで支える展開から、子どもは家庭だけではなく、さまざまな人に見守られながら育っていくことを伝えるきっかけにもなります。


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