あらすじ
むかしむかし、山や森には、さまざまな妖怪が住んでいると信じられていました。
ある夜、山道を旅していた庄助は、暗闇の中から近づいてくる不思議な足音を耳にします。
ぽん。
ぽん。
振り返ると、そこに立っていたのは、大きな笠をかぶり、お盆に白い豆腐をのせた小さな妖怪――「豆腐小僧」でした。
けれど、豆腐小僧には一つ悩みがありました。
妖怪なのに、どうしても人間を怖がらせることができないのです。
庄助との不思議な出会いをきっかけに、豆腐小僧は自分にしかできないことを見つけていきます。
本文
むかしむかし、山の近くの村に、庄助という男がいました。
庄助は旅をしながら、町から町へと歩いて暮らしていました。
ある日のこと。
庄助は遠くの町へ向かうため、朝から山道を歩いていました。
ところが、思っていたよりも山道は長く、なかなか向こう側の村へたどり着きません。
太陽は少しずつ山の向こうへ傾いていきました。
「困ったな。」
庄助は空を見上げました。
「暗くなる前に山を抜けられると思ったんだが。」
やがて夕日が消えました。
木々の間に残っていた赤い光も、少しずつ薄くなっていきます。
昼間はあれほど聞こえていた鳥の声も、いつの間にか聞こえなくなっていました。
辺りは、しんと静まり返っています。
ざわ……。
時折、風が木々の枝を揺らします。
庄助は歩き続けました。
けれど、山道はまだ先まで続いています。
「これ以上歩くのは危ないな。」
月の光も木々に遮られ、足元もよく見えません。
「今日はこの辺りで休むことにしよう。」
庄助は道から少し離れた大きな木の下へ腰を下ろしました。
荷物を置き、持っていた水を一口飲みます。
「ふう……。」
歩き疲れていた庄助は、木の幹にもたれました。
辺りは真っ暗です。
遠くで、
ホー……。
とフクロウの声が聞こえました。
庄助は目を閉じました。
その時です。
ぽん。
「……?」
庄助は目を開けました。
今、何か聞こえたような気がしました。
しばらく耳を澄まします。
しん……。
何も聞こえません。
「気のせいか。」
庄助が再び目を閉じると――。
ぽん。
ぽん。
今度は、はっきり聞こえました。
誰かが山道を歩いています。
「こんな夜中に?」
庄助は体を起こしました。
ぽん。
ぽん。
足音は、ゆっくりとこちらへ近づいてきます。
急いでいる様子はありません。
一歩。
また一歩。
一定の速さで近づいてきます。
庄助は暗い山道をじっと見つめました。
けれど、木々の影しか見えません。
「誰かいるのか?」
返事はありません。
ぽん。
ぽん。
足音だけが続きます。
庄助は少し不安になりました。
この山には昔から、妖怪が出るという話がありました。
人を迷わせる狐。
夜道を歩く化け物。
旅人を驚かせる山の妖怪。
庄助も、村の老人からそんな話を聞いたことがあります。
「まさかな……。」
そうつぶやいた時――。
足音が止まりました。
ぴたり。
「……。」
庄助は息をのみました。
山道の少し先。
暗闇の中に、何かが立っています。
小さい。
子どもくらいの背丈です。
けれど、こんな夜中に子どもが一人で山の中を歩いているはずがありません。
風が吹きました。
ざああ……。
木の葉が揺れます。
その隙間から月の光が差し込みました。
ぼんやりと、その姿が見えました。
頭には、大きな笠。
小さな体。
両手には、丸いお盆を持っています。
そして、そのお盆の上には――。
白くて四角いものが、一つ。
庄助は目を凝らしました。
「……豆腐?」
すると、その小さな者が一歩前へ出ました。
ぽん。
庄助の体に力が入ります。
小さな者は庄助の前までやってくると、ぺこりと頭を下げました。
「こんばんは。」
「……こんばんは。」
思わず庄助も頭を下げました。
少しの間、二人は黙って向かい合いました。
庄助は恐る恐る尋ねます。
「君は……誰だい?」
すると、小さな者は胸を張りました。
「ぼくは豆腐小僧です。」
「豆腐小僧?」
「はい。」
庄助は目の前の姿を、もう一度よく見ました。
確かに普通の子どもとは少し違います。
けれど――。
怖くありません。
大きな牙があるわけでも、
鋭い爪があるわけでも、
恐ろしい顔をしているわけでもありません。
ただ大きな笠をかぶり、お盆に豆腐をのせているだけです。
「妖怪なのかい?」
「そうです。」
豆腐小僧は答えました。
そして少しだけ得意そうな顔をしました。
「怖いでしょう?」
庄助は黙りました。
「……。」
豆腐小僧が庄助を見ます。
「怖いでしょう?」
もう一度聞きました。
庄助は困りました。
「うーん。」
「どうです?」
「正直に言っていいかい?」
「はい。」
庄助は豆腐小僧を見つめました。
「あまり怖くないな。」
「ええっ!」
豆腐小僧はがっくり肩を落としました。
「やっぱり……。」
「やっぱり?」
「ぼく、誰を驚かせても怖がってもらえないんです。」
豆腐小僧は、お盆を持ったままその場に座り込みました。
「この前も夜道で旅人の前に出たんです。」
「それで?」
「暗いところから、そーっと出ていって……。」
豆腐小僧は低い声を作りました。
「うらめしやあ……。」
庄助は思わず笑いそうになりました。
「そしたら?」
「『こんな夜中に豆腐を売っているのかい?』って聞かれました。」
「ははは。」
「笑わないでください!」
「すまん、すまん。」
豆腐小僧は頬を膨らませました。
「別の日には、大きな木の陰から急に飛び出したんです。」
「ほう。」
「わあっ!」
豆腐小僧は両手を上げようとしましたが、お盆を持っているので上げられません。
豆腐がぐらりと揺れました。
「あっ。」
慌ててお盆を水平に戻します。
庄助はとうとう吹き出しました。
「はははは!」
「もう!」
豆腐小僧はますます頬を膨らませました。
けれど、少しすると自分でもおかしくなったのか、くすっと笑いました。
「ぼくも、もっと立派な妖怪になりたいんです。」
「立派な妖怪?」
「はい。」
豆腐小僧は真剣な顔になりました。
「ほかの妖怪は、人間を見ただけで震え上がらせるでしょう?」
「まあ、そういう妖怪もいるだろうな。」
「ぼくも一度くらい、『うわあ、妖怪だ!』って逃げてもらいたいんです。」
庄助は腕を組みました。
「なるほど。」
「でも、どうしたら怖くなれるのか分からなくて。」
豆腐小僧はため息をつきました。
庄助はしばらく考えてから言いました。
「怖がらせることだけが、妖怪の仕事なのかい?」
「え?」
豆腐小僧は顔を上げました。
「妖怪なんだから、怖くないとだめでしょう?」
「誰がそう決めたんだ?」
「えっ。」
豆腐小僧は答えられません。
庄助は笑いました。
「怖い妖怪がいてもいい。」
「でも、怖くない妖怪がいたっていいじゃないか。」
「怖くなくても?」
「ああ。」
庄助は豆腐小僧のお盆を見ました。
「それに、その豆腐は何のために持っているんだい?」
豆腐小僧は白い豆腐を見ました。
「これは……いつも持っているんです。」
「食べられるのか?」
「もちろん。」
「おいしい?」
すると豆腐小僧は、少しうれしそうな顔になりました。
「とってもおいしいですよ。」
「だったら、怖がらせるより、その豆腐で誰かを喜ばせることもできるんじゃないか?」
豆腐小僧は目をぱちぱちさせました。
「喜ばせる?」
「ああ。」
「妖怪なのに?」
「妖怪だから人を喜ばせちゃいけないなんて、誰も言ってないだろう。」
豆腐小僧は黙り込みました。
そんなことを考えたこともなかったようです。
その夜、豆腐小僧は庄助の隣に座りました。
二人は大きな木の下で、いろいろな話をしました。
庄助は旅先で見たものを話しました。
大きな町のこと。
にぎやかな祭りのこと。
海の向こうまで続いているように見えた水平線のこと。
豆腐小僧は目を輝かせました。
「海って、そんなに大きいんですか?」
「ああ。山よりずっと向こうまで水が続いているように見えるんだ。」
「見てみたいなあ。」
「いつか行ってみるといい。」
「妖怪でも行けますか?」
「歩けるなら行けるだろう。」
「じゃあ行ってみようかな。」
二人は笑いました。
気がつくと、庄助はもう豆腐小僧を妖怪だと意識しなくなっていました。
ただ、山の中で出会った少し変わった友達と話しているような気持ちでした。
やがて夜が明け始めました。
木々の間から、薄い朝の光が差し込みます。
チチチ……。
鳥たちの声も戻ってきました。
「そろそろ行くよ。」
庄助は荷物を背負いました。
「もう行くんですか?」
豆腐小僧は少し寂しそうです。
「ああ。今日中に次の村へ着きたいからな。」
「そうですか……。」
豆腐小僧は少し考えました。
そして、お盆を庄助の方へ差し出しました。
「これを持っていってください。」
「これ?」
「豆腐です。」
庄助は驚きました。
「でも、これは君がいつも大事に持っているものじゃないのかい?」
豆腐小僧はうなずきました。
「はい。」
「だったら、もらえないよ。」
「いいんです。」
豆腐小僧は笑いました。
「昨日、庄助さんが言ったでしょう?」
「誰かを喜ばせることもできるって。」
庄助は豆腐小僧を見ました。
「だから、最初は庄助さんに食べてもらいたいんです。」
庄助はうれしくなりました。
「そうか。」
「それじゃあ、ありがたくいただこう。」
庄助が豆腐を受け取ると、豆腐小僧はとてもうれしそうに笑いました。
「また会えるかな?」
「山を通れば、また会えるさ。」
「その時は、もっとおいしい豆腐を持ってきます。」
「楽しみにしているよ。」
庄助は手を振り、山道を歩き始めました。
しばらく歩いて振り返ると――。
豆腐小僧はまだそこに立っていました。
大きな笠の下から、小さく手を振っています。
庄助も手を振り返しました。
やがて豆腐小僧の姿は、朝の山の霧の中へ消えていきました。
その日の昼ごろ。
庄助は山を抜け、ふもとの村へたどり着きました。
お腹が空いた庄助は、豆腐小僧からもらった豆腐を食べてみることにしました。
「どれどれ。」
一口食べると――。
「うまい!」
驚くほどなめらかで、大豆の甘みが口いっぱいに広がります。
近くにいた村人が尋ねました。
「ずいぶんおいしそうだな。」
「ああ。山で会った友達にもらったんだ。」
「山の友達?」
庄助は昨夜の出来事を話しました。
「大きな笠をかぶった、豆腐小僧という妖怪だ。」
村人たちは驚きました。
「妖怪?」
「そんなものを食べて大丈夫なのか?」
「大丈夫、大丈夫。」
庄助は笑いました。
「とても優しい妖怪だったよ。」
庄助は豆腐を村人たちにも分けました。
「本当だ。」
「おいしい!」
「こんな豆腐は初めて食べた。」
豆腐小僧の話は、少しずつ村に広がっていきました。
「山には豆腐を持った妖怪がいるらしい。」
最初は怖がる人もいました。
けれど、庄助は言いました。
「怖がることはないよ。」
「ちょっと人を驚かせたがっているけど、本当は優しい妖怪だから。」
それからしばらくして。
山道を歩いていた一人の旅人が、大きな笠をかぶった小さな姿を見つけました。
ぽん。
ぽん。
旅人は立ち止まりました。
「まさか……。」
暗い木の陰から、豆腐小僧が現れました。
「こんばんは。」
旅人は少し驚きましたが、逃げませんでした。
「あんたが豆腐小僧かい?」
「え?」
今度は豆腐小僧の方が驚きました。
「ぼくを知っているんですか?」
「ああ。おいしい豆腐を持っている優しい妖怪だって聞いたよ。」
豆腐小僧は目を丸くしました。
「怖くないんですか?」
「少しびっくりはしたけどな。」
旅人は笑いました。
豆腐小僧は、しばらく黙っていました。
そして、お盆の上の豆腐を見ました。
「……食べますか?」
「いいのかい?」
「はい。」
旅人が豆腐を食べると、にっこり笑いました。
「うまい!」
豆腐小僧もうれしくなりました。
それからというもの、豆腐小僧は無理に人間を怖がらせることをやめました。
山道で道に迷っている人がいれば、
「村はあっちですよ。」
と道を教えました。
疲れて座り込んでいる旅人がいれば、
「よかったらどうぞ。」
と豆腐を分けました。
最初は豆腐小僧を見ると驚いていた人たちも、少しずつ慣れていきました。
「おや、豆腐小僧じゃないか。」
「今日も豆腐を持っているね。」
「こんばんは。」
豆腐小僧も笑って頭を下げます。
ある晩。
豆腐小僧は一人で山道を歩いていました。
ぽん。
ぽん。
大きな笠をかぶり、お盆に白い豆腐をのせています。
昔と何も変わらない姿です。
けれど、もう「怖い妖怪にならなくちゃ」と悩んではいませんでした。
風が木々を揺らします。
ざわざわ……。
月の光が山道を照らしました。
豆腐小僧は、お盆の上の豆腐を見て笑いました。
「ぼくは、ぼくのままでいいんだ。」
その時、道の向こうから旅人が歩いてきました。
「おや?」
旅人が足を止めます。
豆腐小僧も立ち止まりました。
大きな笠を少し持ち上げ、ぺこりと頭を下げます。
「こんばんは。」
そしていつものように、お盆の上の白い豆腐を差し出しました。
おしまい。
登場人物
- 豆腐小僧
大きな笠をかぶり、お盆に豆腐をのせて山道を歩く小さな妖怪。人を怖がらせる立派な妖怪になりたいと思っていましたが、庄助との出会いを通して、自分らしい人との関わり方を見つけます。 - 庄助
山道を旅していた男。夜の山で豆腐小僧と出会います。怖い妖怪になれないことを悩む豆腐小僧に、「怖がらせることだけが妖怪の仕事ではない」と話します。 - 村人たち
最初は妖怪の豆腐と聞いて驚きますが、そのおいしさと豆腐小僧の優しさを知り、少しずつ親しみを持つようになります。 - 旅人たち
山道で豆腐小僧と出会い、道を教えてもらったり、豆腐を分けてもらったりします。
教訓
- 周りと同じようになろうと無理をせず、自分にしかない良さを大切にすることが大切。
- 苦手なことがあっても、自分の得意なことを生かせば、誰かの役に立つことができる。
- 人を怖がらせたり目立ったりすることだけではなく、誰かを喜ばせることも自分の価値につながる。
- 自分らしさを受け入れることで、人との関わり方も変わっていく。
親子で話したいポイント
- 豆腐小僧は、どうして怖い妖怪になりたかったのかな?
- 庄助は、豆腐小僧にどんなことを教えてくれた?
- 豆腐小僧には、怖い妖怪にはないどんな良いところがあった?
- 自分が得意なことや、人に喜んでもらえたことを考えてみよう。
- 友達の「その人らしい良いところ」には、どんなものがあるかな?
保育士向け活用ポイント
- 「自分らしさ」や「一人ひとりの良さ」を考える読み聞かせとして活用できます。
- 豆腐小僧が「怖い妖怪になれない」という悩みから、自分の良さに気づいていく展開を通して、苦手なことだけではなく得意なことにも目を向けるきっかけを作れます。
- 「豆腐小僧の良いところはどこだった?」と問いかけることで、子ども同士がお互いの良さを見つける活動にもつなげられます。
- 「ぽん、ぽん」という足音や、夜の山道から豆腐小僧が現れる場面を工夫して読むことで、怖すぎない妖怪話として楽しめます。
- 大きな笠やお盆、豆腐など特徴的な小道具があるため、3〜5歳児の劇遊びや表現活動にも取り入れやすい題材です。


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