あらすじ
むかしむかし、町に住むねずみと、田舎に住むねずみがいました。
ある日、町のねずみが田舎のねずみの家へ遊びにやってきます。
田舎のねずみは、木の実や麦、野菜など、自分がいつも食べているものでもてなしました。
すると町のねずみは、「町にはもっとおいしいものがたくさんあるよ」と、田舎のねずみを自分の家へ招待します。
町には見たこともないようなごちそうがたくさんありました。
ところが、二匹が食事を始めると、次々と危険がやってきます。
「本当の幸せとは何か」「豊かさとは何か」「自分に合った暮らしを大切にすること」を教えてくれるイソップ童話の名作です。
本文
むかしむかし、静かな田舎に一匹のねずみが住んでいました。
ねずみの家のまわりには、広い畑や草原が広がっています。
風が吹けば、
さわさわ、さわさわ。
草や麦の穂が気持ちよさそうに揺れました。
田舎のねずみは、毎日木の実や麦を集めながら、のんびりと暮らしていました。
食べ物は決して豪華ではありません。
それでも、おなかが空けば木の実をかじり、疲れたら静かな家でゆっくり休むことができます。
田舎のねずみは、そんな穏やかな暮らしが気に入っていました。
ある日のことです。
町に住んでいるいとこのねずみが、田舎へ遊びにやってきました。
「やあ、久しぶり!」
「遠いところまで、よく来てくれたね。」
田舎のねずみは大喜びです。
「さあ、何か食べよう。」
田舎のねずみは、いとこのために食べ物を用意しました。
木の実。
麦。
畑で見つけた野菜。
どれも田舎のねずみが、いつも大切に食べているものです。
「ごちそうはないけれど、一緒に食べよう。」
二匹は並んで食事を始めました。
けれど、町のねずみは並べられた食べ物を見ると、少し困ったような顔をしました。
木の実を一口。
麦を一口。
そして言いました。
「ありがとう。おいしいよ。」
「でもね、町にはもっといろいろな食べ物があるんだ。」
「もっと?」
田舎のねずみは目を丸くしました。
町のねずみは得意そうに話します。
「そうさ。」
「ふわふわのパンに、大きなチーズ。」
「甘いお菓子や、みずみずしい果物だってある。」
田舎のねずみには、想像もできません。
「そんなにたくさんのごちそうがあるの?」
「もちろん。」
町のねずみは笑いました。
「今度は、ぼくの家へ遊びにおいでよ。」
「町のおいしいものを食べさせてあげる。」
田舎のねずみは、少し考えました。
町へ行ったことはありません。
けれど、そんなにたくさんのごちそうがあるのなら、一度くらい見てみたいと思いました。
「うん。行ってみたい!」
数日後。
田舎のねずみは、町のねずみを訪ねることにしました。
田舎を離れ、町へ近づいていくと、景色はどんどん変わっていきました。
静かな草原はなくなり、大きな建物が並んでいます。
人もたくさん歩いています。
ガタガタ。
ゴトゴト。
あちらこちらから大きな音が聞こえてきました。
「町って、ずいぶんにぎやかなんだね。」
田舎のねずみは、きょろきょろと辺りを見回しました。
「すごいだろう?」
町のねずみは慣れた様子で歩いていきます。
やがて二匹は、大きな家へたどり着きました。
町のねずみは田舎のねずみを連れて、そっと中へ入っていきました。
そして大きな部屋へ向かうと――。
「わあ!」
田舎のねずみは思わず声を上げました。
大きなテーブルの上に、たくさんの食べ物が並んでいたのです。
ふっくらとしたパン。
大きなチーズ。
甘そうなお菓子。
色とりどりの果物。
田舎では見たこともないようなごちそうばかりです。
「こんなにたくさん!」
田舎のねずみは目を輝かせました。
町のねずみは得意そうに言いました。
「言っただろう?」
「町には、おいしいものがたくさんあるんだ。」
「さあ、食べよう。」
二匹はテーブルへ近づきました。
田舎のねずみは、まずパンを一口。
「おいしい!」
次にチーズをかじりました。
「こんな味、初めてだ!」
甘いお菓子も食べてみました。
「町ってすごいなあ。」
二匹は夢中になって、ごちそうを食べ始めました。
そのときです。
ガタン!
突然、大きな音がしました。
「えっ?」
部屋の扉が開きました。
「誰か来た!」
町のねずみが叫びます。
「隠れて!」
二匹は大慌てでテーブルから飛び降りました。
たたたたたっ!
近くの物陰へ飛び込みます。
田舎のねずみは、体を小さくして息をひそめました。
人の足音が聞こえてきます。
コツ、コツ、コツ。
田舎のねずみの心臓は、
どきどき。
どきどき。
さっきまでのおいしいごちそうのことなど、すっかり頭から消えてしまいました。
やがて人が部屋から出ていき、扉が閉まりました。
しん……。
辺りが静かになります。
町のねずみが、そっと顔を出しました。
「もう大丈夫みたいだよ。」
田舎のねずみも、おそるおそる物陰から出てきました。
「びっくりした……。」
町のねずみは平気そうな顔をしています。
「町では、こんなこともあるんだ。」
「さあ、続きを食べよう。」
二匹はもう一度、テーブルへ向かいました。
田舎のねずみは少し不安でしたが、目の前にはおいしそうなごちそうがあります。
「もう大丈夫だよね。」
そう言って、チーズを一口かじった――。
そのときです。
「ワン! ワン!」
大きな鳴き声が響きました。
「な、なに!?」
田舎のねずみが振り返ると、大きな犬がこちらへ向かって走ってきます。
「逃げろ!」
二匹は一目散に走り出しました。
たたたたたっ!
「ワン! ワン!」
犬の足音が、すぐ後ろまで迫ってきます。
田舎のねずみは必死でした。
「こっちだ!」
町のねずみについていき、二匹は狭い隙間へ飛び込みました。
犬は入ってこられません。
田舎のねずみは、しばらくその場から動くことができませんでした。
「はあ……。」
「はあ……。」
ようやく息が整うと、田舎のねずみは大きく深呼吸しました。
町のねずみが言いました。
「危なかったね。」
「でも、もう大丈夫だよ。」
「またごちそうを食べに戻ろう。」
ところが、田舎のねずみは首を横に振りました。
「ううん。もういいよ。」
「え?」
田舎のねずみは少し考えてから言いました。
「町のごちそうは、本当においしかった。」
「パンもチーズもお菓子も、田舎では食べられないものばかりだったよ。」
町のねずみはうなずきました。
「そうだろう?」
けれど、田舎のねずみは続けました。
「でも、食べている途中で誰かが来るかもしれない。」
「犬に追いかけられるかもしれない。」
「いつもびくびくしながら食べるのは、ぼくには落ち着かないよ。」
町のねずみは黙って聞いていました。
「田舎には、こんなにたくさんのごちそうはない。」
「木の実や麦ばかりの日だってある。」
「でも、ゆっくり食べられるんだ。」
「安心して眠ることもできる。」
田舎のねずみは笑顔で言いました。
「だから、ぼくは田舎へ帰るよ。」
「ごちそうが少なくても、安心して暮らせるほうが、ぼくには幸せだから。」
町のねずみは、しばらく考えていました。
そして、にっこり笑いました。
「そうか。」
「ぼくは町の暮らしが好きだけど、君は田舎の暮らしが好きなんだね。」
田舎のねずみもうなずきました。
「うん。」
「どちらがいいかじゃなくて、自分に合っていることが大切なのかもしれないね。」
二匹は笑い合いました。
それから田舎のねずみは、自分の家へ帰りました。
静かな草原。
風に揺れる麦。
いつもの木の実。
田舎のねずみは、自分の家でゆっくりと食事をしました。
そして町のねずみとは、それぞれ自分の好きな場所で暮らしながら、ときどき会って近況を話す友だちであり続けました。
おしまい。
登場人物
田舎のねずみ
自然の中で穏やかに暮らしているねずみです。町の豪華なごちそうに驚きますが、危険を経験したことで、自分にとっては安心して過ごせる田舎の暮らしが大切だと気づきます。
町のねずみ
町で暮らしている、田舎のねずみのいとこです。たくさんのごちそうがある町の暮らしを気に入っていますが、そこには人や犬などの危険もあります。
教訓
- 本当の幸せは、人によって違う。
- 豊かさは、持っている物や食べ物の多さだけでは決まらない。
- 安心して自分らしく暮らせることも、大切な幸せの一つ。
- 自分と違う暮らし方や考え方を認めることも大切。
親子で話したいポイント
- あなたなら、町と田舎のどちらに住んでみたい?
- 田舎のねずみは、どうしてごちそうがある町から帰ることにしたのかな?
- 「幸せ」って、どんなことだと思う?
- 町のねずみと田舎のねずみは、どちらが正しいのかな?
- 自分が「ここにいると安心する」と感じる場所はどこかな?
保育士向け活用ポイント
「どちらに住みたい?」という問いから、町と田舎の絵を描いたり、それぞれの好きなところを発表したりする表現活動にも発展できます。
「一人ひとり大切にしたいことは違う」という多様性について考える読み聞かせとして活用できます。
町のねずみと田舎のねずみのどちらかを正解にするのではなく、「それぞれが自分に合った暮らしを選んでいる」という視点で子どもたちと話すことができます。
「自分が安心できる場所はどこ?」「どんなときに安心する?」と問いかけることで、子ども自身が安心できる環境について考える活動にもつなげられます。
インクルーシブ保育や子どものウェルビーイングの視点から、一人ひとりが心地よいと感じる環境や過ごし方には違いがあることを考える題材になります。
保育環境づくりでは、にぎやかな場所を好む子どももいれば、静かな場所で落ち着く子どももいます。それぞれが安心して過ごせる選択肢を用意することの大切さを振り返るきっかけにもなります。


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