あらすじ
むかし、ある村に、貧しいながらも一生懸命働いて暮らしている夫婦がいました。
二人の家には、いつのころからか貧乏神が住みついていました。
それでも夫婦は不平を言わず、毎朝早くから働き、互いに助け合いながら暮らしていました。
すると、少しずつ畑の作物がよく育ち、仕事も増え、家の暮らし向きが変わり始めます。
「このままでは、わしはこの家にいられなくなる。」
貧乏神が心配していたある晩、とうとう福の神がやって来ました。
追い出されそうになる貧乏神。
ところが夫婦は、これまで一緒に暮らしてきた貧乏神を見捨てようとはしませんでした。
そんな夫婦の優しさが、思いがけない福を呼び込んでいきます。
本文
むかしむかし、ある村に、貧しい夫婦が住んでいました。
二人が暮らしているのは、小さな家でした。
家の中には立派な道具もありません。
食べ物も決して多くはなく、毎日の暮らしは楽ではありませんでした。
けれど、夫婦は互いに助け合いながら暮らしていました。
そして、その家にはもう一人――。
いえ、もう一柱、不思議なものが住んでいました。
貧乏神です。
貧乏神は、いつのころからか夫婦の家に住みついていました。
「この家は貧しいからなあ。」
貧乏神は家の隅に座りながら言いました。
「わしには、ちょうどよい家だ。」
夫婦の暮らしは、たしかに貧しいものでした。
けれど二人は、
「貧乏神のせいだ。」
と怒ったり、
「どうして自分たちばかりこんな暮らしなのだ。」
と嘆いたりはしませんでした。
朝になると、夫婦は早く起きました。
まだ外が薄暗いうちから火をおこします。
簡単な食事を済ませると、二人で仕事に出かけました。
夫は畑を耕します。
ざくっ。
ざくっ。
土を起こし、種をまきます。
妻も家の仕事を終えると畑を手伝いました。
草を取り、水をやり、家へ戻れば掃除をします。
毎日、毎日。
二人はよく働きました。
「今日も一日、働けたな。」
夕方になると夫が言います。
「ありがたいことですね。」
妻も笑いました。
食卓に並ぶのは、わずかな食べ物だけの日もありました。
それでも二人は、
「いただきます。」
と手を合わせ、大切に食べました。
そんな二人を、貧乏神は家の隅からじっと見ていました。
「不思議な夫婦だな。」
貧乏神は首をかしげます。
「こんなに貧しいのに、ちっとも文句を言わない。」
雨の日も。
風の日も。
暑い日も。
寒い日も。
夫婦は変わらず働きました。
困っている近所の人がいれば、
「少しなら手伝えますよ。」
と声をかけることもありました。
自分たちの食べ物が少ないときでも、誰かが困っていれば分けることもありました。
貧乏神は、ますます不思議そうに二人を眺めました。
「自分たちだって大変だというのに……。」
そんな日々が続いたある年のことです。
畑にまいた種から、たくさんの芽が出ました。
「今年はよく育っているな。」
夫は畑を見ながら言いました。
「本当ですね。」
妻もうれしそうです。
雨もほどよく降りました。
日もよく当たりました。
二人が毎日丁寧に世話をした作物は、すくすくと育っていきました。
やがて収穫の時期になると――。
「こんなに採れたぞ!」
いつもの年より、たくさんの作物が実りました。
夫婦は大喜びです。
それだけではありません。
「あの夫婦は、いつも丁寧に仕事をしてくれる。」
「今度の仕事も頼んでみよう。」
村の人たちから仕事を頼まれることも増えていきました。
少しずつ。
本当に少しずつですが、夫婦の暮らしは楽になっていきました。
家の中にも笑い声が増えていきます。
ところが――。
一人だけ、浮かない顔をしている者がいました。
貧乏神です。
ある晩。
夫婦が眠ったあと、貧乏神は家の隅で腕を組んでいました。
「困ったな……。」
深いため息をつきます。
「この家は、だんだん貧乏ではなくなってきた。」
貧乏神は部屋の中を見回しました。
以前より食べ物があります。
畑の作物もよく育っています。
仕事も増えています。
何より、夫婦の顔が明るくなっていました。
「最近、この家には福が来ているようだ。」
貧乏神はしょんぼりしました。
「このままでは、わしはここにいられなくなるかもしれない。」
長い間、この家で暮らしてきました。
貧しい家だから住みついたはずなのに、いつの間にか貧乏神にとっても、この家は居心地のよい場所になっていたのです。
「追い出されたら、どこへ行けばよいのだろう。」
その夜のことでした。
しん……。
村中が寝静まったころ。
夫婦の家の外から、不思議な気配がしました。
貧乏神は顔を上げました。
「……誰だ?」
すると、戸の向こうから明るい気配が近づいてきます。
そして――。
福の神が現れました。
「この家には、福を授けよう。」
福の神の声が響きました。
貧乏神はびくっとしました。
「や、やっぱり来たか!」
福の神が来れば、もう自分の居場所はありません。
「まずい!」
貧乏神は慌てました。
「ここから出ていかなければ……。」
長い間暮らした家の中を見回します。
夫婦と過ごした日々が頭に浮かびました。
貧乏神は肩を落としました。
「仕方がない。」
そう言って、そっと家を出ようとしました。
そのときです。
「待ってください。」
声がしました。
貧乏神が振り返ります。
夫婦が起きていたのです。
「どうしたのです?」
夫がたずねました。
貧乏神はうつむきました。
「福の神が来た。」
「はい。」
「この家には福が来る。そうなれば、貧乏神のわしはもういられない。」
貧乏神は寂しそうに言いました。
「だから出ていくのだ。」
夫婦は顔を見合わせました。
そして――。
「それは困ります。」
妻が言いました。
貧乏神は驚きました。
「なに?」
「出ていかなくてもいいではありませんか。」
「何を言っている。」
貧乏神は目を丸くしました。
「わしは貧乏神だぞ。わしがいるから、お前たちは貧しかったのかもしれないのだぞ。」
すると夫は言いました。
「それでも、あなたはずっと私たちと一緒に暮らしてきたではありませんか。」
「そうです。」
妻もうなずきました。
「苦しいときにも、ずっとこの家にいたでしょう。」
貧乏神は言葉を失いました。
福の神も驚いたように夫婦を見ました。
「貧乏神を追い出さなくてもよいのか?」
福の神がたずねます。
夫婦はうなずきました。
「はい。」
「私たちは貧しいときにも、この家で一緒に暮らしてきました。」
「暮らしが少しよくなったからといって、今まで一緒にいた人を追い出すようなことはしたくありません。」
貧乏神は、じっと夫婦を見つめました。
これまで貧乏神は、どこへ行っても喜ばれる存在ではありませんでした。
「貧乏神が来た。」
「出ていけ。」
「福が逃げてしまう。」
そんなふうに言われることばかりでした。
それなのに――。
この夫婦は違いました。
「わしを……ここに置いてくれるのか?」
「もちろんです。」
夫婦は答えました。
貧乏神の目に、うっすらと涙が浮かびました。
「こんなに大切にされたのは、初めてだ……。」
そのときです。
ふわり。
貧乏神の体を、不思議な光が包みました。
「な、なんだ?」
貧乏神自身も驚きました。
みすぼらしかった姿が、少しずつ変わっていきます。
暗かった顔も、どこか穏やかになっていきました。
福の神は、その様子を静かに見ていました。
やがて言いました。
「なるほど。」
夫婦が福の神を見ます。
「この家には、わしが福を持ってくる前から、大切な福があったようだ。」
夫婦は顔を見合わせました。
貧乏神も、ぽかんとしています。
それから夫婦の家には、少しずつよいことが増えていきました。
畑の作物はよく育ちました。
仕事にも困らなくなりました。
けれど、夫婦の暮らし方は大きく変わりませんでした。
朝になれば働き。
困っている人がいれば助け。
食べ物があれば感謝していただきました。
家の中には、以前よりもたくさんの笑い声が響くようになりました。
そして貧乏神も、もう寂しそうな顔をすることはありませんでした。
ある日の夕方。
仕事を終えた夫婦が家へ帰ってきました。
「今日も一日、よく働いたな。」
「ええ。」
家の中から、楽しそうな声が聞こえてきます。
夫婦は笑いながら戸を開けました。
小さな家には、今日も温かな明かりがともっていました。
おしまい。
登場人物
夫婦
貧しい暮らしの中でも不平を言わず、毎日一生懸命働いている心優しい二人。暮らしが豊かになっても、それまで一緒に暮らしてきた貧乏神を追い出そうとはしません。
貧乏神
夫婦の家に住みついている神さま。家に福が訪れ始めたことで自分が追い出されるのではないかと心配しますが、夫婦から大切な存在として受け入れられます。
福の神
夫婦の家へ福を運んでくる神さま。貧乏神を追い出そうとしない夫婦の姿を見て、その心の豊かさに驚きます。
教訓
苦しいときや自分に余裕がないときにも、周りの人を思いやる気持ちを忘れないことが大切。
自分の状況がよくなったからといって、それまで一緒に過ごしてきた人や支えてくれた存在を簡単に切り捨てないことが大切。
本当の豊かさは、お金や物の多さだけではなく、感謝や思いやり、人とのつながりの中にもある。
親子で話したいポイント
夫婦は、どうして貧乏神を追い出さなかったのかな?
貧乏神は、夫婦から「出ていかなくてもいい」と言われたとき、どんな気持ちだったと思う?
「福」や「幸せ」と聞くと、どんなことを思い浮かべる?
お金や物以外にも「幸せだな」と感じることはあるかな?
困っている人がいたら、自分にはどんなことができるだろう?
保育士向け活用ポイント
「幸せとは何か」「豊かさとは何か」を子どもたちと考える活動に活用できます。
夫婦が貧しい中でも互いに助け合い、暮らしがよくなってからも貧乏神を見捨てない姿から、「誰かを大切にすること」「一緒に過ごしてきた人への感謝」「困っている人への思いやり」について考えるきっかけになります。
「自分が幸せだと思うときはどんなとき?」と問いかけ、家族と過ごす時間、友達と遊ぶこと、おいしいものを食べることなど、子どもたち一人ひとりが感じる「福」を話し合う活動にもつなげられます。
また、節分やお正月など、日本の神さまや福をテーマにする行事の時期に読み、「福の神ってどんな神さまだろう?」「自分たちのところに来てほしい福は何かな?」と表現遊びや製作活動へ発展させることもできます。


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